フィールドの魔術師と天才ゲームメイカー。
この二人を相手にしても、の実力は引けをとっていない。
ボールを取るか取られるかのテクニック勝負に関しては特に――だった。
だが、この短期間で彼らが急激に成長していることは確かで、
急激に縮まった実力差には心の中で舌をまく。
このままでは追い抜かれるのでは――とまでは思わないが、
今の自分を追い抜く勢いで成長していってくれれば、面白いことになりそうだとは思った。

 

「油断するなッ」
「っ!」

 

ぼんやりとそんなことを考えていたを、現実に引き戻したのは鬼道の声。
ハッとしてボールに意識を集中しようとしても、時既に遅し。
気づいたときにはボールはの足元ではなく、鬼道の足元にあった。

 

「やってくれたわね」

 

挑発するような笑みをは鬼道に向けるが、
鬼道はそれがどうしたと言わんばかりに、挑発するような笑みをに返す。
の脳裏を怒りが掠めるが、
背を向けた鬼道を見て怒りは吹き飛び、まずはボールの奪還を最優先にした。
以前なら、いくら気を抜いていたとしても、鬼道からボールを奪われることなどなかった。
しかし、こうも簡単にボールを奪われるということは、
きっとそれだけ鬼道の実力がここにきて延びているからだろう。
世宇子中から受けた屈辱が余程大きかったのか、
それとも単なる成長期か――それはには分からない。
けれど、彼が成長してくれるなら動機は案外どうでもよかった。
自分よりも大分前に行ってしまった鬼道。
追いつけない距離ではないが、わざわざ追いつかなくともいいだろう。
鬼道よりも前方にいる一之瀬に視線をやれば、
の視線に気付いた一之瀬が自信に満ちた表情を見せる。
その一之瀬の表情を見たは鬼道を追うことをやめた。
そして、次の瞬間始まったのは一之瀬と鬼道の対決。
雷門イレブンの面々はどちらが勝つのか興味津々といった様子で、
2人の対決を見ているが、は既にこの対決の勝敗を知っていた。
確かに鬼道は天才と呼ばれるMFではあるが、
彼が最も実力を発揮するのは団体での戦い――要するにはゲームメイカーとして。
そんな鬼道に対して一之瀬は個人技に長けるタイプのMF。
故に、鬼道と一之瀬の対決は一之瀬に軍配が上がるはずだ。

 

「…なに?!」

 

一之瀬の見事なテクニックによってボールを奪われた鬼道。
まさか止められるとは思っていなかったようで、その表情は驚き一色だった。
彼にとって一之瀬の存在はいい刺激になるだろう――
そんなことを頭の片隅で思いながら、は一之瀬の前へと進み出た。
一之瀬はフェイントで揺さぶりかけてくるが、はそれを全て見切っている。
一糸乱れぬ攻防が続いたが、最後にボールに触れていたのはだった。
癖のあまりない一之瀬のプレーは正確で確実だが、
分析や見切りを得意とするが相手では相性が悪い。
正確で確実――故に規則性があり、パターンを見抜くことに苦労しない。
以前と比べるとだいぶパターンを増やしたようだが、それでもまだ見切れるレベルだった。
今後、一之瀬のプレイに強い癖がでてくれば、かなり面白くなるだろうと思いながら、
は向かうべき場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第25話:
不死鳥のとんぼ返り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

