「蠱術――というものを知っているか?」
突然そう静かにに尋ねたのは紺青色の髪の青年。
彼の問いにはキョトンとした表情を見せた。
彼の口にした言葉はにとってはじめて聞く言葉。
そして、今はそんな話題を振られるような時ではない。
青年の意図は読めないものの、自分にとってなんらかの形で
プラスになる知識なのだろうと考えたは素直に「知らない」と返事を返した。
の返事を聞いた青年は、
には視線を向けずに「だろうな」と言って話し出した。
「蠱術は最も原始的な呪術。
だが、太古から用いられ、現代にまで伝わっている――力を保障された術でもある」
「……それとこの状況になんの繋がりがあるっていうのよ…」
青年の意図が読めずに苛立ったは、
悔しそうな表情で青年から眼前広がる――惨状に視線を戻した。
抉られたフィールド。ピクリとも動かない選手たち。――それを嘲笑う相手選手たち。
初めて雷門イレブンと帝国イレブンが試合をしたときも、一方的な試合運びで酷い試合と思ったが、
今のこの状況を前にしては、あの試合でさえも大したものではないと錯覚してしまう。
それだけ、一方的すぎたのだ。
この帝国学園と世宇子中の試合は。
「蠱術はひとつの皿に無数の毒虫を盛り、毒虫同士が殺しあった末、
最後に残った一匹――恨みや憎しみの篭った蠱毒を使役して人を殺める」
「だから!それがないんだと――痛ッ?!」
「怒りに侵されて冷静な思考を欠くな」
怒鳴りかけたの頭に振り下ろされたのは青年の拳。
しかも、それなりに力が篭っていたためなかなかに痛い。
恨めしそうには青年を睨むが、反論するようなことはしなかった。
彼の言うとおり、怒りに染まって冷静な判断ができていなかったことは確か。
痛みの走る頭を押さえながら、は青年に「ごめん」と言葉を返すと
青年は「わかればいい」と言って、少し間を空けてから更に言葉を続けた。
「この大会は、力を持つ者同士を戦わせて強いものを選定する。まるで――」
「蠱術…」
「正しくは蠱術に使う蠱毒を生み出すプロセスに似ている」
強い力を持つ者を選定する――という意味では今の状況と蠱術は似ている。
だが、蠱術は無作為に選んだ毒虫を使うのに対して、
今行われている「蠱毒」作りは、特定の毒虫を蠱毒へと変えようとしている。
あの男の息のかかった学園――世宇子中を。
「蠱術は理に乗っ取った正道。故に、生まれた蠱毒もまた理に沿ったものが生まれる」
「……呪いの術に正道も何もない気がするんだけど?」
「人の道には反していても、世の理には反していない。
本当に強い者だけが生き残る――それが真理だろう?」
不意に不敵な笑みを浮かべて言ってよこした青年に、
は目を見開いて「まさか…!?」と酷く驚いた様子で声を洩らした。
心底驚いているを見て、青年は乱暴にの頭を撫でながら言った。
「本当にお前の頭は――カラだな」
第21話:
アポもなければ遠慮もなし
が通されたのは、何度も訪れたことのある部屋だった。
給仕の女性はテーブルの上にティーセットを並べると
「失礼します」と言って笑顔で部屋から出て行く。
それをは笑顔で見送り、
パタンとドアが閉まると疲れた様子で「ふぅ〜」と胸に溜まった息を吐き出した。
「(気兼ねしなくてもいいはずの場所で猫被るのって結構疲れるのよね……)」
やっと気が抜ける状態になり、肩の力を抜く。
公の場で猫を被っても微塵も疲れは感じないのだが、
通常であれば気を許してもいい場所で猫を被るのは疲れる。
おそらく、ボロがでないようにいつも以上に気を張るからなのだろう。
無駄に重くなった体に力を入れ、はティーポットに手を伸ばす。
そして、同じくテーブルにおいてある自分が持ってきた小さな紙袋に手を伸ばし、袋の中から丸い紅茶缶を取り出した。
「お〜、さすがオススメね。いい香り……」
紅茶缶を開いた瞬間にフワリと広がった茶葉の香り。
鼻をくすぐる優しい香りに、自然との表情は緩む。
急速に紅茶を楽しみたくなったはご機嫌な様子で紅茶を入れ始めた。
