「うおおおぉぉ―――!!!」

 

 虎が――咆哮する。
その虎の咆哮に、龍たちは玉を保持しながらも、怯んだのか――僅かな隙を見せる。
だが、その僅かな一瞬の隙を突いて――動きを見せたのは、少し後ろに控えていた一尾の龍だった。
 はじめから、この時を想定していたかのように、その龍は味方りゅうたちの隙を突いて玉を奪取する。
そして、その龍の動きに呼応するかのように、また龍たちは乱舞を――

 

「なに…!?」
「――ハッ」

 

 龍――涼野からボールを奪ったのは不動。
その反応速度は、はじめからこの時を想定していた――かのようだった。
 FW、MFが入り乱れ展開される龍踊り道中。
その突破力は確かに強烈だが、その性質上、展開中に阻止されてしまうと、
相手へ攻撃のチャンスを与えるだけでなく、自陣の守備力までも低下させてしまうという――致命的なリスクを伴っていた。
 ただ、この龍踊り道中を初見で見抜ける者はなく、また仲間みうち以外に攻略できたものもなく――
――リスクなど、あってないようなもの――の、はずだった。今さっきまでは。

 

「(あの策士め……)」

 

 うふふふ〜〜――と、酷く楽しげな笑みを浮かべて、の脳内にぬっと姿を見せたのは――霧美。
 嫌な予感的中――再度自分の脳内に姿を見せた霧美に、は人目もはばからず深いため息をつく。
――ただ、稲妻の如くファイアードラゴン陣内へと攻めあがっていくイナズマジャパンの姿に注目が集まっているため、
のため息に気づいたものなどいないに等しかったが。
 涼野から不動が奪取したボールは、いつの間にかゴール間近にまで迫った虎丸の手に渡っている。
そして、虎丸がゴールを目指す中で――豪炎寺の名を呼んだ。

 

「決めるぞ虎丸!」
「――はいっ!」

 

 虎丸の声に応える豪炎寺には、
先ほどまで失われていた――やる気はきが戻り、闘志に満ちたいつもの豪炎寺に戻っている。
そして、その憧れの人ごうえんじの声に応える虎丸には――かつてないほどまでに、この瞬間を楽しんでいるように感じられた。
 この試合を本気で楽しみ、全力を以ってゴールに向かっていく豪炎寺と虎丸――
――このコンビであれば、もう心配する必要はなかった。

 

「タイガー――…!!」

 

 虎丸がゴールを狙ってではなく、天に向かってタイガードライブを放つ。
強烈な勢いで天へと昇る虎――それを待ち構えていたのは、灼熱の焔を纏う魔神――だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第141話
サッカーバカの決断

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファイアードラゴン側のゴールに突き刺さったのは、虎丸と豪炎寺の連携必殺シュート――タイガーストーム。
灼熱の火炎を纏った猛虎の突進を思わせるその勢いは強烈の一言に尽き、
容易と言っても過言ではないほどに、ジョンスの大爆発張り手を破っていた。
 これがイナズマジャパンの勝利を確定させる一点――と、多くの人間が思った。
しかし、それは大多数に限った話で――それとは微塵も思っていない人間もいた。
 
 再度、猛然とイナズマジャパン陣内へと深く攻め入るのは――ファイアードラゴンの選手たち。
守りは捨て、チーム一丸となって攻めあがるその勢いは、龍踊り道中とはまた違う勢いを――強さを持っていた。
 それに対して、もちろんイナズマジャパンも全力を以って、
ファイアードラゴンの進攻を阻止しようとしたが、火事場のバカ力――とでもいうのか、
つい先ほどまで拮抗を保っていたはずの力を圧倒され、ファイアードラゴンの進攻を許してしまっていた。
そしてそれは――アフロディたちと円堂の、再戦を意味していた。
 
 一度目は正義の鉄拳で迎え撃ち、呆気なくカオスブレイクによる得点を許した円堂。
いくら正義の鉄建が究極奥義――成長を続ける技とはいえ、カオスブレイクとの力の差に大きな開きがあった以上、
正義の鉄建で迎え撃ったところでまた、得点を許すことは明らか。
 しかし、円堂に正義の鉄拳ソレ以上の技がないこともまた事実。
状況はまた振出に戻るのか――そう、思ったものが大半だっただろう。
が、はやりそう思っていないものは――少なからずいた。
 
 円堂の背後に姿を見せたのは――黄金の魔神。
見なくなって久しいが、だからといって魔神がまとうオーラが劣化することはなく、
寧ろ以前見たときよりもずっとその力強さきはくを増している。
そして、輝きを増した魔神と共に円堂は、猛烈な勢いでゴールを狙うカオスブレイクに対し――その拳を、振り下ろした。
 拮抗した力と力。
しかし、ファイアードラゴンの決死の一撃も、
火事場のバカ力が十八番であるイナズマジャパンが相手では、
押し負けるのは、自明の理というものだった――的には。
 