監督代理として、雷門イレブンを勝利へ導く義務を持つ者として、
はトライペガサスの完成のために費やされている意味のない時間の消費を認めるべきではない。
トライペガサスは非常に強力なシュート技ではあるが、
この技の要である一之瀬は雷門イレブンの一員ではないうえに、
彼は今日の午後の飛行機でアメリカに帰国する予定になっている。
一之瀬なしではトライペガサスは完成しない――要するには全国大会ではトライペガサスは使えない。
本当にこのトライペガサスの完成は一之瀬が円堂たちと出会った「記念」でしかないのだ。
トライペガサスに挑戦している円堂と土門は、まぁいいだろう。
自らの体を動かして完成させたトライペガサスから、
新たな技のヒントやインスピレーションを得られる可能性がある。
だが、その他の雷門イレブン全員が問題だった。
ボロボロになっても挑戦し続ける円堂たちを心配していることもあり、
全員が自分の練習そっちのけで円堂たちの挑戦を見守っているのだ。
もし、今日が練習休みであれば何も言うことはないのだが、今日は休みではなく普通に練習日。
本来であれば、個人練習、連携技の練習、フォーメーションの確認などなど、やるべきことがしっかりある。
そのやるべきことをそっちのけで、
ほぼ練習をサボっているような状況を認められるわけがなかった。
――通常であれば。

 

「トライペガサス。噂には聞いていたけど、予想以上だったわ」
「単純なパワーだけならデスゾーンを越えるだろうな」

 

夕日に染まるグラウンドでたちが話しているのは、
一之瀬の飛行機の時間ギリギリで完成したトライペガサスのこと。
トライペガサスと同じく三人でのシュート技であるデスゾーン。
鬼道曰く単純なパワーだけならばデスゾーンを上回っていたと言うが、スピードも上回っていたようにに思えた。
ただ、正確性に関してはデスゾーン方が、
トライペガサスよりも上だということは火を見るよりも明らかだったが。

 

「…けど勿体無いな。全国であの技が使えねぇのは」
「そうだな。あの技の決定力は今後の試合のためにも欲しかったな」

 

やはり悔やまれるのは一之瀬の帰国。
初めから決まっていたことではあったが、実際に一之瀬が帰ってしまうと改めて勿体無く感じてしまう。
だが、いなくなってしまった存在にいつまでもすがっていても仕方がない。
そう豪炎寺たちは気持ちを切り替えようとしたときだった。
「一之瀬?!」という円堂の驚いた様子の声が聞こえたのは。

 

「あんなに胸がワクワクしたのは初めてだ!だから帰るに帰れない、もう少しここにいる!」

 

そう言って飛行機のチケットであろう紙を破いてしまうのは、
アメリカへ帰ってしまったはずの少年――一之瀬。
戻ってくる――というのはも想像していたが、
一度も帰らずに日本に留まるという決断をするとは思っていなかったは、思わず目を見開いた。
そんなをよそに、雷門イレブンメンバーは一之瀬が日本に留まってくれることを、
素直に喜んでいるようで、最初こそ驚いていたが、すぐに「よろしく!」と一之瀬を受け入れている。
一瞬、は自分が普通ではないのかと錯覚を起こしてしまうが、の反応も普通のはずだ。
両親の許可はちゃんと得ているのか、
これからの宿泊先は決まっているのか、
雷門に転校するとしてその手続きはどうするのか――
色々と確認したいことは山のようにある。
だがは、その疑問の終着点に心の辺りがありすぎて、逆に一之瀬を問い質すことを躊躇した。
色々な想像がの頭を駆け巡り、打開策はないかとあれやこれやと頭を働かせる。
しかし、そう簡単に名案など浮かぶはずもなく、ほとんどの頭の中は真っ白だった。
呆然と下を向いて立ち尽くしている
そんなの前が暗くなる。反射的に顔をあげると、そこにあるのは一之瀬の笑顔。
色々とすべてを悟ったは、甘んじてこの状況をとりあえずいけいれる覚悟を決めた。
プラスに考えよう。
彼がこの稲妻町に留まることになれば、雷門イレブンの戦力増強にもつながる。
それに、ある意味でこれは一之瀬の弱みを握ったようなものではないか。
今後、自分のいらんエピソードを話そうとしたときの抑止力を得た――
そう考えればマイナスはないだろう。

 

、色々よろしく!」
「…色々というか全部でしょ」
「あはは、まぁね」

 

