イナビカリ修練場。
それはこの雷門中の地下に作られたイナズマイレブンの秘密特訓場の名前。
旧校舎時代の資料を整理するまで経営者である雷門家の人間にすらも、
すっかりその存在を忘れ去られてしまっていた過去のものだ。
しかし、雷門サッカー部が機能し始めたことによって、
イナビカリ修練場はリフォーム+グレードアップして現在は現役で機能している。
それはもう存分に。

 

「………」

 

イナビカリ修練場に響き渡る少年たちの悲鳴やら怒声やら。
それをBGMに、は雷門イレブンのデータせっせととっていた。
間違っても雷門イレブンのマネージャーとか、サポーターとか、コーチなどになったわけではない。
確かに、このイナビカリ修練場の下見に来たときに、
夏未から一緒にマネージャーをやらないかと誘われたが、はその誘いをきっぱり断っていた。
ではなぜ、が雷門イレブンのデータを取っているかといえば――

 

「使用データの収集……普通、社員がやるものでしょうに…」

 

そう、がこうして雷門イレブンのデータを採取しているのは、
このイナビカリ修練場に設置されたトレーニングマシンの効果のほどを調べるためなのだ。
もちろん、このイナビカリ修練場に設置する前に、幾度となく安全性を確かめるテストや実験は行った。
しかし、それでも急遽の仕事であったため、
トレーニングに関する実験データは多いとは言えず、効果のほども絶対的な確証はないままだった。
ただ、このトレーニングマシンの数々は、
元々イナビカリ修練場にあったものをベースに製作されているので、
効果のほどは折り紙つきだ――ということに加えて、
試作であることを条件に格安で引き受けたこともあり、
かなりゆるい条件で作られているのだった。
Deliegioの発展のためにもデータは必要だということで、
データの収集役に任命されてしまったのがなぜか
今にして考えてみれば、これは母親を冷たくあしらったことに対する、
の母の色々なものを無視した大人気ない仕返しなのかもしれない。
――でなければ、会社で請け負った仕事の延長線上にある仕事を、社員でもないに任せるわけがないだろう。
軽率だったといえば軽率だった自分の行動を反省しながら、はデータ収集を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第13話:
奇才の逆襲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体のいたるところに絆創膏を貼った少年たち――
円堂、豪炎寺、風丸、染岡が雷雷軒のカウンター席に座ってラーメンを食べている。
だが、彼らの顔に笑顔はなく、浮かんでいるのは疲労困憊といった表情だった。

 

「へばってるわね」

 

普通、心優しい人間ならば、ここで「頑張ってるね」とか「一生懸命だね」など、
どちらかといえば褒める傾向の言葉を口にするだろう。
そうすることによって、彼らの努力を認め、
彼らの苦労を労うことによって、プラスな意味でやる気が芽生えるからだ。
ところが、が彼らに投げつけたのは、労いとは真逆に位置する言葉。
若干、蔑みの色を含ませては言ってみたのだが――

 

「反論する余力もない…か」

 

円堂たちはに対して一切の反論をしない。
するだけ無駄というよりは、の指摘どおりにする余力すらも残っていないといった様子だ。
発破を掛けたつもりなのに、反発がないのでは意味がない。
調子の狂う彼らの反応に、は不満げなため息をつくが、
不意に気になっていたことを思い出し、「そういえば」と円堂たちに切り出した。

 

「基礎練習ばかりしているようだけど、新しい必殺技の目途はついたの?」

 

ふと浮かんだ疑問を思ったままぶつけただったが、
お見事に彼らの触れて欲しくないところを抉ったようだ。
全員、動かしていた箸を止め、各々と視線を合わせないように可能な限り視線を逸らしている。
その様子を見たはにっこりと笑い「ダメなの」と追い討ちをかけた。
そんなの追い討ちによって、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、
今まで沈黙を貫いてきた染岡がギラリと目を光らせを睨んだ。

 

「余計なお世話だ!大体、テメェにどうこう言われる筋合いは……ねェ………!」
「…情けないわね、噛み付いときながら途中でへばるなんて」
「…ぅるせぇ」

 

苛立った様子で染岡はを睨むが、
顔に疲労が色濃く浮かんでいる染岡に凄まれたところで恐怖などは芽生えはしない。
染岡の怒りを煽るかのようには嘲笑うかのような小さな笑みを浮かべるが、
やはり言い返す気力もない染岡は悔しげに押し黙るだけだった。
心の中でつまらないとが思っていると、不意に自分に向けられている視線に気づく。
不思議に思いながらも、反射的に視線を感じる方向を見るとそこには、
少し真剣な表情を浮かべた豪炎寺がいた。

