天性的に優れていたの洞察眼。
幼い頃からそれを才能として開花させていたこともあり、
今のは初見の相手であっても、ある程度のプレーを見れば相手の能力のおおよそを把握することができる。
とはいえ、所詮は見ただけ――視覚からの情報だけで導き出した分析なので、
所詮は対象の上っ面のデータしか得られないのだが。
しかし、あくまでそれも「見ただけ」であった場合の話。
対象と一緒にプレーをすることで、の分析は更に冴える。
相手の能力はもちろん、得意不得意にクセ、挙句に心理状態すら読めるときもある。
そして何より恐ろしいのが、誰もが持ち得ない天性的に授かった天賦――
――才能についてまでも、把握できてしまうという部分だった。
「(単純な技術力は鬼道の方が上。
でも、不動くんは頭が切れる上に達観してる部分がある分、現状は司令塔としての能力は不動くんの方が上かな)」
前々から似た部分があるなと思っていた鬼道と不動を比較して、ごちゃごちゃと考えながら――
はボールを奪わんとする不動のモーションをすべて捌ききり、一瞬の隙をついて不動のディフェンスを突破する。
自身の勝利を見せ付けるようにガッとボールに足をかけ、そのままは振り返って不動に視線を向ければ、
悔しそうな表情を浮かべて「チッ」と舌を打つ不動の姿があった。
の要望によって、不動が付き合う形ではじまった「練習」。
適度な休憩を挟みつつ、ボールを奪う守るを交替しての攻守の練習を、かれこれ2時間ほど続けている。
因みに、今までに不動がからボールを奪えたことも、守りきれたこともなく――体力の消費量についても差があった。
「……ったく、マジでバケモンだなアンタ」
やや呆れた表情でそう言いながら、ドサリと地面に腰を下ろす不動。
思い切りに対する悪態はついているものの、の実力に関しては素直に認めたらしく、
先ほどまであった悔しげな――刺々しい色はなくなっていた。
思いがけず早かった不動の納得に――も、驚いた。
が、それよりもが気になったのは不動の「バケモノ」という言い回し。
真・帝国の一件の中でもバケモノ云々と言われてはいたが、
あの時はそんなことまで気にする余裕がなかったのでなんとも思わなかったが――
冷静に考えて、不動がを「バケモノ」と呼ぶのには合点がいかなかった。
「不動くんは――過去の私たちを知っているの?」
感情を含まない事務的な声音と表情でが問えば、不動は無表情で、の顔をしばらくの間見つめる。
だが、不意に立ち上がると、「知らねーよ」と言ってユニフォームについた砂を払い、そのまま更に続けた。
「俺はただ、お前らの昔の映像を見ただけだ。――影山のPCをハッキングした時にな」
影山――その名前を口にして、わざとらしく笑みを見せる不動。
これは確実に影山の存在がにとって唯一にして最大の弱点 であることを理解しているからこその反応。
影山の話題を持ち上げられたこともそうだが、わかっていてあえてぶつけてくる不動に――思わずも渋面になった。
「イヤだわー、不動くんのそーゆーとこ面倒くさいわー」
「ぁあ?なにふざけたことぬかしてやがる。アンタの方が俺の万倍面倒くせーよ」
「えー?そんなことないと思うけど?私、不動くんと違って素直だもの」
「アンタの『素直』は、単に歯に衣着せないだけだろ」
「……――そう言われると返す言葉がないわねぇ」
不動の反論をあっさりと受け入れ、さして困った様子もなく「あはは」と笑って誤魔化す。
そんなを半分睨みながら――不動は「うぜぇ」と悪態を漏らすのだった。
第132話
上がる狼煙
およそ半日ほどの休息を経て再開されたイナズマジャパンの猛特訓の日々。
それぞれが個別の練習に励んでおり、あるものは連携必殺技の習得、あるものは個人のスキルアップ――
などなど、別々の特訓をしながらも、イナズマジャパン一丸となって一つの目標に向かって特訓に励んでいる。
その特訓に対する熱意、気迫はこれまでにないほどの――熱を湛えていた。
激しい特訓も、熱意を持って取り組むイナズマジャパンメンバー。
彼らのその熱い思いに対して懸念を持つ者などいはしない――はずだったのだが、
心配性なのか、神経質になっているのか、特訓に励む彼らを前にはなぜか渋い表情を浮かべていた。
