イナズマジャパン宿舎の屋上にパタパタとはためく真っ白なシーツ。
それを、は屋上の壁に背を預けながらわけもなく眺めていた。
真っ青な空と、それを微かに遮る真っ白なシーツ――
まるで、映画やドラマのワンシーンのような構図に、は少し感動した――
が、ふと、自分がある状況も十二分にドラマ的なものだと思うと、急激に感動は苦笑いに変わった。

 

「イナズマジャパンの練習はどやった?」

 

シーツから目を背け、苦笑いを漏らしていたに不意にかかる声。
反射的にが声の聞こえた方向へと視線を向ければ、そこにはシーツを取り込んでいる霧美の姿。
興味本位なのか、何も心配していないのか、
霧美の視線はには向いておらず、今の彼女の問いは片手間で聞く程度の話題らしい。
そんな霧美の様子に、はまた苦笑いを浮かべて「それが」と話しはじめた。

 

「久遠さん節が初っ端からフルスロットルでねぇ〜…」
「あや〜、それはそれは〜」
「言ってることは正論だし、指導者としての指導力も確かなんだけど――
それを打ち消してしまうほどの不信感というか、とっつきにくさというか……」
「せやねぇ、と幸ちゃんも、久遠さんに初めて会ったときは殴りかかりそうになってたもんなぁ」
「……言わんでいいのよそんな思い出…」

 

懐かしそう――を通り越して楽しげにかつての思い出を語る霧美。
自分にとってはあまり思い出したくない思い出に、は思わず渋面になって霧美を睨む。
しかし、それをまったく気にしていないな霧美は「懐かしいわぁ」と暢気に笑うだけだった。
笑顔を見せる霧美を横目に、は小さなため息をつく。
初めて久遠に会ったとき――は確かに久遠に対して殴りかかりそうになっていた。
というか、殴りかかっていた。
ただ、近くにいた霧美たちが即座にを止めたため、殴りかかりはしなかったが、
霧美たちがいなければ確定では久遠に殴りかかっていたことだろう。
殴りかかるという暴挙に出たかつての――
今の円堂たちとは精神年齢からして違うが、久遠に対して感じた憤りは同じ性質のものだろう。
――となれば、円堂たちの久遠への印象も、たちと同様に変わっていくのかもしれない。

 

「(……初戦から厳しい戦いになりそうだなぁ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第119話:
「不信」な監督

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イナズマジャパン――それはこれまでの
雷門イレブンやイナズマキャラバンとは決定的に違う部分がある。
それは、レギュラーに対する価値の高さだ。
レギュラー――それは試合に出られる者。
更に言ってしまえば、世界と戦えるもの、戦力となるものとも言える。
だが逆に言えば、レギュラーからはずれた者は、世界と戦えない者、戦力とはならないものともいえる。
とはいえ、レギュラーから外れた人間がそういう存在だというわけではない。
だが、そう考えてしまう者も少なくはないこともまた事実だ。
実際、イナズマジャパンメンバーにもそういった考えの者はいるようで、
「レギュラー争い」によってイナズマジャパンの雰囲気は、
初日からは考えられないほどに悪いものになってしまったいた。

 

「(今回のはちょっと極端な形ではあるけど――
お互いをライバルと意識すること自体は、悪いことではないのよ……ね)」

 

多少雰囲気の悪くなったイナズマジャパンの練習風景を思い出しながら、
は心の中で苦笑いを漏らした。
しかし、から言わせれば――今までが和気藹々としすぎていただけの話。
まぁ、イナズマジャパンをこれまでのチームと同じように捉えること事態、そもそも間違ってはいるのだが。
彼らは日本全国から集められた選りすぐりの選手たち――元々は競い合う選手同士なのだ。
もちろん、チームとしてある程度の信頼関係やまとまりは必要だが、
もともとのチーム同様のまとまりを求めるには少々の無茶があるのだ。

 

「(とはいえ……ここまで悪くなるのは、久遠さんと不動くんのせいだろうなぁ…)」

 

