イナズマジャパンとネオジャパンによる日本代表の座をかけた一戦。
その勝敗は現日本代表チーム――イナズマジャパンの勝利に終わった。
 さすが、選ばれた逸材が揃うチーム――というべきか、それともさすが急成長中のチームというべきか。
だが、どちらにあったにせよ、イナズマジャパンが勝利するのは当然のこと――それがの結論だった。

 

「――九郎を、試合に出せば状況も変わっていたでしょうに」
「ええ、そうかもしれない――でも、今の私たちでは彼の力を活かしきれない」
「…イレギュラーは必要ない、ですか。――らしいですね」

 

 試合を終え、ネオジャパンの選手たちが雷門中から帰還するためのバスに乗り込んでいる最中、
が何の気なしに瞳子に話題を振れば、返ってきたのは瞳子らしい確実な勝利を目指す答えだった。
 瞳子に呼び出されて帝国へ――ネオジャパンの練習を見学した際に見た九郎と源田の連携キーパー技。
今回の試合の中でネオジャパンのゴールを守った真・無限の壁との
単純な威力の差はなんともいえないないところだが、可能性としては幾分か上だったように思う。
加えて、ディフェンダーとしての能力も、九郎の方が試合に出場していた選手たちよりも数段上だった。
 ただイナズマジャパンを力で圧倒するだけなら、九郎を試合に放り込めば戦況は変わっていた
――だが、それを理解したうえで、瞳子は九郎を試合に送り出さなかった。
それは瞳子がネオジャパンのチームとしての完成を、世界に通用する確実なチームとしての強さを優先したからこそなのだろう。

 

「また強くなって、代表の座を脅かしてくださいね」

 

屈託のない笑みを浮かべ、余裕を持って宣言する
それは瞳子たちが今より更に強くなったとしても、自分たちが勝つという自信――いや、確信があるからこそのそれ。
 誰の目にも明らかに、はだいぶ高いところから瞳子に対してものを言われているわけだが――
その高慢かつ失礼極まりないの言葉を前にして、瞳子が漏らしたのは不満でも憤りでもなく――呆れを含んだ苦笑いだった。

 

「………――あなたって人は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第131話
本日休業

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオジャパンという脅威の相手との試合を経て、更なる進化を遂げたイナズマジャパン。
FFIアジア予選決勝も間近に控え――ているのだが、
試合後ということもあって公式練習は早めに切り上げられ、選手たちには休息のための自由時間が与えられていた。
 多くのメンバーが気分転換も兼ねてか街に繰り出しており、
人気の薄れた合宿所は普段の賑やかさから一転して、すっかり静まり返っている。
そんな静かな合宿所の食堂で、はイスに腰をかけ携帯を耳に当てていた。

 

「…では工事の手配、よろしくお願いします」
「はーいっ、よろしくお願いされました〜」

 

 携帯から聞こえるのは底抜けに明るい母親――彩芽の声。
久々に聞いた無駄に明るい声に、反射的にかは若干うんざりとしたものを感じたが、
心のどこかで安心感を覚えている自分に、心の中で苦笑いを漏らしながら、
は「それじゃ」と言って通話を切ろうとした――が、
それよりも先に唐突に彩芽が「」と、いつになく穏やかな声音で自分の名を呼んだ。

 

「な、に…?」
「お母さんもお父さんも、を信じて待ってるから――必ず帰ってきてね」
「――――」

 

 予想だにしない――というか、だいぶ気の早い彩芽のエールに、は思わず言葉を飲み込んだ。
 FFI――その大会運営の大部分を担っているDeliegio。
そのサッカー部門にの彩芽たち――両親は席を置いている。
FFIの開催が決定してからというもの、ただでさえ家に帰ってこない両親は更に家に帰ってこなくなった。
そして、やっとの休暇にはが海外に赴いていたため――長らくは両親と話す機会を逃していた。
 それ故に、イナズマジャパンと共に世界と戦うと決めたことも、サッカーを取り戻す決意を固めたことも――
忌まわしい過去を清算するために、前へ進むと決めたことも――
は、常に自分にとって一番の味方で居てくれた両親に伝えてはいなかった。

 

「お、母さん……」
「ふふっ、いいのいいの。
お母さん、蔑ろにされるのは慣れてるし――の人生は、が主役なんだもの」
「…………」
「――それに、お母さんはお母さんで勝手にやらせてもらうし!」
「……は?」
「いやんもうっ、カタール戦!ビックリしちゃったわ〜。あの虎丸ちゃんがあんなシュート打つなんて!
小さいときからあの体のバネには注目していたけど、まさかあんな天才肌のプレーヤーになるだなんてお母さんビックリ!」
「…………」

 

