腰につけたホルダーが振動する。
反射的にその中に入っていた携帯を取り出せば、携帯はメールの着信を告げていた。

 

「…………」

 

 わかっていたこと――ではある。
というか、最初の最初から最悪のシナリオと思いつつ覚悟していたこと――だった。
しかしだからといって、いざそれを現実にすると落胆するのは――人として割と正常なことではないだろうか。
何度も言うようだが、最悪のシナリオであることには違いないのだし。
 の携帯に表示されているのは、
FFIアジア予選におけるイナズマジャパンの最後の対戦相手――決勝戦の対戦相手の名。
無意味と知りつつメールをリロードしてみるが、
やはり表示されている名は――韓国代表・ファイアードラゴンに間違いなかった。

 

「あ゛―――………」

 

 頭を抑えながら頭を左右に振りうめく。
頭に浮かぶ悪い想像を振り払うつもりで頭を振っただったが、
否定が難しい想像だけに、その程度の抵抗では頭の中から悪い想像が消えてくれることはなかった。
 
 仮に、イナズマジャパンが十全であったとしても――
ファイアードラゴンに勝つことはできない。現状のままであれば。
 次の試合を目処に完成を目指している3つの連携必殺技――
吹雪と土方の技は何とか形になりそうだが、他二つはどうなることやら。
更に、円堂と豪炎寺の不調――に加えて、イナズマジャパン結成当初からの問題だった不動の問題。
 戦力的不足に加えて、チームの中心選手の精神的不調、だけでは収まらず、
チームとしても完全にはまとまっていない現状――この状態でもし勝てたなら、
それは奇跡ではなく、世界の理が狂ったからだ。
 
 テコ入れ――も、できないわけではない。
連携必殺技の足りない部分はなんとなくだが既に見当は付いているし、
円堂と豪炎寺を一喝して前を向かせる程度の牽引力は戻ってきているはずだった――
――し、不動のことはこれからの短期間でどうにかできるかかなり微妙だが、
何もしないよりかはマシな程度にはどうにかできる可能性はある。
 ――が、それを久遠が望んでいない。
そして更に言えば――

 

「(ここで手を出すと、本選がなおさら辛いことになるわよねぇ……)」

 

 テコ入れ――とは、結局は一時凌ぎでしかない。
根本の解決にはならないし、仮にできたとしてもなんらかの痕ができるもの。
そして、その後も勝ち続けるためには、その痕が表に出ないよう、常にフォローし続ける必要がある。
そうやっているうちに、自らの力で立ち上がれなくなるほどまでになり――最終的には依存する。
 そんな誰かにおんぶに抱っこのチームが世界の頂点に立てるわけがない。
不作の時代であったならともかく――好敵手アイツらがいるこの時代では。
 先を――FFIの頂点を、本気でイナズマジャパンかれらと目指すつもりがあるからこそ今、にできることは多くはなかった。

 

「あーもー裏方つまんない〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第135話
同類と昔話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日から始まった特別練習。
それは、泥のフィールドで通常練習を行う――と、いうだけもの。
泥のフィールドという時点でだいぶ特殊な練習ではあるが、それ以外に変わった点はなく、
フォーメーションの確認、連携の精度アップなどのパスワークに重点を置いた練習が展開されていた。
 未だ、完成した連携必殺技もない中、公式の練習では一切の必殺技の練習をさせないという方針をとった久遠。
これまでの彼らの努力をふいにするような判断にも思えなくはないが、
ある意味でこの特訓こそ、彼らの努力を後押しする――彼らの努力に実りをもたらすため根本をなす特訓といえた。
 ただ、毎度よろしく、多くを語らない久遠だけに、
選手たちの反応は「なにを考えてるんだ?」という疑問と疑念が混じるものだったが――ただ一人を除いて。

 

「(あれは完全に勘違いした顔――だったわね)」

 