あまり申し訳なさそうではない一之瀬。
おそらく一之瀬のこの反応は、お国柄+の母の人間性のせいだろう。
一之瀬一家と交流のある御麟一家。
アメリカに行ったときは一之瀬一家の世話になり、日本に来たときは御麟一家の世話になる。
そんなお約束を築いたのはの母。
社交辞令0%の友好100%で確立されたお約束である以上、遠慮する方が失礼になる――
と、考えると一之瀬の反応はある意味で礼儀正しい反応なのかもしれない。

 

「一哉、オズの説得手伝ってね」
「…もしかして、物凄いことになってる?」
「たった数日いないだけで大絶叫だったわ。今回は泡吹いて寝込むんじゃないの」
…笑えない冗談はよしてくれよ……」

 

真顔で言い切るに、一之瀬は困惑の色を含んだ苦笑を向ける。
だが、はそんな一之瀬のことを気遣うことはしなかった。

 

「一之瀬、お前、御麟の家に厄介になるのか?」

 

完全にと一之瀬で話を進めていると、不意に土門が口を開く。
どうやらとりあえず――もしくは一之瀬が日本に滞在する間、一之瀬を家に泊めようと思っていたようだ。
としては、一之瀬が土門の家に厄介になってくれても構わないといえば構わないのだが、
厄介になる当人――
一之瀬はすまなそうに土門に「ああ」とあくまでの家に厄介になることを伝えた。

 

のお母さんが『日本に来たときは家においで』って言ってくれててさ」
「………」

 

別には一之瀬を家に泊めることを嫌がっているわけではない。
ただ、母親の蒔いた種の世話を何故自分がせねばならんのだと思うだけのこと。
母親が一之瀬を家に泊める――日本に滞在させるにあたっての手続きを、
すべてやってくれるなら、も友達である一之瀬を喜んで迎える。
だが、そうではない。
おそらくほとんどの手続きをこなすことになるのはだ。
母親の仕事が自分に回ってくることが、には何よりも納得できないことだった。
母親のことを思い出し、憤りが湧き上がる。
が、不意にの肩が叩かれる。
イライラしながらも振り返ってみれば、自分の肩を掴んでいる鬼道がいた。

 

「大丈夫なのか?」
「……管理人さんに頼んで明日までに隣の部屋を使えるようにしてもらうわ。
悪いけど今日だけは我慢してもらうことになるわね」
「…そうか」
「…もしかして、なにか不都合があるの?」
「不都合――ってほどじゃないけど、今うちの客間が埋まってるのよ――鬼道で」
「「「「えぇええぇぇぇ〜〜〜〜!?!!?」」」」

 

グラウンドに響く雷門イレブンの驚きの声。
しかし、彼らの驚きの原因であると、彼女の家の客間を占領している存在――
鬼道は彼らが驚くことなど端から予想していたようで、驚いた様子も動揺もなく平然としていた。
その二人と同様に、一之瀬もあまり驚いている様子は無いが、
それは単に一之瀬がことの状況をわかっていないからであって、
状況を理解すれば一之瀬もおそらく驚くだろう。

 

「な、なんで鬼道が御麟ん家にいるんだよ!?」
「いや、ほら、鬼道の家ってここから遠いでしょう?
毎日通うには少し難があるし、一人暮らしをさせるには不安だって鬼道のお父様が言うから、
雷門中に近いうちに下宿してるのよ」

 

の言うとおり、ここからかなり離れた場所にある鬼道の自宅。
電車や車を使えば通えない距離ではないが、それらの交通手段を使ったとしても、
結構な早起きを強いられることになるだろう。
おそらく、やってできないことはないだろうが、
もっと楽をできる選択肢があるのだからそれを選ばない手はない。
しかも、相手からの厚意で成り立っているのだから、
それを甘んじて受けてもバチは当たらないだろう。
結果、鬼道は自宅を離れて稲妻町にある御麟家に下宿することになったのだった。

 

