「はぁ?」
「いや、だからちょっと修也を貸して欲しいなぁ〜と……」
若干、不機嫌そうな声音でが問い返すと、彼女に豪炎寺を貸して欲しいといった張本人――
明那はなぜかにが笑いを浮かべ、の機嫌をうかがうような調子で、もう一度自分の希望を主張した。
豪炎寺とはわだかまりの残る分かれ方をしたその翌日のこと――
それだけに、「早速相談したのか」と思いながらは、
明那にこの早朝ランニングの時間に豪炎寺を借りたいと言い出した理由について説明するように言うと、
明那は少し悩んだ様子を見せたものの、「実は」とに切り出した。
「昨日から修也の様子が変なんだ。…なんか、初めて会った時みたいでさ」
「…初めて会った時?……エイリアの一件で沖縄にいた時って事?」
「そうそう、なんていうか――サッカーとは別のところで戦ってる感じ?」
平然と、豪炎寺が悩んでいることに見当をつけた明那。
思わぬところで発揮された明那の目聡さに、思わずの顔に苦笑いが浮かぶ
――が、よく考えればある意味で当然のことなのかもしれない。
常日頃から養護施設という場所で、様々な子供たちと向き合っている明那だ。
そんな彼からすれば、特別気にかけている豪炎寺の不調に気づく程度、わけもないことなのかもしれない。
尤もではあるが、今更な理解に、先ほどとは別の意味の苦笑いをは浮かべたが、
それを長々と引きずることなくは明那に豪炎寺ととの「特訓」の許可を出した。
「――わかってるとは思うけど、マジの特訓はするんじゃないわよ」
「うん、それはわかってるから。大丈夫、大丈夫」
「…………」
自分の意見が通って安心したのか、人畜無害そうな穏やかな表情を見せる明那。
そんな明那を前に、無性になぜだか言いようのない不安に襲われるだったが、
精神面の方を心配すれば、とりあえず明那に任せた方がいいことは明白で。
色々と懸念はあるのだが、ここは明那に任せよう――とは決断すると、「任せた」と言って片手を挙げた。
のそれを受けた明那は、どこか自信の感じられる表情で「了解」と言って挙げられているの手のひらを叩いた。
「――となると、今日のランニングは虎丸とヒロトくんだけか」
「あ、そういえば昨日から士郎くんは霧美姉さんが……」
カタール戦以降、合宿所入りすることになった虎丸。
それに伴ない、FWメンバーによる早朝ランニングには虎丸も加わり、結構賑やかになってきた
――のだが先の休日以降、吹雪は霧美との秘密特訓を行なうために早朝ランニングには不参加を宣言していた。
今の霧美が自らの意志で動き、吹雪になんらかの特訓を行なおうとしているのであれば、と明那に止める権利はない。
そしてあの霧美のことだ、既に久遠からの許可も得ているはずなのだから――何の心配もなかった。――が、
「士郎くんへの負担がちょっとばかり大きい気がしないでもないわね…」
「まぁそこらへんは霧美姉さんのことだからちゃんと調整してくれてるよ」
「…特訓のペース配分より、試合でのペース配分の方が心配よ」
「え?」
の一言に不思議そうな表情を見せる明那を尻目に、
は小さなため息を漏らしながらFWの面々が待っているであろう玄関へ向かって歩を進めるのだった。
第133話
それぞれの課題
ドリブルでゴールへと上がっていた豪炎寺と虎丸。
だが、虎丸が「いきますよ!」と宣言し、豪炎寺が「ああ!」と応えたところで
――虎丸はタイガードライブを放つ体制に入った。
「タイガードライブ!」
猛虎の如き虎丸のシュートは真っ直ぐゴールへ――は向かわず、ぐんと宙へと上昇する。
そしてそのボールを待ち構えていたのは――灼熱の魔神を従えた豪炎寺だった。
「爆熱ストーム!」
虎丸のタイガードライブを爆熱ストームで更にシュートする――
