虎丸の兄であり、風丸たちの恩人である青年――幸虎。
だが、彼にはそれ以外にも彼らとのつながりがあった。
「俺、雷門中サッカー同好会のOBなんだ」
そう、彼は雷門中の卒業生であり、
雷門中サッカー同好会で3年間部長を務めていた人物だったのだ。その事実については風丸たちも知っていたようで、
大きなリアクションはなかったが、幸虎のことなど今知った上に、
響木たち以外のサッカー部のOBがいるとは夢にも思っていなかった円堂たちは、
これでもかというほどの驚きのリアクションを見せていた。
「同好会…だったんですか…?」
「ああ、全然部員が集まらなくてな。
一応、3年間続けてはみたものの、俺の代で廃部――あの時はさすがに色々悔しかったなぁ」
驚きで思考が停止している円堂たちをよそに、
思考回路が回復したらしい鬼道が幸虎に質問を投げると、
幸虎は当時のサッカー部は部として成立しないほど部員の数が少なかったと答えて、
ついでに当時の彼の本音を漏らした。現在、幸虎は高校三年生――雷門中を卒業したのは今から3年前のこと。
そして、雷門サッカー部復活の発起人である円堂が雷門中に入学したのは今から2年前。
幸虎の卒業と、円堂の入学の間に存在した雷門中にサッカー部が存在しなかった空白の1年。幸虎の時代からサッカー部の存在は影の影に追いやられていた存在であったこともあり、
たった1年の間に雷門中からサッカー部の存在は消去されてしまい――
サッカー部の部室も、物置小屋へと変わっていったのだろう。
「直接関わっていないとはいえ、後輩たちが世界を相手にプレーして、
その上、弟に本気でサッカーをできる場所までできて――
本当に円堂くんたちには感謝してる。本当に、ありがとう」
そう言って、幸虎は円堂に向かって手を差し出す。
差し出された幸虎の手を、円堂は一瞬驚いたような表情で見つめたが、
すぐに笑顔を取り戻すと「はい!」と答えて幸虎の手をしっかりと取った。新旧雷門サッカー部の部長同士の握手を、感慨深い気持ちで眺めていたのは。
もっと――もっと早い段階でこの2人を会わせることはいくらでも可能だった。だが、それを拒んだのは他でもない。
うっかり漏れ出そうになった自分への悪態には軽く頭を振り、
円堂たちに対して新たな話題を上げた幸虎に再度視線を向けた。
「そういえば、俺が残したノート、見てくれたか?」
「?ノート??」
「ああ、後輩たちのために――
って、必殺技の草案を書いたノートを部室に置いていったんだけど……なかったか?」
一気に円堂に集中する注目。サッカー部の復活に当たって、部室の掃除を行ったのは円堂と秋の2人。
となれば、幸虎が残したというノートについて知っているのは円堂と秋の2人に絞られる。
しかし、面々の期待虚しく、円堂にノートの心当たりはないようだった。となると――
「冬海がノートを処分してないことを願うしかないわね」
そう言って、は幸虎の残したノートの捜索に乗り出すのだった。
第127話:
どこいった虎の巻
「おかけになった電話番号は――」
本日、4度目となる不通の知らせ。
イライラしながら通話切ってリダイアルするが――やはり聞こえてきたのは不通の知らせだった。ため息を漏らしながら、は携帯電話を腰から下げているホルダーに戻す。
そして、何気なく廊下の窓から見えた青空を眺めた。
「ったく、どこに行ったっていうのよ夏未は……」
イナズマジャパンの選考試合も見ずに留学のために海外へと発った夏未。
だが、留学というのは円堂たちを不要に心配させないための嘘であることをは知っていた。夏未が海外へ発った理由。
それは、円堂の祖父である円堂大介が生きている――
その情報の真偽の程を確かめるためだった。事故で亡くなったとされている円堂大介。
しかし、彼は人知れず生きている――その情報がたちの耳に入ったのはつい数週間前のこと。
仲間との顔合わせのこともあり、はその情報の真偽を確かめる役目に立候補したのだが――
それを却下して、その役目を負ったのが夏未だった。死を偽装してまで円堂大介は身を隠している――
それが事実なら、彼に近づくことは同時に危険に近づくことにもなる。
