「そう、ジェネシスは――ジェネシスの力は、真の人間の力。
弱点などない、最高最強の人間たちなのです」

 

無機質な通路に響く男の声。
おそらく――この声の主がこのエイリア学園を支配する人物なのだろう。
穏やかな声音が紡ぐ言葉は随分と物騒なもの。
余程自らが作り出した「ジェネシス」に自信があるようで、その声には余裕と嘲笑の色があった。
雷門イレブンとジェネシスの試合が行われているグラウンドを目指して走るにも、
通路に設置されたスピーカーを通してエイリア学園が謳うジェネシス計画の全容は明かされた。
しかし、ジェネシス計画の全容が明らかになったところでに動揺は無い。
端から自分の知るジェネシスと雷門がぶつかることは前提のこと。
大前提としてあることがまったく変わっていないのだから、動揺のしようがないともいえた。

 

「(…しかし、もしこれが武力行使だったら、もっとすんなりうまくいっていたかもねぇ)」

 

――なんてことを考えて、思わずは苦笑いをもらす。
現実にならなかった不幸中の幸いに感謝しながら、
は何度目になるかわからない警備ロボットの団体に、げっそりとした様子でため息をついた。

 

「(まぁ…今できる最大限の『仕事』なんだろうけど……)」

 

元々は、サージェと早々に別れて雷門イレブンと合流する予定だった。
だが、サージェの「家族」を助けるにあたって囮が必要だという話になり、
自由に動けるが必然的に囮役としてエイリア学園本部内を、
次々に襲ってくる警備ロボットたちを破壊しながら色々遠回りしながらゴールを目指して走り続けている現状だった。

 

「シンニュウシャ、ハイジョ」

 

そう音声を発して警備ロボットたちはサッカーボールを放ってくる。
端から攻撃を宣言してくれるので、タイミングを読まなくていいのが楽でいい。
しかし、本気でボールを蹴りこまないと、鋼の装甲に覆われている警備ロボットのメイン回路を破壊することができないのは辛かった。
の本業がフォワードならば、もっと楽なのだが、残念ながらの本業はミットフィルダー。
下手というわけではないが、シュートは専門外だ。
虎の山でもっとシュート力を強化してくるべきだったか――
と、心の中で苦笑いしながら、は警備ロボットの蹴り放ったボールを止めると、
そのまま警備ロボットの頭部に向かってシュートを放った。
瞬間、青白い電撃が警備ロボットの頭部に奔ったかと思うと、
警備ロボットの頭部はボンッと音を立てて爆発した。
しかし、それでもまだ1体。
すべての警備ロボットを破壊する必要はないが、
この警備ロボットを指揮する電波塔である黒い警備ロボットにたどり着くまでには、
まだこのロボットたちを数体は破壊しなくてはいけないことは確かだろう。

 

「はぁ〜〜……って、あれ?」

 

がため息をついている間に、なぜか動きの止まった警備ロボットたち。
一瞬、もこの思いがけない状況に困惑したが、ふと思い出した顔に思わず苦笑いが漏れた。

 

「すべてがデジタル管理ってのも――考えものね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第109話:
今の自分にできること

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェネシスの下に2、雷門の下に1と表示されたスコア。
雷門イレブンと共にフィールドの上に立つ吹雪。
感情に任せて猛然とグランに向かっていく円堂。
なにかがあった――それは馬鹿でもわかる。
だが、今までに「なに」があったのかは、さすがのもすべてまでは見当などつかない。
しかし、円堂の異変に関してだけはにも心当たりがあった。
雷門イレブンとジェネシスが戦うこのグラウンドにたどり着くまで聞こえていた男の言葉。
あの言葉が円堂に向けられていたものだとしたら――円堂が怒り狂っていることに不思議はなかった。
雷門イレブンが強くなった理由――それは、弱い者を切り捨てたから。
弱い者は怪我を負うから、
弱い者は苦痛に耐え切れずチームを去って行くから――
チームに残れなかった人間は弱い人間。
その言葉に嘘偽りはない。
実際、事務的に考えれば、雷門イレブンから去っていたメンバーは「弱い者」と括られても仕方がなかった。
だが、苦楽を共にしてきた仲間を「弱い者」と括られて、誰もが黙っていられるわけがない。
特に仲間意識の強い円堂だ。
我を忘れてがむしゃらに怒りをぶつけたくなるのも当然だろう。

 

「まったく…、やっと士郎くんが『仲間』の存在を認識したっていうのに――キャプテンがなにやってんだか」

 

