完全に日が落ち、闇色に染まる空。
なんとなしに空を見上げれば、小さな星が夜空に瞬き――もうすぐ満月を迎える月は煌々と輝いている。
月の明かりのせいか、街の明かりのせいか、少々夜空は寂しいが――
今のにとってはそんなことは割りとどうでもいいことだった。

 

「(あ〜面白かったー)」

 

 かつて自分が補佐した監督――瞳子から呼び出され、瞳子から指定された場所、帝国学園へと一人で向かった
瞳子との再会を果たしたが出会ったのは、
彼女が率いる新たなチームであり、日本代表の座を狙う存在――ネオジャパンの選手たちだった。
 瞳子が結成したネオジャパンを構成するのは、一度は見た顔――日本屈指の実力者たち。
現日本代表であるイナズマジャパンに並ぶ実力者たちが集まっているといっても過言ではなく――
その勝利に対する執念に関しては、イナズマジャパンの選手たちよりも勝っているかもしれなかった。

 

「(代表入れ替え戦――か、…まぁ、久遠さんならなんであれ、受けるだろうけど)」

 

 ネオジャパンの監督瞳子から代表入れ替え戦の挑戦を受けた
本来であれば、ただのアドバイザーという立場のがネオジャパンの挑戦の可否を決めることはできないし、許されない。
一応、これまで同様に監督補佐としての役目も負ってはいるが、
あくまで補佐という立場なのだから、にチームの方針を左右するような決定を下す権限は当然のようにない
――のだが、実のところ今回に関してはの独断というわけではなかった。
 FFIアジア予選の決勝戦までまだ時間はある――が、
未だ世界の強豪と肩を並べるだけの力を、イナズマジャパンは手に入れていない。
しかし、このままただただ基本的な練習を続けたところで、
その成長には限界が――いや、世界に通用するだけの力がこの短期間で手に入ることは到底ありえない。
それはと久遠の共通見解であり、足りない成長分を試合で補う他ない――それも、と久遠共通の答えだった。
 ――なので、ネオジャパンとの試合を取り付けてきたこと自体には、久遠は難色を見せることはないだろう。
まぁ、代表入れ替え戦うんぬんについては、無言の説教威圧があるだろうが――
代表の座を奪われるかもしれないという危機感プレッシャーがあった方が、イナズマジャパンにとってはいい刺激になるはずだ。

 

「(ここで負けるなら――その程度だった、って話だし)」

 

 無責任極まりない――というか、実も蓋もない結論に至った
それと同時には雷門中の正門前に到着し、一応程度に正門に手をかけてみる。
と、開かないと思った門は思いがけず容易に開く。
裏門に回って入らなければならないだろうと思っていただけに、正門が開いたことは予想外だったが、悪いものではない。
 ――が、帰って来たタイミングは些か悪かったかもしれない。

 

「もういいよ!どうせオレなんて、これ以上やったって…!」

 

 内側に溜め込んだ不安、焦り、諦め――それら全てを吐き出すように声を上げたのは、膝に手をつき肩で息をする緑川。
その緑川の叫びを受け止めていたのは、緑川と同じエイリア学園――もとい、お日様園の出身であるヒロトだった。
 ジェミニストーム――エイリア学園において最も低い地位、実力にあったチームの所属であった自分がこの場所に――
エイリア最強のチームであったジェネシスのキャプテンであったヒロト、
そしてそのジェネシスに勝利した円堂たちと同じ舞台に居ることがそもそもの間違いなのだと叫ぶ緑川。
 きっと、彼の心の奥底には未だ根付いているのだろう。
力と勝利が何よりの価値であり、絶対であった――エイリア学園の方針が。
 そんな、緑川の心からの叫びを前に、ヒロトは少しもその表情を歪めることはしない。
ネガティブな、自虐的な緑川の思いを受け止めながらも、
ヒロトはエイリア学園、そしてお日様園での緑川を知っているからこそ確信している――そう、緑川の可能性を肯定した。

 

「大丈夫さ、緑川なら――少しは信じろよ、自分のサッカーをさ」

 

 ヒロトの一言が緑川の心に響いたのか――先ほどまで酷く苦痛に歪んでいた緑川の表情に生気が戻る。
そしてヒロトの言葉を噛み締めるように一間をおいて、緑川はその瞳に自信を取り戻し――ヒロトに「ああ」と答えた。

 

