FFIにおける日本代表チーム――イナズマジャパンが結成され、
合宿所での練習が開始されて数日後――ついにFFIアジア予選の抽選が行われた。
抽選会場に集結したのは、アジア予選に出場する各国のチームの監督たち。
韓国、オーストラリア、カタール、サウジアラビア、中国、タイ、ウズベキスタン――そして日本。
このアジアにおけるサッカー強豪8各国がFFI本戦――世界大会への出場権をめぐって戦うことになるのだ。
この8国の中で、
優勝候補として名前が上がっているのは韓国とオーストラリアだった。
攻めの韓国と、守りのオーストラリア。
この2つのチームが潰しあってくれたら――とは心の中で思っていたのだが、
の願いはことごとく外れて――イナズマジャパンの初戦の相手はオーストラリアに決まった。
そして、日本と韓国が順調に勝ち進めば――対峙することになるのは決勝戦だった。

 

「これは本当に久遠さん呪われてるんじゃない?」
「……だいぶ『呪われている』のベクトルが違うがな」

 

悪態にも近いのボケに、呆れを含んだ鬼道のツッコミが入る。
確かに、鬼道のツッコミももっともだ。
オーストラリアと韓国がトーナメント表の端と端にいるのだから、否が応にもこの2つのチームと戦うことは確定にも近い。
それに、韓国とオーストラリアは日本よりも先に抽選を行っているのだ。
それを考えると、久遠が呪われている――久遠のくじ運が悪いとかいう問題ではなかった。

 

「相手は優勝候補――だが、相手にとって不足はない」

 

初戦から優勝候補との対戦――そんな現実を前にしても、鬼道たちの闘志に揺るぎはなかった。
思い上がっているわけではなく、初めて戦う世界の強豪との試合に熱い試合に興奮しているからこそ。
優勝候補――その肩書きに気圧されて萎縮されるよりはずっといいが、鼻っ柱をへし折られて意気消沈されても困る。
彼らの闘志を、士気を下げることは本位ではないが、少し興奮を治めないと――
と、は頭の片隅で思いながら、椅子から立ち上がったイナズマジャパンのキャプテン――円堂に視線を向けた。

 

「よーし!オーストラリア戦に向けて、明日から特訓だぁ!」
「「「おぉー!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第120話:
暇人アドバイザー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷門中のサッカーグラウンドは静かだった。
いつもであれば、イナズマジャパンが世界大会に向けて練習を行っているのだが――
今日に限ってはシーンと静まり返っていた。…いや、明日も静まり返っている予定だが。
雷門中のグラウンドが静まり返っている理由――それは久遠のたった一つの指示が原因だった。

 

「練習禁止はともかく、合宿所から出るなとはまた大胆よね」
「せやけど、久遠さんも考えあってのことやろうけどね――王手」
「あ」
「待ったなしやえ、?」

 

盤上の自軍の状況の悪さには思わず間抜けな声を漏らす。
しかし、甘やかすつもりない霧美は笑顔でに釘を刺すと、
この上なく楽しげな笑みを浮かべて――端に置かれた金将をもてあそんだ。
久遠の話などすっかり頭の中からすっ飛び、は現状を取り返す手をあれやこれやと考えるが、
どうにもこうにも、攻めても守っても――取り返すことは不可能な状況に陥っていた。
諦め悪く悩もうかと思ったが――不意に目に入った霧美の笑顔に、の心は完全に折れてしまった。

 

「参りました」
「うふふ〜、、もっと精進せなあかんえ〜」
「くそぉ…相変わらず鬼みたいに強いわね…」
「そら、じぃじにいらんだけ鍛えられたからねぇ」

 

選手たちの練習がない――
結果、マネージャーやバックアップスタッフの仕事もほぼないような状態になっていた。
選手たちの服やタオル、寝具といったものの洗濯や整備、
合宿所にいる人間すべての食事の用意、そういった仕事はいつもと同じくあるが、
大きな洗濯物は先日行った上に、食事の献立はすでに決まっているし、食材も今はまだ足りている。
そんなわけで、バックアップスタッフ――たちは暇を持て余していたのだった。

 