それはタイガードライブと爆熱ストームを掛け合わせた新たな連携必殺技の可能性。構想としては元々習得している技を掛け合わせるだけの単純なものではあるが、
使用者たちの技を使うタイミング、そして互いの技を活かしあう力の相互性など、
いざ形にするとなると意外と課題が多かったりする。――まぁ、今回に関しては+αの問題もあったりするが。
「タイガードライブと爆熱ストームの連携技か!」
「面白いことはじめやがったなぁ」
「あの二つが連携したら無敵だぜ!」
豪炎寺と虎丸の取り組みに関心の声を上げるの円堂たち。
確かに彼らの思う通り、この2人の連携必殺技が完成すれば、強力な得点力となるだろう
――もちろん、完成すればの話だが。
「(アイツらは完成しなかったのよねぇ……)」
ついの脳裏によぎってしまうのは、明那と幸虎が連携必殺技を習得しようとした時の記憶。
今の豪炎寺たちと同じく、元々習得している必殺技を連携させることで新たな技として昇華させたタイプだったのだが、
彼らの場合は完成の日が訪れることなく――
「(気づいたら蒼介を加えた3人の連携必殺技になってたのよね……最終的に…)」
懐かしい思い出に、つい漏れる苦笑い。
豪炎寺たちと明那たちは違う――そう考えを改めながらは、連携技に再度挑戦しようとする豪炎寺たちに視線を戻すと、
またしても豪炎寺たちの連携技は中途半端な威力だった上に、あらぬ方向へと飛んでいってしまった。
完成形の「か」の字も見えていない状況だが、
可能性は十二分に感じさせる結果に、虎丸が前向きに「進歩している」と喜ぶが、
豪炎寺はまったくこの結果を良しとはしていないらしく、険しい表情で「まったく駄目だ」と虎丸の言葉を一蹴した。
「豪炎寺のヤツ、今日はやけに熱いなぁ…」
「あ、ああ……」
豪炎寺が妥協を許さない熱い闘志を持った存在であることは周知のこと
――ではあるが、そんな仲間たちから見ても今日の豪炎寺の熱量には違和感を感じるものがあるようだ。
これが明那に豪炎寺のことを任せた結果なのか――と、は頭を働かせようとした瞬間、
不意に豪炎寺たちの後ろに見慣れた黒い影――響木の姿が目に入り、の思考は一時停止した。
「…豪炎寺」
「はい」
「理事長が呼んでいる」
一瞬、豪炎寺の目に走る動揺。
だが、豪炎寺はすぐにそれを引っ込めると、響木に了解の言葉を返し、
そのまま雷門中校舎へと向かう響木の後に続いてグラウンドを後にした。
理事長からの呼び出しを受けた豪炎寺の後姿を心配そうに見つめる円堂たち。
その姿を更に後ろから眺めていただったが、
円堂たちの横を通り抜けると、豪炎寺の後姿をボーっと見つめていた虎丸の肩をぽんと叩いた。
「姉ちゃん」
「ふふっ、酷い言われようだったわね」
「あー……うん…」
笑みにからかいの色を潜ませ、が先ほど虎丸が受けた豪炎寺からの評価について言うと、
虎丸がに対して噛みつくことなく素直に肯定の言葉を返す。
少々虎丸の反応は意外ではあったが、それは逆に言えば虎丸たちの連携技が完成する可能性を指示するもので。
わずかに芽生えた期待を心の内に隠し、は思ったとおりの感想を虎丸に向けた。
「練習は欠かしてなかったみたいだけど――『本気』のブランクは大きいみたいね」
「……それって、そんなに大きいかな…」
「大きいわよ。体の準備が整っていなければ、『本気』を出したとしても100%の力が出せるわけないでしょ」
「それは…そうだけど……」
の言葉に対して微妙な反応を見せる虎丸。
どうやら豪炎寺の実力に自分が追い付けていないのはいいが、
自分が本気を出せていないというのは、虎丸にとっては納得し難いことらしい。
しかし、やっと過去のトラウマから開放され、自由に全力でサッカーと向き合うことができるようになった虎丸だ。