「……ってことは、俺は――」
「一応客間にベッドは二つあるから泊められないことはないんだけど、
とりあえず一晩は鬼道と同室になるから――どうしたもんかと迷ってたのよ」

 

男同士と言えど、ほぼ初対面の相手と同室で寝るのは抵抗があるのではないか――
というなりの気遣いだったのだが、どうやら一之瀬にとってそれは余計なお世話だったようで、
笑顔で「問題なんてないよ!」と言葉を返してきた。

 

「同じMFとして、鬼道とは話してみたかったから願ったり叶ったりだよ!」
「……鬼道もいいのよね?」
「ああ、俺も一之瀬と同意権だ」

 

了承してくれるだろうと思っていたので、あえて鬼道に確認はしていなかったのだが、
改めでが確認すると、鬼道の返答は思ったとおりのものだった。
やっとことが落ち着いてほっとしながら、はぼんやりと今晩の夕食のメニューについて一考する。
一之瀬の歓迎会的なことは、両親が帰って来られる日にするので、とりあえず今日は普段どおりのメニューでいいだろう。
3人分の食材は残っていただろうか――?
と考えていると、デジャブ感漂う期待にあふれる視線が自分に注がれていることは気づいた。

 

「いいなぁ〜、俺も御麟ん家でサッカーの話したい!」
「……はいはい、明日以降ならいつでもどうぞ」
「マジ!?ホントに泊まりにいってもいいのか?!」
「ええ、事前に連絡してくれればね」
「御麟先輩!俺たちもいいッスか!?」

 

円堂とのやり取りを聞き、黙っていられなくなったのか一年組がずいと身を乗り出すと、
壁山がいても立ってもいられないといった様子でに尋ねてくる。
それに一瞬は驚きながらも、はこれからマンションの管理人に、
交渉しようとしている部屋のサイズを考えながら壁山に答えを返した。

 

「さすがに雷門イレブン全員となると大部屋に雑魚寝状態になるけど……それでいいなら来てもいいわよ」
「「「「やったー!」」」」

 

の許可を得た一年組は嬉しそうに飛び上がる。
その様子をは苦笑いを浮かべながら眺めていると、今度は「おい」と染岡がに声をかけてきた。
これ以上確認するようなこともないと思っていただったが、どうやら染岡にはあるらしい。
彼の疑問に心のあたりのないは不思議そうな表情を浮かべて「なに?」と問うと、
染岡は少し心配そうな表情を浮かべてに疑問をぶつけた。

 

「大人数で押しかけて迷惑じゃねーのかよ?それに親の承諾もねーのに…」
「それに関しては無問題よ。部屋はそれなりに広いし、親はほとんど家にいないし――
仮にいたとしても二つ返事でOKだして自分も一緒になって騒ぐような人たちだから」

 

遊びにやってきた円堂たちと無邪気にはしゃぐ両親――
特に母親の姿があまりにも容易に想像できてしまい、は思わず深いため息をつく。
近々、この想像が現実のものとなりそうだから恐ろしい。
思わずまた深いため息がから漏れた。

 

「お、おい…御麟??」
「……そっとしておいてやれ染岡」

 

落ち込むを心配して染岡が声をかけようとするが、それを豪炎寺は止める。
突然豪炎寺に止められ、染岡は驚いた様子を見せはしたが、
豪炎寺が何らかの事情を知っていると察すと、に声をかけようとはしなかった。
一度だけではあったが、豪炎寺は知っている。
今、の母親がどんな人物かを。
知っているからこそに対して思うのだ。
頑張れ――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 一之瀬の公式所在が不明だったので、思い切りよく増訂となりました。
ついでに、鬼道の所在も好きなようにやってしまいました。
「やっちまったなぁ!」の勢いですが、後悔はしておりません。だって燃えるもの!!
 この3人の休日短編とか書いて見たいものです(笑)
おそらく、一之瀬が一番得をしていると思います。正直者がバカをみない環境です(笑)