猛虎の咆哮が、炎の渦にかき消される――
そうして、およそ力を失ったサッカーボールはあらぬ方向へと飛び、適当なところでその力を失い地面へと落ちた。
 円堂たち――イナズマジャパンのメンバーたちが練習を切り上げて合宿所へ戻っていく中、
未だグラウンドでボールを蹴り続けるのは豪炎寺と虎丸。
しかし、その延長練習が成果を挙げている様子はおよそなく、昼間の練習からわずかばかりしか進歩していなかった。

 

「よっぽど、豪炎寺の悩みは根深いところにあるものみたいね」
「うーん……アレばっかりは…ねぇ………」

 

 合宿所の屋上――そこからグラウンドを見下ろしていたのは澪理と明那。
そして、二人が揃って視線を向けていたのは――違和感をたたえる豪炎寺の背中だった。

 

「――それで?その『悩み』を、豪炎寺は一人で乗り越えられそうなわけ?」
「乗り越えられそう――っていうより、一人で乗り越えるしかないってやつかな」
「――結局それ、乗り越えられない『悩みヤツ』ね」
「澪理……」

 

 ずっぱりと、希望も何もないことを冷静な表情で言い放った澪理に、明那が向ける表情はこの上ない苦笑い。
そして、それを見た澪理は当然のようにその表情を歪めることもなく、平然とした表情で視線をグラウンドへと戻した。
 また、虎丸がタイガードライブを放ち、それにあわせて豪炎寺が爆熱ストームで追撃する。
猛虎の咆哮が、灼熱の炎の渦を纏い――ゴールポストへと衝突する。
それはシュートとしては失敗――だが、豪炎寺と虎丸の連携必殺技としては初めての、成功の形といえるものだった。

 

「…ボールって、正直よね」

 

 初めてシンクロした豪炎寺と虎丸の必殺技。
想像した以上の強烈な必殺技――ではあったが、結局はゴールを割ることは叶わなかった。
だが、初めて2人の必殺技がシンクロした――それだけで、今日の成果としては十分。
 …しかし、2人の思いが篭ったサッカーボールは――澪理に、それ以上のことを語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第134話
第三者視点からの会話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着実に、その実力を上げてきているイナズマジャパン。
連携必殺技は未だ一つも完成していないが、
チームとしてのまとまりは確実に出てきており、また各選手の能力を確り向上している。
ただ、この調子で進歩していって、アジア予選を必ず突破できるかと言えば、
それは絶対的に否――イナズマジャパン専属アドバイザー的には。
 しかしだからと言って、あれやこれやと短絡的に口を出すほど、
このアドバイザー、バカでなければお人好しでもなく、知らぬ顔をしつつ自身の「仕事」をこなしていた。

 

「士郎くん」

 

 名前を呼び、澪理が「こいこい」と手を振れば、呼び出された吹雪は、
一緒に休憩していた土方たちの輪から離れて澪理の元へと駆けてくる。
自分の呼び出しに答えてくれた吹雪に対して、形式的に「悪いわね」と澪理が返せば、
吹雪も「気にしないで」と形式的に返してきた。
 笑顔が浮かんでいる割に、感情の色が見えない吹雪の返事。
それを受けた澪理は、彼に対して遠回りな詮索などするだけ無駄かと思い直す。
そして、前置きもなく懸念を口にした。

 

「体、大丈夫?」
「え?別にどこも怪我なんてしてないよ?」
「そーじゃなくて、無理してないかって話」

 

 イナズマジャパンメンバーとしての通常練習に加え、
土方との連携必殺技の練習――そして、澪理にとっての一番の懸念である霧美との早朝特訓。
養護教員を志しているはずの霧美に限って、
吹雪の体を壊すようなヘビーな特訓や練習をさせることはないだろう――とは、澪理も思っているが、
そも霧美の特訓がナチュラルにヘビーなだけに、この懸念はそう簡単に振り払えるものではなかった。
 …しかも、当人きりみに問うたところで、
「澪理はうちのこと信用してでけへんの?」と笑顔ですごんでくることが余裕で想像できるだけに
――当事者ふぶきに聞くほか、澪理がこの懸念を払う方法はなかった。

