授業が終わり次第すぐに開始されるサッカー部の練習。
その練習内容は更なるレベルアップを目指して以前よりもハードなものに変更された。
だが、より練習がハードになったにも関わらず、雷門イレブンの気迫は更に増している。
底の見えない世宇子の力に焦っているのか、ただ更なる高みを目指して頑張っているのか、
それは本人たちにしか分からないが、傍から見ている身としては、
いつか身体を壊すのではないかと心配は尽きなかった。
「(…とはいえ、私の目の届くところではそんなことさせないけど……)」
秋たちマネージャー陣と共に雷門イレブンの練習風景を見守る。
とりあえず、自分が目を光らせている限り、彼らが怪我をする可能性は低いだろう。
正直、が心配なのは部での練習が終わったあと。それ以降の自主練習だ。
円堂は「わかった」と言っていたが、わかっていても無茶をするのが円堂守。
それが頭を巡り、監視を付けようか付けまいかは悩んでいた。
渋い表情を浮かべてどうしたものかとが悩んでいると、不意にの肩を誰かが叩く。
反射的に叩かれた肩の方を見てみれば、そこには明るい表情の秋がいた。
「御麟さん、私たちアレの準備に行ってくるから、円堂くんたちのサポートをお願い」
「ええ、了解。……雑用よりはいいだろうけど…夏未、大丈夫?」
「な、何の心配してるのよ!」
少し心配そうな表情を浮かべてが夏未に大丈夫なのかと尋ねると、
怒り半分不安半分といった様子で問題ないとでも言うかのように夏未は強がって見せる。
そんな様子の夏未を見ては、これから夏未が任せられる仕事について
何もわかっていないと看破すると、夏未に「夏未のことは心配ないわね」と言葉を返す。
そして、スッと視線を秋と春奈に向けると、真顔でポンと2人の肩を叩いた。
「木野さん、春奈、根気がいると思うけど頑張って」
第31話:
今夜はお赤飯
凄く。
物凄く。
それはもう今世紀トップクラスの勢いでは感動していた。
「夏未の…夏未の手料理が食べられる日がやってくるなんて……!!
これもう今晩お赤飯炊くしかないわね!」
「……、それは褒めているのではなくて、馬鹿にしているわね?」
「なにを失礼な。褒めてるに決まってるじゃない。
理事長だってこのおにぎりを見たら絶対泣いて喜ぶわよ」
泣いて――はともかく、夏未の作ったおにぎりを笑顔で褒める理事長――
自分の父親の顔が想像できた夏未は、思わず「それは…」と言葉に詰まってしまった。
が感動していたのは、夏未が握ったおにぎり。
超がつくほどのお嬢様である夏未が自らの手でおにぎりを握ったというのは、
にとっては驚きでもあったが、同時に嬉しくも思うこと。
個人的に、お嬢様に料理のスキルなどいらないとは思っているが、
夏未の今後を考えると必要なスキルに思えた。
大きさも形もバラバラな夏未のおにぎり。
それを穏やかな表情で眺めながらは「今後の成長に期待…」と若干現実から目を逸らす。
ついでに夏未のおにぎりからも視線を逸らすと、の視界を支配したのは、
夏未のおにぎりとは真逆の――大きさも形も全てが整ったおにぎりたちだった。
「……世の中、越えられない壁ってあるわよね…」
「なにが言いたいのよ!!」
顔を赤くしてに向かって怒鳴る夏未を
「まーまー」と言って宥めながらは夏未の握ったおにぎりを口に運ぶ。
寸分違わずお約束通りな味付けに、
は穏やかな笑みを浮かべて「今後の成長に…」と心の中でもう一度呟く。
ただ、夏未が成長する場面がやってくるのか、それがいささか不安だが。
夏未のおにぎりを食べ終え、ふとおにぎりの乗せられていたお盆に目をやる。
予想通りの売れ行きに、またの表情が穏やかなものになった。
「…御麟、お前さっきから気持ち悪いぞ」
「なんとでも。可愛い夏未の成長に微笑むか、泣くかしか選択肢なんてないんだから」
どこか遠くを見つめるようなの穏やかな笑みを、
先程から見ていたらしい染岡がどストレートに客観的な感想をにぶつける。
