「勝ったわね、雷門」
「ああ」

 

昼食を取るために訪れた屋上。今日も今日とて美しい青が空に広がっている。
いつもであれば、素直に綺麗だと思えるのだが、
今のには清々しい空の青色は、天が自分を嘲笑っているようにしか思えなかった。
平行線を辿り続けていた豪炎寺との会話。だが、今は大きく豪炎寺側に傾いている。
豪炎寺の提案をが受け入れ始めた――というわけではない。
寧ろ、以前よりもの拒絶は大きくなっている。
しかし、は傾かざるを得ないのだ。

 

「約束は守ってもらう」
「……ねえ、豪炎寺だけじゃダメ?さすがに全員の相手をするのは骨が折れるんですが」
「………」
「豪炎寺を納得させたら、全員納得すると思うんだけど?」

 

豪炎寺の妥協を試みたは、ずいずいと豪炎寺に詰め寄っていく。
若干の気迫に圧され、一瞬、豪炎寺は少し表情を崩したが、
すぐに気持ちを持ち直すと、「そんなことはない」との言葉を真っ向から否定した。
豪炎寺との間で成立した賭けに近い約束。
それは、先日の雷門中と尾狩斗中の練習試合で雷門中が勝利した場合、
が雷門サッカー部を相手に実力を示すというもの。
もし、雷門が負けた場合には、無条件での実力を認め、
サッカーに関する干渉を禁止することになっていた。
練習試合の結果は雷門中の勝利で終わり、
賭けは豪炎寺の勝利――となるはずだったのだが、元々も雷門が負けるとは思っていない。
豪炎寺と約束を交わした当初は、
実力を示す頃にはが我慢できるレベルに到達しているだろうと踏んでいたのだが、
その予想は綺麗さっぱり外れて、
雷門イレブンの実力はまだまだの許容限界と飛び越えたところにいた。
元々、賭けが正しい形で成立していなかったこともあり、
豪炎寺が妥協してくれるまで首を縦に振るつもりはなかった。

 

「…これ、円堂には言ってなかったんだけどね――」
「?」

 

前振りもなく話を変える
豪炎寺は少し驚いたような表情は見せたが、
が話を誤魔化そうとしているとは思わなかったようで、
の言葉を止めることはせず、話を促すように黙ってに視線を向けていた。
豪炎寺に自分の話を、聞くつもりがあるということを気配で感じ取ったは、
一度放していた視線を空に戻した。
この話をして、豪炎寺が妥協してくれるとは限らない。
逆に妥協してくれない可能性を高めるという可能性も否定はできない。
しかし、このまま理論だけで押し切ろうとしても、時間が無駄に経過するだけで、
下手をすると豪炎寺の手によって河川敷へ強制連行される可能性も否めない。
ならば、駄目元でも打って出なくては――ジリ貧だ。

 

「この間の入院、雷門と帝国のサッカーの試合観てたせいなの」
ブッ

 

そこでは豪炎寺の妥協を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第11話:
平行線美学

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熱の篭った厨房――そこがのアルバイト先だ。
何度も言うようだが、は中の上のお金持ちの娘。
お金には一切困っていない。
だが、は特別な理由によって、
本来中学生には新聞配達しか許されていないアルバイトをしていた。
まぁ、特別な理由といっても、
かなり私情の絡んだ「特別」であって、普通の環境では認められるはずのない理由。
しかし、雷門中理事代理である夏未が友達であること+夏未の雑用を手伝っていることによって、
はその「特別」を特例で認められているのだった。
普段は下ろしている髪を綺麗にアップし、髪の毛が落ちないようにバンダナで頭を覆う。
この店に制服と呼ばれる服はないのだが、この店で働くときにいつも着ている服を着て、
さらにこのアルバイト用に用意したエプロンをすれば、服装的な準備は完了。
最後に手を洗って仕事開始だ。

 

「……最近、入りが遅いな」

 

苦言を向けていると言うよりは、
を心配していると言った様子の声音で言葉を投げてきたのは、
がアルバイトしているラーメン屋――雷雷軒の店主である中年の男――響木。
何気に付き合いの長いは、響木の気遣いを察して急に申し訳なくなってしまった。

 

