イナズマジャパンの沖縄強化合宿――厳密に言えば火室山合宿。
およそ一ヶ月に亘るその合宿は、イナズマジャパンの「実力」を大きく向上させていた。_
…ただ、それでも世界の強豪に少し劣る――位置ではあるのだが。
 ――とは言うものの、も久遠もこの結果に十分に満足していた。
 少し劣る、が、大きく劣っているわけではない。
今のイナズマジャパンには、十二分に世界の強豪と肩を並べ、まともな試合をできるだけの実力は備わっている。
あとは彼らの「運」で勝機を引き寄せ、勝利を掴めばいいだけだ。
それは今までと変わらないイナズマジャパンの勝ち方だ。何も心配することはなかった。
 
 運での勝利――というと、不確定要素ぐうぜんの産物と思われがちだが、はそうは思っていない。
特に誰かの命運がかかった、才能ある者同士の勝負において、偶然で得られる勝利はない。
その勝利は、勝機を引き寄せ、それを掴み取った者だけに与えられる――必然の勝利モノだ。
 世界レベル――一流と呼ばれるレベルに達せば、才能がある、血の滲む様な努力をしている――など、当然の話。
そんな才能もあり、努力もしている一流たちを、
「超一流」と「一流」に分けるもの――それが「運命力うん」だと、は考えている。
実力が同等なのに、結果に誤差が生じる――それが運によるものでなければなんだというのか。
そしてそれこそが、超一流スター一流ぼんじんを分けるもの――
――誰しもが持つことを許されない「才能」であり、イナズマジャパンの持つ最大の武器であるのだ。

 

「(泥臭いスター性――いや、主人公性と言った方が適当か)」

 

 強敵を前にしながらも、最後には必ず勝利する――それが主人公スターだ。
 相応の修行、特訓を積み、戦いを挑むが、強敵の秘策によってピンチに追い込まれる――
――が、そこから何らかの成長を遂げ、敵の策を打ち破り勝利する。
ありきたりな英雄譚だが――イナズマジャパンの道のりはまさしく英雄譚コレ
人々からも、世界からも愛され、巨悪に憎まれる――そういう運命うんを持っているのが主人公。
 まさしくこれは――

 

「(円堂守がもたらすものに他ならない――)」

 

 運の力というものは強力で。素人と玄人が戦って、素人に軍配が上がる――
――なんて異常事態を生むことすらあるほど、勝率を向上させる力を持っている。
しかし、それは目に見えない「要素」であるが故に、人は時に運の力を、自身の力と勘違いすることがある。
 運も実力のうち――というが、運は確かに当人が持っている力ではあるが、
作為的に行使することができない以上、力ではないのだ。
 故に、イナズマジャパンから運の要素を削ぎ落とすと――

 

「ぶふっ……!」
「……………なんだ、気持ち悪りぃ」
「いや、ちょっ……色々っ………くふっ、ふ……!」

 

 ライオコット島へと移動している飛行機の中、
この上なく迷惑そうな表情でを見るのは、の隣の座席に座っている不動。
そんな不動の刺々しい視線を受けながらも、の笑いは止まらない――だが、それも仕方ないのかもしれない。
それほどに、運の要素を奪われたイナズマジャパンの試合は――惨敗で終わったのだ。
 …まぁ、が一番に「おかしく」感じているのは、これまでの勝利が純粋な実力によりモノではなく、
運によるところが大きかったと認めたイナズマジャパンメンバーに罰ゲームペナルティとして科せられた、
青い鳥園にての手伝い中に撮られた――

 

「いやー、不動くんが子供たちに人気――ぐぇっ
「黙れ、忘れろ、5秒で殺すぞ…!
「ふふふふふふ、褒めてるんだから照れ――痛い痛い痛い」

 

 の頭を鷲掴み、握りつぶさんとする不動が、
園の子供たちに懐かれている――その場面を捉えた一枚の写真だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第143話
暗赤の影の立役者サマ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沖縄から飛行機に乗り、
数時間のフライトの末に到着したのは、FFI本大会が開催される南の孤島――ライオコット島。
このFFI大会のために整備された島であり――たちにとっては特別な場所でもあった。
 以前訪れた時よりも、更に開発されたひとのてがはいったライオコット島。
無意識に憤りが芽生えるが、今更がすぎる怒りだ、と思考が至れば、あっという間にその怒りねつは醒める。
後悔したところで――もう、すべてが遅いのだから。
 
 FFI――サッカー一色に染まったライオコット島。
その地に降り立ったイナズマジャパンの選手たち、そしてマネージャー陣は、
島を包む人々のサッカーへの熱にあてられたのか、嬉々とその瞳を輝かせている。
萎縮――の可能性も僅かだが考えていただけに、興奮に目を輝かせる彼らの様子は、にとって喜ばしいもの――
――だが、また勘違いをされても困るが。
 そんなことを思いながら、がイナズマキャラバンに乗り込んでいくイナズマジャパンの様子を見守っている――
――と、不意にの下に異様な気配が近づいてくる。
近づいてくれば近づいてくるほど、嫌な予感しか覚えない。
しかしだからといって、無視したところでどうなるものではない。
ため息を吐きたいところをグッと堪えて、が意を決して気配の感じる方へと視線を向ければ――