 一気に、光の速さを超えるぐらい一気に――の心に生まれた感謝や尊敬といった感情が冷める。
その代わりにの心を埋めた感情は、当然のように呆れや落胆――
だったが、両親に対して感謝したことを忘れてしまったわけではなかった。
 この場面で、あんな調子であんなことを言ってしまう――楽天的に見える彩芽だが、
ずっと不安を抱えながらを見守っていたに違いない。
全てを蔑ろにして己の目指すものまえに向かって進み続けた――祖父の姿を重ねて。

 

「お母さん――と、お父さん」

 

 真剣な声音で、は両親を呼ぶ。
携帯の向こうで微かに「ん?」という父親――秀信の声に、自分の決意を両親に伝える用意ができたことを理解する。
本来ならば、直接伝えるのが筋というものだろうが――今更だが、大目に見てもらおう。

 

「必ず帰るから――期待して待っていて」
「ええ――」
「――ああ」

 

 両親の優しい後押しの声を聞き――は静かに通話を切った。

 

「(まさか――こんな展開になるとは…)」

 

 決勝戦へ向けての特訓に必要な用意をするために彩芽に連絡を取った
元々は、久遠から注文を受けた内容を彩芽を通してDeliegioに発注するだけの――
事務的な連絡だったはずなのだが、気づけば家族との大切な時間になっていた。
 あのまま、両親に自分の決意を伝えず前に進んだとしても、進むの足取りになんら変化はなったとは思う。
だが、全てを終えて、両親の元へ帰って時には――少なからず後悔や後ろめたい感情を覚えたことだろう。
――そう考えると、このきっかけはにとってとてもありがたいものだった。

 

「(…久遠さんも、人の親になったってことなのかなぁ……)」

 

 席を立ちながら、はふとそんなことを思う。
今にして思えば、久遠が直接Deliegioに発注すればいいものを、わざわざに発注するように指示してきたあたり――
久遠の心遣い、もしくは彩芽の計画的な展開に思えてならない。
もちろん、それに対する不満や文句があるわけではないが――
そんな人間味あふれる久遠の姿など見たことのないとしては、色々思うところがあった。
 しかし、そもそも疑問といえば、冬花の存在がにとってはなにより疑問だった。
が久遠と知り合った当初、彼には娘は愚か妻すらいなかった。
なのに、久遠の娘だという冬花はと同じ中学二年生――
それはつまり、と久遠が知り合った時点で既に彼女は生まれていたということ。
だが、どう記憶をひっくり返したところで――が出会った久遠に子供などいはしなかった。
 ――となると十中八九、冬花は何らかの要因で久遠の娘になった養女ということになる。
しかも、久遠を本当の父親と思い込んでいる――自分が養女であるということ、
ひいては血の繋がった両親を失っている自覚もなく、だ。

 

「(その事例カタチに、心当たりがないわけではないけど…)」

 

 冬花との面識があるという円堂に対して、彼との面識がないという冬花。
ただの円堂の勘違い――その可能性もありえはするのだが、
冬花に養女という認識がないこと、更に自身の経験知識を踏まえれば――
冬花の記憶に隠蔽、あるいは改竄措置が施されている可能性が高かった。
 あくまでの推測に過ぎないが、おそらく両親を失った際に冬花は、強い精神的なショックを受けたのだろう。
それによって生命維持になんらかの支障が生じたため、過去の記憶を隠蔽し、
その代わりに久遠が自分の父親であると記憶を改竄した――そんなところか。

 

「(円堂の幼馴染が久遠さんの娘になった…。
これがただの偶然でなければ――彼女も総帥殿の犠牲者か)」

 

 深読みのしすぎ――その可能性は否めない。
だが、色々を考えれば考えるほど――が最後に行き着く結論はそこだった。
 湧き上がる不快感と憤り。
雷門中の中央校舎の前を歩きながらは思う――イナズマジャパンかれらが出払っていてくれてよかったと。
きっと、自分は今、いつになく恐ろしい顔をしている。
憎悪の対象を――手にかけてしまいそうなほどに。
 だがそれも仕方のないこと。
あの男との因縁は、にとって仲間たちとの絆と同等――寧ろそれ以上のものなのだから。

 

「……――不動くん?」
「!」

 

 中央校舎前を通り抜け、体育館の裏手にある広い空き地――そこに居たのは不動。
思いがけない先客に、驚きながらもが不動に声をかければ、
不動もまさかがこの場所へ――それどころかこの場所に自分以外の誰かが訪れるとは思っていなかったらしく、
らしくもなく驚きの表情を見せていた。
 しかし、そこはさすが不動というべきか。
すぐに彼は驚きの表情を不機嫌なものに変えると、邪魔だと言わんばかりにを睨む。
薄っすらと敵意すら伺える不動の視線には苦笑いを漏らしながらも、留まることも、退くこともせず――歩みを進めた。

