オレンジ色に染まった稲妻町。
どこか懐かしさを秘めた稲妻町の姿は、人の心を優しくさせた。そんな稲妻町を眺めながら歩いているのは。
そして、の隣を――金髪の少年が歩いていた。
「虎丸のヤツ、いい仲間にめぐり合えたみてぇだな」
「ええ、やっと全力を出せる環境になったと思うわ」
虎丸について話題をふってきた少年に、は素直な感想を返す。
すると、少年はニヤニヤと楽しげに笑いながら「だな」との言葉に同意したしかし、少年のニヤけた笑みが気になったは、
面倒くさそうな表情を浮かべて少年に、その笑みはなんなのだと尋ねる。
すると、少年は相変わらずニヤニヤと笑いながら右の方向を指差した。答えを指しているのであろう少年の指。
意図の見ない無言の返答に釈然としないものを感じながらも、
は黙って少年の指が指し示す方向へと視線を向ける。そして、その先に広がっていた光景は――ある意味で想像範囲内のものだった。
「…やっぱり、飛鷹はアンタの推薦だったのね――泰河?」
金髪の少年――西倉泰河が指した方向にいたのは、
円堂と共にサッカーボールを蹴っている飛鷹。飛鷹の蹴るボールはあらぬ方向へと飛んでいくが、
それを円堂は声をあげながら追いかけ必ず追いつく。
そして、楽しそうに「もう一度だ!」と言って飛鷹にボールを返した。
「オレだって意外な結果だったんだぜ?
まさか飛鷹のヤツが、マジでサッカーの世界に飛び込むなんてよぉ」
嬉しさと寂しさが入り混じった――複雑な表情の泰河。
飛鷹がサッカーを楽しんでいることを喜んではいるが、
彼が自分の下から離れていったことは、やはり寂しく感じているのだろう。よっぽど、泰河は飛鷹のことを気に入っていたんだな――
と、が勝手に解釈していると、不意に聞きなれない着信音が鳴った。
「ああ、オレだ。……おお、………おお、…よし、わーった。
今からオレが行く――とりあえず、無理はすんじゃねぇぞ」
最後に「じゃあな」と言って、
着信を告げた携帯電話の持ち主――泰河は通話を切る。そして、泰河は不意にポンとの肩に手を置くと、
自信に満ちた笑みを浮かべて「仕事だ!」と高らかに宣言した。――が、そんな泰河を見るの目は酷く呆れていた。
「……アンタ…ねぇ………。
…それ、『仕事』なんて大そうなもんじゃないでしょう」
「あぁ?なに言ってんだ、オレたちが日夜こーして『仕事』してるからこそ、
稲妻町含め東京一体は安全なんじゃねぇか、あ?」
「仕事」に対して、泰河なりの誇りや自負があるようで、
それを真っ向から否定したを、泰河はまるで喧嘩を売るかのように絡む。しかし、それをが相手にするわけもなく、
諦めたように「そうですか」と折れるかたちで認めると、
泰河も本気で相手にされていないことを分かっているのか、不機嫌そうに「チッ」と舌を打った。
「――まぁいい、これはオレのエゴだからな」
「へぇ、成長したのね」
「うっせぇよ。……とりあえず、オレは行くっ」
不機嫌そうにそう言うと、泰河はに背を向けて走り出す。それをは苦笑いで見送り、
最後に河川敷のグラウンドでボールをけり続ける円堂と飛鷹を一瞥し――一冊のノートを片手に合宿所へ向かって歩き出した。
第128話:
がっかり虎の巻
は今――酷く落胆していた。
というか、またしてもうっかり重要な事実を失念していた
自分の阿呆さ加減を嘆いていたというか呪っていたというか。とにかく、自分に全力でボディーブローをかませるのなら、
本気でかましたいぐらい――は自分に憤っていた。響木のもとに保管してあった幸虎のノート。
響木の代理で届けにきた泰河からそのノートを受け取ったは、
その日の夜のうちにその内容を確かめ、
可能ならばノートに書かれている必殺技を習得する相手も決めてしまおうと思っていた。だが、それはできそうになかった。
「…円堂のおじいさんのノートよりは理解できるが……」
「だいぶ漠然としているな……内容が…」
「兄ちゃん……」
幸虎のノートに期待を抱いていたのはに限った話ではない。
同じように円堂や鬼道たちも、幸虎が後輩のために残したという
必殺技の草案に強い興味と期待を抱いていた。が、その期待は見事に裏切られ、風丸と鬼道がいうとおり――
内容は理解できるが中身がほぼないという内容だった。事前に、幸虎の性質を思い出していれば、ここまで落胆することはなかった。
だが、はすっかり忘れていたのだ。幸虎が――超実戦派であることを。
「着眼点と発想はいいのよ…!でもそれに伴わない理論と文章力!!」
使用者のポジション。
使用者に求められる資質。
必殺技を構成する要員の人数。
必殺技のタイプ。
そして、擬音オンパレードの僅かな解説というか説明。たったそれだけのことしか記述されていない幸虎のノート。ページはほとんど使われているが、ページ自体は白紙に近かった。
