教室から飛び出して行った円堂。
話を聞くには、再度雷雷軒の店主――響木に監督になってもらえるよう説得に行ったらしい。
そんな円堂の背中を見送り、は淀んでいた空気がやっといい方向に動き出しているように感じた。
響木のサッカーへの拒絶にも近いモノの強さをは知っている。
そう簡単に響木がサッカーの監督の役目を負うことに首を縦に振ってはくれないことも分かっている。
だが、円堂なら――おそらく響木を動かすことができる。
響木の師――円堂大介の孫であり、響木と同じゴールキーパーというポジションに立つ円堂ならば。
自分が動くまでもないことを確信し、は自分のために動き出した。
練習へ向かおうとする豪炎寺の腕を何も言わずに掴む。
思ってもみないの行動に、豪炎寺は少し驚いたような表情を見せた。
だが、の顔に浮かんでいる表情を見ると、ふっと好戦的な表情を見せた。
「やるのか」
「ええ、やろうじゃない――サッカーを」
そう返事を返すの表情はとても楽しげだった。
第16話:
曲者の証明
今のに向けられている人々の視線は、興味や期待よりも驚きの方が圧倒的に多かった。
特に雷門イレブンメンバーの視線からは驚き以外は感じられない。
数日前に雷門中で繰り広げられた鬼ごっこ。
全力で雷門イレブンの前でプレイすることを拒んでいたの姿も記憶に新しいのだ。
頑なに拒否し続けていた彼女が堂々とサッカーグラウンドに立っている。
そんな場面を目の前にして、彼らが驚くのは当然のことだった。
しかし、ただ1人だけ――
豪炎寺だけはの行動に驚いている様子はまったくなかった。
「やっと――だな」
「ふふっ、豪炎寺が優しいからついつい甘えちゃったわ。待たせて悪かったわね」
「いや、約束を果たしてくれるならそれでいい」
本心でそう言ってくれる豪炎寺に、は心の底から「いい奴だ」と感心した。
出会いも別れも再開も――お世辞にもいいとはいえなかった豪炎寺と。
しかも、空気が悪くなった原因は必ずで、
早々に距離を置かれてもおかしくはないと腹を括っていたのに。
豪炎寺はと距離を置くようなことはしなかった。
豪炎寺との関係をいい形で保っていられたことは嬉しいとは思う。
だが、自分のスタンスが普通ではないことを自覚しているからこそ思う。
豪炎寺も――物好きだ、と。
「これ以上待たせるのもなんだし――はじめましょうか」
キープしていたサッカーボールをは軽く蹴り豪炎寺にパスする。
それを難なく豪炎寺は受け止め、の言葉に「ああ」と承諾の言葉を返した。
豪炎寺にボールを渡したは、ゆっくりとペナルティーエリアまで下がっていく。
そして、適当なところで振り返った。
「証明してあげる。私の言葉が『虚言』じゃないことを」
「…なら、俺はお前の実力を確かめるまでだ!」
豪炎寺が前に出る。
ボールを前へもって行きながら、それと同時に自身のスピードも加速している。
その動きは滑らかで、彼の身体能力と、センスの良さを物語っているようだ。
体の疼きを感じながらも、
は冷静に豪炎寺が撃ってくるであろうシュートに備えて身構える。
豪炎寺ならば撃ってくるはずだ。
サッカーへの熱い思いを持っている豪炎寺ならば。
豪炎寺がヒールでボールを蹴り上げる。
高く上がったボールから少しの間を空けて豪炎寺も跳んだ。
やはり豪炎寺。
手加減なんて――ぬるいことをする男ではなかった。
「ファイアトルネードッ!!」
炎を纏っているかのようなパワーとスピードを兼ね備えた豪炎寺の必殺技――ファイアトルネード。
初めて帝国戦で見たそれとはパワーもスピードも別物になっていた。
心の中で「さすが」とは笑う。
さすが、自分が期待したプレイヤーなだけのことはある。
だが――
「どうにかできない――ほどでもない」
軽く後方に跳んだかと思うと、は少しの助走でボールよりも少し高い位置に飛ぶ。
そして、ゴールへと真っ直ぐに向かうボールに足をかける。
によって「待った」をかけられたボールは大人しく勢いを失い、と重力の意に従って大地へと戻された。
確かな実力を持っているのだろう――
そう、豪炎寺は無意識でを解釈していた。
テクニックとスピードにものをいわせた「華麗」と銘打つタイプのプレイヤーだとばかり思っていた。
しかし今、豪炎寺が目にしたのプレイは、テクニックやスピードにものを言わせたものではない。
今ものを言っていたのは、のイメージからは遠い存在――パワー。
なんらかのディフェンス技であったであろう今のの技は、力で力をねじ伏せるものだったのだ。
予想から大きくそれた現実に豪炎寺が唖然としていると、
豪炎寺のリアクションを想像していたのであろうがニヤリと笑った。
「本領発揮はここからなんだけど?」
トンッとボールを蹴り、はドリブルを開始する。
動き出したに即座に反応した豪炎寺は、を迎え撃つべく前へ出る。
当然、豪炎寺とは鉢合わせる格好となり、テクニック勝負が開始される。
――と思われたが、豪炎寺のへのイメージはあながち間違ってはいなかった。