 

「ッ―――!!!」

 

 叫びそうなったところを、手で口を押さえて物理的に阻止する。
しかし、驚愕と畏怖で思わず腰が抜け――は腰から崩れ落ちる。手で口を押さえていたため、
まともに受身が取れずモロに尻を地面に打ちつけたため、の身体には激痛が――奔っているはずなのだが、
目の前に現れた人物の方が衝撃が強かったらしく、尻餅をついたはそのままの体勢でガチンと硬直していた。
 
 風に揺れるのは、緩く三つ編みに結われた暗赤色の長い髪。
見慣れたスーツ姿――ではなく、細身のズボンにTシャツ、そしてその上にジャケットを羽織るというだいぶラフな格好。
見かけ的には、普段よりもだいぶ威圧感が薄れている――はずなのだが、
この場所、この場面での登場が、せっかくの緩和を全力でなかったことに――どころか、彼の威圧感ソレをより酷いものにしていた。
 貧血、立ちくらみ――気を失う間際に襲われる、酷い不快感が長く長く続く。
あまりの不快感に吐きそうになる――が、それすらも許されはしない。
にとって彼はそういう――逆らうことが、絶対に許されない存在なのだから。

 

「久遠さーん?」

 

 暗赤色の男がイナズマキャラバンに向かって、暢気な様子で久遠の名を呼ぶ。
すると、やや間を空けてから――明らかに表情が青くなっている久遠が、酷く嫌々といった様子でキャラバンから降りてくた。
…まぁ、からすれば、久遠の反応は当然のもの――なのだが。

 

「ちょっと、借りていきますね」
「……わかりました」
「あはは、敬語なんて使わないでください。今はオフですから」
「…そうか。……あまり、遅くならないよう、帰してくれ…」

 

 そう言って、キャラバンに戻っていく久遠に、男は「了解です」と笑顔で答える。
すると、既にを除く全員がキャラバンに搭乗していたため、キャラバンのドアが閉まり、
僅かな間を空けてからイナズマキャラバンはと男を残して、ライオコット島の玄関にしてメインエリアであるセントラルパークから、
イナズマジャパンの宿舎があるジャパンエリアへ向かって走り出した。
 一分も経たないうちに、イナズマキャラバンは小さくなり――あっという間にの視界から消える。
…まぁ、視界に残っていたところで、を「借りる」と男は言ったのだ。
なにがどうあったところで――がこの状況を打破できることなど、ありはしないのだが。

 

「――面白いね、イナズマジャパンは」
「っ、は…!…ゲホッ、ゲホッ………!な、夏斗様の、お気に召したなら何よりです…っ!」
「うーん、まだ気には召してないよ?ただ、興味を引かれるってだけ」
「…そう、ですか……」
「俺に気に入られるには、まだまだあおいよ彼らは――イナズマジャパンだけにっ」

 

 緩い笑顔で「どうだ!」と言わんばかりに、に視線を向ける男――華雅屋夏斗。
酷くつまらないこと言った彼だが、海外にも進出している
飲食店経営を中心とした日本企業――華雅屋コーポレーションの社長にして、次期会長。
更に、このライオコット島をFFIの会場として提供した人物であり――FFI開催に貢献した影の立役者でもあった。
 そしてなにより、が仕えるべき存在――なのだが、
あまりの捻ってるのか、捻っていないのか微妙な夏斗の発言に、
思わずは「面白くないです」と、目上の人間に対する礼儀の「れ」の字も弁えず、きっぱり返した――
――が、の歯に衣着せぬ発言に対して夏斗は「残念」と、その発言を気にした様子もなく笑った。

 

「……会長・・、なに用ですか」
「んー?用――か、用はね、の顔が見たかっただけ、だよ?」
「…………………は?」
「だーかーらっ。ココ・・に来て、お前がどんな顔をするか――見たかったんだよ」
「っ…」

 

 先ほどまでの穏やかな印象から一転して、夏斗の顔に浮かぶ笑み――には、酷い嗜虐の色が宿る。
おそらく、彼はがライオコット島で精神の揺らぎ――ネガティブな一面を見せると踏んでいたのだ。
そして夏斗の予想は実際に的中し――
――色々な意味で夏斗にとっては満足のいく結果が得られて――の、あの嗜虐まんぞくの笑みなのだろう。
 じぶんなぞよりよっぽど酷い笑みを浮かべる夏斗に、は無遠慮にため息をつく。
だが、それに対してやはり夏斗がどうこうと言うことはなく、何事もなかったかのように流される――
――だが、それは夏斗かれにとって当然の反応だ。
彼にとって、今のの暴言など、子犬が咆えているようなもの――取り合う必要も、価値もない雑音でしかないのだから。

 

「――さて、行こうか」

 

