いつもと何も変わらない風景。
ざわつく教室、自分に気づかないクラスメイトたち。
そして、体を窓側に向けている豪炎寺。
パッと見、いつもとなんら変わりない風景なのだが、実際は大きな変化があった。
「ホント、怖いわね。データ人間がデータを捨てると」
「…だが、いい試合だった」
満足げな表情でそう豪炎寺は言った。
御影専農との試合で足を負傷した豪炎寺。
しかし、御影専農との戦いを悪いものとは思っていないらしい。
データに頼っていた御影専農イレブンがデータを捨て、全力でぶつかってきた試合――
お互いに全力でぶつかり合った試合を悪いものと括れるわけがなかった。
満足そうな表情を見せる豪炎寺を、
心の中で「熱いなぁ」とは苦笑いを浮かべた。
「次の試合、エースストライカーを失った雷門イレブンは大丈夫かしらね」
「大丈夫だ。あいつらならな」
「物凄い自信ね。……なんだか豪炎寺………円堂に似てきた?」
「…かもな」
冗談とも本気とも取れる豪炎寺の返事に、はなんともいえない表情を浮かべる。
似てきた――と言ったが、案外はじめから豪炎寺と円堂は近いものがあるのかもしれない。
今の豪炎寺の姿を見ていると、なぜかにはそう感じられた。
「…また、保留になったな」
「保留…なのよね……」
豪炎寺の言う保留とは、が実力を示す――という件のこと。
豪炎寺の怪我によって保留となり、今はプレイしなくていいことになったが、
あくまでそれは先送りにされただけのこと。
いずれ対峙しなくてはいけないことには変わりのないことなのだから、手放しに喜んでもいられないのだ。
逃げ道がないことは分かっているが、
プレイすることによって増えるリスクを軽減するための対策は講じておく必要がある。
しかし、ここ最近妙に低迷している自分の運気に不安のあるは、
最低限のリスクで終えることができるのか――思わず不安が脳裏をよぎるのだった。
第14話:
チキチキ雷門鬼ごっこ
今、相手の主戦力は円堂と豪炎寺。
その控え――というか、最終手段として夏未がいる。
円堂と豪炎寺はともかく、夏未は怖い。
彼女にはこれまで色々と借りがある。
雑用でコツコツと清算してきたつもりでいたのだが、改めて算段を立ててみると、明らかに分が悪い。
ただ、今回のこの件を受ければ、夏未がに対して、
大きな貸しを作ることになるといえばなるので、まったくプラスがないというわけでもない。
しかし、それは夏未との関係だけを考えたときの話であって、
その他関係者の色々はまったく考慮していない。
もし、考慮した場合は――
プラスなど一欠けらもありはしないだろう。
「帝国戦前にしてまさか…!」
時は流れ流れて、秋葉名戸学園との試合に勝ち、
FF地区大会において決勝までコマを進めた雷門イレブン。
決勝戦では無敗の帝国と戦うことになる。
当然、強敵である帝国との試合に向けて、雷門イレブンはイナビカリ修練場に通いつめるとは思っていた。
いや、そうしなくてはいけないはずだ。
なんといっても相手は帝国。
以前の試合で雷門イレブンに20点分もゴールを決めた相手なのだ。
油断は絶対に許されない。
なのに――なぜか雷門イレブンは、練習そっちのけでと鬼ごっこをしていた。
「いたぞー!!」
雷門中に響く円堂の声。
それにビクン!と反応して反射的には振り返ると、そこには円堂、風丸、壁山、影野、栗松、土門。
雷門イレブンのDFメンバーそろい踏みだ。
DFメンバー全員を抜くなど容易いことではないと早々に判断したは、
階段を下りようとしたが、下の階から聞こえてくるざわめきに、
豪炎寺率いるFWとMFメンバーがいると予想し、別な逃走経路を考える。
上の階に逃げても、逃げ場を狭めるだけ。
やはり、この状況では絶対的に下の階層へ降りる必要がある。
しかし、下は豪炎寺たち、反対側の階段を使うためには円堂たちを抜かなくてはならない。
