ウルビダの怒りだけが込められたボール。
それは真っ直ぐに吉良へと向かって飛んでいく。吉良を思うが故に辛い練習にも耐え、吉良が喜んでくれるならといくらでも戦い、
ただ吉良のためにウルビダたちはすべてを犠牲にして吉良の求めるジェネシスになろうとした。なのに、吉良はジェネシスを――自分たちを否定した。
ずっと慕い続けてきた吉良の裏切りは、何よりも彼女たちにとって許しがたいことだった。怒りに任せてウルビダが蹴り放ったボールは――吉良に当たる直前に、突如として止められた。
「…なぜだ……なぜ止めたっ!!フォルテ!!」
「……フォル…テ…?」
吉良にボールが当たる寸前にボールを止めたのは、
ジェネシスの試合を途中からベンチで見守っていたフォルテだった。フォルテの後ろには、身を挺して吉良を守ろうとしたグランの姿もある。
だが、グランもまさか吉良を守るためにフォルテが動くとは思っていなかったようで、その目が大きく見開かれていた。
「…別に、そいつを守ったわけじゃない。オレはただ――グランとウルビダを守っただけだよ」
「守った…だと…!?私たちの存在を否定したそいつを守っておいて…ふざけたことを言うなッ!」
感情的に自分の邪魔をしたフォルテに言葉をぶつけるウルビダ。
その彼女の言葉を受けているフォルテといえば、彼女と同じように感情的に言葉を発することはしなかった。だが、不意にグランに視線を向けたかと思うと、
またウルビダたちに視線を戻し、おもむろに口を開いた。
「今のウルビダには、オレがふざけているようにしか見えないと思う。
でも、オレは知ってるんだ。――大切な人を傷つけてからじゃ遅いって」
「フォルテ…」
「もし、誰も吉良を守るために飛び出さなかったら、みんなにとってそいつはその程度の存在なんだと思う。
でも、グランは身を挺してまでそいつを助けようとした。だから――」
「だからなんだというんだ…!そいつは私たちを否定した!すべてをかけて、そいつのために私たちは戦ってきたのに!!
…許されるわけがない…!そんなこと、許されるわけがッ!!」
フォルテの言葉は、怒りに染まったウルビダの心には響かない。あくまでフォルテの言葉など都合のいい綺麗事。
そんなもので、彼女の心に空いた隙間は埋まりはしない。
たとえ、フォルテの言葉が正論で、我に返ったときに自分が心に傷を負うとしても――
今の彼女には感情の捌け口が必要だった。サッカーボールがウルビダの元へと帰っていく。
それは吉良が自ら望んだことだった。
「…さぁ、打て。私に向かって打て、玲名」
「父さん…!」
「こんなことで、許してもらおうなどとは思っていない。
…だが、少しでもお前の気が治まるのなら――さぁ、打て!」
両手を広げ、吉良はウルビダに言う。――だが、不意に頭上から声が降った。
「ふざけてるわね」
第110話:
本当の気持ちは
誰が顔を上げるよりも先に――遥か頭上から降りてきたのは。まるで何事もなかったかのようにトンッと吉良とウルビダの間に降り立つと、
は責めるような視線を吉良に向けた。
「こんなことで――彼女の気が晴れるわけがないじゃない。
まったく、いい大人が中学生と同じこと言い出さないでよ」
「君は……っ!?」
何の前触れもなく、急に吉良の胸倉を掴む。
意図の読めない突然のの行動に、瞳子や円堂がに対して「待て!」と静止をかけるが、
は2人に対して視線を向けることすらしなかった。嫌悪と苛立ちの篭った目で、は真っ直ぐと吉良を睨む。
しかし、吉良に動揺している様子は少しもない。
自分は多くの人間に恨まれるべき人間――その覚悟がおそらく決まっているのだろう。だが、それがには気に障った。
「そうやって…人の憎しみをただ受け入れるつもり?それで、いつかは許されるとでも思ってるの?」
「それが……償いになるのなら――私はいくらでも憎まれるつもりだ…」
「――そう、なら話が早い」
「ぐっ…!」
乱暴にどさりと、は吉良を地面に降ろす。
その目には、優しさや労りの気持ちは微塵もなく、吉良を人とすら見ていないようにすら思えた。
「ボール、とってくれない?」
吉良に向けていた冷たい表情から一変して、
はウルビダに笑顔を向け、ウルビダの足元に転がるボールを指差してそう言った。ウルビダがにボールを渡せば――は確実に吉良に向かってボールを蹴るだろう。
おそらく、生半可ではない力を込めて――先ほどのウルビダのように。
「…それとも、あなたが先に蹴る?」
「…ぇ……?」
「すべてを犠牲にして、ここまで尽くしてきたあなたたちを否定したその男は許されない――
