雷門中学理事長――雷門総一郎からの激励を受け、練習を再開しようとしている雷門サッカー部。
生徒たちの声援を受け、グラウンドへと向かう姿は、まさに雷門中の名誉を背負っているようにも見える。
いや、実際に雷門の名誉を背負っているのかもしれない。
地区大会レベルならばともかく、全国大会ともなればそう思ってもいいだろう。
つい数ヶ月前までグラウンドの使用が認められないどころか、
その存在すら薄っすらとしか認識されていなかったサッカー部が、
全校生徒にその存在を認知されるようになっている。
驚異的な成長だが、集まっている人間が人間だけに、ある意味で当然の結果かとは頭の片隅で思った。
プロサッカー選手の孫――円堂守。
伝説のストライカー――豪炎寺修也。
全国で活躍したスプリンター――風丸一郎太。
この三人に加えて個性豊かな面々が顔を揃えている雷門イレブン。
もちろん、潜在能力だけではなく、彼らの努力を評価しても、この反応は当然だ。
寧ろ――

 

「もっと褒めてやってくれてもいいわね」
「…どうした?」
「ん、もっと盛り上がってくれてもいいんじゃないかと思ったのよ」

 

ポツリと洩らしたの言葉に反応したのは、の横にいた豪炎寺。
独り言ではあったが、掘り返されて困るような話題ではなかったので、
は豪炎寺に思ったとおりの答えを返すと、豪炎寺は驚いたような表情をに向けた。
豪炎寺の表情の変化に気づき、が豪炎寺の顔を見ると、やはり彼の顔に浮かんでいるのは驚き。
特別意外性のある言葉を選んだつもりのないは、
少し怪訝そうな表情をで「なによ」と豪炎寺に言葉を投げた。
すると、豪炎寺はに声をかけられたことによって、
少し落ち着きを取り戻したようで、表情をいつものものに戻しての問いに答えた。

 

「他人に騒がれることを嫌うお前にしては意外だと思ったんだ」
「…まぁ、自分のことであればそうなるけど、声援を受けているのは雷門イレブンだし。
それに、円堂たちは声援を受けると伸びるタイプでしょ」
「それは…確かに一理あるな」
「ただね、一年組は調子に乗るんじゃないかとちょっと心配なのよねぇ…」
「心配ないだろう。アイツらが調子に乗ったらお前が締める」
「………」

 

少しからかいを含んでいる豪炎寺の言葉。
しかし、否定したくとも否定はできない。
実際、一年組が調子に乗ると間髪いれずに渇を入れるのはなのだ。
どう切り返していいものかと悩んでいると、
不意に目に入った見慣れない影に、は思わずそれを視線で追った。
視線で追った先にいるのは、小麦色に焼けた肌を持つ金髪の少年と、
翡翠色のポニーテールがトレードマークの少年――風丸。
想像もしていなかった組み合わせにはキョトンとしていると、
風丸と金髪の少年の存在に気づいた豪炎寺が「陸上部か…」と言葉を洩らした。

 

「…そういえば、風丸は陸上部からの助っ人だったわね」
「ああ、すっかりサッカー部の一員と思い込んでいたが…」

 

一抹の不安を覚えつつ、
豪炎寺とは黙って陸上トラックのある方向へと消えて行く風丸を黙って見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第20話:
不安三重奏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏未の震えがしっかりと抱いた肩から伝わってくる。
落ち着かせるようには優しい声で夏未に「大丈夫」と言葉をかける。
の言葉に夏未は小さく頷き、祈るように手を握り締めた。
FF全国大会で使用されるスタジアムの下見に訪れたFF実行委員長――雷門総一郎。
その下見の帰りに彼を乗せた車が事故に合い、
事故によっておった怪我によって、現在彼は集中治療室で眠っている。
既に峠は越えており、意図的な何かがない限りは、総一郎の体も意識も順調に回復していくだろう。
心配の種が総一郎だけなら、は雷門イレブンのいるグラウンドに戻っている。
だが、が何よりも心配しているのは、横で震えている夏未。
円堂や秋の前でさえ気丈に振舞うことのできていなかった夏未を、一人にする事などできるわけがない。
大切な友達を――1人で泣かせることなどできるわけがなかった。
夏未が落ち着くまで一緒に居ようと決めていただったが、
不意にその意志は揺らいだ。

 

「……、あなたはみんなの元へ戻って…」

 

今にも消えそうな弱々しい声。
いつもであれば、有無言わさずして却下するところだが、
は夏未に返すべき言葉を選べず、思わず黙ってしまった。
静かな沈黙が続いたが、次に口を開いたのはまた夏未だった。

 

「あなたは…彼らに必要な存在なの……。
私は…大丈夫。……だから、彼らを守って…!」

 

言うまでもなく、夏未の言葉は強がり。
夏未を一人にして大丈夫なわけがない。
だが、彼らにとっては必要で、
彼らを守ることができるのは自分だけというのは、あながち見当違いではないだろう。
大切な友達である夏未と雷門イレブンを天秤にかけることなどできはしない。
しかし、今はその二つを天秤かけて甲乙をつけなくてはならない。
シビアに考えれば考えるほど、は嫌な決断を下さなくてはいけなかった。
顔を夏未の頭に乗せ、ぎゅっと夏未の肩を抱きしめる。
できるだけ顔は見ないようにして、はいつもどおりに口を開いた。

 

「全部――大丈夫。女の子を泣かせるなんて下種な真似、私はしないから」
「……期待しているわ」

 

涙声ではあるものの、いつもの調子で言葉を返してきた夏未をは放し、
傍に控えていた場寅に夏未のことを頼むと、
最後に自信に満ちた表情で「行ってくる」と夏未に言葉をかけてその場をあとにした。

 

今回の事態は、が関わっていようがいまいが、起こりえたことかもしれない。
だが、自分が関わっていながら犠牲者を出してしまったことが、には悔しくて情けなくて仕方がなかった。
力任せに握った拳。
肉に爪が食い込み痛みが走る。
だが、夏未が感じている痛みに比べればこんな痛みなど、蚊に刺されたよりも痛みなどない。
今、夏未は――

 

ぶべっ!!