「…なんか、ただでさえ暇なのに、なおさら暇なことになったわね」
「そやろか?うちはやっと暇ができたわ〜って感じやけどね〜」
「…まぁ、霧美は寮母的な仕事を明那と2人で――って、明那は?」
「ん?明ちゃん?えぇと、明ちゃんは……
あ、知り合いに会いに行くゆーて朝からお出かけしとるよ」

 

そういえばといった様子で霧美がの疑問に答えると、
の表情は一気に面倒くさそうなものに変わる。
長年の付き合い故か、のその表情を見て霧美は
の考えていることに察しがついたらしく、「ああ〜」と納得したような声を上げた。

 

「ま、まさかとは思うけど……」
「そのまさかと違う?オーストラリアて、サーフィンの本場やからね〜」

 

ダメ押しとも言える霧美の言葉に、はガクリと肩を下げた。
今朝の時点で――察しをつけるべきだったのかもしれない。
すでに恒例となりつつあった明那と豪炎寺との早朝ランニング。
――が、今日に関しては明那の走りはどうにもおかしかった。
浮ついているというか、フワついているというか――総じて言えば、ご機嫌な様子だった明那。
なにがそんなにご機嫌なんだ――とは豪炎寺と共に首をかしげていたのだが、
どうやらオーストラリア代表チーム――ビッグウェーブスに知った顔がいたようだ。

 

「…というか、明那がのこのこオーストラリア勢のキャンプ地に行って、受け入れてもらえるの?」
「さあ?普通に考えたら門前払いやろうけど――
すでに明ちゃんが出かけて結構な時間が経つし……受け入れられたと考えるんが妥当と違う?」

 

霧美の真実に近いであろう答えに、
は引きつった笑みを浮かべて「やっぱり?」と言葉を返した。
すでに明那の姿が見えなくなってから数時間が経過している。
雷門中からオーストラリア勢のキャンプ地は離れてはいるが、車を飛ばせば1時間かかるかかからないか――
仮に行きと帰りに道に迷ったとしても、門前払いを受けたのであれば、
もうすでに明那は帰って来ていてもおかしくない。
だが、帰って来ないということは――オーストラリア勢に受け入れられた可能性が濃厚だ。

 

「…余計なこと、口走らなきゃいいけど……」
「日本のことはもちろん言わへんやろうけど、
オーストラリアの子たちを焚きつけることは言いそうやね」
「無自覚だからなぁ…」

 

なぜだか増えてしまった頭痛の種に、は頭を抱えてため息をついていると、
自室での待機を命じられていたはずの選手たちがぞろぞろと食堂に集まってきた。
練習したいのにできないジレンマ、
大切な試合の前だというのに練習を禁じた久遠への不満感、
更に桜咲木中を棄権に追いやった久遠への不信感――
色々な負の感情が蓄積している彼らの表情は見るからに暗い。
人のことを言えた立場ではないだが、
顔を伏せると「フフ…!」と思わずおかしな笑いを漏らした。

 

「……、ついに壊れたん?」
「え?御麟さんが壊れたの?」
「壊れた?御麟さんが??」

 

霧美との元へ近づいていた吹雪が、霧美の言葉を確かめるように疑問を投げると、
その吹雪の言葉に反応したヒロトが少し驚いた様子でたちの方へとやってくる。
またそれに反応した緑川が「どうしたのー?」と尋ねながらやってきて――
いつの間にやらと霧美の周りには吹雪たちが集まっていた。

 

「あ……霧美姉さんに打ちのめされたんだね…」
「凄いな、完全に八方塞がりだ…」
「あや、ヒロトくんは将棋に詳しいんやね」
「はい、よくみんなで遊んでいたので」
「ヒロト、すっごい強いんですよ!確か…修児兄に勝ったことあったよね?」
「緑川、ここで修児兄さんの名前を出しても比べる対象にならないよ…」
「あ、そういえば」
「ふふふ、緑川くんは可愛ぃね〜。――ヒロトくん、いつか勝負しような〜」
「はい、是非よろしくお願いします」

 