 かくして、円堂がファイアードラゴンの最後の攻撃を確りと防いだことで、
一点のリードを守りきり――3対2で、FFIアジア予選決勝戦の勝者はイナズマジャパンとなり、
イナズマジャパンしょうしゃは世界へ挑戦するための切符けんりを手に入れ――いや、自らの力で勝ち取ったのだった。
 
 スタジアム全体が――いや、日本全体が歓喜に沸いている。
アジア最強と名高い韓国代表・ファイアードラゴンに勝利したこと、
自分たちの代表が世界という大舞台にあがるということ――多くの人が歓喜するには、それぞれの理由が多くあるだろう。
 ――だとしても、この勝利を一番に喜んでいるのは、
多くの不利を克服し、こうして勝利を勝ち取った――イナズマジャパンせんしゅたち当人だろう。
 そしてそれは、全員が共有している歓喜――ではあるはずだった。

 

「父さん……」

 

 豪炎寺の前にいるのは、豪炎寺勝也――豪炎寺の実の父親。
その姿を無邪気に見下ろしているのは、豪炎寺の妹であり、勝也の娘である――豪炎寺夕香。
そして、その隣には家政婦であろう中年の女性が、何処か悲しげな表情で、豪炎寺親子を見つめていた。
 そして更に――

 

「…………」
「………」

 

 豪炎寺たちから少し離れた位置から彼らを見守っていたのは――円堂と
 豪炎寺の本気を邪魔していた――彼を悩ませていた「事情」を知っていた二人だけに、
この親子の進退けっちゃくは、無視できたものではなかった。

 

「…父さん――ありがとう」
「……これで、彼らを世界へ送り出すことができたな」

 

 自分からサッカーを取り上げようとした父親に対し、豪炎寺がまず口にしたのは感謝の言葉。
何故感謝を――とは一瞬思うが、軽く頭を回せば見当はついた。
 大方、サッカーを必ずやめる代わりに、この決勝には出場させて欲しい――
仲間たちを世界に送り出すまでは待って欲しい、とでも豪炎寺は勝也ちちおやに条件をつけたのだろう。
だから、自分の我侭を受け入れてくれた父親に対して――ありがとう、なのだろう。
 ――であれば、次に見返りを求められるのは――豪炎寺の方だ。

 

「決心は付いたな」
「はい――」

 

 勝也からの問いに、迷う様子もなく答える豪炎寺。
おそらく、その言葉に偽りはなく――すでに彼の心は決まっているのだろう。
 豪炎寺かれの答えは――

 

「――俺は世界へ行きます。アイツらと一緒に」

 

 言いよどむことなく、豪炎寺ははっきりと言い切った。
円堂たちと世界へ行くと――サッカーを続けると。
 その豪炎寺むすこの答えに、勝也はわずかにその表情を厳しいものに変えた。

 

「…約束が違うな。決勝への出場を認める代わりに、サッカーをやめる――そういう約束だったはずだ」
「はい、わかっています――でも、俺はサッカーを諦めたくないんです」

 

 約束を違えた――
父親からの信頼を裏切ったことを認めた上で、豪炎寺は自分の本心を――サッカーを諦めたくない、と口にした。
 家族を大切にしてきた豪炎寺らしからぬ言葉――にも、それは聞こえる。
だが、これがおそらく――豪炎寺修也の根底にあるモノ、なのだろう。
 何者も止めることなど叶わない情熱と闘志――
それこそが、豪炎寺をサッカーバカたらしめるモノなのだから。

 

「…これ以上の我侭を許して欲しいとは言いません。
ただ、父さんが認めてくれないとしても――俺はサッカーを続けます」
「…それが、どういうことか――わかって言っているんだろうな」
「――はい」

 

 勝也の最終確認に、豪炎寺は腹をくくった様子で肯定の言葉を返す。
 どういうことか――それは家族の愛情を裏切り、それを失うということ。
そしてこれまでの自分の全てを捨てること――でもある。
しかしその多大なリスクを覚悟した上で、豪炎寺はサッカーを続けると言った。
そこまでのリスクを負ってまで――サッカーを続けるという覚悟を決めた、と。
 僅かほども迷う様子を見せなかった豪炎寺――だが、それは勝也にも言えたこと。
息子は自分の下から――いや、家族との縁を切ってまでサッカーを続けたいと言ったのだ。
多少親子仲に問題があったとしても、僅かでも何らかの反応かんじょうを見せるはず。
まして、息子の進路を自分で決めようとした父親だ。
憤りを露にするのが一般的――のはずなのに、
勝也の豪炎寺へ対する反応は「そうか」の一言で、ほぼ無反応に等しかった。
 豪炎寺の一大決心に対し、一切の感情の揺れを見せなかった勝也。
この勝也の反応に、怒鳴られるなり、実力行使なりを想定していたであろう豪炎寺は、
あまりに薄い父親の反応に「父さん…?」と、心配そうに父親に声をかける。
すると――不意に、勝也が小さなため息をついた。

 

