FFIにおける、イナズマジャパンの初戦の相手――は、
近代サッカーの発祥の地であるイギリスの代表チームであるナイツオブクイーン。
世界にその名を轟かせる名FWエドガー・バルチナスをキャプテンとした
攻撃的ながらも巧手に優れた戦略を持つ――イナズマジャパンの初戦には些か荷の重い相手ではあった。
…まぁ、格下は愚か、同格すら予選グループの中には存在しないのだが。
発祥の地ということもあり、イギリスにおいてサッカーは非常に人気の高いスポーツだ。
確実に、日本よりのその人気は高いと言っていいだろう。
――ということは、だ。中学生とはいえ、旅費をかけてまで自国のチームの応援に来る人間も、
日本人よりも圧倒的にイギリス人の方が多いわけだった。
「(とでもないアウェーねぇ)」
イナズマジャパンとナイツオブクイーンがしのぎを削ることになるウミヘビスタジアム――
――の、スタンドを埋め尽くしているのは、白いユニフォームに身を包んだイギリス人サポーターたち。
一角には青いユニフォームに身を包んだイナズマジャパンのサポーターらしき影もあったが、
あまりのアウェーに逆にテンションが上がっているのか、その一角だけは妙に盛り上がっている観があった。
しかし、そんなサポーター陣営とは裏腹に、イナズマジャパンメンバーは、
すっかり巨大なスタジアム――そしてそれを埋め尽くしているイギリス人サポーターにすっかり萎縮してしまっているようだった。
「――どうってことないよ」
そんなイナズマジャパンメンバー――円堂も含めた彼らを鼓舞したのはキャプテンバンドを持った秋。
円堂にキャプテンバンドを手渡した秋は「全部、自分たちへの応援だと思えばいいのっ」と続け、相手サポーターの応援を恐れることはない、と円堂たちを励ます。
その秋の励ましを受けたイナズマジャパンメンバーは、
吹っ切れたように表情を明るくすると、試合開始へ向けてのウォームアップを開始した。
ウォームアップをはじめたイナズマジャパンの姿を横目に、は同じくウォームアップ中のナイツオブクイーンに視線を向ける。
イナズマジャパンのように萎縮しているようするも、まして気負っている様子もなく、かなりリラックスしているように見える。
だがそれも当然か。昨日の円堂とエドガーと勝負でナイツオブクイーンにとって、
イナズマジャパンは勝って当然の相手と認識されているはず――であれば、
負けるはずのない相手を前に、萎縮は愚か緊張などするはずがないのだ。
「(ハッ――)」
ふと、イギリスサイドにいたエドガーとの目が合う。
目が合い、はエドガーに軽い会釈を返される。
が、そのエドガーの顔に浮かんでいる笑みは、明らかにに対する挑発の色があり――も、
顔には穏やかなものを浮かべて、瞳の奥には軽い挑発を含ませ会釈を返した。
「おいおい、アンタが一番に張り切ってんじゃねーよ」
トゲトゲとした気持ちでイギリスベンチに視線を向けていた――にかかったのは、呆れと嘲笑の混じった不動の声。
反射的に「ん?」とが視線を向けてみれば、そこに既に不動の姿はなく、
無意識に不動の姿を探してみると、気づけば不動はの横にドカリと腰を下ろしていた。
「――どういう風の吹き回し??」
孤高の反逆児、イナズマジャパンのジョーカー――不動明王。
ベンチスタートの多い彼は、そのベンチにおいても常に一人で陣取っていることが多かった。
先のファイアードラゴン戦で不動というプレーヤーが理解され、
沖縄での合宿によって他メンバーと打ち解ける時間はあった――が、
それでも自分から誰かに話しかけるなど、試合開始前ともなれば、特にないことで。
そも前提として、不動は他者と馴れ合うことを好まない気質なのだろう――と、は思っていただけに、
声をかけてくるという不動の行動は意外も意外だったのだが、の驚きも織り込み済みだったらしい不動は、
意地の悪い笑みを浮かべ口を開いた。