「――ただいま」
「! 御麟っ」

 

 ヒロトと緑川のやり取りを横目に、合宿所の玄関へと到着した
迎えてくれた――わけではないのだろうが、たまたまその場にいたのは円堂で。
気配なく現れたに動揺しているのか、少しの間驚いていたが、
催促するようにがもう一度「ただいま」と言うと、
一瞬きょとんとした表情は見せたものの、円堂はすぐに我に返ると「おかえり」と返してくれた。
 円堂が「おかえり」と返してくれたことには満足そうに頷くと、
話題を改めるように――夜のグラウンドで練習を再開した緑川とヒロトの姿に視線を向けた。

 

「とりあえず、リュージは一山越えたわね」
「…知ってたのか?緑川が悩んでたこと……」
「そりゃあね、あの子の自分の追い詰め方にはちょっと痛々しいものがあったから」
「………そう…だったのか……」
「――気づかなかった?」
「……ああ、気づいてやれなかった」

 

 前向きに、ボールを追いかける緑川の姿を眺めているの耳に届くのは、らしくもなく落ち込んだ様子の円堂の声。
しかし、あえては円堂の方へ視線を向けることはせずに、彼に向かって言葉を投げる。
――それは悪いことなのか、と。

 

「よ、よくはないだろっ。チームメイトが悩んでることに気づいてやれなかったんだ…」
「そう、ならそれは――キャプテンとしての義務感?それとも、一個人としての仲間意識によるところ?」
「!」

 

 振り向いたの目に映るのは、大きく目を見開き、酷く驚いている様子の円堂の姿。
こんな質問をされるとは思っていなかったのか、それともの質問の内容がショッキングだったのか――
いくら待っても円堂からの回答は返ってこなかった。
 だが、円堂から答えが返ってこないことも、はじめからも予想していたことで。
酷く難しい表情を浮かべて押し黙っている円堂の姿を見てふっと優しい笑みを浮かべると、
ポンと手を円堂の頭の上に乗せた。

 

「考え直してみなさい、アンタのキャプテンとしてのあり方を
――自分にはなにができて、仲間からなにを求められているのか」

 

 去り際にポンポンと円堂の頭を撫で、は何事もなかったのように――円堂の前から去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第130話
観戦サポーターズ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……明那」
「んー?」
「ゴメン」

 

 土手の上に作られた観客用のベンチに腰掛けて、雷門中のサッカーグラウンドで繰り広げられる試合――
イナズマジャパンとネオジャパンによる日本代表決定戦を観戦していた明那。
 熱い闘志を燃え滾らせるネオジャパンの選手たちに心地の好いものを感じながら試合を観戦していた明那だったが、
隣に座っていたから唐突に向けられた謝罪の言葉に、わけがわからず「は?」と間抜けな声を上げた。

 

「………なに、どしたの」
「…オーストラリア戦の時の明那と、同じ気持ちになったから」

 

 そう、明那の疑問に答えるだったが、視線は最初から変わらずグラウンドに向かっている。
それにならう形で明那は再度、グラウンドに視線を向けてみれば、
そこでは相変わらず――いや、先ほど以上の熱量をもった熱い試合が展開していた。
 日本代表の座という世界の強豪と戦う舞台――己の夢を守るため、勝ち取るためにボールを追いかける少年たち。
未だ、日本代表の座を脅かされていること、かつての監督であった瞳子が相手であること――
それらの事実に対する同様が見えるイナズマジャパン。
それに対して、ひとつの目的に向かって確固たる信念をもって迷いなく突き進むネオジャパン。
――そこで、明那は「ああ」と悟った。

 

も、あの子たちに発破かけてきたんだね」
「…どっち側の衝動かはわからないけど」
「たぶん、どっちもだよ――」
「――やけど、の場合はイナズマジャパン寄りやろねぇ」

 

 不意に明那のセリフをさえぎったのは、の横に座っている霧美。
の考えがイナズマジャパン寄りであると言う霧美の表情はいつもと同じ穏やかな笑み
――だが、その影に隠れる嫌味の色は、明那たちにとっては勘繰るまでもなく伝わっていた。
 しかし、霧美の指摘はおそらく間違ってはいない。
彼女の指摘通り、がネオジャパンに発破をかけた真意、衝動は――イナズマジャパンの成長を思ったからこそ。
ネオジャパンを出しに使ってイナズマジャパンを成長させようとした――その事実に間違いはないだろう。
 霧美の指摘が事実である――それを何より肯定するのは、霧美に対してこの上なく迷惑そうな表情を向ける
おそらく自身も自分の考えが外道――酷く傲慢であるという自覚はあるのだろう。
 ただ、言いつくろわない――否定しないあたりは、らしいのだが。

