エイリア学園の本拠地を奥へ奥へと進んでいる雷門イレブン。
相変わらずの無機質な通路を進んでいた――そのときだった。
突如として照明が落ち、その場がすべて闇に包まれた。
警備ロボットに襲撃されたあとのこの展開。
次の警備システムか――と思われたが、そうではないようだった。
不意に口を開く壁。
まるで雷門イレブンを導くかのように、足元のライトが点灯していく。
明らかな誘導――一瞬は誰もが選択を躊躇したが、
力強く前へと踏み出した円堂に背中を押される形で、雷門イレブンはその通路へと足を進めて行った。

 

「……?なにをしているの」
「なにも」
「なら早くしなさい。ぐずぐずしていると、はぐれてしまうわよ」
「…あ〜……、夏未には嘘つけないわね。――豪炎寺ー」
「えっ――きゃあっ」

 

突然、夏未の背中を強く押した
それは突き飛ばすといっても過言ではないほどのもので、
思ってもみないの行動に反応することもできず、夏未は体のバランスを崩す。
このままでは夏未は転ぶ――誰もがそう思い夏未の下へ駆け寄ろうとするが、
明らかに夏未の転倒を止められる位置には誰もいなかった。
だが、夏未が体のバランスを崩すよりも先に、
の言葉に反応していた豪炎寺が難なく夏未の体を受け止めていた。

 

っ…!なにするの――!?」

 

夏未の目に飛び込んできたのは、閉まりかけた扉とその向こうにいるの姿。
とっさに飛び出そうとするが、それを夏未の体を受けとめた豪炎寺が止める。
自分を止める豪炎寺に「どうして?!」と叫びたいところだが、
夏未は閉まり行く扉の向こうに見える笑みに声を上げた。

 

!!」
「―――ね」

 

ガゴンという扉の閉まる音に邪魔されて、聞こえなかったの言葉。
だが、それはあまり気にならなかった。
それよりも気になったのは、落ち着き払ったのあの態度――
そして、同じように落ち着いていた豪炎寺だった。

 

「豪炎寺」

 

誰よりも早く冷静になったのは鬼道。
すべてを知っているのであろう豪炎寺に多くは言わず、彼の名前だけを呼ぶ。
鬼道の呼びかけられた豪炎寺は、一間を置いてから答えを返した。

 

「御麟ははじめから分断されることを予測していた。
だが、決着をつけるために――自分の目的のために誘いにのると言っていた」
「…そう、か…」
「――なら、俺たちは『俺たちの目的』のために前へ進むしかないね」
「一之瀬くん…」

 

何事もなかったかのように一之瀬はそう言うと、閉まってしまった扉に背を向ける。
それに促されるように鬼道も扉に背を向け、自分が進むべき方向へと視線を向けた。
一之瀬と鬼道が進むべき道を見据えた事によってか、徐々に前を向くメンバーが増えていく。
それを気配で感じながら、夏未は豪炎寺の手を借りておもむろに立ち上がる。
そして――
硬く閉ざされた扉に背を向け、雷門イレブンと共に前へと進んで行った。

 

「(――追いてこなかったら、ただじゃ済まさないわよ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第108話:
私の決着

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張ってね――」

 

ガゴンという大きな音によってかき消されたの応援の言葉。
だが、はじめから自分の応援の言葉など大した意味など持たないとわかっているに落胆の色はなかった。
分厚い壁を隔てようと、人の気配を感じることはにとってそれほど難しいことではない。
離れていく多くの気配――それと入れ替わるように、の下へ近づいてくる気配が二つある。
誰か――なんて、考えるまでもない。
このエイリア学園で、雷門イレブンからを分断させたい存在など限られているのだから。

 

「――……」

 

光を取り戻した通路。
その先にあったのは、黒い点と白い点。
ゆっくりとその大きさを増していく点。
ボーっとそれをが見守っていれば、その点はいつしか人の形に変わっていく。
そして、いつの間にかの前には、ジェネシスのユニフォームを身にまとった二人の少年が立っていた。