この余白は、後輩たちがあれやこれやと考えるために残された余白――と解釈もできる。だが、幸虎の能力を知っているものからすれば、
単純にこれが当時の幸虎の表現の限界だったことは明らかだった。
「まぁ…まったくのゼロからのスタートではないだけいいと思うしかないわね…」
「…、当時はどうしていたんだ?」
落胆してため息を漏らすに、
鬼道が意を決した様子でに当時――過去の場合について尋ねた。にとって過去はタブー――触れてはいけない部分だった。
しかし、イナズマジャパン専属アドバイザー――
イナズマジャパンの仲間となり、は自ら過去についてもちらほらと話し出している。
それを、にとって過去がタブーではなくなった証だと鬼道は解釈し、思い切って話題をふったのだ。仮に拒絶されるにしても、きっと悪びれもせずに答えないのだろう――
そうはわかっていても、どこか鬼道には気後れしている部分があった。――が、それはただの鬼道の考えすぎだったようだ。
「当時――ね、…昔は幸虎と蒼介たちで肉付けしてたのよねぇ……」
「宮ノ森の兄貴と幸虎さん?全然咬み合うようには思えないけど??」
当時、幸虎の中身のない案を、
理論と実戦で肉付けしていったのは主に蒼介だった。しかし、蒼介の人間性を知っているらしい小暮は、納得していないというか、
疑るような表情を浮かべてに事の真偽を尋ねる。
そして、それを受けたは、小暮の言葉を否定ではなく、肯定していた。
「基本、咬み合ってないわよ。
最初のうちなんかもう常にいがみ合いで――今の鬼道と不動くんみたいだったわねぇ」
ニヤリといやらしい笑みを浮かべて、そう言う。嫌味全開のの言動にほとんどのメンバーが苦笑いを浮かべている中、
話題の中心にあげられた鬼道といえば、無表情でを睨んでいた。しかし、当然のように鬼道に睨まれているといえば、
鬼道の睨みなどどこ吹く風で、さっぱりと無視して勝手に話題を必殺技の問題に戻していた。
「決定力の強化、戦いのバリエーションを増やす意味も含めて、
シュートの連携必殺技を習得するのが賢明――鬼道はどう思う?」
先ほどの自分のセリフを、まるで覚えていないかのような様子で鬼道に意見を求める。「うわぁ…」とでも言いたげな円堂たちの視線がと鬼道に向けられるが、
すでに自己中心的過ぎるのマイペースに免疫ができている鬼道は、
ため息をひとつついて――調子を元に戻した。
「ああ、俺も同意見だ」
「なら――霧美ー」
鬼道の同意を得たが次に取った行動は、なぜか霧美を呼ぶというもの。意味が分からずが声をかけた方向――
食堂の厨房へと円堂たちが視線を向ければ、暖簾をくぐって厨房から出てきたのはエプロン姿の霧美。自分がに呼ばれた理由をすでに理解しているのか、
霧美は「はいはい」と笑顔で答えながら少年たちの輪の中へ入っていく。
そして前置きなく「中盤」という一言と共に差し出された幸虎のノートに、
驚く様子も見せずにすんなりと受け取り、そのままノートの中身を確認しはじめた。
「…なんで霧美さんなんスか?」
「だよな、明兄の方がわかるんじゃねーのか??」
厨房の中で後片付けをしている明那に目をやりながら、に疑問をぶつけるのは壁山と綱海。幸虎と波長の近そうな明那ではなく、
どちらかというと通じ合っている部分のない霧美を呼んだの行動に、
疑問を感じたのは壁山たちだけではないようで、疑問を含んだ視線がに集中する。
それに対して、は若干煙たそうな苦笑いを浮かべたが、「口述ならね」と答えはじめた。
「実戦を交えつつの、口述での説明なら明那なんだけど、
文面となると幸虎と明那は絶対に咬み合わないのよ」
「――ある意味で、それはええことなんやけどね」
ノートの確認を終えたらしい霧美が、
笑みを浮かべながらノートのあるページを開いてテーブルの上に置き、ノートの左ページを指差した。それに導かれるままノートの内容を確かめてみれば、
そこには名前の記入されていない必殺技が書かれていた。
「うちの推薦は、土方くんとシロちゃんのコンビ。
土方くんのパワーとシロちゃんのスピード――
合わせるんは容易なことやないけど、ものにできれば大きな武器になるえ」
霧美の言葉を受け、円堂たちは土方と吹雪に視線を向ける。
霧美が提示した必殺技の内容には見当がつかないが、
土方と吹雪の個性の融合した必殺シュート――その決定力は霧美の指示するとおり、
きっとイナズマジャパンにとって大きな武器となってくれるだろう。賛成的な雰囲気に包まれる中、が必殺技を習得することになる当人、
土方と吹雪にどうするかを尋ねると、2人は一度顔を見合わせたが――
2人の決定は違っていなかったようだ。
「ああ、任せてくれ!必ず習得して見せるぜ!なっ、吹雪!」
「うん!頑張ろうね、土方くん」
連携必殺技の習得に大きな意欲を見せる土方と吹雪。
それに感化されるように、円堂たちも特訓を頑張ろうと声をあげた。それを霧美が笑顔で見守っていたが、ある程度収まりがついたところで、