「お前の人生は、お前のものだ――
――自分が決めた道を、自らの力で、進んでいけばいい」
「――――」

 

 諦めだったのか、それとも安堵だったのか――
ため息のあとに勝也が口にしたのは、豪炎寺の決定いしを肯定する言葉だった。
 まさかの父親からの肯定に、さすがの豪炎寺も混乱しているのか、
背を向けその場を去ろうとする勝也に対して「どうして急に…?!」と、酷く動揺した様子で疑問を投げる。
その息子の疑問に対して、勝也は身体を半分だけ向けて「急なことではない」と切り出した。

 

「はじめから、お前がサッカーを続けたいといえば、続けさせるつもりだった。
……だが、彼女のそばでサッカーをさせることに懸念があった」
「彼女……?」

 

 勝也が視線を向ける先――そこにいるのは当然のようにだった。
 向けられた豪炎寺親子の視線に、は「やっぱりか」と納得する。
勝也の懸念は至極当然だ。ただ、純粋にサッカーしていたはずの人間が――
――誰かの思惑あくいによって傷ついた姿を、彼は誰よりも近くで見てきたのだから。

 

「…だからこそ、お前には『覚悟』を決めて欲しかった――どんな力にも揺るがない覚悟を」
「父さん…」
「ただ――」
「?」
「――それはそれとして、
覚悟なくして頂点など目指せはしない――…今回のことで身に染みてわかっただろう」

 

 いい雰囲気で決着が付くか――と思われたが、やはりそこは豪炎寺勝也。
妥協を知らない男は、最後まで妥協しあまやかさない男だった。
 だが、それで――豪炎寺家の男はいいのだろう。
 
 「頑張れ」の一言もなく、再度豪炎寺に背を向けスタジアムを去って行く勝也。
その勝也の後姿に、豪炎寺も「ありがとう」の一言もなくただ頭を下げるだけ。
 ――だがこれで、豪炎寺親子の決着は、
和解という形で落ち着いたということは、と円堂だいさんしゃにも理解できることだった。

 

「――よかったね」
「っ!」
「吹雪っ」

 

 豪炎寺一家の様子を見ていたと円堂――のうち、
の背にぽんと張り付いたのは、やや陰りを帯びながらも穏やかな笑みを浮かべた吹雪。
 消耗しながらも自分たちの下へやってきたのであろう吹雪。
内心、少し申し訳ない気持ちになりながらも、はそれを表情には出さずに彼の腕を取り、その肩を担ぐ。
の行動に一瞬、吹雪も驚いたような表情を見せたものの、
すぐに笑顔で「ありがとう」と礼を口にする。それには「こちらこそ」と答えた。

 

「あはは、御麟さんに感謝されることなんて、ボクしてないよ?」
「…明らかに、最後の一押しは士郎くんの一言だと思うんだけど」
「うん、もしそうだったとしても、あれはボクのため――だから」
「吹雪の…ため?」
「だってあそこで豪炎寺くんが覚悟を決めてくれないと、ボクの頑張りが無駄になると思ったし――」
「し?」
「ボクや虎丸くんに本気でボールをぶつけておいて、自分のことは棚上げとか――許容し難いよね

 

 ニコーっと、キラキラときらめく黒い笑顔を浮かべ言う吹雪。
(黒い)笑顔で言うことではないが、吹雪の言い分は筋が通っているといえば通っていた。
 本気でサッカーをプレーしなかった円堂や虎丸そんざいに対して、
本気のシュートを打ち込むという荒業を行ってきた豪炎寺――が、本気でサッカーをしていなかったのだ。
制裁を受けた者ひがいしゃとしては、そりゃ豪炎寺に対してカチンとくるものがあっても不思議でなかった。

 

「――すまなかったな」

 

 不意に飛んできた声に、反射的にたちが視線を向ければ――
そこにいるのは、少し困った様子の苦笑いを浮かべている豪炎寺。
おそらくその謝罪は――その場にいる全員に、向けられたものだろう。
 豪炎寺の謝罪を受け、顔を見合わせるたち。
豪炎寺の謝罪に対して、それそれ思うところは違う――だろうが、ここはキャプテンの意見に同調することを、は決める。
そしておそらく、しかたなさげな苦笑いを吹雪が僅かに浮かべたところをからするに、吹雪もと同じなのだろう。
 そして2人が、自分たちの代表だといわんばかりに円堂に視線を向ければ、
それを受けた円堂はこの上ない笑顔を見せ――

 

「よかったな!豪炎寺っ!」

 

 ――エースストライカーの合流かくごを、我が事のように喜ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 やっとこFD戦――というか、アジア予選が終わりました〜!!長かった!死ぬほど長かった!
本当に豪炎寺復帰までの流れが二転三転して本当に難産でした!
…でも、悩んだ甲斐あって、個人的には納得のいく流れにすることができました。
勝也先生が許す――んじゃなくて、豪炎寺が何らかのリスクを背負って決断して欲しかったんです。
…ま、中学生に求めるべき展開ではないのかもしれませんが(苦笑)