日が傾きだし、街がオレンジ色に染まりだした頃。
雷門中の校門前には、一台の黒塗りの車が停まっていた。
そして、その車から降りてきたのは、灰水色の髪をひとつにゆるく束ねた褐色肌の女性だった。
車から降りてきた女性を迎えたのはと霧美。
そして、女性の胸に飛び込んでいったのは――雷門中での時間をほぼ寝て過ごしたステラだった。

 

「姉さまっ!」

 

そう、声をあげて女性――エリザの胸へ飛び込んでいくステラ。
突然であったにもかかわらず、エリザはステラを優しく受けとめると、
愛おしそうに彼女の頭を撫でた。
そして、少しの間ステラがエリザに懐いたあと、不意にエリザがと霧美に視線を向けた。

 

さん、霧美、ステラの面倒を見てくださってどうもありがとう」
「いーえ〜、うちらもスーちゃんに会えて嬉かったわぁ」

 

「ふふふ」「うふふ」と笑顔で話すエリザと霧美。
しかし、あたりに渦巻いている空気はまともなものではなかった。
仲が悪い――わけではない。寧ろ、霧美とエリザは仲がいいぐらいだ。
しかし、どちらも「策士」としての一面を持つが故、お互いを敵と認識しあったら最後、
2人は「ふふふ」「うふふ」と笑みを浮かべながらお互いを牽制しはじめるのだ。
その場面に何度か遭遇しているにとっては想定内のこと――
ではあるが、わざわざ霧美がエリザと会おうとするのは予想外のことだった。
笑顔でお互い一歩も引こうとしない霧美とエリザ。
苦笑いを浮かべてはどうしたものかと困っていると、不意に何者かがの手を取った。

 

!絶対に負けないわよ!
姉さまが鍛え上げたデザートライオンが最強なんだから!」

 

の手を取り、強気にそう宣言したのはステラ。
本気で自分たちが勝つと思っているようで、ステラの目には一切の憂いは無い。
心の底からエリザを信頼しているステラに関心しながら、もステラに強気な言葉を返した。

 

「なら、イナズマジャパンはその最強を破るまでよ」

 

そう言ってがスッと右手を上げる。
すると、ステラは一瞬はきょとんとしたものの、
すぐにこの上なく嬉しそうな表情を浮かべて、自分の右手での手を叩いた。
その様子をエリザは優しい表情で見守っていたが、
何気なく目をやった時計が指していた時間に、
ステラに対して少し申し訳なく思いながらも、ステラにこの場を去ることを告げた。

 

!次に会うときは敵同士よ!」
「ええ」

 

手を振りながら去って行くステラに、たちも手を振りながら見送る。
そして、ステラとエリザが車の中へと消え、
車が雷門中の校門前から姿を消した頃――不意にはため息をついた。

 

「正攻法じゃあ――勝てないわよねぇ…」

 

そう漏らすに、霧美は「せやね〜」とまるで他人事のように暢気な相槌を打つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第125話:
平凡の中で眠る虎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カタール代表デザートライオンとの試合当日。
その日も、例に漏れず空は快晴――真夏日だった。
ギラギラと照りつける太陽は、フィールドを走る選手たちの体力を容赦なく削っていく。
それに加えて、デザートライオンのラフなプレーに感化されるかたちで、
イナズマジャパンメンバーは必要以上にフィールドを走り回っていた。
もちろん、デザートライオンの選手たちはイナズマジャパンを優に超える運動量をこなしているが、
彼らは灼熱の砂漠で鍛えられた選手たち――
スタミナだけで言えば世界のトップに立てるような選手たちだ。
イナズマジャパンとはそもそものベースが違うのだ。
現状、スタジアムの気候はデザートライオンのホームに近い。
要するに、デザートライオンが最も力を発揮できる環境で――
彼らの必勝パターンの中でイナズマジャパンは戦っているということ。
このまま、まともに試合を続けていては、
確実にイナズマジャパンはデザートライオンの逆転を許すことになるだろう。

