FFIアジア予選を突破したイナズマジャパン。
フットボールフロンティアスタジアムから雷門中の宿舎へと戻った彼らを迎えたのは、
笑顔のサポートメンバーと「優勝おめでとう」と書かれた垂れ幕と
賑やかに飾り付けられた食堂と豪華な料理の数々――祝勝会だった。
 多くの困難を乗り越えた末に、遂に手にすることができた世界への切符。
厳しいことを言えば、まだスタートラインに立っただけ――なのだが、彼らが努力しようやく掴んだ成果であることもまた事実。
それだけに、久遠やが「浮かれるな」と釘を刺すこともなく、
イナズマジャパンのアジア予選優勝を祝う祝勝会は、選手たちの笑顔があふれるものだった。
 
 ――とはいえ、いつまでのその祝勝会ムード――浮ついた空気でいることが許されるわけがない。
世界の頂点を目指す――という意味では、
やはりここからが本番といわざるを得ない以上、早々に現実に返ってもらわなくては困るのだ。
FFI本選(せかいのぶたい)では、自他共に認める強豪国ばかりが肩を並べているのだから。
 しかし、それは選手たち自身も理解しているようで、
宴の終了を知らせるようにパンパンと手を叩きながら前に出てきたに対して、
彼らは不満の視線を向けることなく――期待と興奮に燃える選手の目でを見つめていた。

 

「うむ、アジアの小国としての自覚がある様で結構――
――今日の試合について小言の一つも言ってやろうかと思ったけど、なしにしておくわ」

 

 開口一番、らしさ爆発の毒しか吐いていないの痛烈な物言いに、選手たちは「うわぁ…」と言いたげな苦笑いを浮かべる。
しかし、今日の試合の内容は当人たちにとっても、結果オーライの試合――
――勝てはしたが試合内容は、けして褒められたものではないという認識があるらしく、
不満の表情を浮かべる者も、まして不満を口にする者もなかった。
 自分たちが未熟であることを自覚している――それを彼らの反応から改めて確認し、
は少し満足げに「うむ」と頷く。そして「さて」と今後の予定(ほんだい)を切り出した。

 

「FFI本選が開催されるまで、あと約1ヶ月。
一旦解散してまた開催日二週間前くらいに再集合――と、いくところなんだけど」
「「「ど?」」」
「色々に色々と無理を通して――明日から約一ヶ月の強化合宿の権利を獲得しましたッ」
「「「おおぉ―――!!」」」

 

 日本代表選手――とはいえ、彼らは義務教育期間にある学生だ。
すでに数週間にも亘って学校へ通わずにサッカー優先の日々が続いている。
国をあげた一大イベントとはいえ、一ヶ月以上にも亘って学業をおろそかにするというのは、些か行き過ぎている。
そういう体勢が国にあるのならばともかくだが、残念ながら日本には今すぐに行使できる体制はないのであればなおさらに。
 なので、ここで一時解散し、一度学生に戻って学業を優先し、
FFI本選が近くなってからまた再集合し、強化合宿を――となるのが、当然の流れと誰もが思っていた。
だが、イナズマジャパン(かれら)にそんな余分な時間はない――と、思い至ったは、
イナズマジャパンがアジア予選を突破することを前提として、この強行を公的な許可を得られるよう、手を打っていたのだ。
 ――まぁ、実際に手を打ったのはではないのだが。

 

「そんなわけで、また明日――じゃなかった。明後日から特訓を開始するので、そのつもりで」
「………明日一日は休息に時間を当てるのか?」
「まぁ約半日はね」
「…じゃあ、残り半日はどうするんだ?」

 

 の言い方に、なにか含みを感じたのか、
鬼道が怪訝そうな顔でに問えば、それに対する答えには更なる含みを持たせる。
 あからさまな含みながらも、疑問(ふあん)を無視できるほど彼らも図太くはなく、
若干表情を引きつらせながらも風丸が疑問を口にすると――が、この上なく愉しげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第142話
思惑エアポート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この上ない笑みを浮かべが口にした事実。
それは、これからイナズマジャパンが強化合宿を行う場所――沖縄へ向かうというものだった。
 
