忌まわしい記憶が眠る場所――帝国学園。
もう二度と、この学園を目に入れることはないとは思っていた。
帝国を見る度に、自分の無力さを、浅はかさを痛感する。
そして、なんの価値もない「もしも」なんて妄想と、後悔ばかりがの頭を埋め尽くす。
そんな情けない自分から目を背けるように――は今まで帝国を見ることを拒み続けていた。
だが、もうはそんな情けない自分とは決別したつもりだ。
「御麟?どうした」
「ぅわっ」
思考に耽っていたに突然かかったのは豪炎寺の声。
いきなり現実に引き戻されたは思わず声を上げると、
そこまで驚くとは思っていなかったらしい豪炎寺も驚いたような表情を見せた。
またしても生まれてしまった嫌な謎の沈黙に、
は思わず「まただ」と心の中でため息をついた。
だが、「また」だからこそ早い対応ができるわけで、
すぐに表情をいつものものに戻したは豪炎寺に「ゴメン」と言って驚かせたことを謝った。
「緊張…していたのか?」
「まぁ、こっちもこっちで大仕事が控えてるから」
選手の不安を煽るような言動は、部外のアドバイザーとはいえ、本来控えるべきこと。
しかし、勘の鋭い豪炎寺のことだ。
誤魔化したところで勘付かれると悟ったは、
核心には触れないものの正直に豪炎寺に言葉を返した。
含みのあるの言葉から、
豪炎寺はこの決勝戦の裏に蠢く闇の部分を感じ取ったようで、少し表情を強張らせた。
「心配しないでよ。安心して豪炎寺たちがプレーできるように、私はここに来てるんだから」
そう言うの顔には、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
第17話:
巡って落ちる掌に
帝国のフィールドの上でウォーミングアップをする雷門イレブンと帝国イレブン。
しかし、チームの要となるキャプテンが両チーム共にいない。
普通に考えれば不自然な光景だが、
状況が普通ではないのだから、ある意味でこの状況は自然と言えるのかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えながら、
はドリンクやタオルの準備――本来マネージャーがやるべき仕事を1人でテキパキとこなしていた。
この雷門サッカー部で最も古株のマネージャー
――日野秋は様子のおかしい円堂の様子を見るために消え、
新聞部からサッカー部マネージャーになったマネージャー
――音無春奈はいつの間にか消えていた。
そうなると、もう1人いる雷門サッカー部マネージャー――雷門夏未の出番となるのだが、
夏未が雑用をやるわけがないので、仕方なしにの出番となったわけだった。
元々、鬼道や鬼瓦のようにこの帝国スタジアムに仕掛けられた罠を足で探すつもりはにはない。
はじめから罠が仕掛けられそうな場所を数箇所に絞り、その場所を調べさせている。
の読みが当たれば、そのうち何かしらの連絡が来る。
その連絡をは待つしかなかったし、
このウォーミングアップの時間を狙ってくる可能性も捨てきれない以上、
彼らを常に見守っている必要もあった。
「(おそらく私の存在は総帥殿にマークされてる…。
下手に動けばことが警戒が厳しくなるだけだろうし…)」
自惚れているつもりはないが、
影山がの動きに対して警戒していることは確かなはずだ。
厳密なところ、影山が警戒しているのはではないが、
の後ろについている人物のことを考えれば、も同時に警戒されることは間違いないのだ。純粋な権力だけで言っても影山を軽く上回る、が「会長サマ」と呼ぶ存在。
その会長サマが側についているのだ。
影山が警戒するのも当然のことだった。
その警戒によって影山の行動を制限し、注意を鬼道たちから逸らすことはできているとは思うが、
それと同時に自分の行動をかなり制限されていることは確か。
一瞬、選択を誤ったかとも思ったが、
今更しても仕方のない後悔を振り払うようには頭を振った。
「……落ち着かないわね」
平静を装っていたつもりなのだが、夏未にはお見通しだったらしい。
心配そうというよりは、若干迷惑そうと見える顔。
だが、本当にの落ち着きの無さを、夏未は迷惑に思っているわけではない。
迷惑そうな表情を見せるのは、単なる照れ隠しであって、本当は普通に心配してくれているのだ。
考えるまでもなくそれを理解しているは、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ここの雰囲気、嫌いなのよ」
「…それだけ?」
「それもある」
誤魔化すことを許してくれそうにも無い夏未。
だが、あえては誤魔化すことにした。
優しくて、御麟という人間を理解している夏未なら――分かってくれるはずだ。
「はぁ…、最近ずっと卑怯ね」
「…耳が痛い限り」
「……ほら、やっぱり卑怯だわ」
腕を組んで不機嫌そうにから顔を背ける夏未。