 久遠の提示した練習に誰もが戸惑い、難色を示す中、なにを言うこともなく練習を始めたのは――豪炎寺。
いつになく鬼気迫る豪炎寺の様子に多くのメンバーが言葉を失い、呆然と立ち尽くす中――
誰よりも先に豪炎寺に続いたのは、円堂だった。
 そうして、豪炎寺と円堂の練習する姿に触発されたイナズマジャパンメンバー全員が、
泥のフィールドへと足を踏み入れ――泥だらけになりながらも、懸命に練習に取り組んでいた。

 

「(円堂だけには話した――かな)」

 

 豪炎寺が大きな悩みを抱えている――それはも知っている。
しかし、その内容まで知っているかと言えば、それは知らない――が、大体の見当をつける程度はわけもない。
が耳聡いということもあるが――そも、は「豪炎寺」と浅からぬ関わりがあるというのが、何よりの要因だ。
 豪炎寺との関わりなど、ここ数ヶ月の僅かな期間で築かれたモノ。
サッカーという触媒を通してお互いを知り、脅威という困難を協力し合い乗り越えたから、
この短期間で悪態をつき合えるような関係にはなった――が、互いの全てを知りえるほど、深く通じ合っているわけではない。
それは豪炎寺が多くを語ることを好むタイプではない――ということもあるが、
なによりの原因はが自分の過去を、自身の闇の部分を語ることを頑なに拒んでいたことが原因だ。
 であれば、が浅からぬ関係にあるという「豪炎寺」とは――

 

「(いやーな夕日…)」

 

 窓から差し込むオレンジ色の光を浴びながら、が歩いているのは――稲妻総合病院。
雷門イレブンと帝国イレブンの残念な試合を観戦して卒倒した後運ばれた病院――であり、豪炎寺と出会った場所でもある。
――そして、それ以前よりが世話になっている病院でもあった。
 が初めて豪炎寺に出会った時――
は豪炎寺に対して、彼の父親には診てもらったことはない、と言った。
だが、それはまったくの嘘、だった。
 明るみにしたくない――いや、思い出したくもない過去に触れるから。

 

「お願いです!豪炎寺からサッカーを取り上げないでください!!」

 

 夕日に染まる病院の廊下――そこで頭を下げ懇願しているのは円堂。
そして、その円堂が頭を下げている先にいるのは豪炎寺勝也――豪炎寺の父親が立っていた。

 

「……急いでいるの失礼する」

 

 ――が、それもものの数秒のこと。
円堂の言葉に対して明確な言葉を返すこともなく、豪炎寺の父・勝也は円堂の横を通り過ぎて行く。
まるで、円堂の懇願など、豪炎寺のサッカーへかける情熱など――歯牙にもかけないという様に。
 頭を下げたままの円堂のことを気にかける様子もなく、勝也は迷いなく自身の行く道を進む――
その先で、にすれ違ったところで、その表情に揺らぎなど一つもなかった。
 だがそれに対して――の顔には随分と楽しげな笑みが、遠慮なく浮かんでいた。

 

「――ご苦労様ね、円堂」
「御麟……」

 

 頭を下げたまま、動きを見せない円堂に、からかうような調子でが声をかければ、
円堂はからかわれたことよりも、がここの場所に現れたことへの驚きの方が大きいらしく、
に向けた表情は驚きだけが浮かんでいた。
 そんな円堂の反応に、は苦笑いを漏らしながらも調子を一切変えずに円堂との距離を縮めていく。
そして、円堂の隣に並んだところで――ポン、と円堂の肩を叩いた。

 

「さすがに豪炎寺のことともなれば――じっとしていられなかった?」
「………知って……たのか…?」
「まぁ悩んでることはね――でも、なにを悩んでるのかまでは知らないわよ?」
「…じゃあどうしてここに……」
「推測の結果――よ」

 