 

「ふふっ、これがイナズマジャパンに肩入れして言うんやったら――まだ、救いもあったんやけどねぇ?」
「…………」

 

 穏やかだった笑みを、どこか嬉々としたニヨニヨとした笑みに変え、霧美はに問いかける。
しかし、その霧美の問いかけに、は更に迷惑そうな表情を浮かべて――明後日の方向へと視線を向けた。
 つまりそれは――がネオジャパンに対して、
イナズマジャパン以上の可能性ポテンシャルを見出せなかったということの、肯定だった。

 

……」
「……………」
「うふふ〜、真実は時に心を抉る凶器言うけど――の目も、大概やねぇ」
「………」

 

 追い討ちともいえる霧美の最後の一言。
それを受けたの目は、明後日よりも更に遠くを見つめている。
そして、をそんな状態に追い込んだ霧美といえば――ほくほくと満足げな表情でに視線を向けていた。
 穏やかに、だが確実にを追い詰める霧美――
その彼女の姿に、明那は霧美が完全に本調子に戻っていることを実感する。
ある意味で、は面倒なことになっているが、それでもかつての形が戻ってきていることは――なにより、嬉しいことだった。

 

「――でも、イナズマジャパンじゃなきゃ世界に――いや、アイツらにすら勝てない」

 

 傲慢であること――
他を省みない身勝手な考えであること――
自分の考えが「外道」だと指摘されたにもかかわらず、は自分の選択を肯定した。
 自身の身勝手を肯定したの目は、はっきりと目の前の現実を捉えており、
迷いや戸惑い、気後れといったものは一切なく――自身の選択を間違っていると思っている風は一切感じられない。
そんなを前に――明那も霧美も、何も言わずにただ黙ってを見守った。

 

「私は世界の舞台に立たなきゃいけない――約束したんだから」

 

 そう言ったの表情に浮かぶのは――不敵な笑み。
先ほどまでのどこか気負った表情から一変して――
ゴールを割られたイナズマジャパンの姿を見るの表情は、嗜虐の混じる楽しげな表情に変わっていた。

 

「うふふ〜ほんまは自分勝手〜」
「(…それを言っちゃうと、俺たちも『自分勝手』なんだけどね)」

 

 が自分勝手あること――それは間違いない。
しかし、が自分勝手であることを肯定した時点で、彼女と目的を共有している明那たちも――自分勝手ということになる。
それはなにをどう言い訳したところで――変わらない事だった。
 正直、明那はのように割り切れない――いや、開き直れなかった。
自分たちの目的のためにイナズマジャパンを――純粋に世界の頂点を目指す少年たちを利用することを。
 利用し利用され――ギブアンドテイクの形になっているとはいえ、
世界の舞台に立つためにイナズマジャパンを利用しているという事実は覆らない。
もちろん、彼らを利用して悪いことをしようとしているわけではない――が、それでも罪悪感はついてまわるもの。
――思い入れのある存在がいるのだからなおさらに。

 

「勝手で結構――それが私だもの」

 

 仕方ない――そう諦めているわけではない。
そうある自分に絶対の自信があるからこその――のセリフ。
 傲慢で身勝手で、己惚れが過ぎる――が愚かであることを、頭では理解している。
だがそれを、明那の心が愚かだとと認めない。
大きな後悔を、大きな過ちを犯した未熟であった少女と変わらないその表情は――
自分に最高の「モノ」を与えてくれた少女と、同じだったのだから。

 

「――とはいえ、もう少し余裕を持って見守ってたいところよね」

 

 ふっと、表情を緩め、呆れた表情を見せる
急なの表情の変化に、一瞬はきょとんとしながらも、
明那たちはが表情を変えた原因があるであろうグラウンドに視線を向ける。
すると、そこにはネオジャパンのフォワード――下鶴が放った必殺シュートからゴールを守った――円堂の姿があった。

 

