ついに訪れたザ・カオスとの試合当日。
勝負の場として指定された帝国スタジアムのフィールドの上に雷門イレブンは集合していた。観客席には帝国イレブンがいるだけで、他の人間の姿は無い。
おそらく、試合が開始されても観客席に人影が増えることは無いだろう。
「(第三者からなる反乱分子――というわけではないんだろうけど…)」
雷門イレブンと引き分けたダイヤモンドダストと、雷門イレブンと試合すらしていないプロミネンス。
これから雷門イレブンが戦う相手はこの2つのチームの混成チーム。しかし、このカオスの結成も挑戦も、誰かが仕組んでいるのであれば、理解に苦しむ判断だ。
わざわざ統率の取りにくい混成チームになどせずとも、そのままのチームでも雷門イレブンにとっては十二分に脅威。
だというのに、確実な力を捨ててまで大きな力を欲している。
そして、なによりもの脳裏に引っかかっているのは、彼らが口にしていた「最強」という言葉だった。
「(どうしても彼らはエイリアにとっての『最強』にならなくてはいけない。
理由はともかく、マスターランクの選手でさえ必死になるほどの変化がエイリアに生じたことは確か…か)」
エイリアに生じた波紋は、必ず雷門イレブンにも波紋を生む。
それが破滅か勝利かはわからないが、いずれにせよエイリアとの戦いもだいぶ終盤に差し掛かっているのだろう。
未だ、雷門イレブンにジェネシスとまともに試合ができるだけの実力があるとは思えない。
相手が油断してくれたなら――陽花戸中での試合のようなプレーをしてくれたらもちろん勝てるだろうが、
ダイヤモンドダストの実力を参考に彼らの本気を考えると、とてもではないが勝てる気がしなかった。
「(このカオス戦で大きな成長を遂げてくれるか、エイリアがもう少し黙っていてくれるか…)」
「なにを――考えているんだい?」
「っ!――照美くんっ?」
思考に耽っていたを現実に引き戻したのはアフロディ。驚きながらもがアフロディの方へと振り返れば、そこにはアフロディの笑顔があった。
がきょとんとしていると、不意にアフロディは苦笑いをもらすと「実は」と切り出した。
「ひとりで遠くを見つめているときは、大抵碌なことを考えていない――って蒼介さんがね」
「〜〜ったく、蒼介は〜…はぁ……。まぁ、事実碌でもないこと考えてはいたんだけど…」
「…訊いてもいいかい?」
「……この試合、負けるのもひとつの選択肢かな――と」
アフロディの問いには小声で答えを返す。円堂たちに聞かれては面倒だが、アフロディならば否定はされても面倒にまでは発展しない――
そう思って正直に答えたの思惑は当たり、
アフロディは特に大きなリアクションを見せることもなく「そう」と相槌を打った。
「とはいえ、勝つつもりでやっても負ける可能性はあるんだけどねぇ」
「御麟さん…」
身も蓋もないの物言いに苦笑いをもらすアフロディ。だが、の言うことも一理ある。
新生雷門イレブンとなり、雷門イレブンが強くなったことは確か。
しかし、未だこの体制で試合を行ったことはないのだから、思わぬ盲点が浮上可能性もある。
その上、前回引き分けたダイヤモンドダストと能力未知数のプロミネンスのプレーヤーたち。不安要素がまったく無いわけではないし、この体制に欠点がないわけでもない。
勝つつもりで戦っても負ける――その可能性は十分にあった。
「けど、雷門イレブンに負けるつもりなんて微塵もないのよね」
「それはもちろん」
「それじゃあ、照美くんには頑張ってもらわないとね」
「ああ、君に拾われた恩は――ここで返すよ」
そう言って、アフロディは自信に満ちた笑みを浮かべた。
第104話:
無駄な駆け引き
ある意味で想像通りの試合展開だった。全力でぶつかってきたカオスは、立て続けに雷門ゴールにシュートを放つ。
未だムゲン・ザ・ハンドが完成していない立向居では、強力なガゼルとバーンの必殺技を止めることは叶わず、
前半戦半ばで既に雷門とカオスの点差は10点にまで及んでいた。
「紅蓮の炎で焼き尽くしてやるよッ!」
しかし、それでもカオスの猛攻は止まらない。
完全に彼らは雷門を叩き潰そうとしている。
おそらく、それが彼らにとって最低限の「手土産」なのだろう。そんなカオスの思惑はともかく、雷門にまた危機が迫っていることは確か。