 

「もちろん、多少の無理はしてるよ?でも、体を壊しちゃうような無理はしてないよ」
「そう、よね…多少の無理は……致し方ないわよ…ねぇ……」
「うん。だって、そうでもしなくちゃ――世界の強豪と、競い合えないからね」

 

 ニコリと笑みを浮かべ、確りとした確信を持った様子で言い切る吹雪。
多少の無理はしている――というが、そう言う吹雪に焦ったような色はなく、
それどころかこの状況を楽しんでいるような、そんな心のゆとりすら感じられた。
 いつぞやの――一人で前だけを見つめて突き進み、一人で壁にぶつかって焦り、
疲弊する吹雪の姿からは想像もできないほど――
いや、別人ともいえるほどに、今の吹雪は一人の人間として精神的に成長している。
…まぁ、あれだけの大きな挫折から立ち上がったのだが、当然の結果といえばそうなのかもしれないが――

 

「――でも、豪炎寺くんの『無理』は、ボクたちの無理とはちょっと毛色が違うみたいだけどね?」
「……………」

 

 やはり笑顔で、トンでもないことを言って寄越す吹雪。
まったくもって悪気の「わ」の字もない吹雪の様子に、思わず澪理から漏れたのは苦笑い――
「そこまで、強くならんでも…」という、なんとも身勝手な気持ちの混じったものだった。
 だがそんな吹雪の言葉を受けて、澪理の中でふと新たな疑問が生まれる。
その疑問を吹雪に対してぶつけることを吟味する間もなく、澪理は衝動に任せて疑問を口にした。

 

「なにも――しなくていいの?」
「しない――ってわけじゃないよ?
豪炎寺くんの『無理』の原因がサッカーなら、ボクはいつだって豪炎寺くんの力になるよ?
――でも、豪炎寺くんが『無理』しているのはサッカーが原因じゃないでしょ?」
「…………」
「――だからって、放っておいていい理由にはならないけど――
正直に言って、豪炎寺くんの『無理』を振り払えるほどの牽引力カリスマ、ボクにはないから」

 

 自嘲の混じる吹雪の苦笑い。
 だが、その苦笑いに申し訳なさそうな色はない――
自分はできないけれど、その不足を補ってくれる仲間がいる――という、ことなのだろうか?
もし、そうなのであれば――チームの一員としても、本当に吹雪は大きく成長していた。

 

「ただ、今のキャプテンにいつもの牽引力は――ない気がするんだけどね?」
「…………士郎くん、ちょっと人生飛び級しすぎじゃないかな…」
「そうかな?でも、御麟さんと比べたらボクなんてだまだまだよ」

 

 笑顔でそう返してくる吹雪に、澪理は思わず苦笑いを浮かべ「そーですか」と観念した様子で言葉を返す。
 確かに、澪理と比べれば吹雪の人生の飛び級などまだまだ――ではあるが、
自分を「まだまだ」とくくったことを考えると、吹雪に自分が人生と飛び級したという自覚があると受け取れる。
そして、そこら辺の諸々を澪理が汲み取るだろうと踏んだ上での――あの吹雪のセリフだったのだろう。

 

「士郎くん、本気で可愛げなくなったわね」
「そう?」
「うん――でも、そういうヤツの方が、人間的には好きよ」
「――そっか、ならいいかな」

 

 かつての儚さも、脆さも姿を消し、吹雪に残ったのは優しさを持ち合わせながらも強かな一面。
見守るだけの存在であれば、微塵の可愛げのないそれは苛立ちしか生まない――が、
それが肩を並べ、共に高みを目指す仲間であるのなら、それは澪理としては望むところだった。
 ――反発してくれなければ、こちらも腕の揮い甲斐がないというものだ。

 

