巧みなフェイントを見切り、一瞬の隙を突いたスライディングをかわし、前を塞ぐディフェンスを突破する――と、
そのボールをテキトーな相手に渡し、一間置いてから今度は渡したそれを奪取する。
その繰り返しを、はフィディオたち相手に何度も繰り返していた。
 想像の範疇――だが、さすがだと、は思う。
やはり海外のトップレベルの選手たちは、ポテンシャルも技術も素晴らしい――
――残念かな、相手がイナズマジャパンメンバーではここまで楽しいゲームにはならないのだ。
 イナズマジャパンのアドバイザーとしては、ある意味でガッカリなこと――だが、
個人としては、非常に嬉しく楽しく――ただ、やっぱり少し寂しいものだった。
 テレスがの動きを抑制し、機動力とテクニックに優れるフィディオがボールを奪取せんと仕掛けてくる。
状況を冷静に分析しながらも、は感覚に任せてボールを操り、自らも体を揺らす。
それによってフィディオたちも動きを見せ、僅かな隙(ズレ)を突いて飛び出せば――

 

「今だッ!」

 

 ――絶妙なタイミングでディランが、ボール目掛けてスライディングで突っ込んでくる。
さすがにこれにはも対応できないか――と思われたが、それはこの状況をが想定していなかった時の話だ。
 ディランに奪われかけたボールを宙へと逃がし、即座にはボールを確保する。
当然、宙に逃がしたボールを確保するためには宙へと上がっており、
ボールをキープしたまま着地しなくてはならない。そしてそれは、絶好の隙を生む。
それを理解しているフィディオがその瞬発力の高さを発揮して再度、からボールを奪わんとする――が、

 

「――残念」

 

 寸前のところで、またはボールを宙へと逃がし、フィディオの追撃を逃れたのだった。
 基本、空中戦となると、着地時にどうしても隙(ラグ)が生まれるもの――なのだが、
空中戦を得意とするの場合、得意とするからこそ、
弱点ともいえる着地うんぬんを克服するためにラグのカバーについて追求していた。
それ故にの場合は、空中戦の方が隙が少なかった。
 無意識に浮かぶ笑み。
久々に出した本気はとても心地がいい――本調子ではないことは残念ではあるが、
沖縄での自主練習の成果も体感できて、実に有意義なゲームだったと、は思う。
これで、自分だけではなく、フィディオたちにとっても、
なんらかの形でプラスになっていれば――エゴではあるが、も嬉しいところだ。
 本当は、もう少しボールを蹴り続けたいところなのだが――

 

「 す わ る なッ 」
「「「!!」」」
「ひやっ」

 

 ――なぜか土手の階段に腰を下ろしてたちのゲームを観戦しようとかしている、
タキシードに身を包んだイナズマジャパンのキャプテンを、は放置しておけなかった。
 警告――というよりも、もうほとんど武力行使に近い感じで、
階段に腰を下ろしかけていた円堂のすぐ傍を狙って、はボールを蹴り放つ。
高速かつ正確なシュートは、見事に円堂が座ろうとしていた階段に命中し、
危うくボールの餌食になりかけた――ように錯覚した円堂は、小さな悲鳴を上げてその場に直立してする。
そして、階段に命中し、跳ね返ったボールは――緩やかな弧を描いて、フィディオの前にポトリと落ちる。
しかし、ボールの行方を確かめることもせずに、はずんずんと円堂の元へと歩を進めていた。

 

「…円堂、着替えたんならさっさとパーティーに行きなさい。なに余裕もないのに寄り道しようとしてるのよ…!」
「いっ、いやっ、だってさ?!明那さんが道は御麟に聞けって…!」
「は?道??……明那はどうしたのよ」
「明那さんは明日の準備とか色々仕事があるって…。
それで、御麟なら遊んでるから暇だろうって言われて……」
「…………」

 

 円堂の発言に――いや、明那の言い様に、の頭の中でカチンと、何かのスイッチが入る――が、
ふと冷静に自分が遊んでいた(・・・・・)ことを自覚する(おもいだす)と、不機嫌一色だった表情を呆れたものに変え、円堂の道案内役を了解した。

