想定はしていた。相手の行動自体は。
ただ、相手の行動の加減がの予想を遥かに上回っていただけで。
痛い。物凄く痛い。
しかも、被害を受けた場所だけではなく、関係のない場所までも痛い。
痛みに耐え切れず、ぐらりと視界が揺れる。
他人事のようには倒れるかと思ったが、
傍にいた一之瀬がをしっかりと受け止めたおかげで倒れることはなかった。
は一之瀬に「ありがとう」と感謝の言葉を口にしようとしたが、
ふと自分が倒れそうになったそもそもの原因が一之瀬にあることを思い出し、
思わず一之瀬に若干不機嫌そうな視線を向けた。
「…………」
「………ご…ゴメン…?」
「…はぁ……一哉が悪いんじゃないのよね…。
……かといって、誰が悪いわけでもないわけでも――とは言ってられないわねぇ…」
諦めを含んだ深いため息をつきながらは、
未だに止むことなく絶叫が聞こえ続ける自分の携帯電話に視線を向ける。
一之瀬も困惑を強く含んだ苦笑いを浮かべながらの携帯に視線を向けていた。
ギャーギャーと喚き声が聞こえ続ける携帯を黙って眺め続ける一之瀬と。
ふとお互いに顔を見合わせるが、お互いの表情を伺う限り、
一之瀬ももこの状況を打破する策は見出せなかったようだ。
「さて、どうしたものか」と2人は再度携帯に目を向ける。
もちろん、未だに携帯からは喚き声が聞こえ続けている。
一瞬、問答無用で通話を切るという選択肢がの中で浮上したが、
それをやった日には電話の相手が鬱になる可能性に加えて、その状態で日本へやってきて、
それこそ問答無用で一之瀬をアメリカへ連れ帰りそうな気がしたので、その選択肢は一瞬で却下された。
「……どーしたものかしらね」
「んー…オレ、オズの宥め方は――あれ?」
「…?治まった……??」
状況打破のための作戦会議を始めた一之瀬とだったが、
突然水を打ったように携帯が大人しくなった。
驚いた表情で一之瀬とは顔を見合わせたが、
状況を把握するためには携帯を取り耳を当て、電話の向こうにいる相手の名を呼ぶ。
すると、返ってきたのはの知らない声だった。
「あ!、替わって!」
どうやら携帯から返ってきた声の主を一之瀬は知っているようで、
は「はい」と言って一之瀬に携帯を渡す。
携帯をから受け取り、楽しげに携帯で話す一之瀬から離れて、
はテレビの真向かいに置かれたソファーに腰を下ろした。
一之瀬が上手く相手から許可を得ることができれば、
一之瀬の日本滞在のために必要な許可はすべて得たことになる。
今日は休日だったので役所やらへの手続きは完全には済んでいないが、とりあえず各所への連絡は済んでいる。
役所関係の手続きは知り合いが請け負ってくれたし、雷門中への入学の手続きは夏未が引き受けてくれた。
一之瀬の両親はすんなりと一之瀬の日本滞在を認めてくれたので、
説得という説得は必要なかった。
「…一体相手は一之瀬のなんなんだ?」
電話から開放され一息ついていたに怪訝そうな表情で尋ねてきたのは鬼道。
まぁ、鬼道の反応も当然か。
止め処なく携帯から絶叫が漏れ出ていては、気にしたくなくとも気になってしまうだろう。
だが、残念ながらは鬼道に対してはっきりとした答えを持っていなかった。
「なにって…………ぅ〜ん……ぅ゛〜…?」
「…本当になんなんだ」
「えーと………物凄く過保護なお兄ちゃん?」
「お兄ちゃん」という単語を素直に解釈した鬼道は、
一之瀬に兄弟がいるのかとに尋ねたが、は首を横に振る。
矛盾しているの返答に鬼道が困惑した表情を見せていると、
通話を終えた一之瀬が笑顔で「終わったよ」と言ってに携帯を手渡した。
「一之瀬、お前に兄さんは――いないのか?」「え?オレに兄さん??うん、オレは一人っ子だから兄さんはいないよ?」
「なら――」
「アメリカの過保護なお兄ちゃん??」
「ぁあ、オズのことか。
そうだね、オズはアメリカ――オレのチームの過保護なお兄ちゃんだね…」
なぜか明後日の方向を見ながらの言葉を肯定する一之瀬。
そんな一之瀬を心情を察しているのか酷く申し訳なさそうな表情を見せている。
そんな2人を見ながら鬼道は、
二人の言う「オズ」と呼ばれる人物がかなり気になり始めるのだった。
第26話:
「常例」の終わり
雷門中へ入学したときから、はできるだけ目立たないようにしてきたつもりだ。
やっていることはかなりイレギュラーではあるが、
その分気配を消して学校全体はもちろん、クラスの中でも空気となって生活してきた。
だが、そんな生活も終わりを告げていた。
登校途中のの前方にいるのは雷門サッカー部の一団。
初めは鬼道と一之瀬しかいなかったのだが、あれよあれよと円堂や秋、豪炎寺たちも合流して、
あっという間に雷門サッカー部の主要メンバーが集結していた。
FF全国大会で活躍している――それもある。
だが、元々円堂たちは人々の注目を集めやすい存在。
故に、いくらが空気になろうとしても、
空気になりきることは不可能に近い状態になっているのだった。
まぁ、豪炎寺とプレイした時点である程度の注目は覚悟していたが、
ここほど視線を浴びることになるとは想定していなかった。
体中にまとわりつく視線には深いため息をつく。
この感覚――もう好きにはなれそうにない。
そう、は改めて実感した。
「御麟…さん?大丈夫?顔色が良くないけど…」
不意にの肩を叩いたのは秋。
意外な人物の登場には一瞬キョトンとした表情を見せたが、すぐにやわらかい笑みを見せた。
「大丈夫よ。ちょっと寝不足なだけだから」
「…一之瀬君たちとサッカーの話、してたの?」
「ぁー…していたというか…一哉が口滑らせないかと監視していたというか……」
いつもよりも就寝時間が遅かった昨夜。
秋に言った言葉に嘘偽りはなく、言葉通りに一之瀬がいらないことを話さないかどうかを監視――
一之瀬と鬼道の会話に付き合っていたためだった。
一之瀬の相手が円堂や染岡などであれば、
一之瀬たちを残して寝るところなのだが、相手が鬼道では寝ることは許されない。
頭の回る鬼道だ。言葉巧みに一之瀬からの話を聞き出すぐらいのことはやってのける。
実際、その兆候はがいるにもかかわらず昨夜の時点であったのだ。
監視する人間がいなければする――確定事項と思っていいだろう。
一之瀬と鬼道のために隣の部屋を借りはしたが、
監視の目の届かない場所に二人を一緒にするのは不味いのではないか?