「――っと、話本題に戻すけど、あんまり無理しないでね?」
「………えーっと……それは?」
「あくまで勘だけど――次の試合、士郎くんにだいぶ負担がかかる気がするのよ」
「……対戦相手も決まってないのに?」
「決まってないと?」
「ううん――韓国、とボクは思ってるけど」
「ん、その通りで『攻めの優勝候補』である韓国が次の相手――
それをわかってる霧美が今、士郎くんの特訓に乗り出したってことは?」
「…ボクのディフェンス能力ソレが必要だから?」
「――と、いう結論に行き着くでしょ?
…その上、士郎くんは得点源としても期待されてるし――試合の中で、無理をすることになるのは目に見えてるから」

 

 まだ次の対戦相手は決まっていない――が、既に韓国と思ってまず間違いない。
攻撃から試合のリズムを作り、その実力を遺憾なく発揮する攻めの優勝候補――韓国代表・ファイアードラゴン。
そのフレコミに間違いがなければ、おそらくディフェンス陣は上を下への大騒ぎ――大いに翻弄されることになるだろう。
 そして、それをわかっているはずの守備の要きりみが自らの意思で動いたということは、
次の試合の中で吹雪のDFとしての力が必要になるということになる――
それについては、澪理もいい対抗策――とは思うが、
ディフェンスとしても、フォワードとしても役目を負わせるのは、
いささか吹雪への負担が大きいのではないか――という懸念が、澪理にはあった。

 

「そうだね、連携必殺技を習得しようとしているメンバーの中では、
ボクと土方君が一番完成に近いし――今のままだと、ちょっと大変なことになるかもね」
「!」

 

 含みのある吹雪の口ぶり――
思わず驚きの表情を澪理が吹雪に向ければ、吹雪は当然のように余裕を湛えた笑顔を見せた。

 

「でも、大丈夫だよ――ボク、一人でサッカーしてるわけじゃないから」
「…………」

 

 極々、当然のこと――この上ない当たり前の話。
サッカーは11人――いや、それどころか、フィールドの上に立っている選手だけでするものでもない。
そして――一人で、できるものでもない。まして、強敵を相手するのであればなおさらだ。

 

「…やっぱり士郎くん、私より人生飛び級してない?」
「そんなことないよ。ボクはただ、御麟さんより楽天的ってだけだよ」
「…そういう話なのかねぇ」
「もしくは御麟さんが意外と心配性――なのかな?」
「………その可能性も否めないわねぇ……」
「あれ?」

 

 吹雪としては、からかったつもりだったらしい「心配性」という言葉。
しかし、実際に返ってきたのは肯定――まさかの澪理の返答に吹雪がきょとんとした表情を見せれば、
澪理は不意にニヤリとらしい笑みを浮かべた。

 

「士郎くん含め――全員、足りないんだもの」
「うわー」

 

 嫌味――というより、ただの暴言を吐いた澪理。
あんまりにあんまりな澪理の発言に、さすがの吹雪も返答に困ったらしく、その口から漏れたのは呆れと驚きの混じる声。
しかしそこはやはり慣れ――なのか、早い段階で澪理の暴言から復帰した吹雪は、「さすがだね」と言って笑った。

 

「円堂くーん!手紙が届いてるわよー!」

 

 不意に降ってきたのは、円堂を呼ぶ秋の声。
しかもそれは、円堂宛ての手紙が届いている――と、いうもの。
傍からはファンレターうんぬんと憶測が飛んでいるが――端からそれはない。
仮にそうであったとすれば、個人に一通だけが届くことはなく――箱で全員に送られてくるはずだった。
 ――となれば、秋が持ってきた円堂宛の手紙は、確実に円堂にとってかなり個人的な手紙だということ。
しかも、宛て先どころか差出人すら不明だというのだから――
その送り主は円堂にとって近しい人間であることに間違いなかった。

 

「この手紙……」

 