絶望的な状況に思わずは舌を打つが、
不意に目に入った、開け放たれている窓に自分の悪運の強さを感じた。
「捕まって――堪るかッ」
「なっ!!うそォ!?!?」
階段の踊り場にある窓から外へと飛び出した。
幸い、この階段は一階と二階をつなぐ階段で、窓から飛び出したからといって大怪我をするほどの高さはない。
しかし、窓から飛び出すという行動をがとるとは思っていなかった円堂たちは、
を追う事もできずにただ慌てふためいていた。
無駄な体力消費を抑えた上に、相手を混乱させることもできた。
予想を遥かに超える収穫に、は自分の勝ちを確信して笑みを浮かべた。
しかしなぜ、こんな鬼ごっこをしているかといえば、
すべての始まりは豪炎寺との約束を果たそうとしたことが始まりだった。
豪炎寺の怪我も完治し、サッカーをプレイするのになんら支障がなくなったと聞き、
が豪炎寺の都合のいい日程を聞いていたら――
「ついにやるのか御麟!!」
ドン引きするぐらい笑顔の円堂が真横にいたのだ。
変なところで発動した円堂の地獄耳に、どうツッコミを入れていいものか分からず、
が呆然としていると、至って冷静な豪炎寺がの名を呼び、の質問に答えを返す。
「今日の放課後だ」
後、放課後が始まったと同時に、
VS雷門イレブンでの鬼ごっこが開始されたわけだった。
何度も、何度も、は逃げ回る自分が阿呆らしくなった。
逃げていないで、さっさと実力でも何でも示してしまえば、こんなことを続けなくてもいいのに。
だが、は逃げる。
リスクを減らすためと、意地と――彼らの身体能力を確かめるのが楽しかったから。
所詮、血は争えないようで――自分はやはりあの母親の娘なのだとは自嘲した。
しかし、これ以上この鬼ごっこを続けるつもりはにはない。
十分に彼らの能力は把握できたし、雷門中から出るこの絶好のチャンスを逃すわけにはいかないからだ。
はじめから用意していた外靴に履き替え、は校門に向かって走り出す。
雷門中さえ出てしまえばもうこっちのもの。
稲妻町に出てしまえば行方の晦まし方などいくらでもある。
完全勝利を確信していただったが、思わぬ伏兵が校門の前で待ち構えていた。
「お姉ちゃん!」
「ぅなっ…!?は…春奈……!」
校門の前で仁王立ちしていたのは音無春奈。
雷門中サッカー部のマネージャーの1人であり、もよく知っている存在だ。
いや、知っているというよりは、よく構っている存在といった方が適切だ。
まさかここに来て春奈が動くとは思っていなかったは、
どう切り抜けたらいいものかと頭を働かせようとするが、それよりも先に春奈の口が動いた。
「どうして逃げるの!!お姉ちゃん、サッカー好きなのに!」
「お、落ち着いて!落ち着いて春奈っ。私にも色々と面倒くさい事情がいつくもあるの。だから――」
「じゃあちゃんと説明して!」
昔からの馴染みだからこそ、見逃すつもり皆無の春奈。
事情を説明しないことには、絶対にその場所を退くつもりのない春奈の様子を見て、急にの頭は冷静になった。
こういうときの春奈は、どうやっても言い包めることなどできはしない。
春奈にとってが昔からの馴染みである存在であると同時に、にとっても春奈は同様の存在。
彼女のことはよく知っているのだ。
「ゴメンね」
ぽん、と春奈の頭を撫で、は春奈の横を走り去る。
春奈は人の気持ちが分かる優しい子だ。
だからきっと、自分の気持ちを察してくれるだろう。
――いつだったか夏未に言われた「卑怯者」という単語がの頭に浮かぶ。
自虐的な笑みを浮かべては「まったくね」と呟いた。
■いいわけ
学校全体を使ったイベントは大好きでございます。
学校という戦略性に富んだフィールドは本当に大好物です。
ただ、自分で書くとしょぼくさいブツしかできないのでアレですが(笑)
今度は短編で掘り下げて書いてみたいです(笑)鬼道氏や一之瀬加入後設定で!