「用意周到――お前のためにあるような言葉だったな」
「あらあら、褒めたってなにも出ないわよ?」
「謙遜ぐらいはでてきて欲しかったな」
「………」
の額を若干走る青筋。本当に褒められているのか一瞬疑問に思うが、
ただストレートに褒められる方が鬼道の場合は疑わしい――
と、結論に至ると、鬼道への苛立ちはすぐに引いていった。
「…本当に感謝している。俺とサッカーを再度繋いでくれたお前たちに」
「そうしたのは円堂と豪炎寺。
私はサッカーを続けるって決断した鬼道をサポートしただけ」
一瞬、の顔に浮かんだ憂い。
付き合いの長い鬼道でも、普段であれば見逃してしまうほどの僅かなもの。
だが、今は妙にそれが気になった。
どうして自分がサッカーを続けると決断したことを喜んでくれない――?
そう思った鬼道の脳裏に黒いものがよぎった。黒い黒い影。
おそらく、自分とに共通しているのであろうソレのことを考えると、
が躊躇することも理解できなくはなかった。
しかし、の考えに頷くことのできなかった鬼道は、
何も言わずにの頭に手刀を下ろした。
「ぁだっ!?」
「お前にとって、俺はどれだけ信用が無いんだ?」
「なっ、はあ!?」
鬼道の機嫌を損ねるような事を言ったつもりなど微塵もなかった。
だが、黙って鬼道がの頭に手刀を落としたということは、
なんらかの理由でが鬼道の機嫌を損ねたからだ。
混乱する頭をあれやこれやと働かせてみるが、答えは出そうにない。
鬼道は自分が彼を信用していないと思っているようだが、そんなことはない。
は鬼道のことを信用している。
だからこそ、こうして彼のサポートをしたのに――。
なんだこの仕打ちは。
ふと芽生える鬼道へと怒り。
――だが、次の鬼道の一言には自分の弱さを恥た。
「言ったはずだ。俺はお前を悲しませない――と」
自信に満ちた笑みを浮かべて言う鬼道に、は苦笑いを浮かべた。
笑って言えるような簡単なことではないのに――
その言葉を守り通せる確証なんてないのに――
――なぜか彼の言葉を信じてしまう。
心の中で「バカだなぁ」と自嘲の言葉を洩らしながらも、
今のに自分の目の前にいる少年を信じることに躊躇はなかった。
第23話:
絶叫、激突、大歓喜
絶叫が響く。
しかし、その絶叫は多くの人間の耳には届かなかった。
絶叫――いや、大絶叫の被害を受けたのはだけ。
それはなぜかといえば、その絶叫はの携帯電話が発信源で、
今の周りには誰もいないからだ。
未だにキーンと耳鳴りがしているが、
携帯の向こうから聞こえる喚き声が哀れなのと腹立たしいので
は早々に電話の相手を落ち着かせようと口を開いた。
「一時的なものなんでしょう?ならいいじゃない。ずっと帰って来ないわけでもなし」
落ち着かせるための言葉を選らんつもりのだったが、
電話の向こうの相手の心配はが想像していた心配とは種類が違ったらしい。
治安、食文化、国民性――そんな細かいことを心配しているようだ。
特に治安を心配しているようだったが、治安の心配だけは正直されたくない。
「あのね、世界でも有数の治安のいい国なんだけど?確実にそっちよりも安全よ。
大体、アンタが来たときにそういうことあった?」
ワンワンと喚きながら心配を口にする相手に、
毎度のこととは理解しつつも感じ始めた苛立ちを隠すことはせずに決定打を返すと、
携帯の向こうが水をうったように静かになった。
おそらく、の言葉に納得してくれたのだろう。
――と思ったが、の見通しは甘かったようだ。
「はい?…いや、ちょっと、アンタの中でどれだけ私は権力者な――
あーもうはいはい、こっちでは私がちゃんと面倒みるわ」
まともに相手をするのがかなり面倒になったは、
自分が責任を負うということで話を落ちつかせることに決める。
の申し出を聞き、電話の相手はかなり安心したようで――
またワンワンと泣きはじめた。今度は嬉し泣きだが。
電話の向こうで滝のような涙を流している様子が目に浮かび、
無碍に電話を切るのも気が引けたはある程度落ち着くまで黙っていようかと思ったが、
不意に電話の向こうから聞こえた叱責するような少年の声に「大丈夫だ」と確信すると、
「心配しなくていいからね」と最後に言葉をかけて通話を切った。
そして、更に携帯の電源も落とした。
「(絶対にアイツはもう一度かけてくる…!)」
超がいくつ付いても足りないほどの心配性である先程の電話の相手。
とりあえずは、の言葉を信じて大人しくしていても、
不意に不安になって電話をかけてくる可能性はいくらでもある。
その度に相手をしていては――正直、耳が持ちそうになかった。
毛の先ほど、相手に申し訳なく思いながらも、
は更衣室を出てグラウンドへと向かった。
今日、響木は店の関係で練習には顔を出せないことになっている。
そのため、今日の練習はが取り仕切ることになっていた。
――とはいっても、それは建前で、