先ほどのシュートンの衝撃が抜けきっていない立向居は、
ふらつきながらもゴールを死守するためにボールをチャッチする体制をとった。だが、あの立向居の様子ではバーンのシュートを止められるわけがない。
それどころか、致命的な怪我を負う可能性すら伺える。
誰もが立向居の身を案じたとき――立向居とバーンの間に円堂が割って入った。
「メガトン――ヘッドォ!!」
円堂の新必殺技――メガトンヘッド。
円堂の額から飛び出した黄金の拳が、バーンの放ったアトミックフレアを迎え撃つ。
そして、少しの競り合いの後――円堂のメガトンヘッドが競り勝った。弾き飛んだボール。それと一緒に円堂の体も吹っ飛ぶ。
だが幸い、円堂がカットしたボールはフィールドの外へと飛び出し、
動揺が走る中で攻め込まれることはなかった。シュートは防いだが、一向に立ち上がらない円堂。
円堂を心配した土門たちが円堂の下へ駆け寄り、大丈夫かと円堂に声をかけると、
多少無理はしている様子ではあったものの、円堂はたいしたことはないと笑みを見せた。なんとか危機を乗り越えた雷門イレブンだが、戦況は変わっていない。
しかし、この円堂の決死のプレーによって、雷門イレブンのリズムは大きく好転していた。次々にカオスのシュートを止めるディフェンス陣。
ことごとくカオスの攻撃の芽を摘み、攻撃に転じる回数も増え始めていた。
「(けど、中盤の脆さがどうにも…)」
ディフェンスは整ってきた雷門イレブンだったが、
ディフェンスラインを下げたことによって中盤が手薄となり、
そこで攻撃の芽を摘まれてしまい、完全には攻撃に転じることができないでいた。とはいえ、ここで不用意にディフェンスラインを上げてしまうと、
せっかく整ってきたディフェンスのリズムが崩れて先ほどの二の舞。
10点もの点差が広がっている現状、これ以上の失点は許されない。
となると、この布陣のままでなんとかカオスのディフェンスを突破しなくてはならなかった。
この試合において、現在の雷門イレブンの布陣はおそらく最良だった。ならば、ここで目をつけるべきはカオスのウィークポイント――
個々の力の向上と引き換えに失った、チームとしての強さ。
これまでの状況からするに、ダイヤモンドダストとプロミネンスは元々ライバル関係にあったチーム。
そして、カオスが結成されたのはおそらくここ最近のこと。
ならば、カオスはまだ完全にチームとしておそらく噛み合っていない。
その穴を的確についていけば――攻めに転じることは難しいことではないだろう。さて、ここで問題だ。ベンチに座っているが、現状動いている試合の中で、
どうやってカオスのウィークポイントを伝えるか――
おそらく、いずれは鬼道もカオスの噛み合っていない歯車に気づくだろうが、
手遅れになってから気づかれても後の祭りだ。
「(だからといって、下手に言葉とか態度で教えると相手に感づかれる可能性もあるしなぁ…)」
ガゼルはともかく、バーンに関しては警戒しておく必要がある。
望がの行動によって傷ついたと知っていた――ということは、彼と望がかなり親しい関係にあることは確実。
そうなると、バーンはの実力をある程度は把握している可能性が高い。適当な指示を下せば、カオスに対して彼らの弱点を指摘することになる。
かといって、色々を誤魔化しつつ指示を下せば相手を不必要に警戒させることになるだろう。10点も大量リードしているカオス――
心に余裕が生まれ始めている今こそ彼らのリズムを崩すチャンス。
後半戦に向けての攻めのリズムを作るためにも、ここで手を打たなくては――
「みんな!大海原中との試合を思い出しなさい!何事ノリでどうにかなる!!」
「なるかぁ!!」
「痛い!」
見事にの頭に決まったリカのツッコミ。さすが笑いの聖地――大阪出身者のツッコミ。
その鋭さは鬼道や夏未の比ではない。
手加減なしの平打ちが決まった後頭部がジンジンと痛む。だが、体を張ったのヒントはしっかり鬼道に伝わったようで、
鬼道の動きと視線が変わった。
「アンタなぁ!この非常事態になに言ってんねん!!ノリで試合に勝てるわけあらへんやろ!」
「そんなことないわよ。ノリは大事よ?ノリがよければ案外どうとでもなるもんよ」