 

「――勝手で申し訳ないけど、今日のところはここまでにさせてもらうわね」
「いやっ、一緒にプレーできて本当によかったよ!ありがとう!」
「Hahaっ!次、勝負した時は負けないヨ!」
「ああ、次は必ずお前からボールを奪ってやるからなっ」

 

 急なからの終了宣言ではあったが、フィディオたちは笑顔でそれを了承してくれる。
それに「ありがとう」と礼を言い、は円堂と共に親善パーティーの会場――イギリスエリアはロンドンパレスへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第147話
間違って場違い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 華やかだが、上品な時間の流れる夜の英国庭園。
凛々しく身なりを整えた少年たちに、華やかなドレスに身を包んだ少女たち。
きっちりと正装した人々の姿に、は思わず――営業モードが発動しそうだった。

 

「(恐ろしや長年のクセ…!)」

 

 しばらく距離を置いていた――が、
つい先日、似たようなパーティーに出席してせいか、無意識にの顔に出来上がってしまう営業スマイル。
服装がつなぎという運動及び作業着なだけに、営業スマイルを浮かべたところで違和感が酷いだけなのだが――
――どうにも、条件反射(オート)で営業モードのスイッチが入る体質になってしまっているようだ。
 もちろん自身、自分の色々が不協和音を奏でていることはわかっている。
グッと拳を握り、わき腹を思いっきり殴れば――さすがに、表情をリセットされる。
アレな醜態を晒すことにはなったが――円堂に。

 

「だ…大丈夫…か?」
「大丈夫よ…ちょっと発作が起きそうなっただけだから……」
「ほっ……?!」
「あーあー言葉の綾よ。深く突っ込まなくていいの」

 

 発作と聞き、大声を上げ――そうになった円堂の口を塞ぎ、は円堂が気にすることではないと説明する。
それを受けた円堂が、了解を示すようにコクコクと頷けば、は円堂の口から手を離した。
 そしては一度円堂から少し距離をとると、
円堂の姿を下から上に視線を移し――ふと、円堂の首元で視線を止める。
そして、僅かに小さなため息をついて、今度は円堂との距離を詰めた。

 

「いい円堂?会場に入ったら、まず鬼道なりと合流して、このパーティーの主催者――
――多分、ナイツオブクイーンのキャプテンか監督だろうから、
その人にちゃんと挨拶して遅れたこと、謝罪するのよ?…ああ、あと――」

 

 円堂の服装を整えながらは、円堂にすべきことと、パーティーに関する諸注意を伝える。
まぁ、多少恥をかいたところで、円堂であれば問題ないとは思うが――
――それを見ていた身内(なかま)がどう思うか、という方が不安なところ。
特に、秋や鬼道辺りがピンポイントで被害を受けそうなので心配だ。…まぁ、的に鬼道が被る分にはどうでもよかったが。
 必要最低限のマナーを伝え、が改めて円堂に視線を向ける――と、
の顔を見る円堂の目は、わかりやすく点になっていた。
どうやらマナーうんぬんを一気に説明したため、円堂の思考がキャパオーパーでフリーズしてしまったらしい。
必要最低限――もだいぶ要点をまとめたつもりだったのだが、パーティー初心者に対して多くを求めすぎたようだ。

 

「…とにかく鬼道と合流して、大きな声は出さないように」
「お、おう!」
「…だから、それだというに……」

 

 言ってる傍から元気よく答えを返してきた円堂に、思わずも苦笑いが浮かぶ。
 元気に返事をすることはいいことだ。とてもいいことだ。…だが、それにも時と場所と状況――TPOというものがある。
その辺りを、は円堂にわかった欲しかった――おかげで、人々の奇異の視線がグサグサと刺さるではないか。
 何度も言うようだが、周りが正装している――のに対し、は運動着だ。
そう、一目でわかるレベルに英国庭園(このば)にそぐわない――不和の存在だ。
だからこそ、は会場の入り口から少し離れた場所で、わざわざ確認やら諸注意やらをしていたのに――

 

「守くん、さんっ」

 

