「そっかー、次の対戦相手はやっぱりカタールになったんだ」
「カタールが負けるとは思ってなかったけど――」
「これまた大変な相手だね」
「……オーストラリア戦に関しては、アンタが焚きつけたことも一因だと思うんだけど?」
「でも、そのおかげで初めからニースたちの手の内が分かったわけだから、結果オーライだと思うんだけどな」
「…………」
「あで!」

 

早朝ランニングをしていた明那の腰に命中する、渾身のグーパンチ。
やや鈍い音が響いたことを考えると、明那の体にはそれない理の激痛が走ったはずだが――
明那は足を止めることなくそのまま走り続けていた。
それがまた気に障ったらしいは、明那に向かって文句をたれるが、
それを明那は苦笑いを浮かべながら適当に受けながし――
また、は明那の腰にグーパンチを放った。

 

「…す、すごいね……あの2人…っ」
「走り出してから…ずっと、あの調子で話してるよね…!」
「……いつものことだ」

 

と明那のやや後ろを走っているのは、
ヒロト、吹雪、豪炎寺の3人――イナズマジャパンのフォワードメンバーだった。
オーストラリアとの試合終了後、綱海に続いて発覚した豪炎寺の特訓。
監督である久遠からのお咎めはなかったが、豪炎寺に対する贔屓だとの不満が続出した。
しかし、この早朝ランニングをイナズマジャパン全員でやり始めるとなると、
もうそれは個人特訓ではなく、それはただの全体練習。
更に言うと、本当の全体練習に疲れを残さないための調整を、全員分行わなくてはいけなかった。
そうなるとこの上なく色々と面倒――
それをわかっているは、早朝ランニングを自分と明那だけにするか、圧力で周りを黙らせようとしたのだが――
明那の「俺、フォワード専門だから」という一言で、驚くほどあっさりと片付いたのだった。
こうして、と明那と豪炎寺の早朝ランニングは、
イナズマジャパンフォワード陣の早朝ランニングにリニューアル(?)したのだった。

 

「――はい、早朝ランニング終了」
「はぁ…はぁ…3人とも、朝から結構ハードなこと…してたんだね……」
「お、沖縄でも経験したけど……ホント…っ…」
「あ、ちょっと無理させちゃったかな…?!」

 

ランニングを終え、雷門中の校門前まで戻ってきた一行。
結構な距離を走り終えたにもかかわらず、ケロリとしていると豪炎寺たちに対して、
今日が初参加となるヒロトと吹雪はなれない走りこみにだいぶ体力を削られたのか、荒く肩で息をしていた。
疲れきった様子の2人を前に、明那はオロオロとしながら二人を気遣うが、
それとは対照的には至極冷静に2人に対する感想を述べていた。

 

「初日の豪炎寺と同じ感じね」
「………そうだな」

 

早朝ランニングを開始した日の豪炎寺――それは今のヒロトたちとさほど変わりはなかった。
嬉しいやら、悲しいやらの豪炎寺は、若干の間を空けながらもに言葉を肯定する。
すると、今度は吹雪が少し嬉しそうな様子で口を開いた。

 

「…それなら、今からでも豪炎寺くんに追いつけそうだねっ…」
「ああ、…オーストラリア戦では、
豪炎寺くんと綱海くんに後れを取ってしまったけど――次はそうはいかないよ…!」

 

好戦的な色をその瞳に宿し、吹雪とヒロトは豪炎寺に宣戦布告をするようにそう言った。
穏やかそうな雰囲気をしているが、やはり2人もイナズマジャパンの得点を担うフォワード。
ゴールに、シュートに、得点することに貪欲な――ストライカーだったようだ。

 

「(これに虎丸が加われば――もっと面白いことになるんだろうけどね)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第124話:
スパイはスパイス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギラギラと照りつける太陽。
ここ数日で、日本の気候は一気に真夏に近づいた。
気温が高く、湿度が高い日本の気候。
ただ太陽の下にいるだけでも体力を消耗するというのに、
炎天下の中でイナズマジャパンは走り込みを行った。
思いがけず体力を奪われたらしいイナズマジャパンメンバーは、
そのほとんどが合宿所から出てくることはなく、
いつもならば行われるはずの自主練習は、今日に限っては中止のようだ。
そんな中、合宿所――さらには雷門中から出て行く影がふたつ。
それは円堂と豪炎寺。
虎丸の早抜けが気になりはじめたメンバーに代わって、
調査に向かっていたマネージャー陣から連絡が入ったらしく、
円堂たちは虎丸の早抜けの理由を確かめるために、現場に残っている春奈と合流するらしかった。
はそれを見送ったあと、特になにをするわけでもなく、
ただぼんやりと、日が照りつけるグラウンドに残っていた。

 

「(試合当日までこんな天気だったら――不味いわね)」

 

次にイナズマジャパンが対戦することになるのは、
カタール代表――デザートライオン。
彼らの特徴は、砂の大地で鍛えられた当たり負けしない強靭な足腰と、
灼熱の大地で鍛えられた疲れ知らずのスタミナだ。
そのカタール勢に対抗するため、イナズマジャパンは走り込みでの足腰と体力の強化を図っている。
正直、スタミナに関しては付け焼き刃でどうにかなるものではないのだが、
この炎天下の下でも走り続けられるだけの体力は最低限――必要だった。

 

「湿度がどう影響してくるか分からないけど……この暑さは相手のホー――」
〜!」
「ぅおっ!?」

 

色々を考えながら、腰掛けていたベンチから立ち上がった
そんな彼女の横っ腹に奔った衝撃――それは、何者かが飛びついたことによるものだった。
あまりも突然のことに、は受身も取れず、飛びつかれた勢いのままに地面へと倒れこむ。
地面に倒れた衝撃、のしかかる重さ――痛いやら苦しいやらで、
は力任せに「原因」を振り払おうとしたが、
不意に鼻を撫でた花の香りに、一気に思考がクリアになった。

 

「ステラ!?」
「久しぶりね!!」

 

の腰に抱きついたまま、の声に答えたのは、
水灰色の髪で左右にひとつずつのお団子を作った褐色肌の少女――ステラ。
思っても見ない人物の登場に、の思考はパニックに陥るが――
不意にパチリと奔った嫌な予感に、はステラに抱き突かれたままの状態で立ち上がる。
そして、じろじろとステラの全身を眺めはじめた。

 

「?なによ??」
「いーから黙ってて」

 

突然不審な行動をはじめたに、ステラは小首をかしげて何事かと問う。
だが、はステラの疑問を早々に却下し、
そのままステラの背後に回り、更にじろじろとステラを眺めはじめた。
あまりにもの行動は怪しいが、
意味もなくこんな怪しい行動をはしないと理解しているステラは、
大人しくの行動が終わるのを待っていると、
の騒ぎ声を聞きつけたらしい数人のイナズマジャパンメンバーが合宿所から出てきた。
そして、とステラの近くに来るかこないかのあたりで――急にが行動を起こした。

 

「「「………………」」」
「………なにやっての……」

 

急に。
何の前置きもなく、急に行動に出た。しかも、まともではない行動に。
目の前にある現実を、
現実ではないのではないかと錯覚するが、残念ながらこれは現実だ。
が、ステラのTシャツの前襟から――手を突っ込んでいるという現実は。

 

「「「わぁああぁああぁぁああ!?!?!?」」」

 

あまりにもショッキングな光景に絶叫するイナズマジャパンメンバー。
背を向けるもの、両手で目を覆うもの、
さらに面倒見のいいメンバーは他のメンバーの目を塞ぐという行動に出ているものまでいた。
そんな大騒ぎの大パニックのイナズマジャパンをポカーンと見つめているのは、
服の中に手を突っ込まれている少女――ステラ。
わーわーと大騒ぎする彼らを不思議に思っていると、
がステラが首に下げていたペンダントを取り出した。

 

「ねぇ、なんでアイツらあんなに騒いでるの?」
「…それは彼らが恥じらいの国、日本の代表だからよ」
「ふ〜ん?……でも、は日本人だけど恥じらいないよね」
「海外生活が長いからね――はい、これでよし」

 

そう言っては一度は取り出したステラのペンダントを、再度ステラの服の中でと戻す。
しかし、やはりどうにもの行動の意味が分からなかったステラは、
「ねぇ」とと声をかけてもう一度なにをしていたのかを尋ねる。
すると、はほんの少し苦笑いを浮かべたが、
もったいぶるようなこともなくすんなりとステラに答えを返した。

 

「ステラ、アンタ、エリザさんにスパイとしてここに送り込まれてきたのよ」
「「「スパイー!?」」」
「――え…?!ウ、ウソ!!?」

 

スパイ――その単語に驚きの声をあげたのは、
イナズマジャパンメンバーだけではなく、スパイとして送り込まれたはずのステラもだった。
だが、もそれは端から予測済みのことで、
落ち着いた様子で「そうよ」と自分の言葉を更に肯定すると、ステラの体についた土を優しく掃う。
すると、ふとステラの体が震えていることには気付く。
もしや――とはステラの顔を覗き込もうとしたが――それよりも先にステラが顔を上げた。

 

「さすが姉さま!こんなところにまで策を張っているだなんて!!」
「……まぁ、そうなるわよねぇ…」

 

申し訳なさ皆無の、全力の笑顔を浮かべて顔を上げたステラ。
想像通りすぎる彼女の反応に、は苦笑いを漏らすほか選択肢はなかった。
褐色肌の水灰色の少女――ステラ・マノン。
彼女は、次にイナズマジャパンが対戦することになった
カタール代表の監督を務める女性――エリザ・マノン監督の実の妹だ。
だが、その前に、にとってステラは大切な仲間の1人であり、友人の1人でもあった。
試合が終わった頃にでも――とは考えていたのだが、
ステラの方はもう早々にに会いたかったらしい。
本来であれば、ステラのその欲求はただの我侭でしかないが、
怪しまれずに日本代表の情報収集を収集できるかもしれないこの機会を、
あの策士であるエリザが見逃すわけがなかった。
ステラのペンダントに仕込まれていたのは超小型盗聴器。
正直、壊すのはためらわれたが、仕掛けてきたのはエリザだ――
と、心を鬼にしたは、盗聴器を壊すことで、ステラをただの友人としていた。

 

「あらあら、なんや騒がしいと思ったら、スーちゃんやないの〜」
「あ〜!霧美姉さまに明那お兄ちゃん!」

 

だいぶ遅れて合宿所から姿を見せたのは霧美と明那。
にとって仲間なのだから、当然、霧美たちともステラは仲間であり友人。
ステラは嬉しそうな表情を浮かべると、
から離れて霧美たちの元へと駆けて行った。

 

 凄いスピードだ…!」

 

瞬間移動でもしたかのように、あっという間に霧美たちの下にたどり着いたステラ。
イナズマジャパン一と言っても過言ではない風丸をも驚かせるそのスピードは確かに凄い。
しかし、彼女にはもっと凄い特徴があった。

 

「あ、あれ…?」
「…この炎天下にあれだけ騒げばねぇ〜」

 

霧美の元にたどり着いた――
その瞬間、ステラの体がフラリと揺れたかと思うと――そのままパタリと霧美の胸に倒れた。
「あーあ」と呆れた様子でつぶやきながら、
はイナズマジャパンメンバーの間を通りながら霧美たちの下へと合流する。
初対面――とはいえ、目の前で倒れられてはさすがに心配なのか、
の後に続いて風丸たちもぞろぞろと霧美たちの元へと集まり、
心配そうに霧美の腕に抱きかかえられたステラの様子を伺った。

 

「……寝てる?」
「ふふふ、相当張り切ってたんやねぇ」
「相変わらずスタミナないわね、ステラは…」

 

霧美の腕の中ですやすやと寝息を立てているステラを前に、
は少し呆れた様子でそう言った。
スピードに特化し、ボディバランスと瞬発力にも優れたステラ。
しかし、彼女の最大の特徴であり、最大の弱点はその極端ともいえるスタミナのなさ。
このスタミナに関しては、おそらく彼女の姉が率いるカタール代表の選手たちとは、
究極的な真逆と位置にあると言ってもいいだろう。
――そこでふと、の脳裏に嫌な予感が奔った。

 

「ははっ、すげースピードがあっても、ここまでスタミナがないと考えもんだな」
「陸上の短距離選手だったらいい成績が残せると思うが――」
「サッカー向きの体質じゃないよね」

 

スタミナ切れで眠ってしまったステラのことを微笑ましく思っているのか、
綱海や風丸たちは穏やかな笑みを浮かべながらステラを眺めている。
だが、それ以上ステラを見世物にすことが心苦しかったのか、
明那が霧美にステラを空き部屋で休ませることを提案した。
その明那の提案を霧美は「そやね」と言って受け入れると、
明那の背にステラを預けると、にステラを部屋に寝かせてくると一言告げて合宿所の中へと入って行った。
合宿所の中へ消えていく霧美たちの姿を視線だけで見送っただったが、
不意に耳に入った言葉に、エリザの二重の罠に思わず舌を巻いた。

 

「はじめ、スパイって聞いたときには驚いたが、なんか憎めない子だったな」
「そうッスね。なんか、利用されていただけみたいッスし」
「にしてもさ、カタールの人間全員がスタミナがあるわけじゃないみたいだね」
「ぷぷぷ、そうでヤンスね」

 

明らかに、カタール勢のスタミナを甘く見ている小暮たち。
まぁ確かに、ステラのあのスタミナの無さを見ては、カタールのスタミナを疑いたくはなる。
だが、それにまんまと嵌ると――エリザの思う壺だ。

 

「アンタたち、思いっきりエリザさん――カタールの監督の術中に嵌ってるわよ」
「「「え?」」」

 

本気で、意外そうな声をあげる彼らに、は思わず苦笑いを漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 オリキャラご登場でござました。なんとなく、エリザ監督の妹キャラが欲しくて……。しかもシスコン。
 普通であれば、虎丸のお店手伝いのくだりを書くはずなんですが、あえてここはスルーしました。
なんでわざわざ――って話ですが、その答え(?)は次の次くらいに明らかになると思います。