 

「手間、取らせて悪かったわね」
「…………」
「………」

 

沈黙を破ったのは
重苦しい空気などなんのその、まるで場の空気を読まずには少年たちに言葉をかけると、
黒髪の少年――サージェは酷く不機嫌そうな表情を、
白髪の少年――フォルテは戸惑いを含んだ迷惑そうな表情を見せた。
だが、の言葉に対する彼らの反応はそれまでだった。
の想定では、先ほどの言葉をきっかけに事が動く予定だったのだが、
6年の隔絶はが思っているよりも大きな変化を彼らに与えていたようだった。
彼らが口を開くまで我慢くらべ――なんてものも一度は選択肢に上がる。
だが、こうしてなんの進展することもなく時間を消費するのはあまりにも不毛。
彼らにも考える時間は必要――なんて優しいことをは考えなかった。

 

「黙ってないで何とか言いなさい。――言いたいこと、山のようにあるんでしょう?」

 

そう――が言った瞬間だった。
瞬きひとつ。
その間にの視界からサージェの姿が消える。
!」とフォルテが警告するよりも先に――サージェの拳がの顔面めがけて放たれていた。

 

「なんとか言えとは言ったけど、誰も殴ってこいとは言ってないから」

 

の顔面を狙ったサージェの拳。
それをは余裕を持って手のひらで受けとめ、
それと一緒に呆れを含んだ苦笑いを浮かべながらサージェに言葉を投げる。
だが、サージェはそれに反応を見せることもなくから距離をとると、また一瞬にしての視界から姿を消した。
そんなやり取りを2〜3度、続けたところでは思い切り大きなため息をつく。
自ら動いたにもかかわらず、未だ続いている不毛なやり取り。
だが、ある意味で仕方のないこと――
そもそも、のアプローチ方法が間違っていたのだから。

 

「――ッ!」
「悪いわね、ぬるま湯で頭がふやけすぎたわ」

 

自分に向かってきた拳をは掴み、その拳の勢いを利用してサージェを受け流すと、
その流れではサージェの足を払って彼を床に押し倒す。
一応、頭を強く打たないように加減はしたが、
サージェの体に奔った衝撃は小さなものではすまなかったようで、サージェは声にならない苦痛の声をあげた。
苦痛に顔を歪めるサージェ。
しかし、それを見たところでの中に罪悪感は生まれない。
その痛みは、の意図を拒絶し続けるサージェへの制裁なのだ。

 

「こうまでしないと、アンタは本音を飲み込む。――そうだったわね」
「…………」
「以前にもまして頑固になったみたいね。でも残念――それでも私の方がまだ頑固よ?」

 

意地の悪い笑みを浮かべては笑う。
馬乗りになったに体の動きを封じられた上に、両手を掴まれて手の自由まで奪われたサージェ。
もし、本当にが自分に危害を加えるためだけに、
サージェの反抗を封じているのであれば、きっとフェルテがサージェの助けに入っただろう。
だが、の手によってサージェに危害が加えられようとも――
フォルテはただ心配そうにサージェとのやり取りを見守るだけだった。

 

「これまでなら――望が泣きながら私に殴りかかって来てたわね、『朔に乱暴するな〜』って」
「なっ!?泣いてねーよ!」
「泣いてたわよ。それで何度服と髪を鼻水でビチャビチャのグチャグチャにされたことか…」

 

の脳裏によみがえる幼き日の優しい記憶。
たちがぎゃーぎゃーと騒いでいると、その騒ぎを聞きつけた仲間たちがやってくる。
泣きじゃくる望につられて九朗も泣き出して、それを優しく微笑みながら霧美たちがなだめる。
その望を泣かせた原因(?)であるといえば、
蒼介たちから「またか」と苦言を浴びせられ、抗議しても適当に切り返される。
そして、沈黙を保っていた朔は――

 