突っ伏しているを無視してどんどん進んでいく会話。
一瞬、は「私は置物か」といじけたようなツッコミを心の中で入れたが、
次も瞬間には「どうでもええわい」と無駄に開き直ってそのまま突っ伏していると――

 

「ぐぇ」
「へー、吹雪が将棋できるってなんか以外だなー」

 

何かがの背中に乗った――いや、何者かがの背中に負ぶさった。
まったく前触れのなかったことに、も受け入れる体制がまったく整っておらず、
重みに抵抗する暇もなく無様にカエルの様な声をあげる。
しかし、の声は何者か――の背に負ぶさっている緑川の声で
かき消されてしまったようで、誰もに注目することはなかった。
完全に置物――緑川に関しては体のいいクッション程度にしか思われていないのではないかというこの状況。
霧美に将棋で惨敗を喫し、明那の行き先に落胆し――挙句の果てが存在無視。
色々がカオスに重なって――の堪忍袋は久々に爆発した。

 

「いい加減にしろコラー!」
「わぁああ?!」

 

思い切りよく椅子から立ち上がった
それに伴い、の背中に負ぶさっていた緑川も思い切りよくの背中から振り払われる。
だが、とっさにヒロトが緑川の体を支えたおかげで緑川に怪我はないようだ。
しかし、今のの行動は、バックアップスタッフ――
イナズマジャパンをサポートする人間としてはお世辞にと良しとされないもの。
それを強く感じたのか――珍しいことに霧美がに対して真面目な苦言を向けた。

 

、年下の子をそない乱暴に扱ったらあかんよ」
「その言葉、そのままそっくりアンタに返すわ」
「……せやったら、はシロちゃんたちと同レベル?」

 

ピキ、との額に走る青筋。
ゆらりと湧き上がったの黒いオーラに、ヒロトと緑川はたじろぎ、
霧美の横に立っていた吹雪は苦笑いを漏らす。
なんとも残念な状況に緑川たちが戸惑っていると――
天の助けか、目金が「みなさーん!」と声をあげながら衝動へと駆け込んできた。

 

「オーストラリア代表の情報入手しましたー!」
「「「ぅおおー!!」」」
「やるじゃねーか!」
「ボクの情報収集能力――お見せしましょう!」

 

目金が持ってきた情報――
それは1日後に対戦するアジア予選の初戦相手であり、
優勝候補の一角でもある強豪――オーストラリア勢のもの。
しかも、紙の上の情報ではなく、映像媒体というこの上ないものだった。
少年サッカーとはいえ、国と国との戦いであることには間違いない。
それ故に、相手チームの情報を得るとなるとそれは容易なことではなく、
正規ルートではちょっとした情報を拾うだけでも一苦労するほどだった。
そんな中での対戦相手の映像だ。
これは目金の大手柄――と、たちが思ったのはものの数秒のことだった。

 

「「「キャー!」」」

 

テレビの中で上がる少女たちの黄色い歓声。
これが、相手チームの花形選手がサッカーで、好プレーをしての反応だったのなら――

 

「「「だあぁ!?!」」」

 

誰も盛大にずっこけなかっただろう。
だが、テレビの中で少女たちが黄色い声をあげたのは、
あくまでオーストラリアの選手がビーチバレーで好プレーを披露したから。
円堂たちの予想の斜め上をかっ飛んだ目金の「情報」に、円堂たちは落胆せずにはいられなかった。
だが、こんな情報でもないよりはマシ――と前向きに捉えている人物がいた。
「見る意味がない」「役立たず」とまで言われた目金と目金が入手してきた映像。
それを「必要ない」と解釈したは、レコーダーからDVDを取り出してケースにしまうと、
先ほどまで自分が座っていた席にそれを置いた。

 

、それはちょっと無駄な努力と違う?」
「…暇を持て余してうだうだするくらいなら、無駄に頭使ってた方がいいわよ」

 

秋と春奈が入手したというオーストラリアに関する情報も聞かず、
そう言っては自分のPCを取りに食堂を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 後半、久しぶりの夢っぽいギャグまわしでございました。
いやーこんな話をワイワイ書ければいいんですけどねぇ。
そうは思うのですが、原作のシナリオ上、前半のうちはいやーな展開が続きます(汗)