FFIアジア予選決勝――攻めの優勝候補である韓国代表・ファイアードラゴンとの試合当日。
決勝戦が行われるフットボールフロンティアスタジアムへ向かう途中、
イナズマジャパンは思いがけないトラブルに見舞われていた。
 イナズマキャラバンの前に立ちふさがり、道を塞いでいるのは数名の少年たち。
見かけで人を判断するのはいいことではないが――彼らはわかりやすい不良少年で。
飛鷹がどうこうと挑発してきていることを考えても、彼らが所謂ところの不良であることは間違いないだろう。
 ――そして、飛鷹に何らかの因縁があって、こんなしち面倒くさいことをしてくれているのだろう。

 

「っ……!」
「――誰が、バスを降りていいって言った?」
「!」

 

 責任を感じてか、キャラバンを降りようとする飛鷹。
それに対してが制止をかければ、飛鷹は足を止める。
だが、それは足を止めたというよりは、足が止まったと表現した方が正しいように思える。
それほどに、今のの声には重さがあった。
 徐に助手席から立ち上がり、は面倒そうな表情を見せながらもキャラバンを降りていこうとする。
だがそこに「待って下さい!」という飛鷹の必死な声が、今度はの足に待ったをかけた。

 

「ここは俺に行かせてください!アイツらの目的は――」
「彼らを問題なく鎮めて、ここに戻ってくると約束できるなら、認められないこともないけど?」
「っ…それは……!」
「なにか勘違いしているようだから言っておくけど、アンタはもうイナズマジャパンの一員なの。
アンタはもう、自分のためだけにここにいるわけじゃない――
アンタがチームから欠けるってだけで、迷惑を被る人間がいることを自覚しなさい」

 

 自分がここに一人残れば――そう、飛鷹は考えたのだろう。
それは個人としては潔い決断ではあるが、
チームに属する一人としての決断としては、チームの一員としての自覚に欠ける身勝手な決断だ。
 仮に飛鷹一人をここに残して決勝戦に臨んだところで、試合の結果は目に見えている――
イナズマジャパン全員の全力全開の力をぶつけなければ、
絶対に韓国代表に勝つことは――世界の大舞台に上がることなどできはしないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第136話
龍虎印の天然塩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て!お前一人でどうするつもりだ?!」
「どーにかするわよ――でも、傷害事件にはしないから安心していいわよ?」
「そういう問題ではなくてだな…?!」
「うっさい。この場の全権を握っているのは私――私がそうと決めたらアンタたちの意見は関係ないの」

 

 横暴に話を断ち切り、鬼道たちの逆上やら引き止める声やらを背にしながらはキャラバンを降りる。
それとほぼ同時にキャラバンのドアが閉まり、いつでも発車できる状況が整う。
ちらりとイナズマキャラバンの運転手である古株に視線を向ければ、
僅かにその表情は強張っているように見える――が、の意思を尊重してくれるようだった。
 わずかばかり、古株に対して申し訳ない気持ちが浮かぶ――が、それもものの一瞬。
残念この上ない木っ端不良どもを前にすれば、そんな感情は一瞬にして吹き飛び――代わりにの内側を埋めたのは苛立ち。
 そして、外側を覆ったのは――

 

「ッ……!!」

 

 が前へと進み出た瞬間、表情を引きつらせ後退する不良たち。
だが、それも当然だろう――それほどに、今のがまとう威圧感はまともな人間のモノではなかった。
 基本、不良――いや、チンピラというものは、強いものには逆らわない。
時に、格上を格下と見下して逆らうようなこともあるが、
絶対的な強者に対しては――よほどのバカでもなければ、逆らうことはない。
そして、今が前にしている不良チンピラたちは、よほどのバカではないようだった。

 

「そこを、退きなさい」
「ヒッ…!」
「てっ、テメェらっ…!!」

 

 一歩踏み出し、静かに不良たちに向かって「退け」と言えば、
道を塞いでいた取り巻き不良たちは悲鳴混じりに道を開ける。
その裏切りともとれる取り巻きたちの行動に、
主犯格である不良の少年が怒りと焦りの混じった声で彼らに向かって叱責のような言葉を口にする。
だが、それで彼らの動きは止まることもなければ、改めて道を塞ぐようなこともなかった。
 僅かにの脳裏を掠める――不満。
なぜ、こんな小者のために、自分が我慢でしなくてはならんのか――
そう考えると、内側に溜め込んでいた苛立ちが爆発しそうになる。
 ――が、およそメディアに露出していない「アドバイザー」とはいえ、こちらから殴ったとなればそれは問題じけんになる。
「ああ、威圧じゃなくて挑発するべきだったか」と内心では後悔しながら、古株に車を出す合図を――

 

「ちょ――っと、待、てェ―――いっ!!
「!!?!!」

 

 の合図を遮ったのは、突如現れたバイクのドリフト音――と、それに負けないほどの大声。
あまりにも突拍子のない展開に、さすがのも顔を引きつらせて次の展開を待っている――と、
バイクの後ろに乗っていた少年がメットを外し、バイクから勢いよく跳び降り――ズビシ!とを指差した。