 不意に夏斗は、表情を感情の宿らない笑顔に戻すと、の手を取り歩き出す。
あまりにも切り替えの激しい夏斗の調子に、さすがのも付いていけず、
倒れそうになった体勢を何とか持ち直しながら、夏斗にどこへ向かうのかを尋ねる。
 すると夏斗は、やはりその足を止めずに平然と歩きながら――にニッコリと笑みを向けた。

 

「決起集会」

 

 ――なにやら、面倒なことに巻き込まれた気がしてならないだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(…ホントに決起集会だった………)」

 

 夏斗に強制連行されつれられ参加することになった決起集会。
なにやら面倒なことに――とは思ったのだが、不幸中の幸いか、
巻き込まれた「面倒」は、の思っていた「面倒」とは毛色の違う「面倒」だった。
 ライオコット島に出展している店と呼ばれるもののうちの、
およそ7割を華雅屋コーポレーション及び、その傘下に当たる企業が占めている。
夏斗曰く、Deliegioと共にFFIを共同開催しているオイルカンパニーに、
こういったイベント興行的なノウハウがないらしく、そこを利用して上手いことやった結果――なのだという。
 そして、夏斗の言っていた決起集会――とは、このライオコット島に集まった華雅屋に連なるモノの、だった。

 

「(…まさかアッチに顔出せない代わりに、コッチに顔出すことになるとは……)」

 

 決起集会というの名の、結局はパーティーなので、
面倒なところへ連れてきたな――と、最初はも夏斗に対して、心の中で悪態を漏らしていた。
だが、そのパーティーの中でFFIで行われる試合の
全ての放送についてを取り仕切っている人物――菅浦に会えた事に関しては、夏斗に感謝していた。
 
 アジア予選におけるイナズマジャパン及び、のアレな行動は、
テレビ放送などでは、CMを挟むなどして違和感なく誤魔化されていた。
それらの配慮をしてくれたのが、他でもない菅浦だ。
 菅浦の配慮に、は礼を言ったが、菅浦は気にしなくていいと言ってくれた。
しかし、今後は全世界に向けて放送するだけに、あまり誤魔化すような真似はできない、というのが菅浦の本音で。
その事実を口にした菅浦は少し申し訳なさそうにだった。
だが、そこはも覚悟していたこと。表情を曇らせることなくは問題ないと菅浦に答えていた。
 適当な時間になったら帰っていい――と、夏斗から言われていたは、
菅浦に会うというパーティーに参加した十分な成果を得ると、早々にパーティーから離脱し、
これから自分の拠点となる場所――ジャパンエリアにあるイナズマジャパンの宿舎へと向かっていた。…やや寄り道をしながら。

 

 洋風建築が連なる道――
街灯はややまばらだが、様々な店の窓や、開け放たれたドアから零れる明かりによって、それほど暗い印象を受けない。
メインストリートのように明るく、活気はない――が、
優しい静けさに包まれたこのイタリアエリアの端は、的には嫌いは雰囲気ではなかった。
 
 FFIに出場する全ての選手が、持てる力の全てを発揮できるように――と、各国の街並みなどが再現している各選手村。
観光客にとってはライオコット島に来ただけで、およそ10カ国の雰囲気を楽しめる――
――上、日本よりは劣るがそれに近い治安を保っているため、安心して観光できるという利点もある。
 まぁ、観光名所――は、さすがに再現されていないが、各国の雰囲気を楽しむだけなら十分なクオリティだった。

 

「(…実際のイタリアじゃ、こんな時間に一人では歩けないもんなぁ〜)」

 

 夜に女性が一人で街を歩けない――ほど、イタリアの治安が悪い、というわけではない。
日本おんしつ育ちの少女が一人で歩くには、治安が良いとは言えない――というだけで、
地元の人間が出歩く分には、問題ないだろう。たぶん。
 イタリアの治安――と、考えると、どうしてもマフィア――などと、物騒なイメージが浮かんでしまうが、
さすがにイタリア全土がマフィアでどうこうとういうことはない。
南イタリアはマフィアうんぬんの事件も少なくはないが、白昼堂々大通りで人攫いが横行する、なんてことはさすがにな――

 

「――待って!」
「んっ?!」

 

 唐突に、腕をガシリと掴まれる。
治安うんぬんと考えていたところに腕を掴まれで、まさか――と、一瞬は思ったが、
ふと自分に「待て」とかかった声が、僅かだか聞き覚えがあり――
――反射的に掴まれた腕から、相手の顔へと視線を移せば――

 

「…………オルフェウスの……キャプテンくん?」
「よかった〜。オレのこと、覚えていてくれたんだね」

 

 を引き止めるため、とっさに腕を掴んだ――らしいのは、
イタリア代表チーム・オルフェウスのキャプテン(代理)のフィディオ・アルデナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 アレーなオリキャラ会長サマ登場+フィデ男さん本編初登場会でしたー。
最初はね、こんなに会長が出張る予定じゃなかったんですよ。でも急に出てきおったんです。
ただ、そのおかげで後の流れが多少自然になったのでありがたくなかったわけじゃないんですけどねっ(逃)
…………あ、次回はちゃんとフィデ男さんと絡みますぞ!