 

「みんな、いい感じよ!」
「よしっ!後半もこの感じで行こうぜ!」

 

前半戦を戦い終え、デザートライオンに対して2点のリードを保っているイナズマジャパン。
しかし、円堂の呼びかけに返ってくる声はまばらで、とてもリードしているとは思えない状況だった。
体力を消耗して肩で息をしているフィールドプレーヤーたち。
前半戦、目立った活躍のなかった円堂とはまるで様子が違う。
自分と彼らの違いを円堂も不思議には思ったようだが、
了解の意を返した緑川たちの言葉を信じたのか、この気候のせいだと納得したのか、
彼らに対して深くを追求はしなかった。
少しの休憩――ハーフタイムを挟んで開始された後半戦。
イナズマジャパンもデザートライオンも前半戦とメンバーを変えることはしなかった。
が、デザートライオンはフォワード3人という、前半戦よりも攻撃的な布陣に切り替えてきていた。
そして、その陣形の変化が指し示すデザートライオンの意図を汲み取るとこは容易だった。

 

「行くぞ!」

 

そうサイドを併走する選手たちに告げて走り出したのは、
青いバンダナを頭に巻いたデザートライオンのフォワード――ザック。
彼の進攻を阻止するために鬼道と緑川が走るが、ザックの強引なプレーに圧倒され吹き飛ばされてしまう。
しかし、彼の進攻はそれだけでは終わらない。
ディフェンス向かった小暮と土方をまたしても強引なドリブルで突破し、
最後の砦として立ち塞がった壁山をも簡単に突破し――
後半戦開始早々、イナズマジャパンのゴールを脅かされるまでされてしまった。
ザックのシュートは円堂が正義の鉄拳で難なく防ぎ、
それを風丸がクリアしたことでなんとか危機を脱したイナズマジャパンだったが、
彼らの不幸はそれだけで終わらなかった。

 

「緑川!」

 

ザックとの競り合いに負け、吹き飛ばされた緑川。
早々に復帰していた鬼道に対して、彼は未だフィールドの上に横たわっていた。
仲間たちに心配され、なんとか緑川は立ち上がろうとしているようだが、
体が言うことを利かないらしく、立ち上がれずにフィールドにひざを付いたままだった。
とても試合ができる状況ではない緑川。
その彼に代わって久遠がフィールドに送り込んだのは栗松だった。
立向居の肩を借りてベンチへと戻ってきた緑川。
彼の表情には申し訳なさそうな色と一緒に、悔しげな色が滲んでいた。
彼が努力していたのはも知っている。
だが、それが無理を押し通した無理のある努力――特訓であることもわかっていた。
しかし、それを理解しながらもが止めなかったのは、そこから緑川が失敗を学ぶと思ったからだ。
おそらくだが、久遠もと同じようなことを思って緑川の自主練習に口をはさまなかったのだろう。
とはいえ、緑川に今回のことから「無茶」を学んでいる様子はない。
次が起きる前に手を打つべきか――
と、心の中でが考えていると、イナズマジャパンを悲劇が襲っていた。

 

「吹っ飛べぇえ!!」

 

そう声をあげて、ディフェンスに回っていた綱海ごと、
ボールをゴールへ押し込んだのは、デザートライオンのフォワードの1人――マジディ。
彼のそのパワープレーによって、イナズマジャパンはついにデザートライオンの得点を許してしまった。
しかし、イナズマジャパンの悲劇はそれだけでは終わらない。
ザックとの競り合いに負けたヒロトと、
マジディによってゴールへ押し込まれた綱海の2人が体力の限界を迎え、
フィールドを去らなければならない状況となったのだ。
鬼道と土方の肩を借りてベンチへと戻ってきたヒロトと綱海。
それに代わってフィールドへと走って行くのは立向居と飛鷹。
フィールドへと走っていく2人を見送ったあと、はおもむろに自分の腕時計に目をやった。

 

「(思っていたよりも少し早い――でも、そろそろ準備が必要か…)」

 