観客席の片隅に落ちていたのは白いマフラー。
それは、自分ひとりで完璧になろうとしていた吹雪がいつもつけていた――生き別れた双子の弟、敦也の形見。
吹雪を孤独から救っていた「それ」を、吹雪が手放したということは、
吹雪は自分の思い違いに気付き、過去のトラウマと向き合い、闇に打ち勝ったのだろう。
にとって、最大の心配の種であった吹雪。
しかし、彼は自らの過去に決着をつけ、前へ進みだした。
それによって、雷門イレブンは完全にひとつのチームとしてまとまったはずなのに、
円堂は全てを一人で背負ってジェネシスに――いや、仲間たちを侮辱した吉良に立ち向かっていた。

 

「(真・帝国戦とは逆の構図か……。…鬼道もなんか言ってやればいいのに)」

 

観客席から雷門イレブンを見下ろし、は他人事のようにそんなことを思う。
円堂の気迫に圧されているのか、
円堂の気持ちは否定できるものではないと思っているのか、
円堂の気持ちを買っているのか――
なにを思って雷門イレブンと瞳子が円堂の冷静さを失ったプレーを許しているのかはわからない。
だが、このままのプレーを続けていては、勝てるものも勝てなくなってしまうことは確か。
手を打たなければならない。
勝つために、雷門イレブンを守るために――誰かが。

 

「(でも、もう私にその役目を負う資格はない。
私は彼らではなくて、朔たちを選んだんだから――)」

 

けれど、せめてこの戦いの結末を見届けたい。
それが、の自分勝手なエゴだとしても。
立場やスタンスはともかく、これまでの雷門イレブンの成長を見守ってきたのだ。
どんな結末になろうと、はこの試合を最後まで見届けたかった。
相変わらずグランに猛進していく円堂。
それによってチームのリズムが完全に崩壊した雷門はひたすらに防戦一方。
円堂を軽くかわし、グランは必殺技を放つ体勢を整える。
それにウルビダとウィーズが加わり、グランたちは連携必殺技――スーパーノヴァを放った。
超新星を思わせる強大なパワーを秘めたその必殺技は、ことごとく雷門イレブンの選手たちを蹴散らしていく。
そして、この土壇場で進化したらしい立向居のムゲン・ザ・ハンドも容易に打ち破った――
が、前線からゴール前にまで戻ってきていた豪炎寺と吹雪の必死のフォローによって、
ジェネシスの追加点は何とか免れることができていた。
そしてありがたいことに、前半戦の終了を告げるホイッスルが響く。
ハーフタイムとなり選手たちは自分たちのベンチへと戻っていく。
休憩すれば円堂の頭も冷えるだろう――だが、それはない。
余計なことを考える余裕ができる分、逆に放っておけばなおさらに悪い方向へ円堂は進んでいくだろう。
だが、はそれは杞憂だと思うことにした。
自分の信じる監督が、このまま黙っているはずはないのだから。

 

「(やっぱり、『観戦サッカー』はヒマね)」

 

我侭を言わずにサージェたちに協力するべきだっただろうか――
あまりの暇さ加減にそんなことを思ってしまう。
雷門イレブンの関係者としてこの試合を見ていれば、ハラハラもするだろうが、今のはあくまで第三者。
残念ながら、大きなドキドキ感などはほとんどない。
第三者として試合を冷静に見すぎている――そのせいもあるだろうが、の中でひとつだけ大きな答えがあったのだ。

 

「(『本物のサッカー』なら、サッカーもどきに負けるわけがない)」

 

統率は取れていても、個が死に、連携に隙のあるジェネシスのサッカーは、にとって形だけのサッカーも同然。
いくら力が、実力があろうとも、そんな「もどき」のサッカーで勝ち続けることができるほど、サッカーは浅いものではない。
もし、サッカーにおいて力が全てだというなら、雷門がジェネシスからゴールを奪うことなどできないはず。
だが、それができたということは、ジェネシスのサッカーは「最強」などではなく――ただの「もどき」だ。

 

「ごめん!」

 