――と、は思ったが、視線の先で楽しそうに円堂たちと話している一之瀬を見て、
急に自分の行動が無駄な抵抗に思えてきた。
鬼道なら知られても――
何とか自分を誤魔化そうとはプラスの方向へと考えを強引に変えていく。
だが、どうにもこうにもプラスには考えられない。
光の見えない状況に頭が痛くなり、頭を押さえて「はぁ〜…」とが深いため息をつくと、
また心配した秋が「どうしたの!?」と慌てた様子で声をかけてくる。
優しい秋の頭上に天使の輪が見えたは、
一瞬泣きそうになったが、ぐっと涙を堪えて「寝不足のせいよ」と誤魔化した。
そう言っても秋は心配そうにの顔を見てくるので、
は心配する必要がないことを証明するかのように、
いつもの不適な笑み表情を浮かべて円堂と一之瀬の背中を指差してから秋に質問をひとつ投げた。
「ところで、どっちが本命?」
「なっ!?御麟さん!!」
顔を真っ赤にしてを責める秋。
どうやらの質問の意味――色恋の意図を理解しているようだ。
動揺した様子でを責める秋を笑顔で見守りながら、は本気で秋を「可愛いなぁ」と感じる。
夏未とは違ったタイプの秋はいじったら楽しいタイプのようだ。
雷門サッカー部のマネージャーとして付き合う分には、必要上に干渉するつもりはないが、
クラスメイトという関係ならば――これぐらいのからかいは許されるだろう。
どう秋をいじろうかとウキウキしている様子などおくびにも出さず、
は平然とした様子で秋に向ける言葉を考える。
だが、不意に「みなさーんっ!!」と聞こえた少女の声に思考は中断を余儀なくされた。
足を止めて振り返ってみると、
目に入ってきたのは手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる眼鏡をかけた少女。
どうしたのだろうと秋を顔を見合わせているうちに少女がたちに追いついた。
だが、相当急いで走って来たようで、少女は荒く肩で息をしている。
彼女が急いで自分たちの元へやってきた理由の説明を急かすことはせず、
呼吸が落ち着くまで秋とは黙って少女を見守り、
ある程度呼吸が落ち着いたところで秋が「どうしたの?」と少女――春奈に尋ねた。
「次の対戦相手が決まりました!」
「そう、やっとこれで――」
「どこだっ?!」
の言葉を遮って話に割り込んできたのは円堂。
いきなりの円堂の乱入にはぎょっとした表情を向けたが、
それよりも次の対戦相手が気になって仕方ない少年たちは、
のことなど一切気に留めていないようで、視線は春奈に集中している。
ただ、秋はのことも気にかけてくれたようで、
円堂たちの行動に呆れているのか苦笑いを浮かべていた。
いつもであれば完全無視のところだが、
秋が気にかけてくれたおかげか、いつもよりもすんなりと怒りは引いていく。
小さなため息をついてからも春奈に視線を向けた。
「次の対戦相手は……木戸川清修です…!」
木戸川清修。
その学校の名前を聞いた円堂たちの視線の向かう先は――豪炎寺。
様々な感情を含んだ円堂たちの視線が豪炎寺に注がれる。
だが、そんな面々をよそに、中学サッカー界の情報に疎いと、
日本に着たばかりの一之瀬の反応は薄く、「へぇ〜」の一言で終わっていた。
そんな2人の反応が豪炎寺を感傷を打ち消したのか、
豪炎寺の口から出た言葉は冷静なものだった。
「どこが相手だろうと関係ない。サッカーはサッカーだ」
■いいわけ
おそらく、鬼道と一緒に登校しているだけでも十分に注目される気がするのですが、
これに一之瀬まで加わったら注目度が半端ないだろうな、と。
名門の帝国からの転校生に帰国子女ですからね。興味のない人間でもついつい目線が向くはず。
他人から注目されても、鬼道は気付きながらもスルー。のせは天然で気付いていない気がします。