「んだよ、人がせっかくアンタの仕事に協力してやろうってのに」
「…………へー、はー、ほー〜」
「うぜェ」
ヒクリと顔を引きつらせる不動を前に、
は苦笑いを浮かべ「ごめん、ごめん」とさして申し訳なさそうでもない様子で不動に謝罪の言葉を返した。の謝罪に心も誠意も篭っていない――ことは不動もわかっているようだが、
わざわざ今その点について改めるつもりはないらしく、酷く面倒そうに大きなため息をつきながら――も、
不動はの横から腰を上げることをしないのだった。
第150話
策士たちの会話
イナズマジャパンボールで試合開始となった――
――FFI予選Aグループ・ナイツオブクイーン対イナズマジャパンの試合。
この大会の特別解説であるマーロックによる前評判は、当然のようにナイツオブクイーンに傾いている。
イナズマジャパンの勝利を否定してはいないが、あくまでどれだけくらいついていけるか――勝利は望み薄だと、
噛み砕いてみればそう言っているようなものだった。
有識者からの残酷な情報と思えるマーロックの前評判。
しかし、それはからすればそれはありがたい前評判(はなし)だった――のだが、それを優に上回る現実がに降っていた。
「……不動くんは聞いてたわけ?」
「簡単な概要だけはな」
「じゃあどうしてわざわざ私の傍にいたかな」
「近くにいりゃ、アンタのスゲェ顔が見られる――って源津妹が」
ギリッとの奥歯が鳴り、脳裏でまたこの上なく楽しげな源津妹(きりみ)の
「うふふふふふ〜」という笑い声が響き、頭痛と苛立ちで瞬間、は発狂しそうになる――が、しかし今は試合の途中。
そんなことをした日には一発退場と相成って当然である以上、それはできたものではなかった。
が発狂しそうになった理由――いや、の中の前提を全て覆したのは、
ナイツオブクイーンが披露した必殺タクティクス・アブソリュートナイツ。
ボールを持っている相手に対し、次々に襲いかかることで、
相手の行動を制限たり、ミスを誘発することで、ボールを相手から奪取する――という守りの必殺タクティクス。
そして、これを薄っすら目を細めてみてみると――にはある必殺タクティクスが思い浮かんでいた。
「――にしても、スゲェ顔だったな」
「…そりゃスゲェ顔にもなるわよ……まさかこんな形で『メルクリウスの神託』を思い出すことになるとは………」
「神託……ねぇ?」
「…そ、そこはまぁ若さ故だから、あんまり突っ込んで欲しくないんだけど……」
大それた名の『メルクリウスの神託(それ)』は、霧美が編み出し、得意とした必殺タクティクスの一つ。
2頭の蛇が絡み合う杖――ケーリュケイオンの持ち主の名を借りたタクティクスだが、厳密なところは強い結びつきはなかった。
しかし、それも当時中学生だった霧美たちが付けたもの――今となってはある種の負の遺産と言ってもいいものだ。
そこは空気を読んで触れてあげないのが礼儀だろう。…まぁ、不動の場合は格好の反撃ポイントなのかもしれないが。
「――ま、相手からすりゃ、本当にそう感じるんだろうけどよ」
…――と思いきや、痛いところを突いてくるどころか、
なんと不動は厨二(アレ)な名前をおよそ事実であるかのように肯定したのだ。
まさかの不動の発言――ではあるのだが、霧美が不動に対して特別、興味を寄せていたことはも知っている。
そも、イナズマジャパンがファイアードラゴンに勝つことができたのも、
霧美が事前に不動に龍踊り道中の攻略方法について教え、その術までを伝授していたからこそ。
――であれば、「源津妹」と不動は霧美のことを呼んでいるが、
彼らの間にちょっとした師弟関係が成立していても何もおかしくはなかった。
「……へー」
「…盤上、とはいえ――のされりゃ(・・・・・)わかる」
「意外」というようにが相槌を返せば、
不動は悔しさと諦めの間のにいるような様子で答えを返してくる。
その不動の表情に、は「あ〜…」と同調の声を漏らした。