 

「こんなところで練習してたのね」
「……なんの用だ」
「ちょっと下見にね。明日からここ、工事が入るから」

 

 またしても、予想外のことだったのか、の返答を受けた不動はほんの少しだけ意外そうな表情を見せる。
だが、またすぐに表情を鋭いものに戻すと、不動はに工事についての説明を求めた。

 

「久遠さんからの依頼でね。決勝に向けての特訓で必要になるんだと」
「…決勝に向けて…ね。まるで決勝で戦う相手が何処か、わかってるみてーだな」

 

 嫌味交じりの笑みを浮かべ、挑発するようにに言葉を返す不動。
特別、としては言葉に含みを持たせたわけではないのだが――
その僅かな情報から隠れた真実を掴んだ不動の頭の回転と勘の鋭さには、素直に感心してしまう。
その感心のあまりが「おお〜」と声を上げると、不動は一気にその表情をこの上なく不機嫌そうなものに変えた。
 おそらく、バカにされたと不動は思ったのだろう。
実際は真逆で、本当には不動に感心しているのだが、勘違いされてしまっても仕方がない。
の性格が性格だし――不動の性格も性格だ。
 バカにした、馬鹿にしてないうんぬんで、意味のない言葉の押収戦をするのも――それこそバカらしい。
あえてここは不動の不満を無視することをは決めると、
平然とした様子で――端から決勝の相手はわかっていたことを告げた。

 

「――また、昔のお仲間か?」
「そういうことよ。――まぁ、よりにもよってお前が出てくるかって話なんですけどねぇ………」
「…………」

 

 遠く明後日の方向を見つめ、引きつりまくった笑みを浮かべ言う
それを見る不動の表情を酷く面倒そうなものが浮かんでいる。
おそらく、自分で言って自分で落ち込むな――とても思っているのだろう。
 確かに、不動の言い分はご尤も。
自分で墓穴を掘ってそれには待って自滅しているのだから――それは迷惑この上ない。
――しかし、だ。たとえそうであったとしても、今回ばかりは仕方ない――というか、仕方ない。
どうにもこうにも本当に相手が悪すぎるのだ。
 なにせ、次に戦う相手は――

 

「っ!」

 

 唐突に、の思考は遮断される。
自分に迫ってきているもの――それは強烈なシュート。
考えるまでもなく、無抵抗でいては大変な目にあうこと請け合いだ。
 とはいっても、に限って無抵抗でいることなどありえはしない。
たとえ意識が追いつかずとも――の本能が最善の命令を下すのだから。
 強烈な勢いのままのボールを、はそれがまるで嘘であるかのように軽く足でトラップする。
シュートの強さによって、ボールはあらぬ方向へ飛んでいく――こともなく、
完全に最初の勢いを失ったボールはの支配下に収まり、
軽く真上に飛ぶとゆっくりと回転しながら――最後にはの手のひらに収まった。

 

「……チッ」

 

 渾身――ではないにしても、完全にの隙を突いて放たれた不動のシュート。
だというのに、はまるで慌てた様子もなく、完璧に不動のシュートを止めて見せたのだ。
そりゃ、止められた不動からしてみれば面白くないに決まっている。
それを物語る不動の表情は相変わらず不機嫌――だが、先ほどよりは幾分かましになっているようにには思えた。
 不動の不機嫌のベクトルが向きを変えた――そのことに安心したのか、はらしい笑みを浮かべて口を開いた。

 

「その舌打ちは何かしら?まさか、私がどうにかなるとか思ったわけじゃないわよね?」
「……んなこと、思っちゃいねーよ」
「じゃあ、なんだと?」

 

 試すような笑みを浮かべ、は不動に問う。
その問いを受けた不動の顔には不機嫌な色はなくなった
――が、その代わりに浮かんでいるのはこの上なく面倒そうな表情だった。
 不動が舌を打った理由――そんなことはもわかっている。
だが、あえては尋ねたのだ。不動の言葉を引き出すために。
そして、不動もそのの意図を理解している。だからこそ、ここまで面倒そうな視線をに向けているのだろう。
 非友好的な不動の視線に、は「やっぱりダメか」と心の中で苦笑いを漏らす。
やはり言葉でどうこうというのは性にあわないらしい。
まぁ、対象の難易度が高かったことも事実だろうが――言葉での干渉が、にとって不得手であることの肯定には十分だった。

 

「不動くん」
「…あ?」
「ちょっと、私の練習に付き合ってくれない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 まさかの夢主一家の家族話(汗)
通常、番外編枠話なんですが、一話のボリュームの問題でつっこんだりました(苦笑)
そして唐突な不動さんとの絡み(笑)次回もちょっとひっぱります。