 

「たっ、泰河さん…!」
「なんだぁ飛鷹ぁ?その気まずそうな顔はよぉ」

 

 窓から身を乗り出し、バイクから飛び降りた少年の名を呼ぶのは飛鷹。
その飛鷹の声を受けた金髪の少年――泰河は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、飛鷹へ挑発的な言葉を返す。
気まずそうな顔――それを泰河に指摘された飛鷹は、更に気まずそうな表情を見せ、申し訳なさそうに押し黙った。
 どうやらこの泰河に対して、飛鷹はなにか後ろめたいものがあるらしい。
完全に泰河に傾いた流れを好機と感じ取ったらしい不良たちは一気に盛り返し、次々に泰河を煽るような野次を投げる。
その野次に気をよくしているのか、追い討ちをかけるように
「んだよ?後ろめたいことでもあんのかぁ?」と泰河が飛鷹に問えば――

 

「ほぶっ!」

 

 ――全力全開フルスロットルで不機嫌なの手刀が、泰河の脳天に思いっきり振り下ろされた。

 

「これはなに、そういうことなの?――幸虎」

 

 頭を押さえ地面をのた打ち回る泰河の存在を完全に無視して、
は未だバイクに乗っている青年――幸虎に話題を振る。
すると、幸虎は徐にメットを外すと、苦笑いを浮かべて「ああ」とに答えを返す。
その肯定の言葉を受け取ったは、この上なく落ち込んだ表情を浮かべ、片手で頭を押さえた。

 

「っ〜〜……最後の最後に特大の塩を送られることになるとは……」
「オイ!!なんで助けに来たオレが殴られんだよ!?!」
「うっさい、アンタの管理不届きでしょうが」
「ぅぐっ…それは……!」
「でもここ最近、泰河うちの店の手伝いに手一杯だったからさ」
「…………ッチ」
「なんで舌打ち!?」

 

 の強烈一撃の痛みから復帰した泰河がに反論するが、それをはずっぱりと切り捨てる。
だが、幸虎のフォローによって泰河を責めるに責めきれなくなったは不機嫌丸出しで舌を打つ。
そのの反応を受けた泰河は、が大人しく納得すると思っていたらしくワケがわからんといった様子の声を上げた。
 しかし、試合の開始時間が迫っているこの現状――
これ以上、あの不良たちにも、泰河にも構っている余裕はない。
おそらく、泰河には色々と思うところがあるだろうが――ここは後輩とびたかのためにグッと堪えて貰うほかない。

 

「この場は任せた」
「――ったく、ダチと後輩のためならしゃーねーな!」

 

 パチンと響く心地よい音。
持ち上げたの手のひらに、返ってきたのは泰河の手のひら――それは全てを呑み込んだ上での了解の意。
 それ以上の言葉を泰河と交わすことはせず、
キャラバンへと戻る途中で、チラリと幸虎の目を盗み見れば――心配など不要だった。

 

「飛鷹!オレの分まで楽しんでこいよ!!」
「っ――はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不良たちの妨害を抜け、遅れは生じたものの――
フットボールフロンティアスタジアムに無事到着することができたイナズマジャパン。
大急ぎで試合に向けての準備が進む中――は一人、彼らの輪から外れていた。
 アジアの代表を決める一戦だけに、スタジアムは既に超満員。
どこもここも人でごった返している――かと思われたが、
関係者のみが入ることが許される区画ともなれば、多少なり人の気配がおよそない空間も、ないわけではなかった。
 がヒュンと投げたのは――銀色のペンダント。
そして、それを受け取ったのは――私服に身を包んだ蒼介だった。

 

「…特大のお塩ありがとうございます」
「礼なら大師匠に言え。俺は幸虎に伝言を伝えただけだ」

 

 内側のなにかを押し殺しながらもが蒼介に対して礼を言えば、それはお門違いだと蒼介は返す。
わざわざな蒼介の答えにが渋面になって蒼介を睨むが、当然のように蒼介はそれを取り合うことはしない。
硬直する空気――が、そこで意地を張るほども子供でもなく、諦めた様子で大きなため息をついた。
 蒼介がに送った特大の塩――
それはイナズマキャラバンの行く手を阻んだ不良たちの相手を請け負ってくれた泰河たちのこと。
 絶妙この上ないタイミングで割り入ってきた泰河たち。
さすがにあれだけ絶妙だと、偶然が生み出したものとは思えない。
あれは予知・・していたからこその必然――がこの舞台の上に上がることを、誰かが望んだということ。
 蒼介は自分の意思ではないと言っていたわけだが――おそらく、一生この真相は明らかにならない。
だが、それでいいんだろう――それも、「誰か」が望んだことだ。

 

「――ところで……真斗は…?」

 

 恐る恐るそう尋ねながら、は蒼介の隣にいる金色の長い髪の少年――アフロディこと、亜風炉照美に視線を向ける。
すると彼は、少女とも見紛う端正な顔に柔らかな笑みを浮かべ、
蒼介が口を開くよりも先に――というか、蒼介に代わっての疑問に答えを返した。