 豪炎寺と偶然鉢合わせたあの日の夜――あの時点で、既にの中で少なからず予感はあった。
そして、それを肯定したのは、豪炎寺と話したらしい明那の言葉と、理事長からの呼び出し。
これだけの要素で確信するのはいささか早合点が過ぎる――のだが、
個人的に豪炎寺勝也という人物を知っているだけに、の中で推測が確信に変わるのは早かった。
 そして、そのの確信はおよそ違っておらず――
やはり、豪炎寺は勝也からサッカーをやめるように言われたようだった。

 

「…豪炎寺のお父さんと……話したのか?」
「話してないわよ――そもそも私、勝也先生に豪炎寺のことどうこう言いに来たわけじゃないし」
「じゃ、じゃあ――むぐっ」
「――はい、病院内ではお静かに」

 

 茶化した調子でが円堂の口を手で塞げば、円堂は納得と不満が混じる複雑そうな表情を見せる。
そんな円堂の顔を見たは、他意の混じらない笑みをクスリと浮かべると、円堂に背を向けた。

 

「ちょっと付き合いなさいよ――答えてあげるから」

 

 そう言って、は昇ったばかりの階段を、徐に下りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宵闇に染まった稲妻町。
暗くなった町を照らしているのは、僅かばかりの街灯と小さな星々だけで。
けして明るいとはいえない夜の稲妻町を――は円堂を引きつれ歩いていた。
 互いに無言のまま歩き続けた末に、と円堂がやってきたのは、
かつて雷門イレブンがメインの練習場としていた河川敷のグラウンド――を見下ろす鉄橋。
目的の場所に到着し、さて本題に入ろうか――というところで、二人の目に思いがけない姿が映った。

 

「豪炎寺……」

 

 暗い河川敷のグラウンドで一人ボールを追いかけているのは豪炎寺。
明日はアジア予選決勝だと言うのに、その顔に浮かぶ表情は硬く強張っており――
未だに迷いを払拭できていないことは明白だった。

 

「――昔ね」
「!」
「私、ここで事故にあったの」

 

 唐突に語り始めた
前置きのないそれに、円堂は一瞬驚いたような反応を見せる。
だがその次の瞬間、円堂の瞳に強い動揺が奔り、何か言いかけた――が、
ついに自ら過去に触れたの話の腰を折りたくはなかったのか、
言葉を飲み込み円堂はの次の言葉を待つ姿勢を見せた。
 その様子を見たは苦笑いを漏らしはしたが、茶化すようなことはせず――そのまま言葉を続けた。

 

「大型トラックのスリップ事故――それに巻き込まれてね。
…後々調べてみれば、それは仕組まれた事故だったってわかった――首謀者は言うまでもなく?」
「…影山……」
「そ――で、その事故で負った怪我の治療に当たってくれたのが勝也先生でね」

 

 影山の手による偽装事故。
それによってが負った怪我の治療に当たった医師――それが、勝也だった。
 まさか、巡り巡ってこんな事態になるとは誰も思っていなかった上に、勝也は信頼のおける医師――ということもあり、
の事故の内容について、ある程度の「事実」は勝也に伝えられていた。それだけに――

 

「私の事故ことで、勝也先生の中での豪炎寺にサッカーをさせることへ対する懸念っていうのを、
多少なり大きくしてる部分があったと思う――それに実際、夕香ちゃんのこともあったわけだし」
「…………」
「でも、豪炎寺がこちら側に来たいと言えば、
その時は掻っ攫っていきますから――って、言っておこうと思ってたのよ」

 

 申し訳なさそうな色一つなく、さもそれが当然であるかのように平然と――意味の判らないことを言う
それこそ当然のようにの言葉の意味がわからない円堂が
きょとんとした表情で「へ?」と間抜けな声を漏らせば、は意地の悪い笑みを浮かべてた。

 

「察しが悪いわねぇ、同類のクセに」
「――……っ、同類って…?!」
「円堂だって――親の反対押し切ってサッカー始めるなり続けるなりしたんでしょ?」

 