 ――と、うだうだと内心で愚痴を漏らしている間に、
先にパーティー会場へ向かっていた冬花がたちの元へとやってくる。
しかも、どういうわけだか――

 

「紹介します。こちらナイツオブクイーンのキャプテンで、FWのエドガー・バルチナスさん」
「はじめまして、エドガーです」

 

 冬花がたちに紹介したのは、彼女と共にこちらにやってきていたのは、
長いジェードグリーンの髪を持つ長身の少年――エドガー・バルチナス。
冬花の紹介の通り、イギリス代表チーム・ナイツオブクイーンのキャプテンであり、世界的にも知られているストライカーでもあった。
 正直、キャプテン――どころか、誰にも会わずに退散する算段でいたとしては、非常に嫌な展開だ。
…ただ、彼を連れてきた冬花に罪はない。罪があるのは言った傍から大声で返事をした円堂だ。
 ポンと背中を軽く叩いて、が円堂に謝罪を促せば、
円堂は「ああ」との意図を理解して、エドガーにパーティーに遅れてしまったことを謝罪する。
…できることなら、その「ああ」は心の中だけにして欲しかったのだが、
相手が相手だけに、気づいてくれただけで「よし」とするしかない。
「へ?」とアホ面で聞き返されなかっただけ、上等だ――と、は自分を心の中で鼓舞した。
 円堂がエドガーへ時間に遅れてしまったことに謝罪すると、
エドガーは僅かに呆れとも、嘲笑とも思える苦笑いを浮かべて、円堂に「気にするな」と言う。
そのエドガーの言葉を素直に受け取った円堂は、自分の遅刻を許してくれたエドガーに礼を言い、
改めて自らの名を名乗り、エドガーに握手を求めた。
その円堂の求めに対し、エドガーはほんの僅かな間をおいて、円堂と友好の握手を結んでいた。
 日本とイギリス――両代表チームのキャプテン同士が握手を交わし、
両国の親睦を深めるという「親善パーティー」の主旨が果たされる――と、
エドガーは円堂から、その後ろに控えているへと視線を向け、冬花に「彼女は?」と冬花にの紹介を頼んだ。

 

「こちらはイナズマジャパンのアドバイザー、御麟さんです」
「このような格好で申し訳ありません。
イナズマジャパンでアドバイザーを務めております御麟です」

 

 冬花からの紹介を受け、は先ほど引っ込めた営業面(ネコ)を引っ張り出し、
申し訳なさそうな表情で謝罪をし、更にそのまま役職と名を名乗る。
 握手を求めることはせず、軽く会釈で済ませれば、エドガーは少し意外そうな表情を見せる――が、
それは本当に僅か一瞬で、すぐにエドガーは「よろしく」と会釈を返してきた。

 

「それでは私はこれで失礼致します」
「――おや、もうお帰りになられるのですか」
「慌しくて申し訳ありません。彼をこちらに案内するのが役目でしたので」
「ぁ……」

 

 形式的なとエドガーのやり取りの間に、ふと漏れる冬花のどこか申し訳なさそうな声。
酷く申し訳なさそうな表情で、オロオロと表情を泳がせているところを見ると、
が恥をかいた原因は自分にあると思い至ったのだろう。
 ごめんなさい――と、言いかけた冬花を遮って、
は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら「冬花さんは悪くないわ」と冬花に言葉をかけた。

 

「自分の服装も弁えないでここまで来てしまった私が悪いだけだから」

 

 円堂が大きな声で返事をした。それに冬花が気づいてエドガーを案内した。
確かに、それらはが恥をかくにいたる原因ではある――が、
そもそもの原因は、場違いな服装で会場間近まで不用意に近づいてしまったにある。
これが、上流階級のパーティーの作法も知らない人間であれば、「仕方ない」で済まされるが、
それを知るだからこそ、その落ち度は特に大きかった。
 うっかり――などという、間抜けを犯したのだ。恥を被るのは自業自得でしかない――という話だ。
 が気にするなと言えば、当然のように冬花は「でも」と食い下がる。
しかし、それでは話はいつまで経っても終わらない――要するに、
は恥をかき続けることになるし、冬花はいつまでも自分を責めることになる。
そんな進展のない会話を続けるつもりのないは、グッと腹を据えて、冬花に「嫌な思いをさせてすまな――