 

「真斗さんなら今頃――血眼になってボクたちを探しているだろうね」
「…………」

 

 この上なく輝く――満足そうな表情でそう答えるアフロディ。
その笑顔が語る意味は――真斗を出し抜いて、蒼介と一緒にここに来た――ということなのだろう。
 以前よりまして、アクが強くなった気がしないでもないアフロディ。
だが、この蒼介に師事して、あの真斗と毎度水面下の攻防を繰り返していたのであれば――まぁ、こうなるのも当然かもしれない。
そうでなければ――あの兄妹から学ぶことすらできないのだから。

 

「御麟さん、ボクも質問をいいかな?」
「…なに?」
「どうして――吹雪君がここに?」

 

 笑顔でそうアフロディに問われ、の視線は無意識に――自分の隣にいる吹雪に向く。
の視線を受けた吹雪は、僅かほども動揺する様子もなく、に向かって二コリを笑みを見せた。
 別に、はこの場に吹雪を伴うつもりはなかった。本当に。
――が、なぜか「どこ行くの?」と唐突に現れた吹雪に掴まり、
先ほどの不良よろしく行く手を阻まれ、同行を許可するほか――前に進むここにくる術がなかったのだ。
 今になって冷静に考えてみれば、これは吹雪の義姉の陰謀だったのかもしれない。
…ただ、その真意についてはまったくもって見当が付かないのだが。

 

「…なんでだろう吹雪くん」
「ただの偶然だよ」
「ふふっ、そうなのかい?凄い偶然だね」
「…………」

 

 何か通じる部分でもあるのか、「偶然」の一言で全てを片付けた吹雪とアフロディ。
 じっとりとした嫌な予感に、思わずは蒼介に「オイ」と言うかのような視線を向けるが、
慣れてしまっているのか、どうでもいいのか、の視線を受ける蒼介の表情はわずかばかりも歪みはしない。
そんな蒼介の落ち着きっぷりに呆れと一緒に感心をが覚えていると、不意にアフロディが再度、の名を呼んだ。

 

「ボクは今日、キミがボクに望んだものを見せることができると思う。
でもきっと、それはキミの希望を打ち砕くものになる――それでも構わないかい?」

 

 自信たっぷりに、そうに問いを投げるアフロディ。
だが、そんなアフロディの強気な言葉を受けたところで、が動揺を見せることはなく、
フッとらしい不敵な笑みをは浮かべ、アフロディに「もちろんよ」と、自分が望んだもの、
アフロディがの希望を打ち砕くと言ったもの――アフロディの進化を見せて欲しいと肯定した。
 揺らぐことのない自信を持って肯定を返したに、アフロディは「よかった」と言ってどこか嬉しそうな笑みを見せる。
そして、ふと視線をから吹雪に向けると、に向けた笑みとはまた違う笑みを見せた。

 

「吹雪君、キミの本気のサッカー――楽しみにしているよ」
「うん――アフロディくんの期待は裏切らないよ」
「(…いつの間にこの2人仲良くなったんだ……)」

 

 思い過ごし――ではなく、本当になにか通じ合っているものがあるらしい吹雪とアフロディ。
この2人の接点などごく僅か――しかも、同じチームで、同じフィールドでプレーしたことはない。
なのにここまで通じ合っているとは――男子の友情の不思議をが改めて実感していると、不意に影が動いた。

 

「行くぞ照美」
「はい、蒼介さん――それじゃあ、次はフィールドの上で」

 

 そう言って、アフロディは通路の奥へと消えていった蒼介の後を追う形でたちの前から去って行く。
その後姿をしばらく黙っては見守っていると、不意に吹雪がずいとの顔を覗き込む。
思っても見ない吹雪の行動に、は「どうしたの?」と吹雪に尋ねると、
吹雪はどこか楽しそうに「自信満々だったね」と答えた。
 自信満々だった――吹雪が言っているのはおそらく、希望を打ち砕くといったアフロディに対する答えのこと。
イナズマジャパンが抱えている問題の一部を把握している上に、
それらに関してが強い懸念を抱いていることを知っている吹雪だけに、
があそこまで強気に出るとは少々意外だったのかもしれない。
 だが、自信があるからこそ、懸念を抱く程度で済んでいた――というのが実情だったりする。

 

「イナズマジャパンメンバー全員が、全力全開で試合に挑めばね――アジア予選ぐらいワケないのよ」
「わあ、思い切ったね」
「単なる事実よ」

 

 苦笑いではそう言うと、クルリと踵を返し話題を改めるかのように「戻ろうか」と吹雪に提案する。
それに対して吹雪は「うん」と了解の意だけを返し、
2人は仲間たちが待つであろう日本代表の控え室へ向かって歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 最後の件、本当はオリキャラ話になる予定だったのですが、気づいたら引っ付いてきた吹雪とてるみー…。
いえ、夢小説(?)としてはよい展開だったと思うのですが、当たり前のように引っ付いてきた2人に謎の恐怖が……。
 これからFD戦開始となりますが、原作と結構話の流れが変わっているので、苦手な方はご留意ください。