とりあえず、驚いたことが2つ。
1つは木戸川サッカー部の監督である男性――二階堂修吾の存在。
元プロサッカー選手である彼とは、幼い頃両親に連れまわされた際に何度か顔を合わせている。
プロの世界から引退したとは聞いていたが、
彼のその後についてはまったく聞いたことがなかったため、まさかの再会だった。
二階堂もサッカーグラウンドでのとの再会を酷く驚いてはいたが、さすがは大人。
「久しぶりだな」という適当な挨拶と近況報告を兼ねた世間話をするだけで終わった。
まさかの再会ではあったが、二階堂の大人な対応のおかげでに動揺は残らなかった。
一切の動揺なく雷門イレブンと木戸川イレブンの試合を局所局所だけ見ていた。
そんな彼女を驚かせたのは円堂と壁山と栗松だった。
可能な限りイナビカリ修練場を使って円堂の身体能力を向上させることはできたことはできた。
だが、の見当ではゴッドハンドをもってしても、
トライアングルZは止めることは叶わないだろうと、目の前でトライアングルZを見たときに確信した。
実際、初回のトライアングルZは多少踏みとどまったものの、
結果的にはゴッドハンドは破られシュートは成立した。
ゴッドハンドが通用しない以上、
何度もトライアングルZを決められれば勝利は絶望的――とは思ったが、
武方三兄弟の3人全員の力を必要とする分、対策は練りやすく、勝機が見出せないわけでもない。
ただ、最初から最後まで完璧なプレーを続けることは無理なのだから、
いつかスキは生まれ、おそらくトライアングルZと再度対峙することは想定していた。
取られたら取り返せばいい――
そんなことを言っていられるのは試合前半の話。
後半ともなれば、そんな悠長なことは言っていられない。
「マズい…」そう思ったときだった。
ゴッドハンドで武方三兄弟のトライアングルZを受け止める円堂の後ろに、
壁山と栗松が回り、円堂の背中を支えたのは。
それによって何とか防ぐことができたトライアングルZ。
驚いた。確かには驚いた。
土壇場で新たな技を生み出したことに。
しかし、だからといって、この技の誕生を手放しには喜んでもいないし、感心してもいなかった。
「(ゴールキーパーに関してだけは――一人でどうにかしてもらわないと困るのよ…)」
この3人体制の技に頼るということは、GKが3人いる――
フィールドプレイヤーが8人しかいないと考えながら試合を行わなくてはいけないのだから。
第28話:
キャプテン不在ミーティング
木戸川清修とのFF全国大会準決勝において、勝利を勝ち取った雷門イレブン。
誰もが決勝戦に向けて気合十分な状態で登校してくるだろうと思っていたのだが、
ある意味で意外で、ある意味で納得のいく人物がどんよりとした暗い影を背負って登校してきた。
「ダメなんだ…ダメなんだよ……」
どんよりとした影を背負い、顔を真っ青にしているのは、
雷門イレブン一のサッカーバカにして、底なしの明るさを持っているキャプテン――円堂守。
しかし、今の彼からはそんな評価を受けるような存在にはまったく見えない状態になってしまっていた。
円堂と付き合いの長い風丸や、
一年の頃からマネージャーとして円堂を見守り続けている秋ですら、
円堂のこんな表情を見たことがないようで、戸惑ったような表情を見せている。
当然、豪炎寺や鬼道、一之瀬も不安にかられて焦りを見せている円堂に驚いているようで、
円堂の言葉に途切れの悪い返事を返していた。
「円堂も、いよいよただのサッカーバカじゃいられなくなってきたってところね」
ふらふらとよろめきながら校舎へと入っていく円堂を心配そうに見守る面々をよそに、
毎度よろしく場違いにも楽しげな笑みを浮かべて言うのは。
この場面でのの笑み未だ慣れていない風丸は渋面で呆れたような視線を向け、
秋は困った様子で苦笑いを浮かべている。
一方、慣れている面々は、呆れと諦めが入り混じった視線をに向けていた。
「ただのバカのままじゃ、上は目指せないものねぇ」
「…かといって、円堂に理論的な指導は向かないと思うが?」
「ええ、それは初めて会ったときから分かってるわよ。
だから悩みだして身動き取れなくなる前に円堂の尻を叩いてやらないとね」
「尻を叩かないとって…」
苦笑いを浮かべながらやんわりとに待ったをかける一之瀬だったが、
彼の待ったなどまったくお構いなしのは「適切でしょ」と言葉を返した。
「言葉でどうにかしようとしても、イタズラに円堂を混乱させるだけ。
だったら有無言わさずして身体動かすように仕向けた方が有益でしょう?」
「…それも一理あるが、がむしゃらに特訓したところで世宇子への対抗策が見出せるとは思えないが」
鋭い鬼道の一言に、は視線を逸らして「まぁねぇ〜…」と適当な言葉を返す。