「すみません、響木さん。…妙に最近忙しくて……」
「入院してからだな。お前のペースが乱れてきたのは」
「………」

 

鋭い響木の指摘に、思わずは口をつぐんだ。
入院したことは響木に自分の口からも伝えたし、おそらく両親からも連絡がいっている。
だが、わざわざこの話題を掘り返してくるということは、
響木はが入院した理由を知らないからだ。
あえて自分から説明はしなかったが、両親が説明してくれたとも思っていない。
普通に考えれば事情を明かすことを躊躇するような内容ではないのだが、
元々がある「事情」が事情だけに、
いざ説明するとなると言葉を口にすることを少し躊躇してしまった。

 

「…観たんだよ。雷門と帝国の練習試合をな」
「なに……?」
「お、鬼瓦さん…?どうしてそのことを……!?」

 

口篭るの代わりに真実を口にしたのは、
店の出入り口近くにあるカウンター席で食事を取っている初老の男――鬼瓦。
まさかの人物が口にした事実には驚いて目を見開いたが、それに対して大人たちは随分と冷静だった。
理解できない状況に動揺を隠せないの肩がガシリと掴まれる。
ハッと我に返ったは、自分が置かれている状況が非常に悪いということだけは理解した。

 

「自分の立場をわかっているんだろうな」
「わ、わわ、わかってますよ!
今回は理事長の娘さんから評価を頼まれて観てただけで、そういう意図じゃ……」
「…なら、それと最近の入りの乱れに関連性はないということか?」
「………無関係……ではないです…」

 

響木を相手に嘘をつくのは無駄。
それをよく理解しているは、腹を括って誤魔化すことをやめた。
響木の指摘どおり、ここ最近が雷雷軒のアルバイトに入る時間が乱れていることと、
雷門と帝国のサッカーの試合を観たことには関連がある。
あの試合で見たプレイから期待を覚えた円堂と豪炎寺。
彼らの様子を見たり、構ったりしているうちに、アルバイトの時間に遅れてしまったこと多々だった。

 

、関わったところで、お前さんが辛いだけじゃないのか」
「そうならないように一線引いてます。
…それに、干渉したいのは個人であってチームではないですから」
「……だが、自分の立場だけは忘れるな。ことが起こってからじゃ遅いんだ」
「まだ、ヤツの尻尾がつかめてない以上はな」

 

雷門イレブンに関わることを「やめろ」とは言わず、
注意だけをしてきた響木と鬼瓦に、は不服そうに「はい」とだけ返事を返す。
そして、何事もなかったかのように自分に任されている仕事――材料の下ごしらえを始めた。
「やめろ」――そう言われたらやめる。
はまだ子供。
自分の身を自分の力で守ることすら満足にできない子供である以上、彼らの言葉は絶対だ。
自分だけが危険にさらされるのなら、まだ無茶もできる。
だが、他者を巻き込む可能性がある以上――大人しくするほかに選択肢はないのだ。
湧き上がる憤り。
それを押さえ込もうと試みるものの、努力虚しくそれはいくらでも沸きあがる。
しかし、こんな不愉快なものを抱えながら作業に集中できるほど、もできた人間ではない。
沸々と湧き上がる憤りを一度発散させようと、は店の奥へと下がろうとしたが、
不意に聞こえた扉の開く音での感情はすべてリセットされた。
手伝い時代を含めると、かなり長いことになる雷雷軒での仕事。
嬉しいかな悲しいかな、骨の奥にまで染み付いた条件反射は、いくら怒りに染まっていようが関係ない。
営業用の笑顔を顔に貼り付けて、元気よく「いらっしゃいませー!」とお客に愛想を振りまく。
それが無愛想な響木が切り盛りする雷雷軒でのの一番の仕事なのだから。

 

「……御麟………」

 

やはり思う。
豪炎寺とはなんか相性が悪い。
なぜこう――変なタイミングで顔を合わせることが多いのだろう。
顔に貼り付けていた笑顔が引きつる。
それが引き金になったのか、豪炎寺の連れ――
円堂と翡翠色の髪の少年――風丸も「あ、御麟」との存在に気づいた。
誰にも気づかれず、細々とこのアルバイトをしていたかった
だが、もうその願いも彼らの前では叶うまい。
早々にそう判断したは、顔に「いつもの」表情を浮かべた。