「(なーんか……きな臭くなってきたなぁ………)」
監督である久遠に対する不信を解消し、
本気を出すことに対するトラウマを克服した虎丸、
焦りから開放されのびのびとサッカーができるようになった緑川――。
これらを考えれば、イナズマジャパンは順調にチームの問題を解消しながら、
個々としてもチームとしても確実にレベルアップしている。
しかし、完全にチーム、そして個人の問題は解決していない――にもかかわらず、
なにやら解決している体で進んでいるこの状況は、に妙な不安を与えていた。
連携必殺技の習得――確かにそれは試合における決定力を向上させるためのものではあった。
だが、それと同時に個人同士の繋がりを強化することで、チームとしてのまとまりが出てくれば――と思ってのことでもあった。
しかし、そんなの意図はどこへやら――
すっかり必殺技習得に比重が傾きすぎてしまい、の意図とは真逆の成果を挙げている状況だった。
「(連携必殺技、習得したところで打てなきゃ意味ないんですけどねぇ……)」
ある意味で、当たり前のこと。
いくら強力な連携必殺技が完成しようと、相手の陣内にまでボールを持ち込めなければはじまらない。もちろん、ロングシュートを前提とした必殺シュートであるなら話は別だが、
今回習得しようとしている技の中にロングシュートを前提とした技はない。
ということは、必然的に相手陣内へと持ち込んだ状態でのシュートが前提となるわけだが――
「(今の個々のオフェンス能力じゃ厳しいだろうし、チームの連携力でも厳しいわよねぇ……)」
そもそも、イナズマジャパンは試合において常に劣勢からのスタートを切ることが多い。
なので、今は無理でも――とは思うけれど、先を見据えれば、土壇場の爆発力に頼ってばかりもいられない。
オーストラリア、カタール、ネオジャパン――
これらの試合は、まさしく土壇場の爆発力で勝利したといっても過言ではない。
というか、はっきり言ってしまえば「土壇場の爆発力 」こそが、
イナズマジャパンの最大の武器であり、他のチームにはない特異な個性ではある。
個性は伸ばすべき――とは思うが、
毎度毎度多彩なピンチを見せられている身としては、「もう勘弁しろ」というのが本音だった。
「久遠さん、鬼道辺りいじめてきてもいいですか」
「…鬼道だけをか」
「あ゛ー……」
ミットフィルダーである鬼道を鍛え、
テコ入れ的に突破力の強化を図ろうと考えただったが、
久遠の冷静な指摘に落胆の声を漏らした。
今――というかイナズマジャパンが、
アジア大会突破までにクリアしなければならない最大の課題は――一つのチームとして纏まる事。
だが、ここでが下手に個人の能力を鍛えて回ると、おそらくその課題のクリアが難しくなる。
それは転じてアジア予選の突破すら危うくなることを意味しており――
改めては、自分にできることがないという事実を突きつけられたわけだった。
「……このチームに、私が参加した意味ってあったんですかね?」
「…意味もなく、私がお前を必要とすると思うか?」
「ええ、今の久遠さんならありえるかと」
「…どういう意味だ」
「だって久遠さん、だいぶ丸くなったじゃないですか」
嫌味たっぷりには久遠に向かって笑顔を向ける。
しかし、久遠の表情は一切歪むことはない――ように見えたが、
よく見てみると久遠の眉間には薄っすらとシワが一本よっている。
――どうやら、丸くなったと思われたことが不服らしい。
無表情だが、静かな怒りを湛えた久遠の表情に、
は苦笑いを浮かべると「どうしたものですかねぇ」とわざとらしく話題を切り替えた。
「これから私はどうしましょうか、監督」
「…選手の能力を測定するプログラムを開発していると聞いたが」
「ああ…あれですか……」
オーストラリアとの試合において、相手の情報が少ない――ということで、個人的に開発をはじめたプログラム。
一応、オーストラリア戦が終わったあとも、
プラグラム開発のために寝る間を若干惜しんでコツコツと開発を進めてはいたのだが――
「これが凄いんですよ――驚くほど進展がなくて!」
「…………」
「別に手を抜いているわけじゃないんですよ?
ちゃんとやってるんですけど、どうもしっくりくる答えがでなくてですね」
「…能力不足――か」
「――――」
久遠の一言に、無意識に伸びたの手――その手が触れたものは自身の目。
片目を押さえ、しばらくは沈黙を貫いていたが、不意に顔を上げると真剣な表情で口を開いた。
「…確かに、そういう考え方もありますね。『視る目』があってはじめて成立するモノ――と」
「一旦手を引くか」
プログラム開発から一度手を引くかと久遠に問われ、は「まさか」と言って不敵な笑みを浮かべる。
そしてその表情のまま、グラウンドで夢中で練習を続けているイナズマジャパンに視線を移した。
「才能の無駄使い――してみましょうかね。
上っ面の情報でも、ないよかマシだと――監督がおっしゃるなら」
「…できるのか?」
「やってやれないことはないですよ。大は小を兼ねるって言いますし?」
「…否定できないのが腹立たしい限りだ」
そう言った久遠の表情は相変わらず無表情――
だが、からすると苦々しい表情を浮かべているように見えた。
だいぶ、自信過剰な、驕りたかぶったことをは言った。
この一言は誰が聞いてもカチンとくる――気に障る一言だろう。
だが、久遠にとっては何より腹立たしい一言ではあるが、誰よりも否定ができない言葉――彼は経験上、知っているのだ。
才能は、使い方でその意義が変わることを。
「…通常業務を疎かにはするな」
やや諦めを含んだ久遠の言葉に、は笑顔で「了解です」と返事を返して久遠の元から離れる。
そしてはそのまま一度、自室に置いてきたノートPCを取りに合宿所へと戻るのだった。
夜の稲妻町を一人歩くのは――自宅から雷門中へと戻る途中の。
その肩には黒のトートバッグがかけられており、
バッグの中身はなにやらいくつかの機材と何本ものケーブルが入っていた。
「(さすがハイスペックカメラ……容量の喰いが半端じゃなかった……!)」
本腰を入れてプラグラム開発に取り組むことになった。
それに伴い、大量の映像データを収集した――のだが、所詮ノートPCなのか、
容量の大きい映像データを何本も保存しておけるほどハードディスクに余裕はなく、
開発に当たって色々と支障が出た次第だった。
本当のことをいえば、合宿所の自室にデスクトップ型のPCを置いて作業したいところなのだが、
そんなことをしては確実に通常業務――イナズマジャパンの練習を監督する役目を疎かにして
プログラム開発に没頭することが目に見えていたは、
ノートPCに外付けのハードディスクを繋ぐことで、とりあえず急場をしのぐことにしたのだ。
そして今は、外付けのハードディスクやらうんぬんを家に取りに戻ったその帰り道というわけだった。
夜――とはいえ、そこは歩きなれた通学路。
多少なりは夜になって雰囲気が変わってはいるが、にとってはさして気にするところではない。
――しかし、夜だからこそ、気になるものもあった。
「…豪炎寺?」
「――御麟…?」
不意に、曲がり角から姿を見せたのは豪炎寺。
思わぬ人物の出現に怪訝な表情でが彼の名を呼べば、
それに気づいた豪炎寺はどこか呆気にとられた様子でうわ言を口にするかのようにの名を口にした。
正直な話、この時間帯に豪炎寺が合宿所を離れることはそれほど珍しいことではない。
というのも、彼は長期の入院からやっと退院した妹の事を気遣い、頻繁に自宅に帰っているのだ。
時々によって時間にバラつきはあるものの、夕食後の自由時間――
およそ今ぐらいの時間帯に、豪炎寺は洗濯物を置きに行く――やら、洗濯物を取りに行く――やらと、
わざわざな理由をつけて自宅に帰っているのだ。
豪炎寺の過去――