意外にも何も考えていなかった様子のに鬼道たちは「オイ」とでも言いたげな視線を向けた。
しかし、その視線から思い切り目線を逸らしているは痛くも痒くもないといった様子。
お世辞にもいいとは言えない空気が周りを支配したが、
不意にその原因であるは「そういえば」と口を開いた。
「確か…ゴッドハンド以外にも大介さんはキーパー技を持っていたような……」
「なに…?それは本当なのか?」
「確か――よ。真偽のほどは円堂の特訓ノートを見た方が早いわね」
驚いた様子で尋ねてくる鬼道に、
話を断つように言葉を返しては校舎へと歩き出す。
円堂大介の特訓ノートを確認する。
そのの提案に鬼道たちも賛成のようで、
を引き止めるようなことはせずに彼らも校舎に向かって歩き出した。
頭の片隅にあった円堂大介の情報。
だが、全ては人伝で得た情報と紙の上の情報。
その上、かなり昔に記憶した情報であるため、ぼんやりとしたことしか覚えていない。
正直、円堂大介にゴッドハンド以外のキーパー技があったかどうかなど、まったくもって定かではない。
いっそ、勘と言っても過言ではないぐらいの勢いだ。
まぁ、日本代表として選ばれるぐらいの選手だ。
必殺技がゴッドハンドの一点張りということは考えにくい以上、
他の必殺技があったとしても何の不思議はないのだが。
「ゴッドハンド……なーんか重要なことをスポポーンと忘れているような…」
「重要なこと?」
ポツリと洩らしたの言葉に反応を見せたのはの横を歩いている秋。
不思議そうにの顔を覗き込み、が何かを思い出すことを待っていたが、
残念なことには忘れていると思われる重要なことを思い出すことはできなかった。
喉に何かが支えているような感覚には渋面になったが、
だからといって答えが出るわけでもなかった。
「大介さんの特訓ノートで思い出せるといいんだけど……」
「……あ、そういえば御麟さん。数学の宿題で教えて欲しいところが――」
「あ゛あ゛っ!!それかッ!!」
「「いや、それはないだろう」」
思わず叫んだに突き刺さったのは、冷静すぎる豪炎寺と鬼道のツッコミ。
確かに、冷静に考えれば、が忘れていた重要なことが、数学の宿題ということはまずありえない。
重要は重要で、忘れていたことは確かだが、
この場面で「忘れていた」と感じるようなことではないだろう。
思い出せなかった重要なこと。
再度、それを思い出そうとは頭を働かせるつもりだったが、
更に思い出した事実に全力で走り出した。
「御麟さん!ま、待ってー!」
一気に校舎に向かって走り出す。
そのに追いつこうと追いかける秋。
その2人の少女の後姿を黙って見送っている残された少年四人組。
だが、この四人の中でただ1人だけ、不思議そうな表情を見せていない豪炎寺に、
一之瀬は何故突然が走り出したのかを尋ねる。
すると、豪炎寺は戸惑った様子もなくが突然走り出した理由を説明した。
「数学が一時限目で、今日は確実に御麟が当たる日だ」
「なるほど。それなら納得だな」
「…だが、御麟もそれは重々分かっていたはずだが……」
そう言いながら豪炎寺が視線を向けるのは鬼道と一之瀬。
御麟家に下宿をしている2人だ。
なんらかの事情を知っているのではないかと思って豪炎寺は視線を向けたのだが、
豪炎寺の読みは大当たりだったようで、明らかに二人は表情を曇らせた。
「あ〜…まぁ、昨日は大変だったからね……」
「ああ、最終的に彩芽さんに拘束されていたからな…」
明後日の方向を見つめながらそう言う一之瀬と鬼道に、風丸は不思議そうな表情を見せたが、
2人が急に遠い目になった原因に心当たりのあった豪炎寺は残念そうな表情を浮かべた。
「……そう…か…、御麟の母親か…」
「??なにかあるのか?御麟の母親に」
キョトンとした表情を見せている風丸を前に、顔を見合わせた豪炎寺と鬼道たち。言葉は交わさずとも、お互い言いたいことは理解できてしまっているようで、
コクリと三人は確認するように頷きあう。
そして、スッと3人は風丸に視線を戻すと、豪炎寺と一之瀬が風丸の肩の上にポンと手を置いた。
「風丸、世の中には知らない方が幸せなこともある」
「うん、特に風丸は知らない――というか、関わらない方が幸せだと思うよ」
「…い、一体なんだって言うんだよ……」
豪炎寺たちの忠告はありがたくは思うが、
逆にの母親がいったどんな人物なのか気になってしまう風丸なのだった。
■いいわけ
ここら辺から円堂の精神がガタついてくるので、それに伴って話もめんどくさくなっています(穏笑)
円堂メインの話なのに、いつも通りのトリオが目立つのは、筆者の趣味と書きやすさ、あと夢主の居心地度を優先した結果です(苦笑)
書くのが楽しいんですよ。あの3人+夢主の構図が…。
――の割りに、短編の生産には至っていないという悲しい現実です(汗)