代表選手発表日翌日から、
イナズマジャパンの合宿が開始されることになっていた。
合宿場所は雷門中。
かつて一年生が使っていた西校舎を丸々合宿所に変えるという大胆な設計変更をしており、
マネージャー陣なども含めて20人を超える大所帯でも余裕で抱えることができるだけの設備が雷門中には備わっていた。
かつてはサッカーそのものがタブーであった時代もあった雷門中。
だが、今ではそれがまるで嘘のようだった。
「ーお待たせ」
「…ん?あれ?明那、結局いつものジャージにしたの?」
まだ日が昇ったばかりの早朝。
雷門中の校門前に立っていたの前にやって来たのは、白のジャージに身を包んだ明那だった。
明那が久々に稲妻町をランニングしたいということで、朝から一緒に走る約束をしていた。
なので、明那の登場には何の驚きもないのだが、明那の服装には少し腑に落ちない部分があった。
「いやーさすがにあれを着て走るのはちょっと…はしゃぎすぎかなーと…」
明那が「あれ」と言っているのは、特別発注した大人用のイナズマジャパンのジャージ。
本来であれば、選手たちにしか配布されないところなのだが、
いずれレプリカも流通するので――ということで、明那には特別に選手たちと同じジャージが与えられていた。
が、イナズマジャパンのサポート時に着て動くならばともかく、私事のランニングに着るのはどうなんだ――
と、考えた明那は、最終的には着なれたジャージで走ることにしたのだった。
「まぁ、アンタが着るとちょっと浮かれたお祭り野郎に見えないこともないわね」
「…なんだそれは」
「は?」
不意に後方から飛んできた聞きなれた声。
思っても見ない声に、は反射的に振り返ると、
そこには話題に上がっていたイナズマジャパンの公式ジャージに身を包んだ豪炎寺がいた。
「実はあのあと、修也から『一緒に走りませんか?』って誘われてね」
「…ああ……そうなの…」
「…俺がいると不都合か?」
「いや、そうじゃないわよ。ただ…明那も懐かれてるな、と」
立向居に慕われていた海慈を思い出しながら、は素直な感想を豪炎寺に返す。
すると、豪炎寺は顔色ひとつ変えずに「まあな」とに返事を返してきた。
恥ずかしげもなく明那を慕っているということを肯定するあたり、
豪炎寺は明那の実力に関しても尊敬の念を抱いているのだろう。
でなければ、絵に描いたような人畜無害な明那を前に、こうもあっさり彼を好いているとは言えないだろう。
「さ、メンバーも揃ったことだし、走るかー」
「今日は初日だし、軽くにしておきますか」
「…それはお前基準の『軽く』か?」
「当初の予定ではね」
豪炎寺の問いにそう答えを返して、は合図もなく走り出した。
第118話:
イナズマジャパン始動
「今のお前たちでは、世界に通用しない」
久遠からイナズマジャパンメンバーに伝えられた衝撃の一言。
が、端に控えていたにとっては衝撃でもなんでもなかった。
初めから久遠はイナズマジャパンに実力が不足していると言っていた。
そしてそもそも、がこのイナズマジャパンのアドバイザーになることになったのは、
イナズマジャパンメンバーに実力不足しているからこそ。
ここで久遠が「お前たちは世界に通用する」とでも言った日には、
は久遠を殴っていたかもしれない。
――ノリで。
「…なんだその顔は。…まさか、自分たちが世界レベルだと思っていたわけではあるまいな」
「(思ってたでしょうね、そりゃ)」
「…お前たちの力など、世界に比べれば、吹けば飛ぶ紙切れのようなものだ」
完全にイナズマジャパンの実力を認めていないといった様子の久遠。
単純に言葉を選んでいないのか、それとも彼らの闘争心を煽っているのか――はたまた、半々の理由なのか。
色々な想像はできるが、久遠の思惑などにはどうでもいい。
円堂たちが久遠の言葉を飲み込む、飲み込まないはともかく、
久遠の口から現実が伝えられたことは事実。
憎まれ役を買ってまで、久遠が彼らに現実を伝えたというのなら、
久遠は本気で円堂たちと一緒に世界の頂点を目指すつもりがあるということだ。
それが分かった以上、も気を抜いてはいられなかった。
「特に鬼道、吹雪、豪炎寺、円堂。私はお前たちをレギュラーとはまったく考えていない」
「(苦しい嘘だ…)」
久遠の一言に、本来ならば苦笑いが漏れるところなのだが、
慢心を良しとしない久遠の意図が読めているは、心で苦笑いを漏らした。
レギュラーとはまったく思っていない――わけがない。
彼らはイナズマジャパンの中心人物であり、実力も折り紙つきの選手たちだ。
それに、彼らの背後にいる存在のことを久遠は知らないわけではないのだから。
とはいえ、この久遠の一言によって、円堂たちの闘争心はもちろん、
他の選手たちの闘争心もたきつけることがたきつけることができただろう。
埋まっていると思っていた4つのレギュラー枠が空白だと明らかになったのだ。
その枠に収まることが――レギュラーになれる可能性が高まれば、やる気は高まった当然だろう。
「レギュラーの座が欲しければ、死ぬ気で勝ち取ってみろ。以上だ」
最後にそう発破をかけて終わった久遠の言葉。
十中八九――久遠の発言は選手たちの反感を買っただろう。
そして、これから更に久遠は選手たちの反感を買うことになるのだろう。