そう、あなたが言っていたから。私、順番まで気にしないし」
悪意のない善意の笑顔。
のそれがウルビダの心に刺さる。確かにウルビダは、今まで尽くしてきた自分たちを否定した吉良は許されないと言った。
そして、吉良が傷付くことは当然の報いで、自分の報復は正当なのだと思っていた。
だが、いつの間にかウルビダの心のどこかに、吉良が傷付くことを拒絶している彼女がいた。
「…ぃや、だ…。私…は………っ…私はっ…!」
「…なら、ボールだけ渡して」
スゥ――っと、背筋にはしる悪寒。
これは、冗談でも、芝居でもない――の本気の憎しみという感情。吉良がしていたことが酷いことだという認識はウルビダにもある。
そして、吉良が恨まれ、憎まれる立場にあることもわかっている。
自分が吉良を傷つけようとしたように、にも吉良を傷つけたい理由があるのだろう。自分のように、吉良から愛情を受けたわけではないに、
吉良を傷つけるという答えを考え直す余地はないかもしれない。だが、それでも――
「…やめてくれっ…!この人は――っ私たちの父さんなんだっ…!!」
座り込んでボロボロと大粒の涙をこぼしながら、
そうに懇願するのは、先ほどまで吉良を目の仇にしていたウルビダ。彼女の後ろに立っているジェネシスの面々も、ウルビダと同様に吉良への怒りよりも、吉良への愛情が勝ったのか、
涙を浮かべて「やめて」と「やめてくれ」と言っているものが大半だった。――ああ、彼女たちにその気持ちを理解させるためだったのか。
そう、円堂たちは納得しようとしたが、突如としてがそれをひっくり返す言葉を吐き出した。
「だとしても――知ったこっちゃない」
一瞬にしてウルビダの足元に転がっていたボールを奪うと、はすぐにシュートの体勢に入る。
実力行使で止めようにも、誰ももう間に合わない――そう誰もが思った瞬間だった。吉良が自ら「待ってくれ」と静かに言ったのだ。
「君がどれほど私を恨んでいるか、私にはわからない。
…だが、私はこの子たちのために正しい形で罪を償わなくてはならないんだ。……頼む、私に時間を――」
に懇願の言葉を言いながら、不意に吉良が顔を上げると、前には先ほどまであったの姿がない。
その代わりにあったのは、の胸倉を掴んでいる殺気立ったフォルテの後姿。一瞬、吉良もなにがあったのかわからなかったが、
次に聞こえたフォルテの一言で大方の見当はついた。
「いい加減にしろよ!これ以上、オレの仲間を傷つけるならただじゃ済まさないからな!!」
「――はいはい、もうなにもしないわよ」
「え…?」
「ここまでしないと、そこの大人が勘違いに気付かなかったのよ」
間抜けなフォルテの声に答えるように、
は不機嫌そうな表情を見せながらも吉良を指差した。明らかに先ほどとは違うの雰囲気。
張り詰めがものはまったくなく、少し不機嫌そうではあるものの、怒りや憎しみといった感情はまったく見られない。――要するに、
「「「全部芝居!?」」」
「胸倉掴んだところからは」
「なっ、なんでそんなややこしいところから!」
一気に緩んだ空気からか、矢継ぎ早に入る雷門イレブンからのへのツッコミ。それを適当に「はいはい」と受け流しながら、は自分の胸倉を掴むフォルテの頭をなでる。
すると、フォルテは動揺していた様子ではあったものの、から手を放して一歩、二歩と後退する。
フォルテの手から開放され、自由となったは、
相変わらず飛んでくる雷門イレブンからのツッコミに、言葉を返しながら吉良の前にまでやってきていた。ふと、それに誰もが気付き、先ほどの一件のことも忘れて思わず言葉を飲み込んでしまう。
それほどに、今のを取り巻くオーラは静かで重いものだったのだ。
「今までの一件が私の芝居の結果でも、
彼女たちの涙と言葉はすべて本物です。…二度と――間違えないでください」
そう言っては吉良の前から離れると、
雷門イレブンの元へも戻らずに一人だけフィールドの上にぽつんと立つ。自分は第三者――そうが自分自身を括っていることを理解しているのか、
フォルテが少し困った様子での元へ近づこうとするが、はフォルテの方も見ずに「しっし」と手を振る。
それを受けたフォルテは少し寂しそうではあったが、反抗することはせずにウルビダたちの元へ足を運んだ。
「……話してもらえませんか吉良さん。
…なぜジェネシス計画などというものを企てたか、どこで道を誤ってしまったのか…。
巻き込んでしまったあの子たちのためにも――」
いつの間にか合流していた鬼瓦に促され、
吉良の口から明らかになったジェネシス計画の発端。政府要人の息子が関わっていたから――そんな理由で闇に葬られてしまった愛する息子の死の真相。息子の無念が、世界への不信感が、大切なものを失った喪失感が、吉良を追い詰めたという。