「望、アンタは結論が出ているんだから――いるべき場所に戻りなさい」
「っ、そんな――」
「エイリア学園のフォルテに――用はない」

 

フォルテの方を一切見ず、は冷たく言い彼に言い放った。
拒絶にも似たそれは、胸を強く握られるような痛みをフォルテに感じさせる。
肉体的な痛みよりもずっと堪えるそれは、ずっと蓋をしていた「望の悲しみ」の蓋を取り去ってしまうほど。
――だが、フォルテは「望の悲しみ」を自らの力で押さえ込んだ。

 

「勝つのはエイリアだからな!」

 

そう、最後に宣言してフォルテは一瞬にして姿を消す。
そんなフォルテの姿を見たは、少し呆れを含んだ苦笑いを浮かべながら見送った。
おそらく、フォルテはに対して発破をかけたつもりだったのだろうが、
実際に発破をかけられたのはではなく、サージェの方だろう。

 

「ホント、頭ふやけすぎてるわね」
「――まったくだ」

 

苦笑いを浮かべながら言うに返ってきたのは、
やっとのことで口を開いたサージェの言葉だった。
呆れも憤りも感じられない感情を含まないサージェの言葉。
「らしいな」と心の中で苦笑いしながら、はフォルテが去って行った方向に視線を向けたまま沈黙を保った。

 

「ずっと一緒にいる――俺たちを繋いだこの約束を破ったお前を許すつもりはない。
もちろん、望を傷つけたこと、俺たちの信頼を裏切ったこと――お前がしてきたすべてを許すつもりはない」
「…それは――覚悟してた」
「……過去形か」
「ええ、過去形」
「…勝手だな」
「そんな今更――って………あの…ねぇ〜…」

 

わけもなく下ろした視線。
そんなの目に映ったのは、目からぼろぼろと大粒の涙をこぼすサージェ。
さすがにここまで泣かれるとは思っていなかったは、苦笑いを浮かべながらサージェの両手を開放し、
更に馬乗りになっていたサージェの腹部から腰を上げると、そのまま彼の横に腰を下ろした。

 

「初めから、のすべてを恨んでいたわけじゃない。
ただ、悔しくて、辛くて、寂しかった――の傍にいられないことが。
そんな黒い感情がぐちゃぐちゃになって――恨みに変わった。――どうして俺たちを残していったんだと」

 

不意にの手に何かが触れる。
反射的に手元に視線を移せば、そこにはの手を掴むサージェの手。
サージェがなにを言わずとも、にはわかった。
彼がどれほどに強い喪失感と寂しさを感じたかを。

 

を恨むことは簡単だった。
…だが、を恨む度に俺の知っているがいなくなってしまうような気がして怖かった。
大好きだったはずのお前の姿が――記憶から消えてしまいそうで」
「…でも――恨まずにはいられなかった」
「ああ、恨むことをやめてしまえば、俺とを唯一繋いでいるものがなくなる。本当に、俺の中からの存在が消えてしまう。
――失ってしまうぐらいなら、恨みでもいいから繋がりが欲しかった」

 

恨むという手段をとってまで、サージェがつなぎとめたとの「繋がり」。
普通ではないサージェの「繋がり」へ対する執着心。
だが、これも致し方のないこと――彼にとって、は「すべて」を与えてくれた存在だったのだから。
居場所も、家族も、仲間も失ったサージェたちに、はそれらすべてを与えた。
ぽっかりと空いた心の隙間を情で埋めてくれた
その時から、サージェにとっては特別以上の存在――なくてはならない存在になっていた。

 

「お互い、酷い依存症ね」
「そう……だな…」
「…一応、病気は治さないとね」
「わかっている。……望に先を越されたままでは面目が立たないからな」

 

起き上がりながらそう言って、サージェはそのままの勢いで立ち上がる。
視線を下に向ければ、そこには未だ床に腰を下ろしている
無意識のうちにサージェはに手をさし伸ばしていたが、
それを見たは苦笑いを浮かべると、サージェの手を借りずに自らの力で立ち上がった。