だが、そもそもそこで反感を持つことが間違っているといえば間違っている。
久遠は監督――このチームを勝利へ導く義務を負った存在であり、
イナズマジャパンを世界に通用するサッカーチームに鍛え上げることを響木から任された存在だ。
そんな存在である時点で、円堂たちにとってマイナスになる行動を起こすはずはないのだから。
「(…とはいえ、みんなが久遠さんをすんなり受け入れられない理由も分かるんだけどねぇ)」
突如、響木に代わって日本代表監督になった久遠。
響木が推薦する人物なのだから、実力は確かなのだろうが――それを裏付ける情報がない。
サッカー協会のデータベースにも、Deliegioのデーターベースにも。
情報がない――得体の知れない人物を、受け入れることなどそう簡単にできることではない。
ましてや、会って数日の人間に全幅の信頼を置くことなどできはしないだろう。
「(まぁ、監督と選手の信頼関係よりも、実力の程をどうにかしないとねぇ)」
ベンチでパソコンを開いていたがふとグラウンドに視線を向ければ、
サイドの髪が跳ねた紅色の髪の少年――基山ヒロトが、
ゴール前で構える円堂に向かって自身の必殺技――流星ブレードを放った。
エイリア学園のグランとして放った流星ブレードよりも、その威力は上がっている。
エイリア学園壊滅後、彼は心からサッカーを楽しみながら、更に実力をつけてきたのだろう。
そんなヒロトと同様に、円堂も更に実力をつけてきているようだった。
エイリア学園との戦いでは、キーパーとして一度も止めることができなかった流星ブレードを、
完璧とは言い難い出来ではあったものの、とりあえず弾くことができていた。
「(正義の鉄拳に成長の余地はあるけど……これ一本じゃ、さすがにアジア予選突破は無理ね)」
エイリア学園との戦いの後半、
円堂はキーパーではなくフィールドプレーヤーとして戦っていた。
そして、戦いが終結したあとは、厳しい特訓などはなく、強敵との試合というものもなかった。
現状、円堂と立向居のキーパーとしての実力差は、以前のように大きいとは言えない。
もしかすると、立向居の方が円堂よりも勝っている可能性もなくはないほどだ。
ただ、なんだかんだで円堂の方がポテンシャルは高いし、
強敵を前にしての円堂の成長スピードは異常の一言。
それを考えると、円堂はどんどん試合に出していった方がいいだろう。
「キーパーと違って、フィールドプレーヤーは日々の積み重ねがものを言いますからねぇ〜…」
「……そうなんですか?」
ひとりでに口から漏れた言葉に、なぜか言葉が返ってくる。
自分の近くには誰もいなかったはず――と思いながらも、は声の聞こえてきた方向に顔を向ける。
すると、そこには久遠のであり、今日からイナズマジャパンのマネージャーとなった少女――久遠冬花が立っていた。
「キーパーは、練習でできていなかったことが、土壇場になってできることがあるけど――
フィールドプレーヤーにはそう起こるものじゃないのよ」
「それは……なぜでしょうか?」
「んー…色々理由はあるけど………私は、プレッシャーの差だと思う」
「プレッシャー…ですか?」
「そ、キーパーには否が応にも大きなプレッシャーがかかるものなのよ」
そして、そのプレッシャーを飲み込めてしまうからこそ、
円堂は試合の中でどんどん成長していくのだろう。
これからの試合の中で、円堂がどう成長していくのかは楽しみだったが――
守るだけでは勝てないのが勝負事だった。
「壁山!」
「えっ…オ、オレ、なにかしたッスか…?」
「どうしてもっと前に出ない。突っ立っているだけがディフェンスか!
守ることしか考えていないディフェンスなど、私のチームには必要ない。――それから風丸!」
「はい」
「なぜ土方にパスをだした?」
「な…なぜって……」
「鬼道が言ったからか?
お前は、鬼道からの指示がなければ、満足にプレーもできないのか!」
言うだけ言って、久遠はフィールドから出て行く。
久遠の手厳しい叱責を受けた壁山は萎縮し、風丸は不満げな表情を浮かべている。
そして、叱責を受ける彼らを見ていた円堂と鬼道の表情もどこか曇っていた。
明らかに良いとは言えない場の空気。
合宿初日からこんな調子で大丈夫なのかとは思ったが――
久遠の言っていることはどれも正論ではあった。
「『らしい』と言えばらしいけど…」
「御麟、いつまでかかっている」
「申し訳ありません。あと一時間で――」
「遅い、あと30分で仕上げろ」
反論の余地なく、久遠に話を打ち切られた。
カチンとはこなかったが、身思って感じたイナズマジャパンメンバーの久遠へ対する不満感。
これに不信感も加わっているのだから――
「(あ、これは大変だ)」
久遠と選手たちの関係の正常化は、
が想像している以上に困難を極めるかもしれなかった。
■あとがき
未だに、版権キャラとのまともな絡みがございません!…豪炎寺と冬花嬢とはちょいと絡みましたが(苦笑)
本当は、夢主がイナズマジャパンに合流したよー的な話を入れようかと思ったのですが、それよりも話を先に進めたいと思い、カットしました。
おかげさまで、夢小説としての美味しい部分がまるでなくなりました!わあ!なんじゃこりゃ!