 

「とりあえず、座って注文したら?話すのはその後でもいいでしょ」
「それも…そうだな。オレ、醤油ラーメン!」

 

一気に笑顔から無表情にも近い表情に切り替わったに、
若干怯んだ豪炎寺と風丸とは対照的に、すんなりの切り替えを受け入れた円堂は、
に促されるままカウンター席に座るとメニューも見ずに注文を告げた。
それをやや呆然と見ていた豪炎寺たちだったが、円堂に「なにしてんだよ?」と問われると、
我に返ったように席につき、各々自分の食べたいメニューを注文した。
3人の注文を受け、は注文されたメニューをすべて響木に伝えると、
中断していた作業を再開しながら円堂たちに「奇遇ね」と声をかけた。

 

「お前、いつからここでバイトしてるんだ?」
「正式にアルバイトとして雇われるようになったのは中学に入ってから」
「……ということは、学校と同じ現象がここでも起きてたのか…」
「そういうことになるわね」

 

少しの動揺もなくキッパリと言ってのけるに、円堂と風丸は呆れたような表情を見せる。
これでも2人は常連と言ってもいいぐらい何度もこの雷雷軒でラーメンを食べているはずなのだが、
それでも顔を覚えられていないというのはなんなのだろう。
――まぁ、自分たちも何度も雷雷軒での顔を見ているのに、
学校で気づかなかったのだから強くは言えないが。
そんな状態になんともいえない気持ちを抱いた円堂たちだったが、
豪炎寺が驚いた理由はそれではなかったようだ。

 

「御麟、雷門はアルバイト禁止じゃないのか?」
「そういえば…新聞配達は認めれているがそれ以外は……」
「心配無用よ。特例で認めてもらってるから」

 

特例と言う言葉を聞き、「へぇ〜」とすんなり納得した円堂と風丸。
それに対して、豪炎寺はのいう「特例」の意味を理解しているようで、
少しの呆れを含んだ引きつった表情を浮かべていた。
その豪炎寺の表情に少し思うとことはあったが、円堂や風丸がいる手前、
下手に話を広げるわけにもいかず、は言葉を飲み込み別の話題を振ることにした。

 

「野生中戦の活路は開けたの?」
「それが全然でさぁ…。これからここで作戦会議なんだ」
「そうなの。じゃ、私は引っ込――」
「いや、御麟の意見が聞きたい。プロレベルの知識を持っているお前なら――いい意見が聞ける」

 

を試すような豪炎寺の表情に、心の中で「ッチ」とは舌を打つ。
彼らと一線を引くために持ち出した彼らとの差が、
まさか近づかれるきっかけになるとは思ってもみなかった。
しかし、この程度のことでが大人しく負けを認めるわけでもなく、
にっこりと営業用の笑顔を浮かべてキッパリと言葉を返した。

 

「当店ではそのようなサービスは行っておりません」
「…嬢ちゃん、水」

 

フォローに回ってくれた鬼瓦に感謝しながらは「はい、ただいま〜」と営業スマイル全開で、
鬼瓦の前に置かれたコップを取ると、冷えた水をコップに注いで鬼瓦の前に置く。
円堂たちに気づかれないよう、は鬼瓦に礼を言うと、
気にするなとでも言うかのように鬼瓦は小さな笑みを浮かべた。
鬼瓦へと対応を終えたは、また円堂たちに捕まっては面倒だと
「材料の確認してきます」と適当なことを言って店の奥へと一旦避難する。
これで完全に難を逃れたわけではないが、とりあえず落ち着くことはできる。
さてどうしたものかとが一考しようとしたときだった。
突然、の携帯が通話着信を知らせる。
滅多にこの時間帯に電話が掛かってくることがないだけに、は一瞬驚いたが、
携帯の画面に表示された「御麟彩芽」の文字にため息を洩らした。
今の気分的に、話したくはないのだが、そんな理由で無視するわけにもいかず、
は通話ボタンを押し、やや不機嫌そうな声で「もしもし?」と言葉を投げた。

 

〜お母さん、にお願いがあるんだけどな〜」
「…晩ご飯はお母さんの好きな親子丼ですけど」
「ホント!?それは嬉しいわ〜」
「そう、ならよかった。……じゃ――」
〜お母さんの話は終わってないわよ〜」