ページを何枚かめくり、タツマキ落としと書かれたページを指差した。
「この中にイナズマ落とし、習得してる子はおる?」
先ほど同様、習得する人間を推薦してくれるとばかり思っていたたち。
ところが、霧美が口にしたのは答えなくてはなく質問だった。イナズマ落とし――それは円堂大介が伝説のイナズマイレブンに伝授した連携必殺シュートのひとつ。
その存在を知らない小暮や綱海たちは頭上に疑問符を浮かべるが、
知っている――習得しているものは、少し意外そうな表情は見せたものの、
手を上げて自分が習得していることを示した。
「オ、オレと豪炎寺さんが習得してるッス…!」
「――ということは、アシストは壁山くんやね?」
「は、はいッス」
「せやったら、この必殺技は壁山くんともう1人やね」
「…推薦は?」
「せやね〜あげるとすれば――
イナズマ落としを習得してる豪炎寺くん、空中でのバランス感覚に優れた綱海くん…
あと、うちの勝手な想像やけど、風丸くんもええと思うわ」
壁山のパートナーとしてあげられた3人。
イナズマジャパンメンバーの視線はそれぞれに向けられたが――
はそれよりも前に、霧美の言う「勝手な想像」というのがなんなのかを尋ねた。すると、霧美は暢気に「うふふ」と笑ってから、
「覚えてるやろか?」と言いながら、自分の見解を説明しはじめた。
「選考試合で風丸くんが綱海くんを抜こうとした時、強い風が起きたん覚えてる?」
「はい、覚えています。…確かにあの時、風丸の後ろに強い空気の渦ができていました」
「ああ、あの時の衝撃は半端じゃなかったぜ!」
「そんな風丸くんやったら、相性ええと思うんよ――技の名前、『タツマキ落とし』やから〜」
「え?そういう理由なんでヤンスか?」
「うふふ、『名は体を表す』言うてな〜。意外と上手くいくもんなんよ〜」
意外というか、ほぼ困惑といった方が正しい気がするような表情を浮かべて霧美に問うのは栗松。その栗松の疑問を受けた霧美は、相変わらずの調子で「うふふ」と笑いながら答えを返す。
経験からくる持論なのか――と、円堂たちは納得した様子だったが、それに相対して異論をあげた者がいた。
「それよりも、俺はその風を風丸の個人技として昇華した方がいいと思います」
霧美の意見に異論をあげたのは鬼道。
鬼道曰く、風丸は壁山との連携必殺技を習得するよりも、
個人の必殺技――ドリブル技に昇華させることを提案した。すでに壁山との連携を脳内で描いていた様子の風丸。
急に鬼道によって提案された個人技への昇華に、驚いた表情を見せていた。
「…俺の個人技?」
「ああ、あの突破力は必ず世界で戦っていく上で必要になるはずだ」
「そう……か――なら、俺はその風に磨きをかけてみようと思う」
自らの意思で、自らの個人技を磨くことを決めた風丸。それを壁山は少し残念そうな表情で見ていたが、
風丸を応援したいという気持ちは何であれ変わらないようで、
「頑張ってくださいッス!」と風丸にエールを送っていた。
「なら壁山のパートナーは――」
「綱海」
「おっ!俺か?」
「ええ、この『タツマキ落とし』が『イナズマ落とし』に近い部分のある必殺技なら、
綱海の空中でのバランス感覚は大きなプラスになるもの」
ほぼ独断でが決めたような状況にもかかわらず、
綱海は文句を言うどころから「任せとけ!」と自信満々での指名を受けると、
一気に決まった自分のパートナーに戸惑っている――壁山の肩をガシリと掴んだ。
「よし壁山!明日から特訓だぞ!!」
「ううっ…は、はいッス…!」
腹を括ったのか、やや弱気ながらも綱海に答える壁山。
壁山の嫌な予感――綱海流の無茶な特訓に付き合わされることになることは確かだろうが、
2人のコンビがタツマキ落とし習得においていい組み合わせであることには変わりない。せっかく壁山が前へ出ることを覚えたのだ。
ここは気張ってもらうのが最良だろう。
「そうそう、話は変わるんやけど――守くん?」
綱海と壁山のコンビを中心に、和気藹々とした空気が流れる中、
不意に霧美が円堂に静かに声をかけた。や鬼道、一部の面々しか、円堂にかけられたその霧美の声には気付かなかったが、
端から霧美はそれを想定していたようで、それにかまわず言葉を続けた。
「そろそろ、新しい必殺技について考えた方がええよ。
パンチングは、どーしても相手に反撃の隙を与えやすいからなぁ」
穏やかだが、重い霧美の一言に――円堂は息を呑むことしかできなかった。
■あとがき
ゲーム版ではオサーム様から、アニメ版では自力で編み出した必殺技ですが、
我が家ではオリキャラの(残念な)必殺技草案ノートからヒントを貰って、という形になりました(笑)
そして、筆者もすっかり失念していたのですが、また新たなオリキャラ登場でした。新キャララッシュ!(吐血)