グランの介入によって勝つことも、負けることもなく、引き分けの形で終わったカオスとの試合。
しかし、このカオス戦で雷門イレブンに生じた変化は小さいものではなかった。
新体制の雷門イレブンが実戦でも通用することがわかったこと。
立向居が究極奥義ムゲン・ザ・ハンドを習得したこと。
――負傷よってアフロディが雷門イレブンの離脱を余儀なくされたこと。
良いものも悪いものも、すべてをひっくるめて、このカオスとの試合は大きな意味を持った試合だった。
そんなカオス戦でのゴタゴタがまだ片付いていないというのに――
雷門イレブンに新たな問題が浮上したらしかった。
アフロディの入院している病院を出て、
携帯電話を起動しながらが雷門中に向かおうとしていると、
携帯電話の起動直後に入ってきた一通のメール。
差出人は夏未で、そのメールの内容は今すぐに雷門中に向かえというもの。
若干デジャブ感が漂う展開に一瞬、嫌な汗が流れたが、電話ではなかったということは、そこまで緊急の要件ではないはず。
一応程度に急いではみるものの、の中で嫌な予感は生まれていなかった。

 

「監督っ、何かあったんですか――?」
「…御麟さん」

 

裏門から雷門中へ足を踏み入れたが一番初めに見つけたのは、自分を呼び出した夏未ではなく瞳子。
しかも、いつも気丈な瞳子にしては珍しく、その表情は暗く弱々しかった。
雷門イレブンに何かがあった――厳密にはそうではないのかもしれない。
何かがあったのは雷門イレブンではなく――それを率いている瞳子なのではないだろうか。
でなければ、幾度となく雷門イレブンと共にピンチを乗り越えてきた瞳子が、これほどに弱さを見せるなど考え難かった。

 

「なにがあったのかは知りませんが――私は瞳子監督の味方ですよ」
「……ありがとう…、でも――」
「なにをそんなに心配してるんですか。監督は間違ったことなんてしてないんでしょう?
――なら、自信を持って前を見ていてください」
「御麟さん…」

 

瞳子に訪れた危機――今ある現状と、彼女のこれまでの行動と背景を考えれば、大体の察しはつく。
だが、それが明るみに出たからといって、動揺を見せてはなおさらに不信感を煽る。
こんなときだからこそ、瞳子は気丈に振舞わなくてはいけないのだ。
彼女自身の目的のために、
そして――雷門イレブンを勝利に導くために。

 

「一応、呼ばれているので行ってきます」
「…ええ」

 

先ほどと変わらず弱々しいままの瞳子。
しかし、はそれを気に留めることはせず――雷門イレブンがいるであろうグラウンドへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第106話:
悩む時間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重苦しい空気が流れている――
かつてこれまで雷門イレブンにこれほどに重苦しい空気が流れたことがあっただろうか?
とりあえず、が関るようになってからだと、今回のこれが最大に思えた。
瞳子を信用できない一之瀬たちと、瞳子を信じている円堂たち。
そして、どちらとも選択していない鬼道たち。
思惑それぞれ――雷門イレブンの心は完全に分裂してしまっている。
だが、それも当然――というか、当たり前のことだろう。
誰も、間違った考え方はしていないのだから。

 

「――とりあえず、解散したら?ここに留まってたって、答えが見つかるわけじゃなし」
……あなた一体今までどこに…」
「病院よ。照美くんの担当の先生との話が――いや、説教が長引いて」

 

先ほど、瞳子と話していたことは伏せたが、説教されていたこと自体は嘘ではない。
おかげで夏未からの招集の連絡が遅れ、彼らとの合流のタイミングが大きくずれてしまったことは事実。
しかし、瞳子への不信感が残っている空気は、へ対する不信感も煽っているようで、
に向けられる一之瀬や土門たちの視線は厳しいものがあった。
自分に向けられている彼らの視線に、は心の中で苦笑いを浮かべながらも、
表情はいつもどおりの不適なものを貼り付け、更にいつもの調子で言葉を続けた。

 

「一哉、今日のところは土門のところに厄介になったら?
答えが変わらないなら――私と一緒じゃ、居心地悪いでしょ?」
「……土門、いいかな」
「…ああ」
「それじゃあ――解散」

 

そう、が解散を宣言すると、その場からのろのろと雷門イレブンメンバーが散っていく。
それを何も考えずに眺めていると、不意に鬼道が声をかけてきた。
鬼道が言いたいこと――いや、聞きたいことはわかっている。
が知っている瞳子についての情報を提供しろと言うのだろう。
だが、に情報を提供するつもりはなかった。

 

「これ以上、判断材料なんて必要ないでしょ」
「それはお前が決めることじゃない。それに、情報は多いにこしたことはないからな」
「……腹が決まってる人間に、渡す情報なんてないわよ」
「――結局、お前も瞳子監督と同じか」
「ほぉ」

 

瞳子と自分は同じ――となると、
彼女もと同じくギリギリまで真実を明かすつもりはない――そう、彼らに伝えたようだ。
ここまできても、何も語らなかった瞳子――
一之瀬があそこまで露骨に瞳子を信用することを拒否するのも仕方がない。
何もわからない、知らない状態では、不信感を無視してまで瞳子について行こうとは思えないだろう。
円堂のような向こう見ずや、や豪炎寺のような特例を除いては。

