エイリア学園本部から脱出した際、
限界点は突破しなかったものの、それに迫る勢いでスピードを出したイナズマキャラバン。
機械とはいえ、無理をさせすぎてしまったようで、富士山の麓から雷門中へ戻る帰り道で、
ついにイナズマキャラバンは煙を吹いて止まってしまった。古株と響木がバスの修理に踏み出したものの、簡単に修理が済む程度のトラブルではなかったようで、
バスの修理が済むまで雷門イレブンは近くの草原でサッカーをして時間をつぶしていた。
「(…なんていうか――開放感に溢れてるわね)」
笑顔でサッカーボールを追いかける雷門イレブンとマネージャーたち。
その姿をバスの中で眺めながら、はボーっとそんなことを思った。世界を救うために、大好きなサッカーを守るために、ずっとエイリア学園と戦い続けてきた雷門イレブン。
そして、彼らはエイリア学園最強のザ・ジェネシスを倒し、エイリア学園の野望を打ち砕いた。それは、彼らが大好きなサッカーを取り戻したということでもあった。
「(今ぐらい――笑っていた方がいいか)」
エイリア学園から派生する第三の勢力――研崎の存在。それを雷門イレブンはまだ知らない。
一応、響木にはそのことを伝えたが、響木も今は彼らに伝えるべきではないと判断し、雷門イレブンに伝えられることはなかった。研崎は間を空けずに雷門イレブンに攻撃を仕掛けてくる――
そう言っていたのはエイリア学園の事情に精通したサージェ。
これをフォルテが言っていたのなら気も楽なのだが、サージェが言ったとなると警戒しないわけにはいかなかった。勘で物事を予想するフォルテと違い、サージェの予想は裏付けのある情報からはじき出される。
それ故にサージェの予想はこれまでの的中率も高く、かなり信憑性が高いのだ。奇襲を受けるぐらいなら、初めから覚悟していた方が、事が起こったときに動揺が生まれず、結果的にはいいかもしれない。
だが、終わったと思ったところに、こう何度も「新たな敵が!」っとなっては、
雷門イレブンのモチベーションが酷く下がる気がにはしてならなかった。
「…セカンドチームでも招集できれば……残党狩り程度、訳もないんだけど――ねぇ…」
これまでの雷門イレブンの労をねぎらえば、
第三勢力――エイリア学園の残党を片付ける程度はやってもいいはずとは思っていた。もしこれが、影山派閥の残党だったり、影山が関与していたりするなら、ももう少し慎重に考える。
だが、第三勢力とはくくっているが、要はエイリア学園の残党。
実力の程など高が知れているし、本気のサッカーをすれば苦戦はしても負けはしない。
もちろん、それは雷門イレブンにもいえることだが、彼らに休息を与えたいという気持ちがにはあるのだ。雷門サッカー部廃部の危機から、フットボールフロンティア地区大会、全国大会。
それが終わったと思ったら、息つく暇もなくエイリア学園との戦い。
激動に次ぐ激動の日々を雷門イレブンは駆け抜けてきたのだ。いい加減にこのあたりで雷門イレブンにも「休息」は必要なはずだった。
「はぁ…チームが組めないんじゃ――」
の言葉を遮って、不意に鳴り響いたのはの携帯電話の着信音。思考を中断されて一瞬は驚いたものの、
すぐに冷静に戻ったは携帯の小窓に目をやる。
すると、そこに表示されていたのは、別れたばかりの勇の名前だった。嫌な予感しかしなかった――
が、無視できるものではないし、悪い知らせならば逆に早々に知っておいた方がいい。すぐさまそうは自分に言い聞かせて、携帯の通話ボタンを押した。
「なにごと?」
「悪い知らせだ」
第112話:
終わらなかった戦い
初めてエイリア学園と戦って、雷門イレブンが大敗したときにも思ったことなのだが――
このシナリオはとことん性が悪い。悪すぎると言ってもいいだろう。苦しい戦いは、挫折は、確かに人を強くする。
だが、それが続きすぎては、いくら可能性がある人物だとしても、
いつかは挫折から立ち上がれなくなってしまう。だからこそ、休息はなににおいても重要なことなのだ。
「くそっ……!」
「…落ち着け」
苛立った様子でが言葉を吐くと、それを険しい表情を浮かべた響木がたしなめる。
だが、の表情は一向に冷静なものに変わることはなく、変わらず怒りに歪んでいた。責められるべきは自分――とは、も思っていない。
だが、「第三の勢力」が豪炎寺に接触していたことを知った時点で、
この最悪のシナリオは想定しておくべきだった――と、後悔はしていた。勇から入った「悪い知らせ」。
それは、稲妻町で待機していた雷門イレブンメンバーと、
バックアップチームに所属している選手数名の行方が分からなくなっているというものだった。その情報から導き出される今後の可能性はほぼ1つ。
彼らの心の強さを信じれば――この可能性は浮上しない。
だが、そんな甘い希望を持てるほど、の頭の中は冷静ではなかった。
「よりにもよって待機組が研崎の手に落ちるなんて…!!」
「………」
のセリフを聞いたのが、円堂だったなら「そんなことはない!」と断言するだろう。
だが、の横にいた響木は冷静な大人。
の言葉を否定こそしなかったが、響木の沈黙は肯定の色が強かった。研崎の手に落ちた可能背が高い稲妻町で待機している仲間たち。
もし、本当に彼らと戦うようなことになれば、円堂たちの心にかかる負担は半端なものではない。