 試すような笑みを浮かべてが問えば、円堂は答えを返さずにたじろいだような表情を見せる。
それは言わずとも――肯定と受け取って間違いなかった。
 今でこそ、円堂の両親――特に母親も円堂がサッカーをすることに対して肯定的であるようだが、
円堂大介の娘かのじょがこれまでに歩んできた道のりを考えれば――
円堂がサッカーをすることに対して難色――どころか、反対し、否定するのは当然のことだ。
 子供を守る役目を負う親として――適切な対応であり、判断なのだから。
もしそれが、子供の意思を否定することであったとしても――それが親の役目というものだ。

 

「親の言い分もわかるけど――所詮、私は『子供』。
親の子を守りたい気持ちよりも、子の気持ちに共感する――しかも、それが豪炎寺とあってはね。
…正直言えば、アイツが『嫌だ』と言っても連れて行きたいところよ」

 

 自嘲の混じる笑みを浮かべが言えば、
その台詞を黙って聞いていた円堂が僅かに不思議そうに、になぜそれを――豪炎寺に働きかけることをしないかを尋ねる。
すると、は自嘲の笑みを嘲笑に変えて「アホ」と円堂に言葉を返した。

 

「これは、豪炎寺にとって最後の『憂い』――
これを乗り越えれば、豪炎寺はこれからずっとサッカーを本気で続けられる」
「だったら…!」
「だからこそ――よ。ここは豪炎寺が自分で決断しなくちゃいけない。
その決断の全ての責任を、当人が負わなきゃ――本気で、何かを成し遂げるなんてできない。
――早い話が、本気になれないそんなヤツ世界に連れて行っても戦力になんてならないのよ」
「御麟……」

 

 前半は、まだまともなことを言っていただったが、
最後の最後になっていつもどおりというか、利己的らしい結論にまとまった。
 茶化しているのか、それとも本気で言っているのか微妙なの言いように、苦笑いを浮かべる円堂。
そして、そんな円堂の反応などまるで気にしていないは、呆れた表情を浮かべて「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「結局、豪炎寺はいい子が過ぎるのよ」
「…そ、そういう問題か?」
「じゃあ円堂、アンタが豪炎寺と同じ状況になったら――大人しく親の命令に従う?」
「ぅ゛……そ…れは……」

 

 の問いへ対する答えに窮して渋面になる円堂。
だが、にとってはその反応だけで、既に答えを提示されているようなもの。
 自分と同類である円堂が肯定をしなかった――のであれば、たとえ紆余曲折あろうと、
最終的に行き着くのは否定――親の意に反して自分の意思を押し通すという向こう見ずなバカの結論だ。

 

「結局ね、バカが利口ぶったところで『無理』が生じるだけなのよ――いつぞやまでの私みたいね」
「御麟……」
「豪炎寺も、さっさと素直バカになってくれればいいんだけどねぇ」

 

 そう言っては、ゴールに向かってがむしゃらにシュートを放つ豪炎寺の姿を一瞥すると、
まるで何事もなかったかのように、雷門中のある方向へと向きかえる。
そして、円堂に「帰るわよ」と声をかけると、円堂の返事を聞くより先に雷門中へ向かった歩き出した。
 前置きのないの行動に、円堂は戸惑いを見せているようだったが、
ここにいても仕方がない――今、豪炎寺に声をかけるべきではないと判断したのか、
なにを言うことなくのあとに続くと、そのまま2人は雷門中への帰路へと付くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 ある意味当然?なのですが、夢主も影山の仕組んだ事故の被害者だったりします。
大型トラックのスリップ事故に巻き込まれて川に落ちた――んですが、重傷負いながらも奇跡的に生きながらえました。
 これが、夢主のその後の生き方に大きな影響を与えたのは、言うまでもないですね(苦笑)