 

話題を振られる前に通話を切ってしまおうと画策しただったが、
残念ながら母親の方が一枚上手のようで、あっさりと止められてしまう。
心の中で「こんなときだけ勘の鋭い…」と悪態をつきながらも、
は腹を括って母親の「お願い」とやらを聞こうと話を促す。
腹を括ったに母親は「さすがうちの子〜」と、
褒めているのか、バカにしているのか、いまいちわからない事を言うと、
調子をまったく変えずに「あのね?」と切り出した。

 

「修也君のデータが欲しいんだけどなぁ〜」
「…お母さん、気は確か?私、言ったよね?豪炎寺君とはクラスで知り合った――って」
「ええ、聞いたわ。でも、修也君がサッカー上手なのは事実でしょ?
――それに、私はにただ仲介して欲しいだけよ」

 

静かな怒気を秘めたに対して、どこまでも穏やかなの母。
こうなると折れるのはと決まっている。
意地を張るだけ無駄だとは悟ったが、だからといって母の企み――
と、いうか知的好奇心に答えてやれるかどうかと聞かれれば、その答えは否だった。

 

「チャンスがあれば働きかけては見るけど、今すぐっていうのは無理」
「いいのいいの。私の個人的な趣味だから!」
「………(黙っておこうか…)」

 

がそんなことを思っているとも露知らず、
の母は上機嫌で「よろしくね〜」とに言い残して通話を切った。
電話から聞こえる「ツー、ツー」という電子音にホッとしたのか、呆れ果てたのか、
どちらかはわからないが、の体にどっと疲れがのしかかる。
思わずため息が漏れるが、今は母の話を忘れることにした。
それより、これから円堂たちをどうやり過ごすかの方が重要だ。
再度、どうしたものかと頭を悩ませながら、はとりあえず材料の確認をしてみた。
しかし、現在厨房にある材料だけで十分に事足りることがわかり、
円堂たちへの対処法の答えが出るよりも先に、は厨房へ戻ることになった。
どうしたものかと頭を悩ませながらもが厨房へ戻ると、状況は大きく変化していた。
床に尻をついている円堂。
そして、その円堂にお玉を向けている響木。
だいぶ意味のわからない状況に思わずは首をかしげた。

 

「秘伝書は雷門中の理事長室で保管されている」
「本当に!?」
「…真偽のほどは自分の目で確かめることだ」

 

そう言って円堂からおたまを離し、彼らに背を向ける響木。
円堂は威勢よく「ああ!」と響木に返事を返すと、
ワクワクといった様子で「秘伝書か〜」と呟いていた。
少し様子を見てみたが、それでもやはり意味のわからない状況。
近くに居た風丸を捉まえて「どうしたの?」と聞くと、
風丸も同様にいまいち状況が飲み込めていないようで戸惑った様子を見せながらも、
がいない間に起きたことを説明してくれた。

 

「円堂大介の秘伝書………………………ぁ……」
「…?何か知ってるのか?」

 

不意に漏れたの声。
それを風丸は律儀に聞き流してはくれなかったようで、
純粋に気になっているだけといった様子でに尋ねてきた。
面倒とは思いながらも、は声を洩らした理由を答えた。

 

「秘伝書うんぬんは知らないけど、
理事長室の金庫で超次元的なノートを見た覚えがあったのよ。だからそれかなーと思って」
「超次元……御麟の言葉が確かなら、秘伝書のありかは理事長室に間違いなさそうだな」
「ああ!……でも、なんで御麟が理事長室の金庫のこと…?」
「私、夏未お嬢様のお友達だから」

 

また、少年たちの驚きの声が雷雷軒に響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 もうきな臭くなってまいりました。気が速いにもほどがありますよね。
つか、夢主がサッカー部に直接的に関わっていかないので、掘り下げるところがあんまりないんですよね。
 ネタバレってほどではないですが、夢主が雷門イレブンに直接的に関わっていくようになっても、
あんまりサッカーの試合は描写しないので、掘り下げるところ少ないです(滝汗)
サッカーの試合を描写するなんて…!そんな脳味噌の磨り減る作業はムリ…!!