 

「さぁ、朔――殴ろうか」
「………は?」

 

突拍子もなくの口から飛び出したのは物騒な単語。
色々なものがぶっ飛んでいるの発言に、
さすがのサージェも思考が追いつかなかったようで、唖然とした表情のまま固まっていた。
だが、驚きで硬直しているサージェなんてなんのそ。
は平然とした様子でサージェの肩をぽんと叩いて「ほれ」と自分を殴るようにサージェを促す。
はっと我に返ったサージェは自分の肩に置かれたの手を払うと、
動揺した様子で「なにを…!?」とにわけを尋ねた。
すると、はきょとんとした様子で首をかしげると、落ち着いた様子でサージェの疑問に答えた。

 

「けり、つかないでしょ?」

 

最後に「望も殴ってるし」と付け足し、はそれが当然であるかのように平然と語る。
確かに、サージェも最初こそ、を一発殴ってすべてを清算しようとした。
だが、それを許さなかったのは、今自分を殴れと言っている自身。
おそらく、これまでの「恨み」をその一発を皮切りに清算していこうと言うのだろう。

 

「…わかった、いくぞ」
「ん」
「ッ――」

 

きっと、フォルテなら思いっきりのことを殴っただろう。
彼は自分たちとの約束を破ったのことを本当に恨んでいた。
だから、今までのすべての負の感情をこめて――を殴ることができただろう。
だが、サージェは違う。
恨んではいたが、それは感情を含んだ恨みではない。
あくまで、「繋がり」を保つためだけの偽りの負の感情。
厳密なところは――

 

「…これが俺の本心だ」
「なんだか…なぁ〜…」

 

殴らなければは納得しない。
それがわかっているからこそ、サージェは殴った。
ぐりっと押し付けられただけのサージェの拳。
多少、肌をひねられるような痛みはあったが、望のときと比べれば、痛みなどないも同然。
だが、それでも「殴った」という事実には変わりなかった。
なんとなく納得しがたい結果ではあったが、はため息をひとつついて気持ちを切り替えた。

 

「それじゃ、エイリア学園のサージェくんはこれからどうするの?」
「…もう、そんな存在はいない。サージェはもう、消えた」
「……それ、どういう意味かわかって言ってるんでしょうね?」
「ああ、仲間のことはフォルテがどうにかする。俺は――双樹朔として家族を助ける」

 

サージェ――いや、朔はそう言うと、スッとの前にひざまずく。
突然の朔の行動にはきょとんとしていると、朔は改まった様子でに頭を下げた。

 

「俺たちの家族を守るために、力を貸して欲しい。三度も――大切なものを失いたくない」
「……――なるほど、双子の連携プレーってことか」
「…頼めるか?」

 

立ち上がった朔が、おずおずと片手を挙げた。
自信なさ気な朔の姿には苦笑いを見せたが、
不意に不敵な笑みを浮かべると、それが当然であるかのように、パンッと朔の手のひらを叩いた。

 

「当然。まとめて面倒見てやるわよ」
「…ありが――」
「それは全部が無事に終わってから――とりあえず、勇と合流しなさい。力になってくれるから」
「ああ、わか――」

 

善は急げ――と、朔は早々に行動に移ろうとしたのだが、それよりも先にが朔の肩をガシリと掴む。
ここにきてなんだと朔は驚いたが、は冗談で朔を引き止めたわけではないようで、真顔で口を開いた。

 

「私、どこに行けばいいの?」
「――っ〜…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき。
 オリキャラ双子の兄が無事、弟に追いつきました!そして、夢主の「目的」が一足早く達成されました!
今までにない程の全力での残念回でしたが、この連載におけるエイリア編での主軸にオチをつけることができてよかったです。
しかし、この後の話は間違っても消化試合ではありません!全力で書きます!(ベクトル違いになること多々)