心の中でそうつぶやきながら、は視線を吹雪に向けた。
試合が開始され、デザートライオン陣内へ駆け上がっていこうとした吹雪だったが、
ザックのスライディングで阻止されてしまう。
だが、それを鬼道がフォローして、そのまま鬼道は再度デザートライオン陣内へと駆け上がっていく。
豪炎寺が鬼道を追いかける途中、倒れている吹雪を鼓舞するように声をかけると、
吹雪はよろめきながらも立ち上がり、鬼道に向かって「ボクにパスを!」と試合への意欲を見せた。
吹雪の声を受けた鬼道は、得点のチャンスを吹雪に任せるかたちで吹雪へのアシストを出す。
それを吹雪は渾身の力を込めた必殺技――ウルフレジェンドを放つ。
だが、試合開始直後に放ったウルフレジェンドとは比べ物にならないほど威力の落ち込んだそれは、
デザートライオンのゴールキーパー――ナセルの必殺技、ストームライダーによっていとも簡単に阻止されてしまった。
渾身のシュートを放ったことによって体力の限界が訪れた吹雪は、崩れ落ちるようにフィールドへと倒れこむ。
起き上がろうとはしているが、起き上がることができない吹雪。
これは完全に選手の交替を必要としている状況だった。

 

「選手交代――宇都宮虎丸」
「――何…!?」

 

吹雪に代わってフィールドに送り込まれたのは虎丸。
この状況で、試合に送り込まれるのは自分だと思っていたらしい不動が驚きの声をあげるが、
だからといって状況が変わるわけでもなく、
目金の肩を借りてベンチへと戻ってきた吹雪と入れ替わるかたちで、虎丸は円堂たち――フィールドへ合流した。
不動の不満も分からないわけではない。
だが、イナズマジャパンが今後世界と戦っていく上で、
次の試合のための切り札を残しておくためにも、この選択は必須ともいえるのだ。
不動が、この程度のことでくすぶる人間だとは思えない。
だが、虎丸の中に閉じこもっているほんきを、彼らに――
イナズマジャパンに引き出すことができるかどうかは、五分五分だった。

 

「(平凡の中にいる天才は――調和を保つためには「平凡」になるしかなかったのよね…)」

 

宇都宮虎丸――彼を、は幼い頃から知っていた。
彼の母親の体が弱く、実家である定食屋の切り盛りために練習を早退していたことも、
彼が優れた実力を持った選手――フォワードであることも、
そして、彼が天才であるが故に負ってしまった心の傷のことも――は知っていた。

 

「(気付きなさい虎丸。彼らはアンタの本気を受け止められるプレイヤーだって)」

 

決定的なチャンスを、2度もふいにした虎丸。
おそらく、彼の脳裏に過去の忌まわしい出来事がよぎったが故だろう。
過去を知っているからすれば、虎丸の行動――
シュートチャンスを味方に譲るというプレーは「仕方ない」と納得できないこともない。
だが、虎丸の味わったトラウマを知らない豪炎寺たちからすれば、虎丸の行動は不可解この上ないだろう。
しかし、それを「不可解」だと、
疑問に思うことが、理解しようとすることが、何よりも大切なこと。
彼らに与えられている時間は少なく、また彼らに与えられているチャンスは少ない。
だからこそ、彼らは果敢に前へ進まなくてはならないのだ。
世界と戦うために――この試合に勝つために。

 

「イナズマジャパン!後半ロスタイムという土壇場で同点に追いつかれてしまったー!!」

 

一度は防いだデザートライオンのキャプテン――ビヨンの必殺シュート、ミラージュシュート。
だが、デザートライオンのコーナーキックから試合が再開された際、
ショートコーナーで意表を突かれ、ディフェンスも追いつかず、
ダメ押しとばかりに飛び出してきたザックにボールをゴールに押し込まれ――
角間の実況どおり、イナズマジャパンは土壇場でデザートライオンの同点ゴールを許してしまったのだった。
これ以上、試合を続行するのはイナズマジャパンにとって不利なことは目に見えて明らか。
延長戦に入る前に、なんとしても追加点を上げなければ――イナズマジャパンの勝利はない。
チーム一丸となって諦めず、得点のチャンスを狙っていかなければならない――
それはベンチ勢も含めて、イナズマジャパン全体が理解していることのはず。
だが、それでも――虎丸は過去に囚われたままだった。
 
ピピ――!!
 