手馴れた様子で作業を進め、最後にポットからカップへと紅茶を注ぐ。
カップを近づけなくとも香る優しい香りに、
は心の中で「グッジョブ!」とこの紅茶を勧めてくれた存在を賞賛した。
この紅茶ならば、お土産として持ってきたパウンドケーキとも相性がいいはず。
早く紅茶とお菓子を楽しみたい――故にこの部屋の主に早く帰って来いと念じてみる。
すると、の念が通じたのか突然ドアが開き、この部屋の主――鬼道が入ってきた。
の予想にはない存在――円堂を連れて。
「――おかえり、鬼道。それと、いらっしゃい円堂」
「お、おじゃまします…」
「……違うだろう円堂…」
若干、どちらがこの部屋の主かわからなくなるが、
に占拠されてはいたが、あくまでこの部屋の主は鬼道。
その主が連れてきた円堂が、先客とはいえに対して
「おじゃまします」なんて下手に出る言葉を選ぶ必要はない。
しかし、まるで自分の部屋のようにくつろぎ、
お茶まで飲んでいるを前にしては下手に出てしまう気もわからなくはなかった。
「、来るなら来ると連絡をよこしてくれ」
「入れようとは思ったんだけど、たまにアポなしで来て驚かせようかと」
「……驚いたのは円堂だけだったな」
「私も予想外の結果だったわよ」
苦言を向けてきた鬼道にはさらりと自分の言い分を返すと、鬼道はやや呆れた様子で言葉を返す。
その鬼道の態度を受けては肩をすくめて苦笑いを浮かべながら言葉を返した。
そんな2人のやりとりを見ていた円堂はキョトンとした表情を浮かべて立ち尽くしている。
そんな円堂を見ては「突っ立ってないで座ったら?」と円堂に座るよう促すと、
「お前が言うな」と鬼道が不満げに言った。
「鬼道と御麟……仲良いんだな」
「「………」」
キョトンとした表情を笑顔に変えてそう言ったのは円堂。
しかし、今度は鬼道とがキョトンとした表情を見せた。
今のやりとりを見て仲が良い――?
正直、この場面でその言葉のチョイスは間違っている気はする。
だが、それ以外は間違っていないので、は「まぁね」と言葉を返し、
鬼道はの言葉を肯定するように小さな笑みを浮かべた。
すると、二人の反応を見て、なぜか円堂が嬉しそうに笑った。
「…どうしてそこで円堂が嬉しそうなの」
「いや、なんか鬼道と御麟のコンビってのも面白いなと思ってさ」
「面白い…ねぇ?どちらかというと、円堂と鬼道の組み合わせの方が面白いと思うわよ?」
クスリと笑ってそう言うとは立ち上がる。
紙袋の中からパウンドケーキの入った紙の箱を取り出すと、紙袋を畳んでバッグへと仕舞いこむ。
そして、徐にドアの方へと歩き出した。
「……帰るのか?」
「ええ、聞きたいことがひとつあっただけだから」
帰るのかと尋ねてきた鬼道に、
は視線を鬼道には向けなかったが穏やかな口調で答えを返す。
そのまま、は帰っていくのだろうと思った鬼道だったが、不意にが自分の方を向いた。
だが、先程の穏やかな声で答えを返していたからは
想像できないほどの視線は――冷ややかだった。
「鬼道、アンタのサッカーは――終わったの?」
一切の感情を含まない冷ややかすぎる声。
何も感じられないが故に不安がよぎる。
だが、未だ答えを持たない鬼道がに返すことのできる言葉はなく、
ただ複雑な表情を浮かべて黙るしかなかった。
そんな鬼道を見て、はひとつの確信を得た。
元々、今日明日の短い時間で答えを得ようとは思っていない。
重要で、難しいことだ。思う存分悩んで迷って決断するべきだ。
無表情だった顔をふっと緩め、はいつもの表情を見せる。
そして、何事もなかったように不敵な笑みを浮かべた。
「答えはそのうち聞きに来るから――じゃあね」
鬼道と円堂を残して、は鬼道の部屋から出て行った。
■いいわけ
前半はアレでしたが、後半は久々に夢っぽくなったように思います。
やはり鬼道さんと夢主のやりとりを書くのが楽しいです。
本音――というか、遠慮がなさすぎる感じが非常によいです。
お互いに揚げ足取ったり取られたりで、やりあって欲しいのです(笑)