温室育ちのお嬢様である夏未に、この役目は重荷だ――
そう、は夏未を傷つけると分かっていながらも反論した。だが、それでも夏未は頑としてその役目を手放そうとはしなかった。
「……誰かのために――ねぇ…」
誰かのために何かをしたい――
その強い衝動によって突き動かされ、危険をかえりみずに日本を飛び出した夏未。だが、気持ちだけで危険は振り払えるものではない。
その上、夏未が活動することになるのは、味方のいない海外の地。
それこそ、気持ちだけでどうこうできる場所ではない。――そう、分かっていても、真剣な表情で自分の決意を語る夏未の目を見ては――
彼女の後押しをせずにはいられなかった。
「はぁ……勇の携帯もGPSのはずなのに…」
自分の代わりに――夏未を守る存在としてが夏未に同行するように頼んだのは勇。
留守番係――とはいえ、勇が総理大臣のSPチームに加えられていることは事実。
その実力に間違いはなく、夏未を任せられるだけの信頼が、にはあった。それに、平時はボーっとしているが、非常時となれば勇は遺憾なくその実力を発揮する。
夏未の旅路に危険がないことが何よりではあるが、もしも何かあった時には――勇は最高のボディーガードだ。――しかし、そのボディーガードと連絡が取れないとはどういうことか。
「……まさか地底人に会いに行ったんじゃないでしょうね…」
「…なにを言っとるんだ御麟」
「!」
の背後から飛んできた声。まさか声をかけられると思っていなかったは、慌てて声の聞こえた方へと振り向く。
すると、そこには伝説のイナズマイレブンの1人である菅田が苦笑いを浮かべていた。
「菅田さん…ですか……」
「こら、学校では『菅田先生』だろう」
「ああ…そうでした、すみません菅田先生」
大して気持ちは篭っていないものの、は自分の非を詫びて軽く頭を下げる。
それを見た菅田は満足そうに「よし」と頷くと、にこんなところで――
雷門中の本校舎でなにをしているのか尋ねた。
「実は幸虎が残したっていうノートを探していて…」
「円堂たちは知らないのか?」
「ええ、円堂たちが部室の掃除をした時にはすでにそのノートはなくなっていたみたいで…。
それで夏未お嬢様に大介さんの残したノート以外になにかなかったか連絡しようとしたら――電話が繋がらなくて……」
「はぁ…」と深いため息をつく。
それを見た菅田は絵に描いたような苦笑いを漏らしながらも、
「幸虎のノートなぁ…」と過去の記憶を掘り返しはじめた。伝説のイナズマイレブン――そのメンバーを知っている。
当然、幸虎も彼らを知っている。そして、逆に――菅田たちも幸虎のことを知っている。
そう、菅田は雷門中に通っていた幸虎の姿を知る数少ない人物なのだ。
「(うっかり失念してたわ…)」
重要な事実を今更思い出した。思い出すのが遅い自分に呆れつつ、腕を組んで「う〜ん…」とうなりながら
過去の記憶を掘り返している菅田を見守っていると、急に「そうだ」と声をあげた。
「古株さんに相談してみるといい。
物置になっていた時の部室の管理人は、確か古株さんだったはずだ」
「なるほど…。わかりました、ご協力ありがとうございます、菅田先生!」
簡潔に菅田に礼を言い、
は善は急げとばかりに、階段へ向かって走り出す。それに対して「廊下を走るなー」と注意とには思えない注意を投げながら、
菅田はどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。
菅田の助言を受け、古株から幸虎の残したノートについて尋ねることにした。古株がいるであろう場所に目星をつけ、
可能性の高い場所からしらみつぶしにすべての場所を回っていこうとしていただったが、
思いがけず一箇所目で古株に会うことができたため、早々に古株から有力な情報を得ることができていた。
「(まさかの響木さん家…)」
十中八九、雷門中にあるものだと思っていた。
しかし、その予想は大きく外れて――響木の下にあることが分かった。古株曰く、サッカー同好会、サッカー部の顧問であった冬海が、幸虎のノートを処分するのでは?と危惧して、
安全且つ受け継ぐべき相手を見極めることができると見込んだ、響木に幸虎のノートを預けたのだという。確かに、古株の見解は間違ってはいなかっただろう。
だが、幸虎のノートを預っていることを、なぜ響木はずっとに黙っていたのか――それがには疑問だった。歩きなれた道を進み、たどり着いた雷雷軒。
響木になぜ幸虎のノートについて黙っていたのか理由を尋ねて、
答えどうあれ幸虎のノートを持って、は合宿所へ戻るつもりだったのだが――なにやら雲行きは怪しそうだ。
「――わかりました、ありがとうございました」
「…どうだ?ラーメン食って行くか?」
「はい――」
「その前に、ひとついいですか」
円堂の返答を遮ったのは言わずもがな――だった。突如として話に割り込んできたに、
円堂はきょとんとしながら「御麟…」とうわ言のようにの名前を口にする。
それに対して、の強引な登場になれている響木は、
たいしたリアクションも見せずに「どうした」とに用件を言うように促した。
「響木さんのところに、幸虎のノートがあると古株さんから聞いて」
「幸虎のノート…?」
の用件――幸虎のノートについて振られた響木。
しかし、響木の反応は思わしくなかった。まさか、と嫌な予感がよぎったは、古株から聞いた響木に
幸虎のノートを預けるに至った経緯を響木に話そうとしたが――
それよりも先に響木が「ああ」と声を漏らした。
「預っている。…だが、今すぐ出てくるものじゃないぞ」
「…そうですか、なら後日受け取りにきます。――円堂、本当にラーメン食べて行くつもり?」
「…あ!すみません響木監督、みんなが待ってるので、俺、戻りますっ」
「そうか」
「それじゃ、失礼します!」
礼儀正しく響木に頭を下げ、雷雷軒を後にしようとする円堂。その円堂に「行こうぜ」と声をかけられたは、
響木に「見つかったら連絡ください」と言って会釈すると、円堂に促される形で雷雷軒を後にした。
思っても見ない偶然だった。
まさか、こうして円堂と合宿所に戻ることになるとは。
別に気まずいことはないのだが――
滅多にないコンビだけに、ふと意識するとなんとなく落ち着かなかった。
「…なぁ、御麟」
「……なに」
「御麟は…虎丸のこと――虎丸がシュートを打たない理由も知ってたんだよな?」
「まぁ…ね」
「…なら、御麟が虎丸に何も言わなかったのは、俺たちの実力を認めていなかったからなのか?」
「……円堂…」
「なんだ?」
「アンタ阿呆なの?」
「………」
一切オブラートに包まれていない、純粋な暴言を円堂に向かって投げた。円堂との付き合いは長いものではないが、同じ屋根の下で生活することが多かったこともあってか、
このの暴言に対して円堂は多少の免疫が身につきはじめているらしい。
その証拠に、普通の人間ならばくってかかるところを、
円堂は引きつった苦笑いを浮かべるだけにとどまっていた。そんな円堂の成長(?)など露知らず、は呆れた様子で円堂の疑問に答えた。
「あのねぇ、アンタたちの実力を認めていなかったら、私はアドバイザーの役目自体蹴ってるわよ。
…虎丸のことは、虎丸が自分で乗り越えるものだし――
そもそも、虎丸が乗り越えるきっかけを作るのは私じゃなくてチームの役目でしょ」
ずらずらとの口から飛び出す愚痴やら説教やらが混じったセリフ。反論する暇もなく、の言葉を受けしかできなかった円堂だったが、
不意に「だったらいいんだ」と言って苦笑いを嬉しそうな笑顔に変えた。
「まだ俺たちは、御麟に仲間として認められてないんじゃないか――って、ちょっと思ってたからさ」
そう言う円堂の笑顔は嬉しそうなもの。
その円堂の笑顔が――の心を強く揺さぶった。
「はぁ…、円堂と一緒にいると調子狂う」
「え?」
急に漏れ出たの本音。
それを聞いた円堂はきょとんとした表情を見せた。そして、そんな彼の頭を、なぜかはポンポンと撫でていた。
■あとがき
なにも言うな…。わかっているさ、君の言いたいことは…。――でももうこれ不治の病だから思い切って受け入れてくれると嬉しいな!
ということで、オリキャラどものあれやらこれやら開示回でした。必要あったんだか微妙な回でもあります。
ただ、虎の巻やらの件はちょーと必要だったかな、とは微妙に思っています。でも、なくてもよかった気はするよ!(ヲイ)