「おお〜、さすが円堂くん。ここでレベルアップしてきたかぁ〜」
「うふふ、『究極奥義に完成なし』やもんねぇ?――とはいえ、限界はあるやろうけど」
「……それは…海慈兄の見解?」
「違うよ、これはうちの見解――お兄ぃやったらこないなこと言わへんよ。…円堂大介の必殺技やえ?」
「あ、ああ〜……」

 

 円堂大介――その名前ひとつで、明那は全てに合点がいった。
 確かに、円堂大介が残した「完成しない必殺技」ならば、
彼の大ファンである海慈が、完成する――限界があることを肯定するわけがない。
なのだから、これまでイナズマジャパンのゴールを守ってきた円堂の必殺技・正義の鉄拳に
限界があるという見解は――冷静に、円堂大介の必殺技に触れてきた霧美の見解なのだろう。
 未だ、問題を抱える選手が居るイナズマジャパン――
だというのに、自身のレベルアップ――今の自分を乗り越えなくてはならない円堂。
キャプテンとしての責任、ゴールキーパーとしての義務。
二つの重荷を、あの小さな背中に背負う円堂に、思わず明那が苦笑いを浮かべていると――
不意に「オイ」と不機嫌な声が明那を呼んだ。

 

「勝手に一番の問題に到着するなっ」
「あ〜…も思ってたんだ」
「うふふ〜、守くんはのお気に入りやもんねぇ〜」
「そういう理由じゃねぇ」

 

 からかい全開の霧美の言葉に、はこの上なく苛立った表情で霧美の言葉を否定した。
 霧美とのにらみ合いを続ける――その背中にゆらと揺らめいた黒い何か。
それに不穏なものを感じた明那は、慌てず騒がず――けれども苦笑いを浮かべて、に円堂が一番の問題である理由を尋る。
すると、は一度だけ不機嫌な表情のまま霧美を一瞥したが、
ただそれだけで霧美には何も言葉を返さず、ため息をひとつついて疲れた表情で口を開いた。

 

「円堂の一番の問題は――キャプテンとしての自覚のなさよ」
「……え?」

 

 の口から出た言葉は、明那の想像からは遠くかけ離れたものだった。
 予想外も予想外――思ってもみないの見解に明那が間抜けな声を漏らして、に視線を向ける。
すると、もはじめから自分の言葉がすんなりと理解されるとは思っていなかったらしく、冷静な表情で更なる見解を続けた。

 

「天性的に、円堂にはキャプテンとしての高い素質がある。
だから、今まで強い自覚がなくともキャプテンとしてチームを引っ張ってこれた。
――でも、そんな甘い覚悟じゃイナズマジャパンこのチームを世界に連れては行けいけない」

 

 冷静な――見解答え
円堂に、イナズマジャパンを世界に連れて行けるだけの牽引力はない――きっとそのの見解は正しいのだろう。
 既には世界のレベルを視てきた――
そしてなにより、自身がキャプテンとしてこの問題にぶち当たった――経験者なのだから。

 

「…まぁ、メンバー全員に『代表』としての矜持があれば――それも些事なんだけど」
「「…………」」

 

 しれと、イナズマジャパンの選手たちをおよそ根底から否定した
だが、今のの一言にはなんの意図もない――思ったことを、いや思っていたことをそのまま言っただけだろう。
――といっても、意図したところでに限って今の言葉をオブラートに包むことはなかっただろうが。
 イナズマジャパンに足りないもの、欠けているもの――それらを理解しながら、状況を静観している
未だ、彼らと自分たちの間に線を引いている――わけではない。
ある一定の距離感をおいていることは確かだが――それは自分たちのためであって、彼らのためでもあるのだ。
 同じように悩んできた経験者だからこそ――それが最良の判断だった。

 

「――さて、今日の試合でどれほど伸びるかしらね」
「とりあえず、守くんに正義の鉄拳の限界に気づいてほしいわぁ」
「うーん…俺的にはもっと連携必殺技を使うタイミングを意識して動いてほしいなぁ」
「……問題山積みね…」

 

 そう、ため息をつくを横目に――
明那はネオジャパンのゴールを割ったフォワード・豪炎寺の活躍に、満足そうに心の中で頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 キリのいい話数に、なぜだかぶち当たることの多いオリキャラ回。これもSADAMEか。
 こんな話になった一番の原因は、ネオジャパンとの試合描写が億劫だったからです。
オサーム様をイジリたかった気もするのですが、元気が足りませんでした…(汗)だって次からアジア予選の大難関だもの…!