「はぁ?!アンタどっかで頭打って頭パーになったんちゃうか?!」
「失礼ね、そんなこと言ったら大海原イレブンみんな頭パーじゃない」
「こんのっ…!」
「う、浦部さんっ!お、落ち着いて!」
ツッコミではなく本当にを殴らんとするリカ。
それを秋と春奈が慌てて力尽くで静止する。
しかし、2人はリカを止めるだけでに対して否定の言葉を投げることはしなかった。おそらく、2人もリカと同様にの言葉の意図には気付いていない。
しかし、何らかの意図があることは察しているようだった。そして、それは少し呆れた様子でリカの様子を見ている夏未も同じようで、
不意に呆れた表情を――更に呆れたものに変えてに視線を向けた。
「(ノリでやっているのか、本気なんだかわからない…!)」
おそらくは前者だとは思うが、夏未のを見る目は本当に呆れと失望が入り混じっているように思える。
ヒントを与えたことには感心しているが、それ以上にの言葉のチョイスに呆れているのかもしれない。だが、呆れられるぐらいの方がいい。
の言葉は、苦し紛れだった、的外れだった、意味が通じなかった、とち狂っていた――
とにかく無意味だったと印象付いてくれた方がいい。
「(でも、彼はやっぱり無理か)」
動き続ける試合の中、
の目に付き刺さる視線――それはバーンのものだった。やはり彼はを警戒している。
プレーヤーとしてではなくても、が試合を動かせるだけの実力を持っていると彼は知っているようだ。とはいえ、彼とての言葉の意味に気付くはずがない。
そもそも、が与えたのはヒントであって答えではないのだから。
それ故に、仮に鬼道が答えにたどり着いても、鬼道がその答えを使いこなせなくてはどうにもならない。
――と言っても、もそんな心配はしてないが。
「鬼道がカットしたぁ!!」
なんの前触れもなくカオスからボールを奪った鬼道。
あまりにも突然のことにカオスの選手たちの反応は遅く、
それよりも先に鬼道の下に円堂と土門が合流し、その勢いに乗じて必殺技を繰り出した。
「「「デスゾーン2ー!!」」」
雷門のデスゾーンを更に強化したものがデスゾーン2。
鬼道ら曰く、デスゾーンを足し算とするならば、デスゾーン2は掛け算なのだと言う。
個性のぶつかり合いが生み出した力――それは確かに掛け算と言っても違和感はない。
そして、個性のぶつかり合いで生まれた力とは、雷門の最大の武器である大きな爆発力なのだ。円堂たちの力が掛け合わされたシュートは真っ直ぐカオスゴールへ飛んでいく。
それを赤みの強い肌とマスクが特徴的なカオスのゴールキーパー――
グレントが必殺技であるバーンアウトで止めにかかるが、
彼の力ではデスゾーン2を止めることは叶わず、ついに雷門イレブン待望の1点が決まった。
「やった!」
雷門イレブンにとっては大きな1点。
だが、試合においては10点も奪われている手前、小さな1点だ。しかし雷門イレブンの怖いところはここからだ。
ピンチからの好転の連鎖による――逆転劇。
始まったら最後、走り出した雷門イレブンをそう簡単には止めることはできないだろう。
「格の違いを思い知らせてやるッ!」
雷門の勢いを断ち切らんとしたのはバーン。
試合再開早々、単身でバーンは雷門陣営へと切り込んでいく。
鬼道が止めに入るが、それをバーンは簡単に抜き、
さらに彼の進攻を阻む円堂を跳躍で交わすと、そのままゴールへ必殺シュート――アトミックフレアを放った。立向居とバーンの間にはなにもない。完全な一対一の状況だった。
このままでは追加点を奪われる――だが、雷門の逆転劇は、まだ終わりを向かえてはいなかったようだ。
「ムゲン・ザ――ハンド!」
立向居の背後から伸びる数本の手。
円堂が初めて正義の鉄拳を放ったときに感じた感覚と同じではあったが、
立向居がムゲン・ザ・ハンドを習得できたことは事実。そして――バーンの必殺シュートをチャッチし、
初めてカオスからゴールを守ったことも事実だった。
■あとがき。
夢主のヒント(?)は、正直マジで頭おかしくなったんじゃないかと錯覚を起こします。
きっと、カオスの選手たちは夢主に残念そうな視線を向けていたかと思います(笑)
因みに、ガゼルさんも夢主のことをバーン氏と同等に知っています。