思わず苦笑いを漏らしながら、そう心の中で思う
だが、は別に2人を責めているわけではなかった。
チームとしてのまとまりよりも、世界に対抗するための実力が必要――という久遠の考え方には同意できる。
不動に関しては、仲間同士の結びつきが強すぎる雷門イレブン、
イナズマキャラバンをベースとしたメンバーを思えば――ある意味で彼の方が「普通」といえる。
そういった要因から、は2人を責めるつもりはないが――
「もう少し、やり方があるのではないか」という小さな不満は久遠に対してあった。

 

「『久遠道也は呪われた監督だ』――って…」

 

そう、少し怯えた様子でサッカー協会の資料室から見つけてきた久遠の噂を口にするのは春奈。
悪くなっていくチームの雰囲気を苦痛に感じ、
きっと彼女はチームのためを思って久遠の情報を調べてきたのだろう。
公けの目には絶対に触れることのない久遠の過去――久遠の黒い過去を。
春奈の一言によって、波紋のように広がっていく久遠への疑念。
だが、壁山に厳しく指導する久遠を、
危険なプレーをする不動を褒めた久遠を見てきた彼らに、その波紋を打ち消す術はない。
そして、に彼らの疑念を払ってやるつもりもなかった。
言葉で、彼らの疑念をある程度掃ってやることもできる。
だが、それを久遠は望まないだろうし、下手にが口を出してもことをややこしくするだけ。
ならば、久遠への疑念はとことんまで突き詰めてしまえばいい。
イナズマジャパンが初戦敗退でもしない限り、久遠への疑念はいずれ晴れる。
ならば、二度と疑うことがなくなるまで――久遠を疑えばいい。

 

「――いわゆる、海慈戦法よね」
「なにが?」
「?!」

 

不意に真横から聞こえた声に思わずはビクリと体を振るわせる。
が思っていなほど、彼女の大きなリアクションになっていたようで、
の動きによって食堂のテーブルもがガタリと動き――
一斉にイナズマジャパンメンバーの視線がに集中した。
独り言に返ってきた反応、しかもそれが真横から。
挙句、自分に集中している少年たちの視線――らしくもなくが思考回路をフリーズさせていると、
また横から「なんでもないよ」というセリフ――穏やかな吹雪の声が聞こえた。
が醜態をさらしたそもそもの原因――吹雪が円堂たちに「なんでもない」と告げると、
彼らはあっさりと視線をから放し、彼らの興味の中心である久遠の情報を持つ春奈に視線を戻した。
円堂たちの視線から開放され、の思考回路はすぐに再起動をはじめる。
そして、再起動して早々に――はやや呆れたような表情を吹雪に向けた。

 

「…士郎くん、霧美に気配の消し方でも習ったの?」
「あはは、習ってないよ、そんなの」
「(天然なのか、私がよっぽど油断してたのか……)」

 

笑顔での疑問を否定する吹雪。
しかし、にはどうしても吹雪の笑顔に霧美の笑顔がダブって見えてしまい――
どうにも「はい、そうですか」と吹雪の言葉を呑み込むことはできなかった。
その動揺を残しながらも、が「そう…」と吹雪に適当な相槌を打つと、
今度は吹雪がに疑問を投げてきた。

 

「海慈戦法って――なに?」

 

改めての吹雪の疑問に、は自分が油断していたのだと悟る。
ここ最近は、だいぶ治まっていたと思っていたのだが、先の1人旅の影響か――独り言が再発しているらしい。
「不味いな」と心の中で渋面になりつつ、
ここで吹雪の質問から逃げることは不可能だと判断したは、素直に吹雪の疑問に答えを返した。

 

「あとは流れに任せましょう――ってやつよ。…まさしくアイツでしょ?」
「あはは、確かにそれは海慈兄さんらしいね」

 

とてつもなく気の長い――どっしりと構えることに長けた海慈。
そんな彼にあやかってつけられた「海慈戦法」というなの作戦。
海慈という人間の人柄を知っている吹雪はの言葉をすんなりと受け入れ、
「らしい」とまで言っての言葉を肯定していた。

 

「…ところで、士郎くんはあっちに行かなくていいの?」

 

自分の横の席に腰をかけ、暢気に笑顔を見せている吹雪。
不意に彼が自分の横にいることがおかしいと気付いたは吹雪にそう問うと、
吹雪は一切動揺を見せずに「ボクはいいんだ」とに答えを返した。

