吹雪と立向居の活躍によって、ハーフタイムを同点で迎えることができたイナズマジャパン。
しかし、その代償は小さいとはいえないものだった。
「あはは…霧幻迷宮 ばっかりは、見よう見まねじゃさすがに厳しかったよ…」
疲労の色を色濃く写した顔に苦笑いを浮かべるのは吹雪。
ベンチに戻ってくるや否や座り込んでしまうほど、先ほどの試合の中で消耗してしまい――
後半戦への参加は不可能なものになってしまっていた。
ただ、フルタイムで試合に参加できなくなったこと、これ以上仲間の力になれなくなってしまったこと――
それらを全てひっくるめてた上で、吹雪は今までの自分のプレーに後悔はしていないらしく、
途中リタイアという結果になりながらも、その表情に曇りはなく、何処か満足げなものだった。
そんな吹雪の反応に、の表情にも苦笑いが浮かぶ。
だが、吹雪とは違って申し訳なさからくるものではなく、呆れからくる苦笑いだった。
「――ったく、霧美といい蒼介といい…。……どーして前時代の遺物を持ち出すかな…」
前時代の遺産――それはファイアードラゴンが披露した必殺タクティクス・龍踊り道中、
そして吹雪が使ったディフェンス技・霧幻迷宮――からの、立向居のマジン・ザ・ハンド。
これらは全て蒼介たち、そして霧美と海慈が得意としていた戦術と連携だった。
過去のもの――とはいえ、過去に埋もれたことで未だ攻略されていないことは事実で、
更に過去の対戦者でこれらを攻略できた者がいないことを考えると――過去の遺物を持ち出すのも悪い策ではない。
それに、これらの攻略法を知っている唯一の存在も、
プレーヤーではなく外野なのだから、そう易々と攻略される心配もないのだし。
――ただまぁ、相応に、使い手も選ぶモノではあるのだが。
「…でもまさかあそこで立向居くんがマジン・ザ・ハンドを使ってくるとは思わなかったわね」
「うん、それはボクも思った」
「あ…えと、それは、その……海慈さんと特訓した時に聞いてたんです、霧美さんとの連携のこと…。
…だから、ムゲン・ザ・ハンドよりも、マジン・ザ・ハンドの方が力を出せるかと思って……」
海慈との特訓――おそらくそれは立向居がマジン・ザ・ハンドを習得した福岡でのことだろう。話題の中心がマジン・ザ・ハンドであるったこと、
数日に亘って特訓していたこと、
そして何より海慈が立向居を気に入っていることを考えれば――
海慈のマジン・ザ・ハンド についてのアレコレを立向居が知っていても何の不思議はない。
――むしろ、自然といえた。
「(あ゛ー…それも折り込み済みで士郎くんに発破かけたんじゃないのか…霧美のやつ……)」
今頃気づいたん?鈍ちんさんやねぇ〜うふふふふ〜。
――と、この上なく楽しげな表情を浮かべ笑う霧美の姿が、の脳裏に浮かぶ。
外野だと勘が鈍るんだよ――と、苦し紛れの言い訳を頭の中に霧美にぶつけて
頭の中の彼女を追い払えば、簡単にの頭の中から霧美は消えた。
…ただどーにも、また適当なところで
「うふふ〜」と笑みを浮かべながら、にゅっと霧美が顔を出す気がしてならないが。
「――姉ちゃん、あの必殺タクティクスって……」
「! 虎丸、もしかして覚えてるの?」
「うん…ぼんやりとだけど…――兄ちゃんがコテンパンにされてるところは」
「わー」
「う、う〜ん…」
ファイアードラゴンの必殺タクティクスのオリジナルを覚えていたらしい虎丸――であったが、
彼の記憶に印象強く残っているのは、どういうわけか実兄の残念な姿だった。
しかしまぁ、練習の中で幸虎が意固地になって龍踊り道中を一人で攻略しようとして、
何十回、何百回と蒼介 たちに翻弄されまくっていたことを考えると――
――それを見ていた虎丸の中で、実の兄の残念な場面が記憶に定着してしまっても仕方ないのかもしれないが。
「――でも、結局アレ、兄ちゃん攻略できたよね?」
龍踊り道中を攻略できた――
その虎丸の一言によって、イナズマジャパンメンバーの注目は一気にに集中する。たったその一言に光明を見出したかのような彼らの視線に、
はげんなりとした表情を見せたが、「できたわね」と虎丸の言葉を肯定した――上で、
「一人で――じゃ、なかったけどね」
――と、含みのある言葉を返すのだった。
第139話:
今更な「欠落」
強力な突破力を持った必殺タクティクス・龍踊り道中。
その攻略法を見出していないイナズマジャパンは完全に劣勢だった――が、案外そうでもなかった。
ファイアードラゴンの攻撃からはじまった後半戦。
勝ち越し点を挙げるべく、速攻で龍踊り道中で攻め込んでくるかと思われたファイアードラゴン――だったが、