ライバルや仲間として戦うのではなく、敵として戦わなくてはならない――それは、何よりも辛く悲しいものだ。
「真・帝国戦ですら、まともな終わり方ができなかったっていうのに…」
「…憎しみをぶつける相手がいない分、精神的負担が跳ね上がるな」
単純に考えれば、この構図はおそらく真・帝国戦と変わらない。
敵に仲間を利用されるという構図自体には違いは無い。
だが、真・帝国戦では11人の選手のうちのたった2人だったのに対して、
今回はおそらく11人全員が苦楽を共にしてきた仲間たちになる。彼らと戦わなくてはならないことへの不満と怒り。
それを真・帝国戦では不動たちにぶつけることができた。
だが、今回はそうやって感情をぶつけることができる相手がいない。
利用されているだけの仲間たちに負の感情をぶつけるわけにも行かず、胸の内に負の感情が蓄積していく。
そうして蓄積した負の感情は、雷門イレブンを苦しめる苦痛に変わるだろう。肉体的にも、精神的にも消耗した状態では、
いくら雷門イレブンが「本物のサッカー」を展開したところで、
彼らよりも身体能力が勝る「サッカーもどき」に勝つことは難しいだろう。
「――だからといって、ジェネシスクラスに対抗できるのは雷門イレブンだけ…」
「もし、あいつらがエイリア石に取憑かれたのであれば、その呪縛から開放できるのも…円堂たちだ」
「……結局、円堂たちに全部押し付けるしかないんですね…」
「…円堂たちがそうは思っていなくてもな」
「…………」
未だバスの外で円堂たちは笑顔でサッカーをしている。
彼らのそんな楽しそうな笑顔を見ると、の胸はつぶれそうなほどに苦しくなる。――だが、これから彼らが直面する「苦痛」を考えれば、の苦しみなどあってないようなものだ。
「……イナズマキャラバンの修理が完了次第伝えましょう。…伝えるなら早い方がいいはずです」
「…ああ、そうだな」
響木はの言葉を肯定すると、そのまま立ち上がり――イナズマキャラバンを降りていった。
「…そんな……染岡たちが…」
イナズマキャラバンの修理が完了し、
雷門中へ向けて再出発するイナズマキャラバンに円堂たちが乗り込むその前に、
草原で円堂たちには現在ある状況と、それから導き出される最悪の「可能性」が伝えられた。仲間たちの行方がわからなくなっていること。
吉良の秘書であった研崎が第三の勢力として動いていること。
そして、仲間たちが研崎に利用されている可能性が高いこと。その事実を伝えられた雷門イレブンの反応は、と響木が想像していた通りのものだった。否定、拒絶、逃避。
形は様々だったが、誰もが一様に最後の可能性を受け入れようとはしない。それはあくまで可能性だ――
染岡たちがエイリア石に屈するわけがない――
それはただの考えすぎだ――雷門イレブンの口から出てくるのは否定の言葉。
だが当然だ。こんな可能性――誰も信じたくはない。
「最低限――覚悟だけはしておいて。
もし、それが現実になったとき、あんたたちは絶対に勝たなくちゃいけない――仲間を助けるために」
冷静にそう言ったのは、響木の横に立っている。信じたくなくとも、円堂たちには覚悟してもらわなくてはいけない。
覚悟がなければ、敵として仲間と対峙したときに心が揺らぐ。
その心の揺らぎは、敵に付け入る隙を与え――敗北に繋がる。仲間を大切に思えばこそ、雷門イレブンは勝たなくてはいけない。
研崎の手から――エイリア石の力から仲間たちを解放するためにも、それは重要なことだった。
「真・帝国戦のときと同じ…か」
の言葉と、現在の状況を照らし合わせて鬼道が導き出したのは、
今ある状況が佐久間たちを影山によって利用された――真・帝国戦とほぼ同じ構図であること。真・帝国――その言葉に覚えのある円堂や一之瀬たちは、鬼道の一言に悲しげな表情を浮かべた。
「…状況は悪いけど構図は同じ。
力に取憑かれた人間は、誰がなにを言ったところで理解しない。
言葉で説得できない以上、あとは行動でわからせるしかない」
結論は簡単――だが、だからといってそれを受け入れるのはとても難しい。
誰しも、根底に「仲間」と戦うことへの拒絶がある。
戦わずに済むならそれがいい。言葉で説得できるのならそれがいい。
それは誰もが願うこと――だが、そうなる可能性は極めて低かった。仲間を助けるため――
と、自己暗示をかけても、仲間と戦うことへの拒否感そのものに変わりはない。だが、それでも――
「もし、本当に染岡たちがエイリア石の力に呑まれてしまったなら、俺たちがあいつらの目を覚まさせてやらまきゃいけない。
あいつらも――俺たち雷門イレブンの大切な仲間だ!」
仲間と戦うことへの拒否感を乗り越え、円堂は大切な仲間たちを守るためにそう宣言する。
仲間を思う円堂の力強い言葉に背中を押されたのか――次々に仲間たちから同意の言葉が集まる。そんな仲間たちの支援を受けて、円堂は「響木監督!」と自分たちの決断を報せるように響木を呼んだ。
「よし!雷門中へ急ぐぞ!」
「「「はい!!」」」
■あとがき。
原作と、流れが景気よく変わっております。
ここだけちょっと違うんだぜ!――ではなく、最後まで原作とは違う流れで進行します。
「なんじゃこりゃ!」と思う方もいるかもしれませんが、お付き合いいただけたら幸いです。