おそらく不動の言う「盤上」とは将棋の盤上のこと。
そしてその上で、不動は霧美に策士として敗北を記したのだろう。
そしてその敗北は、不動と霧美の実力(やくしゃ)の差を理解するに十分なもの――だったようだ。
策士としても、サッカープレーヤーとしても。
「あ、あの〜……」
「あ?」
「ん?」
実があるやらないやら微妙な会話を続けていたと不動に、ふとかかったのは、おずおずとした立向居の声。
反射的にたちが視線を立向居の方へ向ければ、やはりおずおずした立向居と、
なぜか引きつった笑みを浮かべている小暮と――なにやら訝しげな染岡と佐久間の視線がたちに向かっていた。
普通であれば、染岡たちの視線が気になるところ――だが、そこはと不動。
彼らの睨みなどまったく無視して、は「あの」と声をかけてきた立向居に「なにかしら?」と質問を促した。
「その…御麟さんはアブソリュートナイツの攻略法を知ってるんですか…?!」
期待と緊張が入り混じり、意を決してに質問を投げる立向居――だったが、の返答には多少の時間を要した。
ナイツオブクイーンの必殺タクティクス――アブソリュートナイツ。
ボールをダッシュするべく、対象に次々に向かっていく――という戦術だ。
これは霧美たちが得意とするメルクリウスの神託と類似している点がいくつかある――が、戦術としての精度としては後者の方が格段に上。
では、アブソリュートナイツとメルクリウスの神託――この2つの戦術にある大きな差とは一体なんなのか。
――それを考えれば、攻略法など、導き出すことは容易だった。
「さてねぇ――なにせ初見の戦術だもの」
「「はぁ!?」」
「「「「ええぇっ!?」」」」
と不動の会話から、アブソリュートナイツを知っている――どころか、
攻略法すら既に導き出している――とでも思っていたのか、
初見だ、知らぬとが返せば、立向居たちから返ってきたのは素っ頓狂な驚きの声だった。
しかし、そうなることを端からわかっていただけに、
内心ではニヨニヨしながら平然とした表情で驚く立向居たちの驚く表情を眺めている――と、
不意に手前からこの上なく面倒そうなため息が漏れた。
「なにかしら?」
「性格悪りぃと思ってよ」
「ふふっ、策士ってそういうものでしょ?」
「…あー……尤もだ」
そう言って不動が視線を向ける先にいるのは、ボールを抱えた円堂とそれを見下ろすエドガー。
なにかエドガーが円堂に言っているようだが、その声は会場のサポーターたちの歓声でかき消され聞き取ることはできない――のだが、
の地獄耳と読唇術をもってすれば、彼らの会話を読み取ることはある程度可能だった。
「世界の舞台で戦う代表チームは、自分たちの国の数え切れない人々の夢を託されている。
そして、それを裏切ることはできない――その夢を背負って戦うのが代表としての使命だ」
「代表としての…使命……?」
「私たちは、ナイツオブクイーンに選ばれた誇りを胸に戦っている。
ただ目の前の高みだけしか見えていないキミたちに、負けるわけにはいかない!」
円堂に――そして同じくフィールドの上で戦うイナズマジャパンに、エドガーが説いたモノ――それは代表としての誇りと使命。
そのエドガーの指摘は円堂たちに少なからず思うところを与えたらしく、
彼の言葉を受けた円堂たちの表情を試合開始直後より陰りを帯びている。
イナズマジャパンのゴールキックでの再開に際し、
各々フィールド上に散っていく選手たちの中で、ふとが目があったのは――エドガー。
教えて差し上げましたよ――と、言わんばかりのエドガーの表情に、
内心は口元がヒクつくのを抑えながら苦笑いを浮かべ「それはどうも」と肩をすくめて返す。
すると、それに対してエドガーが僅かに怪訝そうな色を見せたものの、
次の瞬間には優雅に――から完全に興味を失ったかのようにに背を向け、自分のポジションへと戻っていった。
「フラれたのか?」
「まあね――そもそも、騎士様と魔女は相性悪いのよ」
イギリスに伝わる伝説的国王――アーサー王。
そのアーサー王に死を招いたとされているのが――彼の腹違いの姉であり、魔女でもあったモーガンという女性。
そして、エドガーが使う必殺技エクスカリバーとは、アーサー王が所有する聖剣を名を冠したもの――。代表としての誇りを胸に、人々の期待を背負い正道を行くエドガーをアーサー王(きし)するのであれば、
己の欲のままに、他人の思惑すら己の策の内として邪道を行くはモーガン(まじょ)と言えなくなかった。
そしてそれは同時に――彼らが水と油であることも現していた。
「まぁ、それはそれとして――さっさと攻略してくれないかしらね?アブソリュートナイツ(コレ)」
「…自分が攻略できて――」
「できてるわよ」
「なっ…?!さっき初見だからって…!」
「初見とはいえ簡易版――欠点なんてすぐに検討つくわよ」
「じゃ、じゃあ!アブソリュートナイツの欠点って…!?」
光明を見出したかのように、身を乗り出し気味にに視線を向ける立向居たち。
その更に後ろにいるマネージャーたちも気にいなっているのか、ちらちらとこちらを気にしていた。
アブソリュートナイツとメルクリウスの神託。この2つはの予想が間違っていなければ――オリジナルと簡易版の関係。
そしてこの2つの戦術の大きな違いは、戦術を構成する人数――要は、アブソリュートナイツは選手の質を人数で補っている、ということだ。
では、そこから導き出されるアブソリュートナイツの欠点とは――
「――自分で考えましょー」
「「「「だああ!!?」」」」
すっかりが答えを与えてくれると思っていたらしい面々。
しかしだからこそ、そう簡単に答えなど与えるわけがなかった。
「自分で考えることを放棄するのはいただけないわ。
ベンチにいても、選手の一人として考えてもらわないとねぇ」
「「「……………」」」
の言い分にも一理あると感じたのか、やや悔しそうに黙る染岡と佐久間――と、どこか反省している様子の立向居。
しかしそんな中、「それは間違ってないけど――」とに反論した者がいた。
「ピッチにも上がってない俺たちに、鬼道さんと同じ頭を求めるのはちょっと無理があるんじゃない?」
に対して疑問を呈したのは小暮。ピッチに上がっていなければわからないことは多い――
――上、そのピッチに上がっているイナズマジャパンのゲームメーカー鬼道ですら
未だアブソリュートナイツの攻略法を見出せていない現状だ。
そんな状態の中で、ゲームメーカーとしての才能の片鱗すら見せていない面々に、
ノーヒントの状態でアブソリュートナイツの攻略法を導き出せというのは――確かに、酷な話だった。
「確かに…ノーヒントっていうのは些か無理があったわね……――佐久間くん以外には」
「っ……!!」
「おっ、落ち着け佐久間っ…!ここは抑えろっ」
「ぷふっ」と笑って挑発気味にが言えば、
怒りに表情を歪めた佐久間が立ち上が――ろうとしたところを、染岡が止めた。
真・帝国の一件以来、FWとしての印象が強い佐久間ではあるが、
鬼道と共にプレーしていた帝国時代には、当時日本一のゲームメーカーと言われた鬼道の参謀を務めていたプレーヤーだ。
当然、その頭の切れには相応の自信がある――だろう、と思いは挑発してみたわけだが、
未だに佐久間は鬼道の参謀としての自負が残っているようだった。
「(…まぁ、今はまだいいか)」
「ねぇ、それでヒントは?」
「ああ、はいはい。アブソリュートナイツ攻略のヒントは――少数精鋭よ」
■あとがき
不動さんとくっちゃベリながらの、エドガーさんとの目線会話な回でした。
ついでに、明王ちゃん霧美姉さんに可愛がられてるんだよ話でもございました。して、微妙に吹雪とも仲良くなっていればいい(笑)
最近、ベンチ陣での会話で試合すっ飛ばす手法が主になってきていますね…。これは怠慢!いかん!!