アジア予選が開催される前――イナズマジャパンが結成される以前に、
は既に彼――フィディオ・アルデナと出会っていた。
まぁ、お世辞にもいい出会い――とはいえないものだったのだが、
思いのほか彼に悪い印象は与えていなかったらしく、
の引きとめたフィディオの表情は、僅かに息を乱しているものの、笑顔が浮かんでいた。
「……急にどうしたの?」
「ああ……キミと少し…話を、したかったんだっ…」
「……エンジのこと?」
「…ぅ、うん、それもあるけど――キャプテンのこと、知らないかなっ」
キャプテン――と話題を持ち出したフィディオに、の脳裏にあった微妙な違和感が解消された。
以前、フィディオとイタリアで会った時、彼は明らかにに対して警戒心を持っていた。
なのに、フィディオはわざわざ走ってまでに声をかけてきた――上に、
が自分を覚えていたことに安心し、笑顔まで見せる辺り――彼の中にあったに対する警戒心は失われている。
今、とフィディオは再会したばかりだというのに。
「――ごめんなさいね。私も、アイツがどこにいるか知らないのよ」
の答えに、フィディオは「そうか…」と酷く残念そうにつぶやいた。
フィディオの中にあったに対する警戒心を解いたモノ――それはおそらく、オルフェウスの真のキャプテンの存在。
かつては彼と共にイタリアへと渡り、サッカー修行――的なものをしたことがあった。
その中で同世代の子供たち――エンジやアンジェロたちと出会っていたことを考えると、
彼らと共に幼き日のフィディオがいたとしても何の不思議はない。そしてが、彼が深く信頼を寄せるキャプテンと共にいた人物――となれば、
無意識のうちに警戒心が失われても不思議ではなかった。
――しかしまぁ、
「その様子じゃ、当分帰ってこないわね、アイツ」
「えっ……そ、それは…?!」
「だって、アイツを欠いた状態で予選リーグを勝ち残る自信がない――でしょ?」
「ぅ……」
の指摘に気まずそうな表情を見せるフィディオ。
どうやら、の指摘は図星――であり、キャプテンがチームを離れていった理由を、
フィディオはきちんと理解しているようだった。
…しかしまぁ――
「でも、不安になるのも当然よね。実質、13人で勝ち残らないといけないんだから……」
「ぁ、あ……ぇえ、と………」
「はぁー…あれでエンジがどうにかなるとは微塵も思ってなかったけど………。
…パオロ監督も、よくあんな不良選手をチームに残したわね…」
「…監督は、信じてるんだ。エンジが――チームの一員として、試合に出てくれることを」
エンジ・イナバ――日本人の父親とイタリア人の母親を持つハーフで、オルフェウスに選手として登録されているFWだ。
力強いオフェンス力と、力にものを言わせた強烈なシュートで、
攻撃でチームを守る「イタリアの用心棒」の異名を持つ、イタリアでも知られた選手――
――ではあるのだが、ある事情からチームメイトとの不和が続いていた。
チームメイトとの不和は、団体競技であるサッカーにおいては致命的な欠点――であるのだが、
オルフェウスの監督であるパオロは、エンジがチームメイトと和解する――
――チームの一員として、チームのために戦ってくれると、信じているらしい。なんとも心温まる話だが――このままでは、確実にその采配は良い結末にはたどり着かない。
そんなことでほだされるなら、とうの昔にエンジはオルフェウスの一員として全力を投じている。
一度こう、と意地を張ったら、もうテコでも動かない――のが、エンジという人間だ。残念ながら。
「――もちろん、オレも信じているよ。
きっと、オレがもっと強くなれば――エンジが…オレを認めてくれれば……!」
サッカーボールを小脇に抱え、自ら決意を改めるようにグッと拳を握るフィディオ。
そんな彼の姿を見つめていると、の心にはどんどんと申し訳なさが溢れてくる。
なにせ、エンジがフィディオたちと馴染まない原因――の大本は、いつかのの自分本位の行動だ。
…まぁ、「勝手 」自体は、後悔などは微塵もしていない、が。
フィディオがエンジを上回る――それはこのままの状態が続けば、いつかは訪れるだろう。
フィディオが多くの強敵と試合をしているのに対し、エンジは試合もせずただ身体能力を上げている状態だ。
試合をしていないエンジでは、選手としての成長速度はフィディオに圧倒的に劣っている以上――いつか追い越される。
…ただ、それは近い未来にあるものではない、と思うが。