 

「いやはや、それが日本風(・・・)の正装(タキシード)ですか?」

 

 ――遮られるの謝罪。しかも、全力全開の嫌味で。
しかし、ここでこの嫌味に対して、嫌味を――反論を返すことはできなかった。
 の格好が、そう言われても仕方のないものだから。
マナーを破った上に、ここで反論してはただでさえ微妙な空気を微妙と通り越して険悪に変えてしまうから。
――と、反論できない――というか、するわけにはいかない理由は様々あるった。
 ここはグッと嵐が過ぎ去るまで堪え、去ったらさっさと帰る――それがベストの選択と、もわかっている。
しかし、わかっているからといって、そのわかっていることが、必ずしも行動に反映される――とは限らないのだ。
 動物(にんげん)だもの。

 

「――ッ!!」

 

 思う――よりも先にきびすを返し、逃げ(はしり)だした。これはもう本能の域だった。
 の中にある嫌な予感センサーが全自動で作動して、危険を察知し、
その危険を回避するために、即座に体を反応させた――人間の長所であり特徴は、
本能を自制できる理性の高さだが、こういう時に限っては本能様々、と思う。
でなければ、今までは多くの危険を回避できなかった――わけだが、

 

確保ッ――!!
「がふっ!!」

 

 逃げ(はしり)だした――の前に現れたのは、黒服、黒サングラスで色黒のSP風の屈強な男たち。
しかも、頭が混乱していた上に、物陰からの急襲であったため、
抵抗の術はなくは――ファーストアタックでものの見事に捕えられてしまっていた。

 

「ふっふっふ、一撃で彼らに捕らわれてしまうとは――未だ『本気』のブランクを大きいようですね、?」

 

 楽しげに笑いながらに問いかけたのは――に嫌味を投げた声の主。
先ほどよりも大きくなっ(ちかづい)た声に、半ばやけくそでがこの聞こえた方向(うしろ)へ視線を向ける。
 するとのすぐ後ろには、
ネービーを基調としたタキシードに身を包んだ、クセッ毛の長い黒髪を襟首で結んだ少年――
――アストル・サエンスがどこか挑戦的な表情でを見ていた。

 

「…少しばかり、買い被りが過ぎるんじゃないかしらね――アス?」
「まさか、買い被るなどとんでもない――私の知るアナタにはできたことですよ?」
「…だから買い被りが過ぎるって言うのよッ」

 

 さも当然と、当然ではないことを言って寄越すアストル――こと、アスにくわっと吠える
今の今まで、なんとか猫を被り通せていた――のだが、
さすがのもアスが登場しては、何事もなく立ち去るのは無理だと腹をくくっていた。
――ただ、アスの思い通りには、なるつもりなどこれっぽっちもないが。

 

「それで?こんな形で人ひっ捕まえてどーゆーおつもり?」
「ふふっ、なに簡単な話ですよ――侍女隊ッ!
あ゛?!

 

 パチンとアスが指を鳴らした次の瞬間、
の腕を掴んでいた黒服たち――に代わってを拘束したのは2人の侍女。
先ほどの黒服たちと違い細腕だが――メイド服(そのふくそう)に似合わない隙の無さが、の抵抗を根底から否定していた。

 

「ちょっ、まっ…?!アス!なに!?なんなのこれはっ!!?

 

 腕をがっちりと拘束(かんぜんにとうぼうをそし)され、侍女たちにずるずると引きずれられて巨大な屋敷――イギリス代表の宿舎へと連行されようとしている
あまりにあんまりな状況――というか展開に、先ほど円堂に「大声は出すな」と言ったにもかかわらず、
大声では「どういうことだ」と悲鳴混じりにアスに向かって叫んだ。
 …まぁ、こんな状況では、叫ぶ方が普通の気がしないでもないが。

 

「ふふふ、抵抗せず黙っていれば、すぐにわかることです――
――ああそうそう、アキナ兄様からレンタルの許可は取っておきましたよ!」
「なんのー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき