ダークホース――マーロックがつけたその評価は、寸分の狂いなく的中した――と言っていいだろう。
ヨーロッパの強豪中の強豪ナイツオブクイーンに勝利した、イナズマジャパンにつけられた評価(モノ)だったのだから。
不動が無敵の槍を攻略し、ナイツオブクイーン側にボールを渡さないために編み出された必殺タクティクス・デュアルタイフーン。
更に、一度はシュートを相手ディフェンダーによって防がれてしまった虎丸は、
そのリベンジと共に沖縄からずっと暖めていた新たな必殺シュート・グラディウスアーチを披露し、更に得点。
そして何より人々の度肝の抜いたのは――
「(イジゲン・ザ・ハンド――か)」
止められなければ、止めなければいい――
――それを円堂は、ボールの軌道をゴールからそらすことと受けとり、それを必殺技として昇華した。
円堂の新たなキーパー技――イジゲン・ザ・ハンド。ボールの軌道を逸らすという技の性質上、
あまり円堂に不向きな技と言えば技なのだが、その不一致を円堂は力で補ったようで、
イジゲン・ザ・ハンドは染岡の必殺シュート・ドラゴンスレイヤーのパワーも巻き込んだエドガーのエクスカリバーを、
見事にゴールから逸らし――とにかく、ゴールを守ることができていた。
世界屈指のストライカーであるエドガーのシュートを止めることができた――のであれば、
そこらのFWが円堂からゴールを奪うことは敵わない。
しかし、このFFIにはエドガーに並ぶ、そして彼を越えるストライカーも数名いる――が、
「(今日、明日ぐらいは黙っときましょうかね)」
冬花の提案によって、明日の練習が中止となり――
――久々の休日に、だいぶ浮かれているイナズマジャパンメンバー+マネージャー陣。
今日の試合、説教できる部分はもちろんある――が、
それはそれとして実況のマクスターに「大番狂わせ」と言わるほどの勝利を掴んだ彼らなのだ。
たまの休日を全力で楽しんでいてもいいはずだ。いや、寧ろ全力楽しむべきとは思うのだが――
「……………」
沈んだ表情で減りの悪いプレートを見つめているのは立向居。
その表情は明らかに何かを思い悩んでいる。
――まぁ、円堂が新たな必殺技を習得した矢先にあの表情だ、
わざわざ頭を回さずとも、立向居が思い悩んでいる内容には簡単に察しはつくが。
「…――少し、臆病になりすぎてるのかしらね、私」
「が臆病だったら、世の99%の人が臆びょ――ぁあ゛ーッ!!?」
失礼な明那の返しに、が返したのはスネ――弁慶の泣きどころへの強打だった。
鍛えることができないという部位への強烈な一撃に、
いつも以上の勢いでうずくまり、のたうち、ゾンビのような声を上げる明那。
しかし、それに対してはツッコミを入れることすらもなく、
無表情で明那をただ見下ろすだけ――なぜなら、わざわざなツッコミを入れるほど、は優しくないのだ。
のた打ち回っていた明那の動きが止み、明那がスネを片手で押さえながら――苦笑いで「ゴメン」と謝罪する。
すると、明那の謝罪を受けたの表情が、見る見るうちに呆れたものに変わり――
――「こっちも悪かったわ」と明那に対して謝罪の言葉を口にした。
「ダブルでイラっとしたもんだから……」
「あーうん……立向居くん、特別お気に入りだもんな」
「まあね」
「…でもなんでまた急に?」
明那の問いによっての脳裏に浮かぶのは、荒矢が円堂に残した言葉。
から言わせればあれはもう答えにも近かったのだが、
荒矢はおそらく円堂の琴線のギリギリのラインを見極め、ギリギリ掠めないラインの言葉を円堂においていったんだろう。
そんな芸当を荒矢ができるのも、長年に亘って監督として多くの選手達を育ててきたからこそ――
――今のでは、真似しようとしたところで碌な結果に結びつかないことは、自身もわかっている。
しかし、そうとわかっていても、今のには「黙っている」という選択肢はなかった。
第152話
クレイジーズ
クレイジークラウンサーカス――創立百数十年を越える、ヨーロッパでは知る人ぞ知る伝統あるサーカス団。
しかし、日本ではピックアップされることが少なく、また公演もごくごく限られた場所、期間でしか行われないため、
より知る人ぞ知る――なサーカス団だった。
そんな知る人ぞ知るサーカス団が、
なぜかライオコット島はエントランスエリアで公演を行っていたりする。
しかも連日――昼と夜の公演をしっかりと、だ。
「…これがお前の言っていたサーカス団か」
「凄かろうっ」
感心した様子で言う鬼道に、我がことのようにがエヘンと胸を張れば、
鬼道は珍しく多くを返すことなく「ああ」との言葉を肯定した。
…どうやらこれは相当に――カルチャーショックだったようだ。
だがそれもそのはずなのだ。このサーカス団は非常に人間離れした身体能力を売り物に、
非現実の現実をショーという形に昇華して客を魅せている異能の一団――でもあるのだ。
――とはいえ、一般人から言わせれば、サーカス団の団員も、鬼道たちもある意味変わりはないだろう。
なぜなら、気で構築されたペンギンやら魔人やらを出現させている時点で、普通からはかけ離れているのだから――一般人的に。
「(……今にして思えば、あの人たちの指導を受けてたのかなぁ…)」
ふと持ち上がった憶測に、無遠慮に視線を自分の左斜め後ろに座っていた人物――ヒロトに向ける。
すると、の視線に気づいたらしいヒロトは少し困ったような苦笑いを浮かべた。
――どうやら、の想像は間違っていないようだ。
毎年、短期間ではあるがなにわランドに公演のためやってくるクレイジークラウンサーカス。
そして、そのなにわランドでおそらくずっと特訓の日々を続けていた――エイリア学園。
餅は餅屋――ではないが、常人離れした身体能力を得たければ、それを持っている人に学べばいい――となる。
もちろん、当人の才能にも寄るところなので、
脱落していった少年少女もいたのだろうが――いずれにせよ、あのエイリア学園の異常なまでの身体能力の高さは、
どうやらクレージークラウンサーカスの中で培われたノウハウが関係していたようだ。
「(よく考えれば、朔たちのこと可愛がってたもんなぁ……)」
そんなことを思いながら、が視線を下――サーカスのショーが行われているステージへと向けれれば、
そこには露出の多い道化師の格好をした赤髪の少女――シエラ・セガーラがステージの中央で人々の歓声を浴びていた。
にとっては馴染みの顔――シエラ。
女性、そしてその細身からは想像できないバカ力。その闘牛の突進すら止めるその怪力は若いながらも既にバケモノ級。
また、健康的な小麦色の肌とそのグラマラスなスタイルから、
このクレイジークラウンサーカスの看板芸人の一人として観客からの人気を集めていた。
「さぁさぁ!アタシと勝負したい方はいませんか!もし勝てた時には賞金1万ドル!」
「(おおぅ、値上がりしたなぁ)」
が初めてシエラと出会った時も、この賞金制度は同じくされていた。
ただ、その時は500ドル――約5万円ほどの設定ではあったが。
その賞金設定からも、シエラがどれだけ力をつけてきたかわかる――そして、そして改めて自分たちが長く離れていたことを思い知らされた。
ピィ――と高く響く指笛。
スポットライトが照らす先――そこにいたのは、仁王立ちの。
まさかの挑戦者に会場がどよめく中――は冷静に、
「え」
「へ?」
円堂と立向居の首根っこを引っつかみ――
「日本代表――行ってこーいッ!!」
「「ぅわー!!?!」」
――全力で、ステージに向かって2人をぶん投げていた。
通常のサーカスと違い、ステージと観客の距離が近いクレイジークラウンサーカス。
そのため、にぶん投げられた円堂と立向居は簡単にシエラにキャッチされ、まぁ無事にステージに立っている。
ただ、当人たちの精神的には混乱しかないようで、この上なく緊張した様子で懇願するような表情をに向けていた。
ただ、当然のようにはそれを無視しているが。
いつか鬼道に話したサーカスを、鬼道と春奈――
――と一緒にイナズマジャパンメンバーたちに見せたかった。そのの感情に嘘はない。
ただ、それとは別に――立向居、とついでに円堂が、
次の新キーパー技についてインスピレーションでも得られれば、とは思っていたりする。
特に立向居は考え込んで無理をする前に、力尽くであろうと頭の中をスッキリさせたい――と、は思っていた。
「…オイ…大丈夫、なのか……」
「なにが?」
「円堂と立向居がだ…っ!」
「大丈夫よ。2人にはいい課外授業になると思うから――たぶん」
「……………」
の乱暴なやり方に、さすがの鬼道も「たぶんか」と突っ込む気力すら残っていなかったらしく、
微妙に青い顔で黙ってに否定的な視線を向けるだけだった。
当然その程度の非難でがどうこうするわけもなく、
自分の役目(・・)を負えたは平然とした表情で自分の席に腰を下ろし、
ステージへと改めて視線を向ければそこにはシエラとの力比べ――
――ゾウのスアイちゃんとのPK対決の説明を真剣に受ける円堂たちの姿があった。
「(相変わらずのパワーバカ……)」
クレイジークラウンサーカスの公演の中で行われた、シエラとイナズマジャパンのキーパー2名の力比べ。
どちらがゾウのより強いシュートを止められるか――という内容だったのだが、その勝敗はシエラの勝利で終わっていた。
時間の関係で、最後まで勝敗を突き詰めることはできなかったのだが、
円堂と立向居が2人がかりでなんとか止めたシュートをシエラはなんとか――だが、一人で止めていた。
たとえギリギリであったとしても2人で止められたものを1人で止めたことは事実――シエラの勝利は本物だった。
――とはいえ、これがまたサッカーの試合となれば色々変わってくるのだが。
「(シエラは真正面には特別強いけど、サイドが弱いのよねェ……)」
サイドからの連携シュート技に面白いぐらいに失点していたシエラの姿を思い出しながら、
は宿舎の裏にある小さな特訓スペースへと更に足を進める。
そこにはを尋ねてきたかつての仲間がを待っていると、明那から伝えられていた。
合宿所を尋ねてきたのが30分前と聞いていたので、
暇つぶしにボールでも蹴っているだろう、とも思っていた。――が、
「――ヘルハウンドッ」
これは予想外がすぎる。
天に向かって二度蹴り上げられたボールが、今度は蹴り落とされ――
――その3つの力を蓄積したボールが、最後にシュートとして蹴り放たれる。
黒き三つ首の獣・ケルベロスの咆哮の如く、おぞましくも凄まじい力を纏ったシュートは迷いなく、
己が得物と狙いと定めた獲物に向かっていった。
「うあああぁ!!!」
「立向居くん!」
真っ直ぐと放たれたシュート――だったが、狙われた立向居が止めるには力不足だったらしく、
僅かほども踏みとどまることなく――無残なまでに体ごとゴールネットに叩き込まれてしまっていた。
あまりにもわけのわからない状況に、慌てては立向居の元へかけよる。
先ほどのシュートの威力を物語るかのように、痛みを堪えるようにうずくまる立向居の額には脂汗が浮かんでいる――が、
この状況からだから一つ読み取れることがあった。それは――
「リコ、どういうことか説明して」
「――言い出したのはソイツ、オレは応じただけ」
「そ、う…です……彼、は…俺の特訓…に………!
御麟さんっ…!続け…させて、ください……っ!なにか、掴めそう…!だったんです……!」
「――オレも、このままじゃ収まりつかない」
完全にやる気満々の、満身創痍の立向居と、立向居にシュートを放った少年――リコ。
今の2人におそらくまともな言葉での制止は意味を持たないだろう――それほどに、今の彼らの興奮は高まっている。
ある意味で、これは非常にいいこと――ではあるのだが、
立向居の消耗具合を見ると、アドバイザー()としてはそうも言っていられない状況だった。
底から湧き上がるような熱を滾らせる立向居とリコを前に、は何処か諦めたように大きなため息をつく。
それを了承と捉えたらしい立向居が立ち上がろうとし、
リコはシュートを再度放つためにボールを取ろうとする――が、それは許されなかった。
「これでおしまい――ね?」
「………………はぃ……」
「ん」
穏やかな笑顔ながら、の背に渦巻く黒い影。
その影から放たれるプレッシャーは強烈で、ものの一発で立向居とリコの興奮を押さえつけることに成功する。
…ただ、リコの方はそこまで上がっていなかった――ということもあるかもしれないが。
「――それで?どうして立向居くんとリコがあんなことになってたの?」
「えと…それは………」
「を待つのにココに来たらタチムカイがいて、
暇だったから話を聞いて、練習にちょっと付き合って――力が欲しいっていうから実演した」
「…いや、いきなりアレはどうなの……」
起き上がった立向居と、その立向居の傍で腰を下ろすの元へ近づきながら、
自分と立向居の間に起きたことを平然とした様子で語るリコ。
その淡白な調子はにとって見ればいつものこと、特別気にかけることではない――が、
いきなり自分の必殺技――本気のシュートを放つのはどうかとは思った。たとえそれが立向居のステップアップに一役買いそうでも、多少加減されていたとしても。
「あ、あの…」
「ん?――ああ、この子のこと?」
「は、はい…。御麟さんの昔の仲間……なんですよね?」
「――今も仲間だけど」
「ぅおうっ」
不意にの背に負ぶさるリコ。
その無表情にも等しい顔には特別な感情は浮かんでいない――が、よーく見るとその瞳の奥には満足げな輝きが宿っている。
もしかすると、30分も待たされた相手にやっと会えて嬉しいのかもしれない。
「リヒャルト・シュテファニッツ――リコでいい。
ドイツ代表・ブロッケンボーグサブマネージャー兼控え選手」
「ド、ドイツ代――ぁいたた…!ど、どうしてドイツ代表が俺の特訓に……」
ドイツ代表チーム・ブロッケンボーグ。
控えではあるものの、その一員であるのがリコ――ことリヒャルトだ。イナズマジャパンとブロッケンボーグはグループが違うため予選間では試合をすることはない――が、
もしかすればいずれ戦うかもしれない相手の特訓に付き合うなんていうのは、相当のお人よしか、相当の自信家か――
「暇つぶし」
「――と、八つ当たりでしょ」
「ん」
「ぇ、暇つぶ――え、八つ当た…り?」
「…でなかったら、わざわざヘルハウンド打つわけないものねぇ」
「…なかなか来ないレイリも悪い」
「事前連絡がないのもどうかと思いますけど」
リコが立向居の特訓に付き合った理由――それはまず第一に暇つぶしだった。
そして第二の理由として、なかなか現れないに対する八つ当たりがあった。
因みに二つ目の理由は、リコが立向居に自身の必殺技・ヘルハウンドを放った要因でもあった。
「ぁ、あの!」
「「?」」
他愛もない言い合いをしていたとリコの間に入ってきたのは立向居。
しかも、その立向居の言葉が向けられているのは、同じチームのではなく、まったくの別チームのリコだった。
思ってもみない立向居の行動に、とリコは顔を見合わせたが、
お互いに正しいであろう答えには行き着かなかったらしく、不思議そうな表情のまま2人は立向居に視線を戻した。
「俺の特訓に付き合ってください!」
特訓に付き合って欲しい――今回のリコの行動より増してありえない話になっている立向居の頼み事。
何度も言うようだが、リコはドイツ代表――いずれ敵になるかもしれないチームの一員だ。
たとえ当人がそれでよくとも、それをチームが許すはずが――
「――が、ボクの練習に付き合ってくれるなら」
「なんと?!」
「ココに来た理由、それ」
そう言ってリコはの背から離れ、そのまま少しから距離をとる。
そして徐に自分のズボンのポケットに手を伸ばし、そこから一通の封筒を取り出し、それをに「ん」と言って手渡した。
リコの発言で未だにの頭は混乱していたものの、
それでもなんとかはリコから預かった封筒の封を開け、中に入っていた紙に目を通してみれば――
――そこにはリコの姉たちからのリコへの指導に関する嘆願がつづられていた。
「…………」
本来であれば「今は――」と一刀両断するところなのだが、
リコの姉弟たちの願い――リコをFFIの舞台に立たせてやりたいという思いは、本音を言えばも同じで。
しかも、良し悪しはともかくだが、イナズマジャパン(こちら)にも一切の利がないというわけではない状況。
これは1人で決断できるものではない――が、あえては独断をした。
「了解、引き受けた――けど両方で時間は30分きっかりよ」
「そんな!実質15分じゃないですか!そんなの短すぎます!」
「異議は認めません――そもそも、アンタたちは効率が悪いから時間が必要なのよ。
あと、立向居くん?そのリストバンドを外すのよ――自分を苛めれば必殺技が浮かぶと思ったら大間違いなんだから」
「あいたっ」
薄く意地の悪い笑みを浮かべ、立向居の額を小突く。
そのの行動に、そしてその顔に浮かぶ表情に、立向居は少し驚いたような表情を見せる。
だがそれもそのはずだった。なぜなら今の今までは立向居に対して、他のメンバーとは違う対応(かお)を見せていたのだから。
「これからしばらくの間、立向居くんのことは『可愛い後輩』と思わず『アホな後輩』と思って接することにするわ」
「…ぇ、アホ――か、ええっ?!」
「……ボクは?」
「そうね、リコは狂犬――かな。まったく、朝から骨が折れる調教(しごと)だわ」
「…選んだのも、認めたのも」
「わかってる――ちゃーんと躾けてあげるから覚悟しなさいよ?」
「ん――…でも人前でそういう発言よくない」
「あ」
リコに促されが振り返ってみれば、
つい先ほどまで、の傍にいたはずの立向居は、どん引きの表情でから大きく距離をとっていたのだった。
■あとがき