「(…近いうち、けじめを付けに行かないとね。
…まぁ、今はエンジの不和がフィディオくんのモチベーションになっているっぽいから――もうちょっと待ってもらおう!)」
「オレ、頑張るよ!」と意気込むフィディオに、
無責任と思いつつ「頑張ってね」と返しながら、は都合よくフィディオの決意に甘えることにする。
自分のせいで、かつての仲間がチームとの不和を起こし、その所属チームに迷惑かけている――
――その事実は、にとって心地が悪いが、
他のチームの心配をしていられるほど、イナズマジャパンのアドバイザーに余裕はなかった。
自軍 の面倒も見れない人間に、他軍 の面倒を見れるわけがないのだ。
今の状態で、無理にどうにかしようとしても、どちらもロクな結果には繋がらない――であれば、
ここはオルフェウスのキャプテン が選んだチームを信じて――エンジの復帰は、待ってもらうとしよう。
「…そういえば、どうしてがイタリアエリアに?」
「所用で出かけててね。今はその帰り」
「じゃあ――っと?!」
「うわぁっ!?」
歩き出したフィディオ――の前に急に飛び出してきたのは、
オレンジのバンダナに緑と黄色の見慣れたGKのユニフォーム――まさかの円堂だった。
第143話
出会いはインパクト
円堂との衝突――をかわしてバランスを崩したフィディオ――だったが、
そこは一流のプレーヤーだから成せるもの、というべきなのか、フィディオは自らの力で体勢を立て直す。
――それに対して、円堂は完全にバランスを崩して地球と厚い抱擁をしそうだが……。
…まぁ、GKとFWでは必要とされる能力が違うのだ。そこに差があることは――問題ではないだろう。
円堂が地球と抱擁をかわす――寸前のところで、円堂の首根っこを掴んだ。
呆れ顔で円堂に「なにしてるの」と問えば、円堂は当然のように「御麟?!」との登場に驚く。
当然の流れか――と、円堂が落ち着くのを待とうと思った――
――だったが、不意に聞こえたガコン、という音に思考は一気に切り替わった。
「はい、円堂ダッシュ!」
「お、おうっ!」
強制的に円堂の体勢を整え、パンッとその背を叩いては円堂を送り出す。
すでにフィディオは自身のサッカーボールを追って、巨大なタイヤを積んだ軽トラックのあとを追っている。
円堂 がフィディオ の手助けをできるか――は、正直怪しいところだが、
だからと言ってフィディオに任せてしまうというわけにもいかなかった。
…本当は、が全力で走ればいい――のだが、
アクティブな動きには適さないミュール を履いているに、全力疾走など無理な相談で。
一応、走って二人を追いかけているものの――差は開く一方だった。
「(くっそ…!調子に乗って見かけ重視するからァ…!!)」
悔やまれるのは昼間の自分の選択。
つなぎ姿のを連れ歩くのは嫌だという夏斗の指示で、私服に着替えた。
そしてその際に、走ることに適したスニーカーもあったのに、
走ることも多少できて服にも合うサンダルもあったのに、よりにもよってが選んだのは――機能性ゼロのミュール、だった。
…ただ、誰もこんなことになると想像して、靴を選ぶ人間はそういないと思うが。
ぐたぐたと心の中で自分への悪態を漏らしながらも、円堂たちの後を追ってが走り続けている――と、
前方で微かに光っていた赤いライト――軽トラックのブレーキランプが強い明かりを放つ。
それは軽トラックの停車を示しており、どうやらフィディオがトラックに追いつき、どうにかしてトラックを止めたようだった。
ああ、よかった――と、ホッと安心しながら、はわずかに走る速度を落としながらも、
少し先の場所で足を止めている円堂の元へ合流しようと足を動かす――が、
「危ないッ!!」
フィディオの警告が知らせたモノ――それは猛スピードでこちら向かってきている巨大なタイヤ。
確かアレは軽トラックの荷台に乗っていたもの――と、他人事のように冷静に情報を分析しているだが、
なにも危険を前にして思考が停止しかけている――と、いうわけではない。
大体、自分の前には円堂がいる以上、に危険が及ぶわけがないのだ。
彼は円堂守――イナズマジャパンのGKなのだ。
真正面から自分に向かってくるタイヤを、避ける、なんて真似を、する人物ではないのだから。
「――ゴッドハンド!」
円堂の頭上に現れたのは、気で構築された光り輝く巨大な手。