 手紙に目を通した円堂の目に奔るのは大きな動揺。
それを知ってか知らずか、立向居と栗松が円堂の後ろから手紙を覗き見れば――

 

「――あ…!この字は…!」
「キャプテンの特訓ノートと同じ字でヤンス!」

 

 円堂宛への手紙――
そこに書かれていたのは、円堂が持つ特訓ノートに書かれた文字と同じもの――
要するにそれは、円堂大介の筆跡、ということ。
 そしてそれは――

 

「――ということは、この手紙は大介さんから…?」
「でも、円堂のお祖父さんはもうずっと昔に亡くなって…!」

 

 そう、円堂に送られてきた手紙の文字の主――円堂の祖父・円堂大介は、既にこの世を去った故人。
当然、既に亡くなっている人間が、今を生きる人間に向けて手紙を送ることなど不可能――
ただ、例外的に遺書などであれば、故人の死後に送られたり、明るみに出ることはある――

 

「…なんて書いてあるの?」
「……頂上で待ってる…って……」
「…頂上……」
「それって…FFIの、ってことですか…?」

 

 ――が、これほどタイムリーな遺書はありえない。
そもそも、円堂大介が亡くなったのは今から30年前も昔の話――
30年前の人間が、今回初めて開かれるFFIの事を予見して「遺書」を寄越すなど非現実的な話だ。
――そうなるとこの手紙は、円堂大介が今書いたものと考えるのがある意味で自然だった。
 ただもちろん、故人がどうやって手紙を出せるのか――という疑問は残るし、
そも故人が「待っている」というのは――意味がわからない上に、だいぶ縁起が悪い。
 これはやはり――

 

「――木野さん、その手紙は誰から?」
「え?それは霧美さんから…」

 

 宛て先の書かれていない手紙――それが円堂へのものと知っていた秋。
そしてその手紙を秋に届けるよう言ったのが霧美であるのであれば、
この手紙は出所の怪しい紛い物――である可能性は極めて低い。
もしそうであれば、霧美がわざわざ円堂の精神に波風を立てるような真似をしているということになる。
…ただ霧美だけに、発破のつもりで――という可能性澪理の頭には少なからず浮かんだが、
逆に霧美であればこそ――もっと効率のいいやり方を選ぶはずだった。
 真実を闇の奥へと葬られた円堂大介の、
難解に難解を極める筆跡をわざわざ真似るというわざわざな手間をかけてまで――
円堂の心に波紋を打って利を得る存在が、果たしているだろうか?
 極東の島国ノーマークの代表チームのキャプテン兼GKに対して。

 

「…澪理、お前何か知っているのか?」
「さてね――というか、こんなこと気にする余裕があるとは気楽なもんね」
「こんなことって…!円堂にとっては大事なことなんだぞ?!」
「そうよ?円堂にとっては大事なこと――でも、あんたたちにとってそれは次の試合より大事なこと?」
「そ、それは……」
「それにまずはこのアジア予選を突破しないことには、その手紙の真贋もはっきりしない。
その上、仮にその手紙が本物だった場合――円堂が大介さんと対面できるチャンスをふいにすることになる」
「…………」

 

 澪理の物言いに対してかなり複雑な表情を見せる風丸。
おそらく、澪理の言い分はわかる――が、もうちょっと言いようがあるだろう――と思っているのだろう。
 もちろん、澪理もそう思われていることも、そう思われることもわかっていた。
が、だからといって、自分の言葉をオブラートに包むようなわざわざな手間を、澪理に限ってかけるわけがなかった。

 

「円堂のことを思うなら――こんなことで悩むより特訓する方がよっぽど円堂のためだと思わない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 吹雪との絡みでした。個人的には凄く楽しくこのコンビの絡みが書けました。
このコンビは、基本的には夢主が優位ながら、時々吹雪が不意を付いて優位に立つ――という動きのあるコンビです。
ただ、自然にお互いを尊重しているので、険悪にはならない大人なコンビでもあります。……外見とのギャップが凄いね、吹雪くん…。