 

顔面に走った激痛。
顔面をスパーンと叩かれては、さすがにこれは痛い。
思わず両手で顔を押さえて自分の顔を叩いた相手であろう影に視線を向ける。
の視界に入ってきたのは白衣を纏った女性。
顔を見てみれば、それは見慣れた存在の顔で。
自分へ向かっていたはずの憤りが、急に方向を変えた。

 

「なにするんですか!」
「不景気な顔で病院内をうろつかれるの、迷惑なのよ」

 

清々しいまでの笑顔で言ってよこす知った顔の女医に、は極めて不機嫌な表情を向ける。
しかし、大人である彼女に子供の睨みなど通用するわけもない。
腹を立てるだけ無駄だと早々に判断したは、
ため息をひとつついてから「何か用ですか」と不貞腐れながらも女医に問いを投げる。
すると、女医はニッコリと笑った。

 

「これ以上、怪我人を増やさないように最善を尽くしなさい。
今、出てしまった怪我人は全部面倒見てあげるから」
「……後ろは気にするな、ということですか」
「そーいうこと。は後ろ向くとすぐにダメになるんだもの」

 

ケタケタと笑いながら言った女医の言葉に、憤り半分納得半分の複雑な表情を見せる
だが、最終的には納得の形で落ち着いたようで、女医に向かってペコリと頭を下げると、
いつもどおりの生意気な表情で「失礼します」と言って去っていった。
毅然とした様子で去っていくの背中を見守りながら、女医はクスリと笑った。

 

「若さ故よねェ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沸きあがる歓声。
それは、今から開催されようとしているFF全国大会への期待度を現しているようだった。
スタジアムのフィールドに整列する各地区大会の優勝校。
そして、それに加えて前年優勝校の帝国学園と、推薦招待校である世宇子中学校。
しかし、ずらりと並んだ学校の中で、唯一世宇子中だけが開会式に姿を見せていなかった。

 

「…あからさまね」

 

ポツリと言葉を洩らしたのは
最上階の観客席の通路の壁に寄りかかり、
品定めをするようにフィールドに視線を向けていた。
正式な関係者ではないは、
あの雷門イレブンの元にいることは許されないため、彼らと距離を置いている。
彼らの傍には響木がいるので、があえて彼らの傍にいる必要はないと考えたからもあった。

 

「それだけ、世宇子中とやらに自信があるということだろうな」

 

不意にの言葉に答えが返ってくる。
声の主――紺青色の髪の青年にが視線を向けると、
青年はあたりをぐるりと見渡してから「害意はない」とに言葉を投げる。
青年の言葉を受けてはホッとしたような表情を見せた。
元々、FF実行委員長である雷門総一郎に危害を加えた矢先だ、
またすぐに事件の黒幕が大きな動きを見せるとは思っていない。
だが、相手が相手だけに、99%の確立であったとしても安心はできない。
神経質なぐらい警戒して丁度いい具合だろう。
しかしまぁ、彼が「害意がない」というのだから、
この場面でなんらかの大きな事故が起きるという線はまずないだろう。

 

「どう打って出てくると予想する」
「…さてね。正直、予想するだけ無駄に思うのよね。
……どんな想像をしても、あの男の手の上で踊らされているような気がして…」
「安心しろ、あの男にそこまでの才はない。
……そんな人間離れした芸当ができるのは――確実にうちの会長だけだ」

 

かなり不機嫌そうな様子で言う青年には苦笑いを浮かべる。
彼が言った言葉は、事実であり、嫌味だ。
彼の言う会長との「会長サマ」は同一人物で、
青年は歳若いながらも会長サマの秘書の一人として、会長サマの仕事を補佐する立場に立っている。
だが、彼は会長サマの仕事の補佐が仕事というよりは、
会長サマの気紛れで押し付けられる無茶な注文に付き合うことの方が多く、
毎度毎度会長サマに振り回されるのだ。
なんだかんだで、秘書団の一員として会長サマの仕事ぶりを間近で見ているため、
彼の色々な面での能力の高さは理解している。
だから嫌味交じりながらも会長サマの実力を肯定する言葉を言ったのだろう。
そんな彼の心中を察しては苦笑いを浮かべていると、
不意に専念が真剣な表情でに視線を向けた。

 

「臆病になるな。お前は前を見て最善を選べ」

 

会長サマならば、どこまでも先を見通して多くの人間の手のひらの上で踊らせることもできる。
だが、彼は今回の黒幕に対してそこまでの能力はないと踏んでいるようだ。
だからこそ、に臆病になるなと言葉を向けたのだろう。
青年の言葉を受けたは、
一瞬驚いたような表情を見せたが、次の瞬間には苦笑いを浮かべた。

 

「後ろ向きな私は、どこまでヘタれてるのかしらね…」
「どヘタれといっても過言ではないぐらいだ」
あ゛?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 本当は風丸の陸上部うんぬんのも掘り下げるつもりでしたが、
収拾がつきそうにもなかったので、連載では見送りました。
もしかすると、あとから短編で補完するかもです。風丸と絡ませたいので!(ヲイ)
 これから版権キャラとの絡みが増えますよ〜。
ただ、まだちょっと面倒な話が続いてしまいますが(汗)