実際は円堂や鬼道が中心となって練習を進めることになっている。
なので、見つかって早々「遅い!」と面々に怒られることはないだろう。
というか、彼らにを叱る権利は無い。
堂々と練習を中断している彼らには。
ワイワイとなにやら話し込んでいる様子の雷門サッカー部一同。
だが、よく見てみると彼らの輪の中に私服の少年――見慣れない姿がある。
練習を中断した理由は分かったが、それを認めていいかどうかとなるとそれは微妙なところだ。
まだ準決勝の相手が決まっていないとはいえ、いずれにせよぶつかる相手は強敵に違いない。
中学生サッカー界のベスト4になる相手なのだ。
この場面で油断は絶対に許されない。それは全員が承知しているはずだ。
特に、鬼道や豪炎寺はそのあたりをよく踏まえているはず。
しかし、そんな彼らまでもが練習を中断してあの少年の話を聞いているのであれば、
それはきっと意義のあることなのだろう。
「(…ならまぁ、いいか)」
練習の中断ではなく、休憩ということにしよう。
そう結論付けたは、彼らに言葉をかけることはせずにベンチへと移動する。
元々、練習に大遅刻してきたの立場上、彼らを責める権利はないのだ。
ベンチへ移動しながら「気づくなよ〜」とは念じる。
彼らに気づかれる前にベンチに座り、結構前からいることにして――
「ふぉっ!?」
突如、の背後を襲ったのは強い衝撃。
なんとか押し留まって地面に顔面強打は免れたが、未だに背中には違和感があった。
反射的に振り返ってみれば、そこにあるのは満面の笑みの少年の顔。
まさかこの顔をここで見ることになるとは、
まったく想像していなかったは思わずガチンと固まってしまう。
だが、そんなに構わず少年は嬉しそうに口を開いた。
「!も雷門中にいたんだ!!
俺、最高に嬉しいよ!秋と土門、それににまで会えるなんて!」
「は…な……?な、な…なんで一哉がここに……」
未だわけがわからず驚いた表情を見せながらも、はなんかと状況を確認するべく、
自分に抱きついている少年――一之瀬一哉に、うわごとを呟くような調子では疑問を投げる。
すると、一之瀬はの動揺をまったく気にすることなく笑顔で答えを返した。
「秋に会いに来たんだ」
「……………。…ぁあ、一哉が言ってた幼馴染って木野さんたちのことだったの」
「ヒドいなぁ。俺、にちゃんと秋たちのこと教えたのに」
「…それ、一回きりの上に、だいーぶ昔の話じゃないの?」
「まあね」
爽やかな笑顔で「アハハ」と笑い飛ばしてくれる一之瀬に、は苛立ちを覚えることはない。
それどころか、無邪気な彼の笑顔を「可愛いなぁ」などとときめいているぐらいだった。
そう、昔から可愛いのだ。
この一之瀬一哉という少年は。
一之瀬が背中から離れたことを確認すると、
は一之瀬と共に自分以上に混乱して固まっている雷門サッカー部一同の元へと向かう。
目が点になっている者、口があんぐりと開いている者、眉間に皺がよっている者――
と、色々いるが、彼らの反応はある意味で当然だ。
ここは奥床しいことで有名な日本人が暮らす日本。
その日本で、スキンシップの激しいアメリカの「当たり前」を披露されては、それは驚くだろう。
一之瀬は日本人だが、育ちはほぼアメリカ。
故に、身に染み付いてしまっているのはアメリカの「当たり前」なわけで。
彼には面々が固まっている理由がわかっていないようで、不思議そうな表情を浮かべていた。
この状況をどう説明したものかとは少し頭を悩ませたが、
とりあえず事実を叩きつけることにした。
「アメリカにおいて、ハグは日本の握手に近いものです」
「い、いや、それはわかった…」
「な、何で御麟が一之瀬と知り合いなんだよ!?それに、一之瀬に会っても全然驚いてないし…!」
切羽詰った様子でに詰め寄るのは土門。
一之瀬の過去を知っているからこそ、
と一之瀬の間に交流があったことが不思議でならないのだろう。
だが、真実は簡単だ。
土門と秋が一之瀬を失ったとき――は一之瀬を得たのだ。
簡潔に言えばそういうことなのだが、さすがにそこまで簡潔に言うわけにもいかず、
は事情を説明しようかとも思ったが、この場で言うことではないと判断すると、
スッと表情を真剣なものに変えた。
「土門、木野は一之瀬君と一緒に休憩。他は全員練習再開。
――全員拒否権はなし。監督代理の指示なのでそこのところは踏まえて置くように」
横暴――としか言いようのないの行動に、
反論する勇者はいなかった。
■いいわけ
鬼道さんとの絡みも、一之瀬との絡みも非常に楽しんで書くことができました(笑)
特にのせが可愛くてふがふがします。なんなのでしょう、あの可愛い人!!
1期ののせはいちいち可愛くてちくしょう!って思います。2期はおっとこまえですよね。
かっこよいのせも好きですが、かわいいのせも好きです!そして、可愛いのせは書いてて楽しいのです。
なんだか手がわきわきしてしまいます。……全力で逃げてくれ!一之瀬ェ!!