だが、は「気持ち悪い」と言われているのにもかかわらず、少しも怒りの色を見せることはしない。
あくまで穏やかな表情で夏未のおにぎりを見つめていた。
良かれと思って忠告しているのにもかかわらず、
相変わらず気持ちの悪いに染岡の額に冷や汗が流れる。
これ以上冷や汗をかかないためにも、から離れよう――
と、したが、不意に脳裏をよぎった疑問に考えを改めた。
「…お前はどうなんだよ?」
「……なにが?」
「料理の腕だ」
「…雷雷軒でバイトしている人間にあえて訊くこと?」
「調理は監督しかやってねーだろ」
染岡の指摘もご尤も。
確かに、雷雷軒で調理をしているのは店主である響木のみ。
下ごしらえはが担当しているが、雷雷軒でが調理をする事は基本的にない。
全ての料理の味に対して強いこだわりのある響木。
味付け、風味を常に一定に保つためにと、分担されていることだった。
しかし、自分で言うのもなんではあるが、
は下ごしらえでも気を抜かずに無駄のない動きをしているつもりだ。
それで十分に料理の腕前の証明になっていると思うのだが、
どうやら染岡にとってそれだけでは判断材料が足りないらしい。
とはいえ、この場でなにをできるわけでもなく、どう言葉を返そうかとが考えていると、
後ろから「上手いぞ」との料理の腕を肯定する声が聞こえた。
「御麟の料理の腕前は確かだ」
「…豪炎寺?なんでお前が……」
「一度だけ、御麟の料理を食べたことがある。
――それに、鬼道と一之瀬の弁当は御麟が作っているんだろう?」
尋ねるというよりは確認するといった様子の豪炎寺と、
見るからに「意外だ」と顔に書いてある染岡。
2人の視線を受けたは、すっと表情を消すとキッパリと言い放った。
「違います。あれは鬼道家から毎朝届いてるお弁当です」
「…卵焼きの味付けが同じだったが」
冷静に駄目押しをしてくる豪炎寺に、無表情だったの顔が歪む。
元々、苦しい言い訳だとは思った。
だが、すんなり肯定する気にもなれず否定したわけだが、
この情けない状況に、は大人しく認めて置けばよかったのではないかと、珍しく自分の選択を後悔した。
小さなため息を1つ洩らし、観念するようには「そうですよ」と豪炎寺に返事を返すと、
反応したのは豪炎寺ではなく、この状況のそもそもの原因である染岡だった。
「へぇー、ちゃんとできるんだな」
「…雷雷軒でバイトしている時点分かると思うんですけどね」
「いや、たまにいるだろ。料理の見た目はまともなのに、味付けが壊滅的なヤツ」
否定できない染岡の言葉に思わずは黙った。
確かに、見た目がまともで味が壊滅的な料理を作る人間はいる。
手際は良くても、味付けがいまいちの人間もいる。
このことを考えると、染岡がわざわざ確認したことも否定できなくはない。
――だが、染岡がそこまでしての料理の腕前を知る必要性はあったのか?
「なんで染岡がそんなに私の料理の腕を気にするのよ?」
「お前が雷門レベルの腕だったら『お前が言うな』って言ってやろうと思ってよ」
「……要するに、私が自分のことを棚にあげて、
そういうことを惜しげもなく言ってしまうような人間に思っているわけかね染岡くん」
ギロリと染岡を睨むと、睨むに気圧されている染岡。そんな2人を眺めながら、豪炎寺は染岡がの特訓によって、
怪我をするのではないかと、心の中で少し心配になるのだった。
■いいわけ
夏未お嬢様がおにぎりを作るって、周りの人間(金持ち)にとってはかなり驚くことなのではないかと。
骨の髄までお嬢様な夏未お嬢様が、自分でご飯握るって…!感動モノなのかもです(笑)
なんだか、やっとこまともに染岡と絡んだ気がしますねぇ。毎度ギスギスしてたんで。
染岡は言い争うときは、典型的な「熱VS冷」のかたちでの絡みになるのですが、
平時は割りと普通に会話できる関係かと思います。ただ、乾燥気味だから火花散りやすいよ!(笑)