ふいに鳴り響いた試合を中断するホイッスル。
その原因は――豪炎寺と虎丸だった。

 

「あー…、また豪炎寺の無言の鉄槌が出た…」

 

これで3度目になる豪炎寺の無言の鉄槌――という名の渾身のシュートでの制裁。
円堂、吹雪に続いてそれを喰らったのは――
またしても絶好のシュートチャンスを前にして豪炎寺へのパスを出した虎丸だった。
豪炎寺のシュートによって突き飛ばされた虎丸は「なにをするんだ」と豪炎寺に向かって抗議するが、
それを上回る勢いで豪炎寺はシュートを打たない虎丸に対してどういうつもりだと問う。
尤もな豪炎寺の問いに、虎丸は悔しそうに顔をそむけたかと思うと、
これが――自分を殺して仲間のアシストに回るのが自分にとってのベストだと、
虎丸は本心を吐き出すように叫んだ。

 

「……自惚れにもほどがあんだろ」
「まあまあ、若気の至りということで」

 

みんなの活躍の場を奪わずに済む――
その虎丸の一言にカチンときたのか、不動がイラだった様子でポツリと漏らす。
それを苦笑いで聞いたは、一応程度に虎丸のフォローに入っておいたが、
意味があったかは微妙なところだった。
本気のプレーをしない虎丸に対して、豪炎寺はこの場所は世界の頂点を目指す――
各国最強のサッカープレイヤーが集まっているのだと説く。
そして、自分たちは世界の頂点を目指すために――勝つためにこのフィールドに立っているのだと。

 

「そうだぞ、虎丸――全員が全力でゴールを目指さなくちゃ、どんな試合にも勝てないぜ」

 

そう言って、豪炎寺の言葉を、思いをフォローしたのは、
虎丸の元へと駆けつけていた円堂。
トンと自分の胸を叩き、自分たちを――チームメイトを信じろと円堂は言い、
一間置いて虎丸の肩にぽんと手を置くと、虎丸の全力のプレーを自分たちにぶつけてこい――
虎丸の全部を受けとめると、彼に宣言した。

 

「いいんですか?俺、本気でやっちゃっても!」

 

キラリと光った虎丸の目――
誰かを髣髴とされるその喜びに踊る輝きに、はほっと胸をなでおろした。
時期尚早――そう、大概の人が思うだろうが、
はすでにイナズマジャパンの勝利を――虎丸の活躍を確信していた。
そして、の確信は、違うことなく当たった。
鬼道からのパスを受け、猛然とデザートライオン陣内へと攻めあがっていく虎丸。
デザートライオンのディフェンスに遭うも、あっという間にそれをかわし、
1人では突破できないディフェンスも、仲間との連携で突破し、
虎丸は全力でデザートライオンのゴール前まで突き進んで行った。
――そして

 

「タイガードライブ!!」

 

虎の咆哮を思わせる虎丸の必殺シュート――タイガードライブ。
ナセルのストームライダーによって作り出された竜巻の壁をいとも簡単に突き破り、
虎丸のシュートは難なくデザートライオンのゴールへと叩き込まれた。
そこから少しの間をおいて鳴り響いた長い笛――
それはイナズマジャパンの勝利で試合が終わったことを告げるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 虎の子目覚める!の回でした。ただ、試合描写が主で夢主、ひたすら試合観戦してただけですが!
以前から匂わせてはいましたが、夢主と虎丸は旧知の仲です。
そこら辺のあれこれと、虎丸との絡みは次回更新で!――どうにかできるかな?!