はテクニックとスピードに物を言わせて、
あっという間に豪炎寺を抜き去りゴールへと上がっていく。
そして、最後に宙に蹴り上げたボールを絶好のタイミングで蹴り――ゴールのど真ん中にシュートを決めた。
豪炎寺が相手でも問題なく自分のペースを保つことのできた。
久々のフィールドの上でも不自由なく動く自分の体に、は少しホッとした。
だが、そんな心の内を少しも顔には出さず、
は勝ち誇ったかのような不敵な笑みを浮かべ、豪炎寺の方へと振り返った。
「ぐぅの音もでないでしょ?」
「ああ、完敗だ」
完敗を認めた豪炎寺の顔に悔しそうな色はない。
本当にの実力を認め、自分の負けも認めているようだった。
ゴールに入ったボールを拾い、は豪炎寺の元へと近づくと、
「はい」と言ってボールを渡すと満足げな笑みを浮かべた。
「豪炎寺もさすがね。ファイアトルネードを止めるのには本気になったわ」
「それは、俺を抜くのには本気じゃなかった――と受け取っていいのか?」
「まぁね」
は豪炎寺をかわすとき、本気でなかったことを否定しなかった。
傍から見ていたギャラリーならばともかく、
目の前で実力を見せ付けられた豪炎寺の前では、否定したところであまりに見え透いた嘘だ。
分かりきった嘘をついても意味はないのだから、ここは素直に認めた方がいい。
それに、今更高慢に振舞ったところで、豪炎寺はに対してどうとも思わないはずだ。
それを証明するかのように、が豪炎寺に握手を求めると、
豪炎寺はなんの躊躇もなくの手をとった。
「また…相手をしてくれないか?」
「今後は頼まれなくても相手するわよ」
「なに……?」
耳を疑うの返答に豪炎寺が戸惑っていると、
不意に「オーイ!」と言う聞きなれた声が聞こえた。
の言葉に混乱しつつも、反射的に聞きなれた声――円堂の声が聞こえた方を見てみると、
そこには満面の笑みを浮かべた円堂と、以前監督の話を蹴った雷雷軒の親父がいる。
混乱していた頭が急にスッキリして、早々に理解したことは――
晴れて自分たちはFF地区大会決勝戦に出場することができるということだった。
「みんなー!新監督が決まったぞー!!」
円堂のその掛け声によって、円堂と響木の周りに嬉しそうな雷門イレブンのメンバーがわらわらと集まる。
決勝戦まであと2日――というギリギリのところで見つかった新監督を、彼らは無邪気に歓迎していた。
そんな沸き立つ輪から少し離れた場所で、その様子を眺めているのは言うまでもなく。
彼女の想像していたとおりに、円堂は響木の心を動かしたようだ。
やはり、円堂には人を動かす不思議な力があるな――
と、再確認しながら、は彼らの話が一段落するのを待った。
さすがにあの喜びで溢れる輪の中に、割り込んでいく勇気はない。
それに、今入っていっては、纏まるものも纏まらなくなる可能性があるのだ。
――の性格では。
新監督――響木の紹介も終わり、はりきって練習を開始しよう!
――と意気込もうとした雷門イレブンだったが、不意に響木が厳しい声での名を呼んだ。
「…どうしてお前がここにいる」
「事情が変わったんです。守るために――こちらから打って出る必要があると」
迷いのないの眼差しに、響木は相変わらず厳しい視線を向ける。
だが、それを受けたところでの目に迷いは一切生まれず、揺るぐことのない意志が見て取れる。
に折れるつもりがないのはよくわかる。
だからといって、響木はのしようとしていることを認めるわけにはいかない。
と、の大切にするものを、思っているからこそ、絶対に認められなかった。
しかし、は響木がとる反応をはじめから見越している。
そしてもちろん、彼を納得させる「切り札」もしっかりと用意していた。
「既に、鬼瓦さんと会長サマからの協力を得ています。――もう、後悔はしないし、させませんよ」
「……準備は整っているというわけか…」
呆れたような笑みを浮かべる響木。
その笑みは、の行動を承認したと受け取っていいのだろう。
確信したようには不敵な笑みを浮かべると、何も言わずに響木の横に立つ。
響木との会話の内容も、響木の横に立っているの意味も分かっていない雷門イレブンメンバーたちが、
頭の上で疑問符を乱舞させていると、不意に響木がの肩を叩いて口を開いた。
「それと、こいつは俺の補佐役として協力してもらう。よろしくしてやってくれ」
「アドバイザーって立場になるけど――厳しくアドバイスしていくから覚悟しといてね」
黒いものを秘めたの笑顔に、悪寒が背筋をかける雷門イレブンだった。
■いいわけ
ついにというかなんというかの豪炎寺との対決でした。
こんな設定の夢主なので、勝利で落ち着かせていただきました(汗)
作中では明言はしてませんが、夢主はちゃんと技を使って、豪炎寺のファイアトルネードを止めています。
とてもではありませんが、ボールを破裂させたり、土手を凹ませるようなシュートを素では止められませんよ(笑)
DF専門ならばともかく、夢主はそうではないので(苦笑)