 沖縄へ向かう――沖縄で合宿すると言うの答えに対し、
疑問を投げた風丸や一部メンバーは「へ〜」と特にリアクションといえるリアクションを返さなかった――が、
円堂や鬼道をはじめとする残りのメンバーは、感情の処理が追いつかなかったのか――顔面蒼白でその場に立ち尽くしていた。
 一部メンバーをお通夜状態にしながらも、は彼らのフォローもすることなく、
明日の朝には合宿所を立つことを告げ、各々出発の準備を整えて置くようにと伝えてその場を後にしていた。
 
 そして翌日――誰一人表情を暗くすることなく、多くの思い出が詰まった雷門中の合宿所を後に、
イナズマジャパンは新たな合宿先である沖縄へ向かうべく、空港へと移動していた。
 合宿のため、沖縄へと向かうことになったイナズマジャパン。
当然、合宿を終えればそのまま沖縄からFFI本選の会場であるライオコット島へ向かうことになる。
要するに、イナズマジャパンが次にこの地に戻ってくるのは、
何らかの成果をあげた時――FFIが終わるまではここへは戻ってこないということ。
 急な話ではあったものの、円堂たちの仲間である半田や宍戸たちや、飛鷹の後輩たち。
そして豪炎寺の妹である夕香と家政婦のフクさん、
虎丸の家族である母親と兄の幸虎に、幼馴染であるという弁当屋の娘の乃々美――など、
多くの人たちがイナズマジャパンの見送りのために空港に集まっていた。
 そしてその中には――共にアジア予選を戦った仲間の姿もあった。

 

「――――」

 

 の視線を先――そこにいるのは、松葉杖をついた吹雪と緑川。
過程(じじょう)違えど、二人はファイアードラゴンとの試合の中で負傷し、
治療なくしては試合への出場はできない状態――イナズマジャパンの離脱を余儀なくされていた。
 
 自分の行動に――この結果に、は不満や後悔はない。先を見据えればこれがベスト、のはずだから。
しかし、彼らに対する個人的な感情から言えば、後悔はある。
がどうにかしていれば、彼らがチームを離脱することはなかった――過ぎたこととはいえ、それは紛れもない事実だ。
 チームのため――いや、自分の目的を達成するために、
が彼らを犠牲に――もしくは見捨てた、と言われてもに弁明の余地はない。
当人たちにその自覚、認識がなくとも、客観的事実として――それは、明らかなことだ。

 

「後悔しとるん?」
「――まさか」

 

 不意にに投げかけられたもの――それは霧美からの問い。
そしては、その問いに対して自嘲まじりに否定を返した。

 

「ふふふ、愚問やったねぇ」
「まったくよ」

 

 霧美の楽しげな笑みに、は苦笑いながらも同調した。
 
 後悔しているか――など、にとっては愚問中の愚問だ。
円堂と関わってからというもの、この手の後悔――
――知っていながらなにもしなかった、その行動からくる後悔など、は山ほどしていた。
 ただ、それは一時の感傷――「御麟」の真の後悔ではない。
そもそも、の行動の全ては自分が後悔しないため――なのだから。

 

「ふふ、が後悔してないんやったら――うちも胸を張って北に帰れるわぁ」

 

 安心した様子で北――北海道(じもと)への帰還を口にする霧美。
サポートメンバー――合宿所の寮母である霧美が、その役目から外れることなどそうあることではない――のだが、
彼女は一身上の都合により、イナズマジャパンのサポートメンバーの任を解かれることになっていた。
 霧美の一身上の都合――それは本当に個人的(いっしんじょう)な理由(つごう)だ。
彼女が抜けることで、寮父である明那はもちろん、
霧美の手伝いをしていたマネージャー陣にも負担がかかることは目に見えている――が、
それでも霧美の勝手な都合に、たちは文句の一つも言わずに受け入れていた。
 …まぁ、誰が認めなかったところで、霧美は勝手に行動を起こしていたとは思うが。