妹である豪炎寺夕香の身に起きた悲劇について、久遠も理解がないわけではない。
まして、それを切り捨ててまでサッカーに集中しろ――などというほど、厳しい人物でもない。
それだけに、なにもわざわざな理由をつけずとも――と、は言ったのだが、
真面目な豪炎寺のこと、久遠の厚意に甘えることはなく、常に何かしらの理由を作って家へと戻っていた。
――まぁ、端から厚意と理解の上に成り立っているものではあるが、
あえて今は突っ込むまい――それよりも先に突っ込む部分があるのだから。
「――なんか、立場が逆転したらしいわね」
「…………」
けろっとした表情でが言うと、豪炎寺は気まずそう――というか、迷惑そうな表情を見せる。
どうやら、の指摘は図星であったようだ。
立場が逆転した――それはと豪炎寺の間にときたま起きる「嫌な偶然」における立ち位置。
ただ、今までは大抵お互いに気まずかったのだが、
今回に限っては豪炎寺だけがこの邂逅を気まずいものに感じているようだった。
「お邪魔なら先に帰るけど?」
「いや、そんなことは……」
「なくないでしょ。…何?夕香ちゃんにボーイフレンドでもで――」
「御麟」
「冗談よ、じょーだん」
明らかにからかいを含んだの一言だったが、
色んな意味で豪炎寺にとっては聞き捨てならない言葉だったらしく、
気まずそうな表情から一変して、を見る――というか睨む豪炎寺の視線には、やや本気目の怒りが宿っていた。
想像以上に食いついてきた豪炎寺に対して、は内心では苦笑いを浮かべながらも、
表情にそれを表すことなく平然とした表情で自分の言葉が冗談であることを豪炎寺に伝える。
それを受けた豪炎寺はやや呆れたため息をつくと、何も言わずに歩き出す。
――その豪炎寺の行動が示すところは、とりあえず感情の整理がついたということ。
であれば、一応はが豪炎寺と一緒に合宿所に戻っても問題はないのだろう。
「…………」
「…………」
お互いに口を開くことなく続く沈黙。
にとってはそれほど苦痛ではないのだが、
おそらく豪炎寺にとってはあまりいい沈黙ではないだろう。
ここは空気を読んで豪炎寺を一人にするべきだったか――と、思い改まっただったが、
次の瞬間には「そこまで気を使う必要はないな」と早々に結論を出すと、
なにを改めることもせずにただ黙ってそのまま歩を進めた。
そうして、やはり無言のままと豪炎寺は歩を進め、
雷門中のおよそ近くにまでやってきたところで――不意に豪炎寺が足を止める。
それを気配で察したは、慌てた様子もなく振り返ると、やや呆れた表情を浮かべて豪炎寺に視線を向けた。
「…………」
「…………」
しかし、それでもお互いに――というか、豪炎寺が口を開くことはなく、
と豪炎寺の間には沈黙だけが続いたが、その沈黙もしばらくの間は続いていたが――
不意に吐き出されたの面倒そうなため息によって、その沈黙は破られた。
「相談事なら、明那にしたら?」
「っ……」
「…別に、私が受けてもいいけど、豪炎寺だって明那の方が話しやすいでしょ――
――まぁ、アイツからまともな答えが返ってくるかどうかはともかくだけど」
最後の最後にそう茶化して、は豪炎寺の反応も見ずにきびすを返す。だが、その場を離れていくにかかる声はなく――
はそのまま足を止めることなく合宿所への道を一人歩くのだった。
■あとがき
嫌な偶然立場逆転!でした。まさか、こんな日がやってこようとは……。
しかし、トータル的にはやはり夢主の方が気まずくなることが多いと思いますけどね。あの人隠し事多すぎるから(笑)
因みにどうでもいい補足(?)ですが、久遠監督と夢主母は大学の先輩後輩だったりします。努力型秀才と天才型奇才(笑)