 

「とはいえ、お前と瞳子監督の『事情』は違うんだろうが」
「さすが鬼道」
「褒められても何も嬉しくないぞ」

 

真顔で言ってよこす鬼道に、は平然とした表情で「でしょうねぇ」と言葉を返すと、雷門中を去るべく歩き出す。
それを鬼道は引き止めることも、ついていくこともせず、
ただ小さくなっていくの背中を黙って見送り、ややあってからその場を後にするべく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日でついにエイリア学園との決着がつく。
それと同時に、の目的も達成されることになるだろう。
――可否については兎も角だが。
しかし、吹雪の決着は付くのだろうか?
アフロディの姿を見て、吹雪の心境に何らかの変化があったようだが、
だからといってすぐに変わることができるほど、吹雪の心に巣くっている闇は浅いところにはないだろう。

 

「それまでのこと――ねぇ…」

 

いつの間にやら随分と暗くなった空を眺めながら、は歩きなれた道――通学路を歩いていた。
そんな折、不意にの口から漏れたのは、
吹雪を見捨てたようにも受け取れる――霧美の言葉。
だが、実際のところは違う。
吹雪がこの困難を乗り越えられると、心の底から信じているからこそ、霧美はそんなことが言えたのだ。
もし霧美が吹雪のことを、ほんの少しでも信じられていなければ――
たとえ冗談でもそんなことは絶対に言えないのだから。
言霊――とはよく言ったもので、
口に出した言葉には、現実の世界に影響を及ぼすほどの不思議な力が宿る。
正しく使えば心強いものだが、弱っている人間が不安を口にすれば――
自らの言葉の力によって簡単に心は崩壊していく。
そして、霧美はこの言霊の影響を受けやすいタイプの人間だった。

 

「(霧美は――誰を信じてるのよ……。士郎くん?それとも――私?)」

 

としては、できれば前者であって欲しいが、おそらくこれは後者だろう。
自分ひとりでは吹雪を信じてあげられなかった――そう霧美は最初から言っていた。
霧美からの後押しがあるのは心強いが――
それでも、の中にある懸念が晴れるわけではなかった。

 

「あ〜…絶対に私、監督業とか向いてないわ…」

 

実力ある監督ならば、この場面で吹雪に対してどう働きかけるべきか、きっと大体でも見当がつくだろう。
しかし、にはまったく見当がつかなかった。

 

「(まったく…人のこと言えないわね、同じフィールドに立たないと心に触れられないなんて――あ)」

 

心の中で愚痴をもらしていたの視界で銀色の氷塊が光る。
反射的に視線を光が見えた方向へ向ければ、そこは見なれた河川敷のサッカーグラウンド。
そして、そこのフィールドの上に居るのは不安要素としてあがっていた吹雪と――

 

「豪炎寺…」

 

ボールを通さないと言葉が意味を持たない人――豪炎寺。
…いや、実際のところは、言葉よりもボールが先に出てしまうだけで、ほど重症者ではないのだが。
どうやら吹雪の練習に付き合うつもりらしい豪炎寺。
やはり、同じ雷門のストライカーとして吹雪のことは気になっているのだろう。

 

「(…いっそのこと、士郎くんがファイアトルネード食らったら――
…って、いや、あれ別にショック療法じゃないし)」

 

ふと浮上した選択肢だったが、
自身が思い直したように豪炎寺のファイアトルネードには、
カウンセリング能力があるけでも、リフレッシュ効果があるわけでもない。
相手にボールをぶつけるのは、豪炎寺流の叱咤の形。
それ故に、豪炎寺が相手に伝えるべき言葉がなければ――ただの暴力でしかない。
ドリブルで前へ進む豪炎寺。
それに食らいついていく吹雪は、まるで今までの溜め込んできた「何か」を発散するかのよう。
だが、決して乱暴なプレーではない。
力強いが――正確さも備えたプレーだった。

 

「士郎くんを支えるのは雷門の…同じフィールドに立つ人間――しかないか」

 

吹雪にボールを奪われた豪炎寺。
思いがけない吹雪のプレーに驚いているようではあったが、
すぐに驚きの表情を楽しげな笑みに変えると、吹雪からボールを奪い返すべく走り出した。
とうにわかっていたはずだった――自分に吹雪の手助けはできないということは。
なのに、吹雪の心配をしていたということは、
明日への不安を誤魔化すために、頭が勝手に別の不安を煽っていたのかもしれない。
無駄に発達した自己防衛能力に、は思わず苦笑いをもらした。
少しの間、豪炎寺と吹雪の姿を眺めた後、は黙ってその場を後にする。
その後に降り出した雨も雷も、は気にはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき。
 気丈に見えて、案外気丈じゃないよ!っていう。最後にはなんとか立ち直りましたが(笑)
 ついうっかり、豪炎寺さんのファイアトルネードにはなにか特別な効果があるのでは――と思ってしまいますが、
そんなわけではないんですよね。あれはある意味、豪炎寺さんの直球な言葉なわけなので(笑)