 

、油断せんといてね?」
「…油断してたつもりはないんですけどね」

 

 半ばやけくそといった様子で本心を口にする
対ファイアードラゴン戦に関し、は本気を出してはいなかった――が、油断をしていたわけではない。
自分たちから成る要素についての打開策は、過度の干渉にならなければ対処するつもりではいた。
 ――が、まさか蒼介が――いや、アフロディや南雲と涼野のコンビを有すとはいえ、
ファイアードラゴンが龍踊り道中を体得できるとは思っていなかった――からこそ、
蒼介がそれを彼らに習得させようとはしないと思っていた。
 …結局、そのの予想は外れて、霧美の予想が的中したわけだが。

 

「……なんやと明ちゃんだけやったら不安になってきたなぁ」
「――まぁ、初戦でアメリカと当たらない限りは、大丈夫だと思うけど……」
「せやね、そうならへんよう祈っとくわぁ」

 

 ややげっそりと不安を口にしたに対し、
の不安を肯定しておきながら霧美の顔に浮かんでいるのは楽しげな笑み。
そうならないように――と言っておきながら、それとはまったく逆のことを祈っていそうで恐ろしい。
 …実のところ、この源津霧美という人物は、以上に――他人を追い詰めるのが好きなのだから。

 

「――お互い、選手を潰さないように気をつけないとね」
「うふふ〜、うちのことは心配いらんよ〜。それより、しっかり自重せなあかんえ?」
「――そうそう。育ち盛りってことは成長途中ってことなんだ。ヒートアップして虎丸たちに無理な特訓させるなよ?」
「…それはアレだよね?遠まわしに俺は頼りにならないってことだよね??」
「「「遠まわしじゃないけど」」」
「何も3人でハモらなくても…!」

 

 と霧美の会話に入ってきたのは幸虎と明那。
 幸虎は虎丸(かぞく)、そして円堂(こうはい)たちへのエールは送り終えたらしく、何処か満足そうな表情を浮かべている。
彼らが良い知らせを持って帰ってくる――と、確信してわけではないだろうが、彼らが勝利を掴むことを信じているようだった。

 

「今の俺に、できることはないけど――イナズマジャパンの勝利を祈るぐらいはしとくよ」
「…それより初戦でアメリカと当たらないように祈ってて」
「あー……オズ、な…。………まぁ、蒼介より厄介だよな、指導者に回ったら…」
「その上、アメリカには雷門の子らが居るからねぇ。なお厄介なんよ〜」
「…まぁ、一敗したからって決勝トーナメントに上がれないってわけじゃないけど――」
「――初戦の負けは、イナズマジャパンの勝機(しき)に大打撃をあたえる、か?」

 

 苦笑いを浮かべ言う幸虎に、はため息をつきながら小さく頷いた。
 負ける事――が、悪いというわけではない。世の中には価値のある敗北というものもある。
もし、アメリカに負けることがそうであれば、もたかだか一敗そこまで危惧しない。
しかし、対戦相手がどこであれ、初戦に敗北を記すというのは、非常に問題だった。
 ――特に士気がものを言うイナズマジャパンは。

 

「――アメリカ以外なら、確実に勝てる自信があるのか」
「「「ぅわああ!!」」」

 

 前置きなく、背後からぬっと姿を現し最もな疑問を口にした――のは、久遠。
気配なく現れた久遠に対して、が「気配を消さないでください!」と文句を言うが、
久遠は涼しい顔での意識が先の不安に傾きすぎていただけだと返し――
――再度、アメリカ以外の国が相手であれば、必ず勝てるという確信があるのかと尋ねた。
 すると、その久遠の問いに対しては――さも当然といった様子で「ありませんよ」と、
イナズマジャパンの希望をへし折る暴言を、平然と言ってのけ――さらに続けた。

 