パシンッと乾いた音が響き、反射的に視線を音のした方へ向けると、
そこには雷門イレブンメンバーに向かって頭を下げる円堂の姿があった。
近くに瞳子の姿があるところを見ると、おそらく瞳子が円堂の目を覚まさせたのだろう。
いつもは仲間の大切さを説く側だというのに、瞳子に仲間の大切さを説かれた円堂。
エイリア学園と戦い始めた当初からは考えられない構図――
だが、この旅によって、誰しもが「人」として成長している証拠にも思えた。
雷門のキックオフで始まった後半戦。
それでも、は観客席からただ黙って試合の様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自らの体を犠牲にしてまでも、敬愛する「お父様」のために戦い続けるジェネシス。
サッカーについては認めるつもりはないが、彼らの信念に関しては認めざるを得ないだろう。
どこまでも純粋な彼らの愛情。
だが、それは「お父様」には届いていない。
彼らを指揮する吉良は、彼らジェネシスをあくまで世界征服のための駒としか認識していなかった。
哀れに思ってしまうが、雷門の勝利を願う身としては幸いだ。
もし、吉良がジェネシスを駒としてではなく、自分のために戦ってくれる子供たちと認識していたなら――
ジェネシスのサッカーは本物になっていたかもしれない。
そうなると、今の雷門イレブンのスペックでは、ジェネシスに勝つことはかなり難しいことになっていただろう。

 

「ムゲン・ザ・ハンドォ――!!!」

 

果敢にジェネシス最強の必殺技――スペースペンギンを迎え撃つ立向居。
好プレーの続いた仲間たちに感化されたのか、立向居は土壇場でムゲン・ザ・ハンドをまた更に進化させる。
立向居の背中から伸びた手が、宇宙服を着たペンギンを押しつぶし――
一度は止められなかったスペースペンギンを、立向居は完璧に止めてみせたのだった。
最強と自負していたスペースペンギンが破られ、唖然とするジェネシスイレブン。
だが、まだ試合は終わっていなかった。
シュートをキャッチした立向居が綱海にボールをパスする。
そして、ボールは雷門イレブンメンバー全員のパスによって、ジェネシス陣内まで持ち込まれ、
そのボールをキープしながら更にジェネシス陣内に攻めあがっていくのは――円堂、豪炎寺、吹雪の3人だった。

 

「「「ジ・アース!!」」」

 

心の力――その集大成ともいえる「ジ・アース」。
多くの人の心が生み出した力は半端なものではなく、
紙切れでも吹き飛ばすかのようにジェネシスのディフェンダーとゴールキーパーを吹き飛ばす。
だが、その程度でジェネシスも諦められるわけがなく、グランとウルビダが更にシュートの阻止に入った。

 

「お父様のためにッ!」
「負けるわけにはいかないッ!!」

 

渾身の力を持ってグランたちは抵抗する。
だが、彼らの奮闘も虚しく――雷門イレブンのシュートがジェネシスのゴールを抉った。
雷門のスコアが3から4に変わるが、ジェネシスのスコアは相変わらず3のまま。
そして、高らかと試合の終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。

 

「やったぁああ!!」

 

雷門イレブンから湧き上がる歓声。
これはただ勝利を喜んでいる歓声ではない。
長らく続いたエイリア学園との戦いに、勝利で終止符を打ったことへの歓声だ。
ただ辛いだけの戦いではなかったかもしれない――しかし、辛いことが多かったこともまた事実。
だがそれでも、この戦いを勝利で終わらせられたのであれば、その苦痛も報われるというものだ。
雷門イレブンが勝利に沸いている中、その輪に近づいていくのはグラン。
雷門イレブンの心の力――それを認め、それは大切なものだと理解したらしい彼は、
円堂に受け入れられ、その姿を雷門イレブンはどこか嬉しそうに見守っている。
エイリア学園の野望は打ち砕かれ、大団円で終わるのか――
そう思っていただったが、そう簡単には終わらないようだった。

 

「ヒロト、お前たちを苦しめてすまなかった…」
「……父さん…」
「瞳子――、私はあのエイリア石にとりつかれていた…。
お前の……いや、お前のチームのおかげでようやくわかった」
「…お父さん……!」
「そう、ジェネシス計画そのものが間違っていたのだ…」

 

ある意味で、吉良の言葉は間違っていない。
彼の言うとおり、ジェネシス計画――ハイソルジャーを作り、その武力で世界を征服しようという考えは間違っている。
だが、その力の使い方さえ間違わなければ、ハイソルジャー――ジェネシスイレブンは間違った力のあり方ではないだろう。
彼が言う「間違っていた」というのは、おそらく前者。
しかし、冷静な思考を失っているものにすれば、
彼がジェネシス計画のすべてを否定したと受け取っても致し方のないことだろう。

 

「…ふざけるな……!これほど愛し、尽くしてきた私たちをよりよって――
あなたが否定するなぁああ!!!

 

そう叫びながらウルビダが放った一撃は、どんなシュートよりも――強い力を持っていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき。
 第何弾になるかわからない傍観者の独白話でした(滝汗)
途中までは、試合中に乱入(?)して、円堂に一喝入れる流れで行こうとしていたのですが、
それだとイナズマキャラバンの成長を潰しかねないので、今回の流れとなりました(苦笑)