 

「なに?豪炎寺」
「…どうして俺たちが基礎練習ばかりしていることを知っているんだ?」
「「「あ」」」

 

豪炎寺の疑問に、今気づいたといった様子で円堂たちは間抜けな声を出す。
どうやら、イナビカリ修練場のリフォームにが関わっていることを彼らは知らないようだ。
知っていてもいいが、知らなくてもいいわけで。
どう答えるべきかは一瞬迷ったが、誤魔化したところでいずれは知れると判断したは、
豪炎寺の疑問に素直に答えることを決めた。

 

「イナビカリ修練場での特訓、別室で見てたから」
「なにぃ!?」
「あのトレーニングマシン、安全性は絶対の保障ができるんだけど、効果のほどが今一不明なのよね」
「なっ…!まさか!?」
「イナビカリ修練場での特訓は…!?」

 

効果のほどが不明――というの言葉を真に受けた円堂たちは、青ざめた表情でに詰め寄る。
今までの地獄のような特訓が無意味だった――という可能性が浮上したのだ。顔も青くなるだろう。
しかし、詰め寄られているは至って冷静。
端から円堂たちのリアクションも想像していたのだろう。
円堂たちに落ち着くように言って席に座らせると、
先に「無駄ではない」と言ってから事情の説明を始めた。

 

「ただ、どのマシンにどういった意図があるのか、どういった効果があるのか――
っていうことが完全に解明されてないってだけ。
能率のいいトレーニングができている保障はできないけど、
確実に基礎体力は向上してるわ。全員ちゃんと結果でてるもの」
「…俺たちのデータを取っているのか」
「マシンの効果は使った人間に出る。だから、雷門イレブンのデータを取る――ってだけよ」

 

が他校に情報をリークしている――とはさすがに豪炎寺も思っていないようだが、
サッカーに関わることを避けているはずのとは思えない行動に疑念は抱いているようだ。
確かに、散々サッカーの話題をかわしているのに、ここに来てどっぷりと干渉してきては、不審に思われても仕方ない。
変な疑念を持たれたままというのも気持ちが悪いので、
はイナビカリ修練場のリフォームは自分の両親が中心となって進められていたことを話し、
自分が雷門イレブンのデータを取っているのは、
あくまでトレーニングマシンの性能を測るためだということをしっかりと説明した。
全員、突然明らかになったイナビカリ修練場の裏側にポカンとしていたが、
誰一人としての言葉を嘘だとは思っていないようだった。
全員が理解してくれたことにはホッと胸を撫で下ろすと、
不意に長々保留にしていたことを思い出した。

 

「…そういえばこれ、実力の肯定になるんじゃない?」
「……実際にプレイしない限り、俺は納得しない」
「…時々、豪炎寺って本当に面倒よね」
「んだとぉ!?」

 

真顔で豪炎寺を面倒だと言い切ったに、豪炎寺ではなく染岡が吠える。
友達を貶されたのだから染岡が怒るのも当然のことだろう。
しかし、貶された当人――豪炎寺といえば、
の言葉を微塵も気にいていないようで、止めていた箸を再度動かしていた。
はじめから豪炎寺はちょっとしたの毒に対して大きなリアクションを返してこなかったが、
ここ最近になってさらの毒に対する抵抗力がついてきたらしい。
改めて豪炎寺と関わりを持ったことを良かったとしみじみ思っていると、
不意に好奇心でいっぱいの視線が自分に注がれていることに、は気づいた。

 

「御麟…!豪炎寺とプレイするのか…!!なぁ!豪炎寺と!!」
「………」

 

キラキラと光る円堂の目。
どうやらが豪炎寺に実力を示さなくてはいけないことを知っていたようだ。
正直、だいぶ前の話なので、豪炎寺にしか分からないと踏んで
持ち出したというのに、ご丁重に円堂は覚えていたらしい。
大抵のことを綺麗さっぱりと忘れているというのに、どうして豪炎寺との約束なんぞを覚えている。
そんなことを覚えているくらいなら、歴史上の偉人でも覚えてろ…!と、
本気で円堂の意味不明な記憶能力に対しては本気で殺意を覚えた。
だが、そんなものに殺意を抱いたところで、円堂が話題を変えてくれるはずもないし、
豪炎寺がサッカー部全員の前でが実力を示さなくてはいけない状況を作れるかもしれない――
そんな好機に黙っているわけがない。
不毛な怒りを抱くよりも先に、この不味い状態をどうにかしないことには、はじまらないだろう。
この場面で絶対的に必要とされることは、
先手を取ることと、追撃を許さないこと。
攻守が一緒になっていればなお良い。
一瞬ともいえる短い時間の中で、運よくは最強の武器を見つけた。