 

「ボクは久遠監督に対してそんなに不信感は感じてないから」
「……どうして?」
「問うまでもないと思うんだけどな」
「…ああ」

 

思わせぶりな吹雪のセリフに、は一瞬頭を働かせたが、
急に浮上した答えに、呆れと納得が半々に混じった声で相槌を打った。

 

「はいー、話し合いはここまでやえー。
秋ちゃんと春ちゃん、あと目金ちゃんは晩御飯のお手伝い。あとのみんなは晩御飯まで解散ー」

 

ぱんぱんと手を叩きながら食堂に入ってきたのは冬花を引き連れた霧美。
霧美の後ろにいる冬花の表情からいって、
春奈の話しを聞いた冬花が食堂に入りづらそうにしていた――というわけではないらしい。
だが、冬花が久遠の父親だということを急激に思い出したらしい円堂たちは、
冬花に対する気まずさを隠すように、各々のタイミングでぽつりぽつりと食堂を後にした。

 

「しかし……それはいいことなのかしらね?」
「うーん、どうなんだろう?
――でも、ボクはあくまで霧美姉さんに依存してるんじゃなくて、ちゃんと自分で考えてのことだよ」

 

エイリア学園と戦っていたときよりも、ずっと自分の意志が強く宿った吹雪の瞳。
それを見れば吹雪の言葉は真実であることはよく分かる。
あくまで吹雪は、霧美が久遠を信用しているから無条件に久遠を疑っていないのではなく、
霧美が久遠を信用している――それをあくまでひとつのポイントとして、彼なりに考えての答えであるということが。
そういう意味では、確かに吹雪が久遠を疑っていないことは「良い」のだが、
イナズマジャパンにおける吹雪の立ち位置を考えると、それ「良い」のか――それがには疑問だった。

 

「あんまり――『こっち側』にこない方がいいわよ」
「それは、迷惑ってこと?」
「それ3割、逆が7割」

 

こっち側――吹雪がたちよりの位置にいることは、が主軸としている計画においては迷惑だ。
だが、それ以上には自分たち寄りの立場にいることによって、
吹雪に余計な心配や迷惑をかけたくないという思いの方が強かった。
人の思惑など関係なく、あくまで彼らにはこのFFIという
世界を相手にした大舞台を純粋に楽しんで欲しいとは願っている。
FFI(この大会)を利用している――
その意識はあっても、彼らには楽しいで欲しいという思いも、にとってはまた本心だった。

 

「大丈夫だよ。ボクたちは御麟さんたちの邪魔をしたりなんかしないから」
「…邪魔って……」
「正確には、そこまで意識が回らないって感じになると思うけどね」

 

苦笑いを浮かべながら最後にそう言う吹雪。
そんな吹雪の様子を見ながらは思わず疲れたようなため息を吐いた。
エイリア学園との戦いの最後――分離していた精神が統合され、本当の「吹雪士郎」となった吹雪。
それによって急激に精神的な成長を遂げたのか、それとも吹雪士郎の本質がこれだというのか――
どちらにしても、なんともあくの強くなった吹雪に、は霧美の影を重ねずにはいられなかった。

 

〜、シロちゃんとイチャイチャしてんと、こっち手伝ってー」

 

「うふふ〜」と楽しげな笑みを浮かべ、厨房からに言葉を投げてくる霧美。
からかっているのか、素直に思ったことを言っているのか――
見当のつかない霧美の様子にが小さなため息を漏らす。
――やはり、コイツの影響だ、と。

 

「それじゃ御麟さん、今日の夕ご飯も楽しみにしてるね」
「はいはいはいはい」

 

霧美の言葉に乗ったのか――ぽんとの肩を叩いて笑顔で言う吹雪。
それにはまったく感情の篭っていない返事を返すと、
ぐったりとした様子で霧美とマネージャー陣の待つ厨房へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 やっとこ久々の版権キャラとのまともなからみでした(苦笑)
後半の北国の義姉弟の悪ノリは大変楽しゅうございました(笑)
 今後もこんな感じのアクの強い(?)吹雪さんが出てきます(汗)そして一緒になって義理の姉もはしゃぎます(滝汗)