そんな夏未を苦笑いしながら見ていたは、ダメ押しをするかのように「ゴメン」と夏未に謝った。
の謝罪に夏未からの返答はない。
だが、彼女の機嫌を多少損ねただけであって、彼女から見限られたわけではない。
自分が「卑怯者」であることを再確認しながらも、
はプレイヤーたちの調子を確かめるべく、フィールドへと上がった。
気合みなぎる雷門イレブン。
一年生組の一部はこの立派な帝国のスタジアムの雰囲気と、
増え始めた観客の熱気によって多少緊張しているようだが、
試合が始まってしまえばそんなことも気にならなくなるだろう。
いや、気にする余裕がなくなると言った方が適切か。
相手は帝国。
影山の存在を欠いたところで、彼らのチームとして、プレイヤーとしての実力は本物。
雷門イレブンの実力では、そう易々と勝利できるような相手ではない。
しかし、帝国側に覇気ややる気といったものは見られない。
かといって、余裕があるわけでも無い。
今の帝国イレブンを支配しているのは不安。
おそらく、影山の罠を探して帝国スタジアム内を遁走する鬼道の身を案じているのだろう。
鬼道を信じるからこそ動くことのできない帝国イレブン。
そのもどかしさといったらないだろう。
思わず心の中で鬼道に「早く戻れ」と無茶な文句を吐きながら、
は再度雷門イレブンに視線を戻した。
豪炎寺や染岡。風丸や半田も比較的落ち着いている。
実際に試合が始まっても、気合が空回りしたり、緊張したりということはまずないだろう。
だが、不安要素は――
「き、緊張してきたッス…!」
その巨体に似合わず気の弱い壁山だ。
緊張や恐怖でトイレに駆け込む癖が彼にはあるという。
試合の中で帝国の気迫に押されて萎縮――なんて考えてしまうと、本当に起こりそうだから恐ろしい。
選手のメンタル面をケアするのはマネージャーの仕事。
しかし、頼りのマネージャーたちは未だ戻ってきていない上に、
夏未に任せては、夏未に対して萎縮するんじゃないかという不安があったは、
仕方なく壁山のフォローに入ろうと壁山の下へ向かおうとした。
「へへ〜、リラックスさせてやるよ〜」
そう言ってよりも先に壁山のフォロー――
ではなく、イタズラにやってきたのはアフロヘアーがトレードマークの宍戸。楽しげににやりと笑うと、壁山の巨体に抱きつき彼の体をくすぐり始める。
宍戸のくすぐりに耐え切れず、壁山は笑い声を上げながら抵抗した。
「ひゃはははは!!や、やめてくれッス〜〜!!!」
「お」
叫ぶと同時に打ち上げられた壁山が持っていたボール。
必死の抵抗の中で生まれた力は相当のものだったようで、ボールはその姿が見えなくなるまで高く上がった。
予想もしていなかった壁山の潜在能力に、は素直に感心の声を洩らす。
意外な伏兵がこんなところに――と思った瞬間だった。
不意に、の耳に嫌な音が聞こえたのは。
考える間もなく近くにいた染岡からボールを奪い取り、早々に蹴る。
の蹴ったボールは、一切の迷いなく宍戸に直撃した。
「ふげっ!」
「ぅわああ!?」
突然ボールが背後に直撃し、成す術もなく倒れる宍戸と壁山。
ボールを奪われた上に、チームメイトを危険に晒されたことに腹を立てた染岡が、
に掴みかかろうとするが、それをは何も言わずに手で制す。
有無言わせないの雰囲気に、思わず染岡はたじろぎ言葉を飲み込み黙った。
「な、なにするんですか御麟せ――」
ドスッ。
ドスドスドスドスッ!
宍戸の言葉を遮ったのは、天井から降ってきたボルトがフィールドに突き刺さる音。
最後の最後に壁山が投げたボールにボルトが刺さり、バンッ!という音と共にボールは無残な姿へと変わった。
その光景を目の当たりにした宍戸の心にひとつの教訓が生まれた。
「もうイタズラしませ〜ん!!」
「……御麟…お前……」
「音には少々敏感なのよ」
納得よりも驚きの多い染岡に適当な言葉を返して、
は宍戸に突き刺さるところだったボルトを拾い上げた。
これだけの大きなボルトだ。自然に緩んで落ちるとは考え難い。
しかし、影山の行った細工にしては規模があまりに小さすぎる。
それに、これだと雷門だけではなく、帝国の選手にまで危険が及ぶ可能性がある。
色々考えた末に思い至ったのはあまりにも危険な可能性だった。
ボルトを転がすとキラリと光る。
は天井を見上げから不意にボルトを手から落とす。
すると、ボルトは軽くフィールドに刺さった。
意味の分からないの行動に雷門メンバーは首をかしげていたが、
は満足したようで、足元に転がるボルトをすべて拾うと、
「帝国も適当な仕事してるわね」と言い残してフィールドから降りて行った。
■いいわけ
ある意味、一番書くべきであろう試合前後のごたごたはあえて掘りません。
無駄にクサい話になりそうだったので、カットさせていただきました。
ただ、補完の意味も含めて自己満足な短編を書くかもしれません(汗)
鬼道&春奈兄妹と帝国イレブンにちょっかい出したいです(笑)