 

「まずは御影専農じゃないの」
「うっ……!」
「まだ、対策練りあがってないんでしょう?」
「……そうだな。まずは御影専農戦での打開策を見つけてから…だな」

 

見事に円堂と豪炎寺を引き下がらせることには成功した。
FF関東大会における雷門イレブンの次の対戦校――御影専農中。
未だに円堂たちは御影専農への対抗策となるものを見出せてはいない。
そんな状況でに構っている暇も余裕もあるわけがなく、2人は簡単に引き下がったのだった。
内心「よし!」と小さなガッツポーズを決めていただったか、
不意に意外なところから声がかかった。

 

「御麟なら、自分たちを知り尽くした相手と試合するとしたら――どういった作戦をとる?」
「…ここではそんなサービスしてないって言ったわよね?」

 

初めて雷雷軒で風丸たちを認知して以降、は何度かアドバイスはしないと断ってきた。
それなのにアドバイスを求めてきた風丸に、はげんなりとした表情を浮かべるた。
の個人的な印象として、彼は物分りのいい人間だと思っていたのだが、
実際のところは若干の差異があったようだ。

 

「俺はDeliegioの御麟に聞いてるんだ」
「おぉ!その手があったか!ナイスだ風丸!」

 

してやったといわんばかりの風丸の笑み。
どうやら、彼は意外にずるい方向にも頭のまわる人間のようだ。
真面目だけがうりの少年かと思っていたが、そうでもないらしい。
まぁ、円堂の友達――と考えれば納得できないこともないが。

 

「はぁ〜…私はDeliegioの社員じゃないんですけどねー……」

 

――と、抵抗するように言ってはみるが、いずれ両親と同じ道を選ぶ予定ではいるし、
なによりアフターサービス的な部分はがカバーするように両親から言われている。
御影専農戦へのアドバイスがDeliegioからのアフターサービスとは正直言えない気がするのだが、
初回サービスという形で今回だけは応じることになった。
腹を括ったとはいえ、億劫なことには変わりないわけで、
急激に痛くなってきた頭を押さえながら、
は不機嫌そうに「えーと」と声を洩らしながら、戦略知識を掘り返し始める。
しかし、データに縛られる人間を打ち負かすために戦術を持ち込むのは逆に不利。
理屈で考える人間にほど、シンプルな対策をとった方が効果的なはずだ。
ニヤリとは笑い、簡潔に答えを返した。

 

「強くなればいいのよ」
「「「……………は?」」」
「単に強くなればいいのよ。敵の持っているデータを遥かに越えるぐらいね」
「…データを越えて、相手の動揺を誘うというわけか」
「ええ。必殺技ひとつ習得するよりも遥かに効果的だと思うわ。
イレギュラー要素が11個も出てきたら相手も大混乱でしょ?」

 

データに頼る人間ほどイレギュラー要素に弱いものはない。
データ上では分からない、見えないもの――それを多く持っている雷門イレブンだ。
頭を使って対策を練るよりは、それを活かした爆発力に期待した方が、遥かに勝算があるはずだ。
博打要素が大きすぎる――とよくは言われたが、
誰にどういわれようと、はデータで見えないものを信じるのが好きなのだ。
そして、雷門イレブンのキャプテンもと同じものが好きなようだ。

 

「よーし!御影専農のデータ!越えてやるぜ!!」

 

キラキラと輝く円堂の笑顔が、
自分の胸にモヤモヤとしたものを増やしていくことを――は理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 いつもよりも若干大人数になってみました(笑)…といっても、それほど多くはないのですが(汗)
いつもが少なすぎるんですよね。思い切りよく登場キャラが少なくてなけます。
 今回は染岡との初の絡みでした!
確実に夢主の性格だと噛み付かれるよな!ということで、噛み付いていただきました(笑)
が、スタミナ切れで噛み付ききれてませんでしたが(苦笑)
染岡は最初のうちは夢主を信用しきれていないといいです。
んで、だいーぶだってからやっと信用してくれるぐらいが燃えます。
なので、染岡とうちの夢主は当分の間、仲が悪いと思います!(笑顔)