本気を出せていない――そのの言葉を素直に肯定できないのは彼の心情を思えば当然のことだった。
「ま、虎丸の場合は精神的な問題じゃなくて、肉体的――というか、豪炎寺の言うとおり、パワー不足が問題よ」
「結構いい線いってたと思うんだけどなー」
「過信しない、過信しない。幸虎のこと思い出せー」
若干拗ねた様子で本音を口にする虎丸に対し、冗談めかしては彼の兄のことを引き合いに出す。
――すると、それを受けた虎丸はこの上なく迷惑そうな表情をに向けた。
「…ここで幸兄のこと引き合いに出されても……」
「別に虎丸に幸虎の影なんて重ねてないわよ――というか、虎丸が幸虎みたいなパワーバカになったら泣くわよ、私」
「え、泣くの?」
「そりゃ泣くわよ。私は柔軟性のある虎丸のあのプレーが好きなのよ?なのに一本調子の幸 虎みたいになったら……!」
柔軟性を活かしたトリッキーともいえる虎丸のプレーに対し、
彼の兄である幸虎のプレーはまさしく一本調子の押せ押せパワープレー。
幸虎の場合はそれが個性と合致しているのでまぁいいが、虎丸の場合はその柔軟性こそ個性であり長所。
であれば、それを殺してしまうような力任せのプレーなど、
たとえ虎丸本人が望んだとしても――は断固として阻止したいぐらいで。
もし、虎丸が幸虎のようなプレースタイルになどなったら本気で泣き出す――
より先には、原因を殴り飛ばすか、虎丸に対して全力説教している気がしないでもなかった。
「――まぁとにかく、虎丸はこのまま健やかに成長してちょうだい」
「はーい」
やや冗談交じりの――やる気の感じられない虎丸の返事ではあったが、
それに対してがどうこう言うことはなく、「よし」と言って虎丸の頭を軽く撫でると――
おもむろにベンチ前で休憩している円堂たちに視線を向けた。
「円堂」
「ん?!」
に声をかけられるとは思っていないなかったのか、が円堂を呼ぶと、円堂はあからさまに驚きの声を漏らす。
しかし、それを気にかけるようなではなく、円堂がまともな返事を返すよりも先に円堂に対して問いを投げた。
「新しい必殺技はどうなったよの」
「お?なんだ円堂、お前、新しい必殺技なんか考えてたのかよ!」
円堂が新たな必殺技を習得しようとしている――初耳だったらしい綱海と土方は期待いっぱいに円堂に視線を向ける。
しかし、その2人の視線を受けた円堂といえば、
いつもであれば明るい表情をすっきりとしない表情に変え、歯切れ悪く「あ、ああ…」と困惑の混じる肯定を返した。
思わしくない円堂の反応。
言わずもがな、新たな必殺技のイメージ、構想すらできていない状態なのだろう。
――しかし、よく考えてみればそれも当然なのかもしれない。
今までは特訓ノート――祖父の残した必殺技を、特訓に特訓を重ねることで自分の必殺技として円堂は習得してきた。
だが、今回はまったくのゼロから必殺技を編み出すことを求められている、
これはおそらく円堂にとって初めてのこと――であれば、この短期間で完成の形が見えないのはある意味当然ではあった。
想像通りの円堂の状況に、落胆の色もなくは「進展、なかったみたいね」と思ったままの感想を告げる。
そのデリカシーのないの発言に、綱海に土方、そして虎丸までもが苦笑いを漏らした
――が、円堂だけは表情を変えることなく「実は――」と切り出した。
「この間、ふゆっぺからヒント貰って色々試してる時に凄いパワーが出せたんだ。
でもそれがただの偶然で……。俺もあの時どうやってあのパワーが出たのかわからないんだ」
思いがけず、既に新たな必殺技のヒントを得ていた円堂。
正直、そのヒントを与えたのが冬花であることも気にはなるが、今確認するべきは、円堂の新必殺技の完成具合だ。
好奇心でいっぱいの目を輝かせ、明らかに話の腰を折るつもり満々の虎丸――の口を力尽くで押さえ、
は「それで?」と円堂にその先を促したが、
円堂から返ってきたのは、それ以降は進展がないというある意味で思ったとおりの答えだった。
「(…でもまぁ、まったくの進展ゼロだと思ってたし――)」
「ッん〜〜!!」
「あ、忘れてた」
べちべちと体を叩かれ、ふと虎丸の口を押さえた上に、身動きも封じていたことを思い出した。
まるで他人事のように「忘れていた」と口にすると、すぐに虎丸の口から手を離し、更に虎丸を開放する。
――すると、開放された虎丸はすぐさま振り返り、に対して酷くむくれた表情を向けた。
「なにすんのさ姉!」
「…話の腰折るつもり満々だった人がなに言うの」
「む〜姉だって気になってるくせにー…」
「それは事実だけど――それ以上に重要なのよ、円堂のレベルアップは」
「!」
試すわけでもなく、からかうわけでもなく、期待しているわけでもない――ただただ冷静な視線を円堂に向けた。
それを受けた円堂は一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐにその表情をどこか気まずそうな表情に変えた。
「(…この間のこと、ちゃんと覚えてたのか……)」
の冷静な視線を受けて、どこか気まずそうな反応を見せた円堂。
どうやら、あえてが「円堂のレベルアップ」と言った意図――
GKとしてだけではなく、キャプテンとしても欲しいというの真意が円堂に伝わっていたらしい。正直なところ、覚えてないだろうなー――と、は思っていただけに、円堂の反応は予想外ではあった。
――だが、悪い予想外ではなかった。
「さて、無駄話はこれぐらいにして――円堂、虎丸のシュート練習に付き合ってやって」
止まった会話を打ち切り、新たな展開を起こしたのは。
虎丸のシュート練習に付き合って欲しいというの要望を受けた円堂は「おう!」とすっきりとした表情で答えると、
がら空きになっているゴールの前へ向かって走り出す。
そして、勝手に次の練習内容を決められた虎丸といえば、
やや不満げな表情をに向けていたが、がポンと背中を叩く形で練習を促すと、
相変わらず不満げな表情を見せてはいたが、諦めた様子で「はいはい」と言って豪炎寺との練習で使っていたボールを手に取り、
すでに練習の準備を整えている円堂の待つゴールへ駆けていった。
それを横目に見送りながらはフィールドを後にし、
ベンチへ戻ると、不意に「いいのかよ?」という疑問の声がかけられた。
「なにが?」
「円堂の新しい必殺技のことだ。
重要だってんなら、円堂の特訓に虎丸を付き合わせた方がいいんじゃねーのか?」
尤もな綱海の意見。
それは綱海の横にいた土方も同意見のようで「だよなぁ」と綱海の言葉を肯定する。
そして、この2人と同じ疑問をおそらく虎丸も抱き――あんな反応を見せたのだろう。
真正面から見れば――当事者たちの裏の意図に気づかなければ矛盾だらけのこの行動。
意図を開示すれば説明は簡単だが、それを開示しなければ説明は困難――
なのだが、今回に関しては意外と言いつくろうのは簡単だった。
「今はまだ、円堂一人で悩ませておいていいのよ――実践練習できるだけの形にすらなってないんだろうし」
「「ああ〜」」
■あとがき
なんだか、久々に多数のキャラとの絡みがあった話のように感じます。
何気に虎丸との絡みが楽しかったです(笑)なんとなく、この2人の会話のテンポが軽快なんですよね。
おそらく、(私の脳中で)この2人の間に垣根とか云々がないからだと思います。よく考えたら、幼馴染とくくってもいいんじゃないですかね、この2人。