どういうわけか彼らは必殺タクティクスをもちいずに、ドリブルとパスで攻めあがってきていた。
強烈な突破力を持つ龍踊り道中ではあるが、
ボールを奪い合いながら進攻するという性質上、体力の消耗が激しいという難点がある。
更に、形にはなっているようだが、パーフェクトゾーンプレスほど使い込まれてはいないらしく、
練度が低い分、体力の消耗が通常よりも更に激しいのかもしれない。
そう考えると、切り札だからこそ――乱発は、できないのだろう。
「おーっと!不動!南雲からボールを奪ったァ!」
度重なるチャージに痺れをきらせた南雲をかわし、ボールを奪ったのは――これが初の試合への出場となる不動。
立ちふさがったペクヨンも、挑発しすることで冷静な思考を奪うという駆け引きを利用した頭脳プレーで容易に突破していた。
お世辞にも、不動のプレーは行儀のいいとは言えない。
だが、それも技術があって初めて成立するものであることには違いない――
それは不動には一サッカープレーヤーとして確かな実力がある、ということ。
ゲームメーカーとして優れた頭脳に、サッカープレーヤーとして優れた技術。
それらを持ち合わせた不動は世界の大舞台で活躍できるだけのポテンシャルを持った選手
――ではあるのだが、彼には致命的な欠点があった。
これ以上、不動の進攻を許すまいと不動の前に立ちふさがったのは、
ファイアードラゴンの中で最も体格のいい赤ら肌のMFキム・ウンヨン。
彼を前に不動がとった行動――それはドリブルで自陣へ戻るという突飛なもの。
しかし不動の突飛な行動はそれだけでは終わらなかった。
「ぅわあっ!」
自陣へと戻った不動がとった行動――
それは壁山 にボールをぶつけてウンヨン を突破するというとんでもないもの。
しかも、その不動のとんでもないやりかたは、標的を風丸に変えてもう一度繰り返されていた。
そうして、不動はファイアードラゴンのディフェンスを突破し、ゴール前まで迫った――が、当然、彼のシュートでは、
ヒロトや吹雪――フォワード陣の必殺シュートでさえも止めるジョンスが守るゴールを割ることはできず、
シュートはできたが、得点には繋がっていなかった。
一人でファイアードラゴンのディフェンスを突破しゴールを決めた――
冷静になって考えると、これはかなりの大事だ。
相手が不動の情報を持っていない、相手の意表を付いた戦法をとった
――とはいえ、多勢に無勢ではやはり圧倒的に分が悪い。
しかし、それを覆し一人でゴール前までボールを運び、シュートを受けてたというのは、
劣勢にあるイナズマジャパンにとって心強いこと――のはずなのだが、
やはり不動のやり方がやり方だっただけに、ほとんどのメンバーが不動の実力を認めるよりも、
不動のプレーに対して不信の色を見せていた。
「不動…」
「どうしてアイツは…っ!」
フィールドの上でもめている不動と風丸たちの姿を、歯がゆそうに見ているのは円堂と鬼道。
だが、今の彼らにできることはない。
フィールドの上に立ってもいなければ、風丸たちと同様に不動を疑っている彼らでは。
「強い思いを持った者は強くなれる――…たとえ、それが正しき方向でなくともな」
「響木監督……」
意味深な言葉を口にしながらイナズマジャパンのベンチに姿を現したのは、
不動をイナズマジャパンの選手候補として選んだ――
不動をイナズマジャパンに参加させるに値する選手と見込んだ張本人、響木だった。
チームメイトの力など一切借りず、自分の力だけで戦おうとする不動の姿を見つめながら――
響木が鬼道たちに語ったのは不動の過去。幼少期の「不幸」によって歪んでしまった価値観――
それによって力を得ることを、他を蹴落としのし上がることを、自分を守るための絶対の手段と理解した
――不動は「不幸」の犠牲者であったことを。
不動のあの捻くれた性格は、幼少期の「不幸」によってもたらされた後天的なもの――とはいえ、
今となっては、あの捻くれた態度、言動も、不動明王という人物を成す個性であることには変わりない。今更不動が、円堂のように素直な性格になることなどありえないのだから――
――今の不動を受け入れなければならない、ということ自体に違いはなかった。
「(調和を絶対とするが故の不和――か)」
イナズマジャパンの基礎を成しているもの――それは雷門イレブンの魂。
仲間と協力することで、乗り越えられない壁も乗り越えられる――それは選手同士の結びつきを強固にする立派な志だ。
――しかし、仲間を大切にするが故に、敵だった者、協力をよしとしない者に対する反発が強いという欠点もあった。
フットボールフロンティアにおける鬼道や、エイリア学園との戦いでの中でのアフロディのように、
元々は敵であった存在を仲間と受け入れる――という形に、前例がないわけではない。
ただ、今回に関しては受け入れてもらう側に、受け入れて欲しいという意思表示――
それどころか、受け入れて欲しいとすら思っていないように見えるために、難航しているわけだが。
「――このままでは日本は間違いなく負ける。…どうする、円堂」
フィールドに視線を向けたまま、静かに極めて重大な問いを円堂に投げる久遠。
しかし、その久遠からの問いに円堂がすぐに答えを出すことはなく、
マネージャー陣、鬼道や響木といった面々の視線が集まる中、大きな間を開けて――円堂は「わからない」と久遠に答えた。
この試合をどう戦ったいいのか、自分にはわからない――と。そして、その円堂の答えを受けた久遠――よりも先に、動きを見せたものがいた。
「へっ――?」
「この、お・り・こ・う――さんッ」
「ごふっ!」
円堂の脳天を襲ったモノ――それは、輝く笑顔を浮かべたが渾身の力で振り下ろしたゲンコツ。
その強烈な一撃を喰らった円堂はなす術もなく崩れ落ちた――が、
ゲンコツを放ったの方も、円堂の頭が想像していたよりも硬かったために、
思わず手を押さえて小さな呻き声を漏らしていた。
「な…なに…、すんだよ……御麟…!」
「お利口さんの頭ぶん殴ってバカにしてやろうと思って」
頭を抑え、搾り出すようにして抗議の言葉をにぶつけてくる円堂に、
は言いよどむことなく思ったままを口にする。しかし、の言葉の意味が伝わっていないらしい円堂は「バカって…」と困惑の表情をに向けてくる。
そんな円堂の反応に、内心まだ殴り足りないか――と、物騒な思考に至りかけたが、
本当のバカになってしまっては困るのでとりあえず、握った手は開き――
「ぉうっ?!」
――円堂の頭を掴んだ。
「今までに、アンタが試合をどうにかできたこと――あった?」
「?!」
「試合を、どーにかしてきたのは鬼道や監督たち――違う?」
「そ…それ、は……っ…」
冷淡なの問いに耐え切れなかったのか、円堂はから顔を背け――ようしたようだが、
それを円堂の頭を掴んでいるが許すわけもなく、円堂は視線だけをから逸らした。
実際、円堂が試合をどうにかした――ことなどありはしない。
いつも試合をどうにかしているのは、司令塔である鬼道や、チームを指揮している監督たちの采配であって、
円堂がどうにかしているように見えるそれは、あくまで彼らの指示に応えているだけで――
――円堂が、試合を動かしているわけではなかった。
「――ま、円堂が試合をどーこーすることなんて、誰も求めてないけど」
「……じゃあ、俺は……このチームに必要ない、のか…?」
「そう久遠さんに言われて、ここにいるんでしょ――今の円堂は必要ない、と」
「…………?……今、の…?」
「そ、『今』の――はい、ついでに久遠さんに言われたもう一つキツい一言思い出してみようか?」
「……………キャプテン、失格……」
「じゃ、キャプテン失格の円堂くんが思うキャプテンの役目ってなにかしら?」
「……チームを…まとめること……?」
顔を上げ、うわ言を口にするかのようにの問いに答える円堂。
だが先ほどとは違い、今の彼の顔には僅かだが光が宿っている――答えを見出しかけている、そんな光が。だが、そんな円堂に対してが返したのは――無遠慮な「不正解」の一言。
…ただ、も円堂の答えのすべてを否定しているわけではなかった。
「部活動の、キャプテンならそれで正解。
でも、世界を目指すキャプテンがそれだけじゃあ――キャプテン失格よねぇ」
「ぅ゛……」
「ただ、残念ながら――円堂はそれ以前の問題」
円堂の頭から手を離し、不敵な笑みを浮かべがそう言えば、
およそ根底から話をひっくり返された円堂はポカンとした表情で「え…?」と間抜けな声を漏らす。
悲しいぐらい予想に違わない円堂の反応に、は心の中で関心半分呆れ半分のため息をついた。
ここまで色々言って理解を示さない円堂の鈍感具合には呆れるところだが、
これだけ色々をわかっていないというのに、世界に通用するだけの人材を、運とカリスマで引き寄せた――
その天性のモノには舌を巻かざるを得ない。ただ、だからこそ円堂には自覚してもらわなくてはならない――自分がなんなのかを。
「…俺……みんなのこと…まとめられて……ない、のか…?」
「……………――鬼道、どう思う?」
「! …俺は、円堂はキャプテンとしての勤めを果たしていると思う。
キャプテンとして、みんなを精神的に支えている」
「……じゃあ――綱海は?」
「オ、オレか?
…まぁ、役目とかなんとか難しいことはわかんねーけど、オレも円堂はちゃんとキャプテンしてると思うぜ!」
「……じゃあ最後に――リュージは?」
「……オレ、円堂と一緒にサッカーしてきた時間は短いけど……
このチームは円堂がキャプテンだから、まとまってるんだと思う。…だから、円堂はキャプテン失格じゃないと思う」
「みんな……!」
円堂の不安を振り払うのは、仲間たちの信頼の言葉たち。
誰一人として、円堂がキャプテン失格だとは思っていない。
円堂はちゃんとキャプテンとしての役目を果たし、仲間たちをまとめ、支えている――
そう、全員が全員、迷いなくそう思っているようだった。
誰も彼もが、円堂を優れたキャプテンと認め、信頼している。
それはも、そして久遠も同様――円堂のキャプテンとしての才能は認めている。
しかし――だ、その事実を誰よりも認識していないのは――
「…それだけチームメイトの信頼を得ていても、やっぱり円堂はキャプテン失格よ――
チームをまとめられているかどうか――それが、自分でわからないんじゃあね」
「………………!」
チームをまとめられているかいなかなど、よほどのバカでなければ誰でもわかること。
――となると、それがわからない円堂はよほどのバカなのか、という話になるわけだが、
選りすぐられた存在である鬼道たちが、よほどのバカをキャプテンとして認めるわけがない。――ではなぜ、円堂はキャプテンであれば 、
よほどのバカではない限り誰でもわかることがわからなかったのか。それは結局――
「…俺、キャプテンとしての自覚が……なかったんだ…」
――キャプテンとしての自覚がなかった、そこに結論づいた。
「――端から、円堂に世界と戦うチームのキャプテンを務めるに値する力はあった。
でも、キャプテンとしての自覚がないってことは、キャプテンとしての覚悟と責任もないってこと――だから、キャプテン失格」
そう言って、は円堂の背中をポンと押す。
それが意味するところは立ち上がれ――ということ。
の後押しに、一瞬円堂は驚いたような表情を見せたが、
その次の瞬間には心なしか頼もしくなった笑みを見せ立ち上がり――迷いなく、久遠の隣に立っていた。
「監督」
「……――わかったのか、円堂。自分のやるべきことが」
「はい――俺、キャプテンなんですね、アイツらの」
真っ直ぐと――前を、仲間を見つめる円堂。
その後姿は、つい先ほどまでの円堂とは別人のそれだった――が、それも特別不思議なことではない。
世界の頂点を目指すイナズマジャパンのキャプテンとして覚醒したのだ。寧ろそれは、当然の変化といえた。
「なら行ってこい円堂。あいつらを、世界の舞台に連れて行って――」
「――違いますよ、久遠さん」
チームをまとめること――それはキャプテンとしての基本。
これができれば、キャプテンを名乗っても恥ずかしくはない。
――しかし、世界で戦うチームのキャプテンを名乗るのであれば、基本 だけでは足りない。
そこにキャプテンとしての個性がなくては――世界には通用しない。
そしてもちろん、円堂はキャプテンとしての個性を有している。
どれほど追い詰められようとも、その瞳に熱い闘志を灯して自陣の底から仲間を鼓舞し、
その真っ直ぐな情熱を持って仲間の全てを受け止める――世界の強豪 にも負けない魅力的な個性を。
――ただ、円堂の個性 は、仲間の前に立って、仲間を引っ張っていく、というものではなかった。
「円堂は連れて行く――んじゃなくて、みんなの行くべき道を示すんですよ」
ベンチから腰を上げ、そう言いながらは久遠の左隣に立ち、フィールドへと視線を向ける。
フィールドの上では今もまだイナズマジャパンとファイアードラゴンの攻防が繰り広げられている――
それも、完全にファイアードラゴンが優勢で。
明らかに、泳がされているこの状況。
本気で勝ちにいくが、全力をだすまでもない――ファイアードラゴンの戦い方からは、そんな気配が感じられる。
――まぁ、こんなグタグタのチームでは、それも当然の判断ではあるのだが。
「イナズマジャパンを、世界の舞台に連れて行くのは――
エースストライカーの仕事なんじゃないですかねー」
そう、がわざとらしく大きな声で言った次の瞬間――虎丸のタイガードライブが豪炎寺の背中を直撃していた。
■あとがき
お説教タイムでした(苦笑) やるまい、やるまい、と思っていのですが、やらずにはいられなかった…(滝汗)
何気に、これは夢主も通った道だったりします。事情うんぬんは全然違いますが(苦笑)
個人的に、最後のくだりが結構気に入っていたりします(笑)