しかし、瞳子が児童養護施設の経営を勧めてくれたことによって、グランやウルビダたちと出会い、彼の心は救われていった。――そこまでは、よかった。だが、5年前に飛来したエイリア石の強大な力に取り憑かれ、
ずっと心に押し殺していた復讐心が息を吹き返した結果が――ジェネシス計画だった。
「(……アイツの言葉がなかったら――私もこの人みたいになってたのか…な)」
そんなことをが思っていると、不意に微かだが派手なガラスの破裂音が聞こえた。反射的に音の聞こえた方向へと視線を向けると、先ほどまで吉良が試合を眺めていた部屋の窓が破られ、
その部屋の中から黒と白の点が飛び出した。
「ばっ?!――アホー!!」
「えっ、――って、わ―――!!?!」
突然飛び出したとフォルテ。
またしても突然動き出したこの2人に、雷門イレブンもジェネシスも若干うんざりしていたが、
2人が騒ぎ出した原因に気付いた彼らも、2人と似たような反応を見せた。窓から飛び出したのは人。
しかし、その窓の部屋があった場所は、地上から遥か離れた場所にある。
まともな人間が飛び出して助かる高さではない。
怪我で済んだら奇跡の領域といっても過言ではない場所から人が飛び出したのだ。
驚くのも、叫ぶのも当然だろう。そんな人2人の命がかかったどよめきの中、更なる混乱が面々を襲う。地響きと爆発音。
それに続いてゆっくりと崩れ始める建物そのもの。
他人の命に続いて、自分たちの命までもが危機にさらされる状況になってしまったのだ。ところが、先ほどまで生きるか死ぬかの瀬戸際にいた2人は、
いつの間にか2人揃ってまったくの無傷で生還していた。
「バカ!アホ!バカ!なんでわざわざあそこから飛び出すのよ!!心臓縮んだ!!」
「サージェ?サージェ!!?しっかりしろー!!」
「…落ち着け2人とも」
「の、のぞっ…!」
パニック状態のとフォルテの前にいるのは、窓から飛び出した人影――サージェと勇。ギャーギャーと騒ぐを勇が冷静を通り越した状態でなだめ、
ガクガクとサージェを揺さぶり続けるフォルテをサージェは振り回されながらもなんとか落ち着けようとしていた。しかし、たちが落ち着くよりも先に本格的に崩れだしはじめた建物。
ドスンッ、ガシャンッと音を立てて落ちてくる建物の破片。
このままとフォルテが落ち着くまで待っていては、本当に生き埋めになってしまうな――
平然とそう考えながら勇がどうしたものかと考えていると、不意に手元が暗くなった。
「おふっ」
「ぎゃぼっ」
「乗れ朔」
「っ!」
背中にサージェが乗ったことを確認する。すると勇はとフォルテを小脇に担ぐと一目散でその場から回避し、
そのまま鬼瓦たちのいる場所へと走った。
「勇!一体どうした!?」
「研崎とかいうのがこの基地の自爆装置を起動させたらしい」
「なに!?」
「既に外で――」
勇の言葉を遮ってグラウンドに飛び出したのはイナズマキャラバン。
どうやら既に勇は応援を呼んでいたようだった。古株がイナズマキャラバンのドアを開けて「早く乗り込め!」と声を上げると、
それをきっかけにぞろぞろと雷門イレブンもジェネシスも関係なくイナズマキャラバンへと乗り込んでいく。しかし、その中で吉良だけがイナズマキャラバンに向かって走り出さずにオロオロと困惑していた。
「父さん!早く!」
「し、しかし…!」
「すでに私たち以外の人間は全員避難させている!あとは私たちが脱出するだけだ!」
「朔……」
「あなたを助ける義理はない。だが、あなたが苦しむと私の『家族』が悲しむ――ヒロト!手伝え!」
「っ、ああ!」
グランとサージェに支えられ、吉良はイナズマキャラバンへと乗り込む。
全員がイナズマキャラバンに乗り込んだところで、今までの中で一番大きな爆発音が響いた。すぐにイナズマキャラバンのドアが閉められ、
古株が「しっかり掴まってろよー!」と警告すると、猛スピードでイナズマキャラバンは発進した。ぎゅうぎゅう詰めのバス。
更に激しく崩れていく建物。
挙句の果てに、建物に張り巡らされている機械がショートして爆発まで起こしている。破壊音と爆発音、そして不安の声が響く絶体絶命のピンチの中――微かに龍の咆哮が聞こえた。
■あとがき。
思いとどまらなければ、夢主も吉良氏のようになっていたのかな――と、この話を書きながら思いました。
だからこそ、自分を犠牲にしようとした吉良が夢主は許せなかったんでしょうね。
つか言い換えれば、ただの自己嫌悪のやつあたりなんですけどね!