「端から、イナズマジャパンが確実に勝てるチームなんて、アジア予選含めたって一組もないでしょう?
アメリカうんぬんは、最も勝率が低い上、それが初戦ともなると
イナズマジャパンのその後の勝率がガクッと低下するから――当たりたくない、と」
「……ならば、今までのイナズマジャパンの勝利は、運で掴み取ったものだとでも言うのか?」
「でなかったらなんだと?
データ上ではイナズマジャパンはアジア予選の一回戦すら突破できずに終わっていた――
――そこを突破した上に、更に勝率の低い相手に勝ってきた。
勝率(データ)で負けてるんですから、その勝利は不確定要素――運に因るところが大き――」
「――ちょっと待てよ御麟!」

 

 の言葉を遮ったのは――珍しく怒りをあらわにしている円堂の怒声。
それにふと我に返ってが円堂たちに視線を向ければ――に向けられた視線のほとんどが、敵意にも似た怒りを宿していた。
 だが、それも当然の話だろう。は断言したのだ。
彼らがつかんできた勝利は、その全てが運で勝ち取ったもの――彼らが実力で掴み取ったものではないと。
――ただ、と円堂たちでは「運」というものに対する解釈が違っているのだろう。
でなければ、が怒りを向けられる筋合いはないのだ――そもそも、は彼らの「運(ソレ)」を褒めているのだから。
 が大きくため息をつく――と、円堂たちの表情が若干、困惑に歪む。
おそらく、幸虎たちの苦笑いに自分たちの考えを疑ったのだろう。
更にいえば――久遠の眉間に増えたシワも、手伝っているかもしれない。

 

「これは一発、痛い目に合わせないとダメかもですねぇ」
「………………………かもしれん…」

 

 大きく間を開けながらも、の言葉に肯定の言葉を返してきた久遠。
それはイナズマジャパンの監督である久遠自身も、
これまでのイナズマジャパンの勝利が純粋な実力――ではなく、運に因るところが大きいと認めたということだ。
 しかしまぁ、「かも」と濁す辺り、久遠もずいぶんと丸くなったものだ、とは改めて思う。
なにせ、久遠はたちに対してははっきりと断言してきたのだ――「お前たちの勝利は、運に因るものだ」と。
――そんな、過去を思い出しながら、は徐に立ち上がる。
そして、挑発的な笑みを浮かべて円堂たちに言葉を向けた。

 

「イナズマジャパンが、実力でアジア予選を突破したというなら――それを沖縄(むこう)で証明してみなさい。
もし、私が納得できる『証明』ができたなら、自分の非を認めて――土下座で謝るわ」

 

 土下座という言葉に、「おおっ」とイナズマジャパンメンバーがどよめく。
あの気位の高いが土下座をする――と言ったのだ。
一瞬でもその屈辱的な姿をした(かのじょ)の姿を想像すれば――驚きの声もそれは漏れるだろう。
 ――しかし、だ。
それこそ気位の高いが、そんな屈辱的な姿をさらすことになるとわかって、自らを追い詰めるような挑発するわけがない。
からかわれて取り乱している――ならまだしも、至って冷静なが自身の不利を承知で勝負を吹っかけるわけがない。
――であればこの勝負、既に決着が付いているも同然だ。的に。

 

「…守くんたちには、罰ゲームは科さんの?」
「それは酷ってもんでしょ。そも、私にとってはゲーム(しょうぶ)にすらなってないし」

 

 嘲笑笑みを浮かべが言えば、それに帰ってくるのはイナズマジャパンの憤り――
 ――未だ自分たちの置かれている状況を理解していないらしい彼らを前に、
はやっぱり――この上なく愉しげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 完全にアジア予選の件が終了しましたー。余裕があれば沖縄合宿話書きたかったのですが、まったく余裕がないので!
最初二週間は勉強しつつの練習漬けで、それから更に二週間はガッツリの練習漬けの日々になるかと思います(笑)
多分、ネオジャパンとかてるみーたちとか呼んで練習試合とかしてそうです。……楽しそうだぁ…!!