初めて見た時から、大きく成長を遂げた円堂のゴッドハンド――は、円堂よりも遥かに巨大なタイヤを確りと受け止める。
つい半年前までは、このタイヤの三分の一の大きさの物でさえ、まともに受け止められなかったはずなのに――
――なんて思いながら、感慨深く円堂の後姿をが見つめていると、いつの間には円堂の元にフィディオが駆けつけていた。
なにやら意気投合している様子の少年たちの姿を眺めながら、は円堂たちの下へと止めていた足を動かす。
円堂の力か、それとも単にフィディオが日本人贔屓なのか――
――どちらにせよ、2人の間にギスギスとした空気が生まれないのは、喜ばしいことだ。
2人の間にいる者――と、してではなく、彼らの健やかな成長を望むとしては。
「覚えておくよ、エンドウ・マモル」
「ああ。試合で会おうぜ、フィディオ」
好敵手とお互いを認めあい、フィールド上での再会を約束する円堂とフィディオ。
その姿をが見守っていると、不意に機械音が近づいてくる。
反射的に音の聞こえた方向へ視線を向ければ、
巨大なタイヤの持ち主である赤キャップの老人の運転する軽トラックが、倒れたタイヤの近くにまで降りてきていた。
「ほれ、ぼさっとしてないで早くタイヤを積み込めっ。ついでに送って行ってやる」
「ホントですか!ありがとうございます!!」
運転席の窓から顔を出し、タイヤを荷台に積めと声を上げる老人。
そして更に、タイヤを運ぶついでに、一緒に円堂も宿舎 まで送って行ってくれるいう。
少々口は悪いようだが、この老人の根っこは気風のいい人物のようだ。
タイヤを運んでくれる――ということは、必要あって調達したであろうこの巨大なタイヤを、
出会ったばかりの円堂に譲ると言ってくれているのだから。
「――フィディオくん」
「!」
「…なんだかごめんなさいね、変なことに巻き込んじゃって」
「いや、が悪いわけじゃないし――きっと、マモルに出会えたのは、オレにとってプラスだと思うから」
変なこと――この一連の騒動に巻き込んでしまったことをが謝ると、
それに対してフィディオは、この騒動を――円堂守との出会いをプラスに思っていると口にする。
ある意味意外――ではないのだが、それでも少しは「よくわからない感覚」に、
フィディオが戸惑いを見せるとは思っていたにだが、
そこはお国柄なのか、円堂に対する好感をフィディオはストレートに口にした。
フィディオの、意外ではないが想定していなかった反応に、は驚いた表情を浮かべる――が、
それはほとんど一瞬のことで、次の瞬間にはは嬉しそうな笑みを浮かべて、「ならよかった」とフィディオに返していた。
「――あ、そういえば御麟、お前これからどうするんだ?」
「…そりゃ、帰るけど?」
「なら――」
「なんだ?お嬢ちゃんもその小僧と行き先が同じなのか?ならさっさっと乗れっ。一人も二人も一緒だ」
「ありがとうございます!よかったな御麟!」
「ええ――それじゃ、お言葉に甘えてッ」
タイヤを積み込み終わり、ふとの存在を思い出したような円堂の問いかけに、
が思ったままを返すと――思いがけず、にまで同乗許可が降りた。
催促するつもりはなかった――が、にとってこの申し出はありがたいところ。
自力で帰れないことはない――が、円堂と一緒にこのトラックで帰った方が楽な上に早いのは、火を見るよりも明らかだった。
無遠慮にはすぐさまトラックの荷台に乗り込み、円堂に手を差し伸べる。
そして差し伸べた手を円堂が取れば、タイミングを合わせて引き上げ――円堂の乗車が完了する。
そして各々「座席」を確保すると――
「フィディオくん、気をつけて帰ってね」
「またな、フィディオ!」
「ああ、また!」
フィディオとの別れの挨拶を終え、円堂が「お待たせしました!」と出発の準備が整ったことを知らせれば――
――今度は赤キャップの老人が「確り掴まってろよ!」と声をあげ、エンジンが一唸りすると、
と円堂――そして巨大なタイヤを積んだ軽トラックが、ゆっくりと走り出すのだった。
■あとがき
円堂とフィデ男さんの出会いに、若干絡んだ回でしたー。何気に、フィデ男さんとのやり取り楽しかったです(笑)
因みに、さほど絡んでない初絡みは番外編の4話になりまーす。興味のある方はどうぞ(笑・宣伝)
この回の展開は結構色々考えたのですが、結局はザ・どシンプルとなりました。
だって、円堂さんとフィデ男さんの大事な出会いの場ですからねぇ〜。ぶっちゃけ、第三者など不要なのです(爆)