はじめから、今日は母親にこれでもかというほど振り回されることをは覚悟していた。
興味があってあって仕方のなかった豪炎寺と、実力はお墨付きの鬼道と一之瀬。
この3人がそろった時点で、母親の興奮が頂点を振り切って暴走することなど端から分かっていた。
だからこそ、父親に3人の必殺技の習得の手助けを最初から頼んでおいたのだ。
その結果、とりあえずツインブーストは完成し、皇帝ペンギン2号も完成間近までに迫っている。
これだけの成果だ。も生死の境をさまよった甲斐があるというものだ。
だが、もうは寝たい。疲れたのだ。
母親に振り回され、大量の料理作りを手伝わされ、その夕食の後片付けやら色々…。
正直、これ以上起きていては明日は寝坊確定だ。
明日も休みであればそれでもいいが、明日は平日。寝坊が許される日ではない。
どうしたものかと思いながらも、自分の勝手で放っておくわけにもいかず、
は着信を告げ続ける携帯の通話ボタンを押した。
「ー」
先程までの頭の半分以上を支配していた眠気が一気にぶっ飛ぶ。
だが、冷静な思考回路が戻ったわけではなく、ただ驚きによって眠気がぶっ飛んだというだけだ。
一瞬頭が真っ白になったが、再度聞こえた「ー?」と自分を呼ぶ
ずっと聞きたかった声に、思考が再起動すると、
慌てて「どこにいるの!?」と電話に向かって叫ぶようにして尋ねた。
すると、電話の相手は少しの間を空けてから暢気な調子で返事を返してきた。
「地元」
酷い。
もし、神様という存在がいるのなら、
あまりにもこの仕打ちは酷い。
それともこれはあれか、厄日というヤツなのだろうか。
いや、それにしても酷い。
どうしてこうも誰かに振り回されまくらなくてはならないのだ。
母親の件は初めから覚悟していたからまぁともかく――これは酷い。
「ぬああああああ!!
地底人がァァァ!!!」
第33話:
記憶にない邂逅
うるさい。騒がしい。やかましい。
そんな空気のざわつきに、の眉間にシワがよった。
相当不快に感じているのか、時を増すごとにシワは深くなる一方で、
そのシワが解消される気配はまったくない。
だが徐々に、「うるさい」と感じる原因であろう声が聞こえはじめた。
今までに聞いた事のない声。
だが、変声期を迎えていない少年特有の声質に、と同年代の人間であることは判断できた。
ここに来ての鬼道や一之瀬のような新しい戦力だろうか?
いや、よく考えるとそれはない。
そもそも、たちにとってプラスになる存在の登場に、
こんなとげとげしい空気になることはまずありえない。
――となると、
これは「敵」の来訪なのだろ――
「ブッ!!」
鮮明になりかけた色々。
が、今の衝撃――顔面に降ってきたボールで全てが吹き飛んだ。
ベンチで無防備に眠っていたのが悪い。――そう言われても仕方ない。
だが、「行ったぞー!」とか「危ないぞー!」とか、声ぐらいかけてくれてもいいのはないだろうか?
確かに側にも過失はある。
だが、コントロールミスであらぬ方向へ行き、人の顔面にジャストミートしたのだ。
相手側にも過失はあるはずだ。
だというのに――
「大丈夫か」の一言もなければ「ゴメン」の一言もないというのはどういうことだ。
横たえていた身体を起こし、ヒリヒリと痛む顔を押さえながら、
はおそらくボールが飛んできたであろう方向へと視線を向ける。ゴールに集まっているのはどうやら雷門サッカー部一同。
そして、そこから少し離れた場所に居るのは――
金色の長い髪をなびかせる少女とも見間違うほどの美少年――
世宇子中サッカー部キャプテン亜風炉照美だった。
怒りと眠気とでまったく思考回路は正常に機能していないが、
この状況から導き出せる答えはあった。
「…よくもまぁ……やってくれたわね…」
ゾクリと少年少女たちの背筋をかけたのは悪寒。
ハッとして地の底を這うような低い少女の声の聞こえた方向へと視線を向ければ、
そこには小脇にボールを抱え、真っ赤な顔から一切の表情を消し、
どす黒い怒りのオーラを漂わせた――がいた。
その場にいた全員が、このの状況を本能的に「ヤバい」と感じたようだったが、
から漂うただならぬオーラに気圧されているようで、誰一人として動こうとするものはいなかった。
「どーいうつもり…?試合前に雷門を潰しにきたのかしら…?」
「……そんなつもりはないさ。私はただ、雷門に無駄なことはやめるよう、忠告に来ただけだよ」
「ほぉ…それでなにがどうこうどうなって――私の顔面にボールが落ちてくるんだ…!!」
一段と濃さを増すの怒りのオーラ。
先程まで余裕の笑みまで見せていたアフロディですらも、の凄みに圧されてか表情を歪ませている。
だが、アフロディが円堂に危害を加えたことよりも、自分に危害を加えたことに腹を立てているに、
雷門サッカー部一同は思わず「そっち…?」と心の中でつっこんだ。
しかし、そんな一同の心中など、
まるで理解していないのは――だけではなかった。
「…どけよっ……!!」
自分とアフロディの間に立つものを払いのけ、よろめきながらも立ち上がるのは円堂。
そんな円堂を心配して鬼道が円堂を支えるが、
それすらも払いのけ円堂は「打って来いよ!!」とアフロディに向かって噛み付くように吠えた。
今の円堂には、アフロディしか見えていないのだろう。
自分たちの実力差を嘲笑うかのようなシュートを放ったアフロディしか。
「今の本気じゃないだろ!本気でどんと――ぅがっ!!」
円堂の台詞を遮ったのはサッカーボール。
しかも、口をふさぐというかなり物理的な方法で。
言わずもがな、円堂の顔面に向かってボールを放ったのは。
反射的に鬼道たちは「なにをするのだ」とを責めようとしたが、
の放つ威圧感に完全に気圧され、抗議の言葉を全て飲み込んでしまった。
しんと静まり返った空気の中、不意にがアフロディのいる方へと向きかえる。
だが、不思議なことにが向けた視線にアフロディへの敵意はない。
身構えていただけに拍子抜けしたアフロディが少し意外そうな表情を見せると、がニヤリと笑った。
「本当はキミの顔にもボールをぶつけるところなんだけど――ね」
「ふふっ、できるとでもいうのかい?神である私に対してそんな暴挙を」
「ハッ、人の手が入った神のまがい物に臆すほど――寝ぼけてないわよ?」
アフロディの表情に歪みが走る。
だが、はそれがどうしたと言わんばかりに余裕の笑みを浮かべていた。
「…とはいえ、人には十分な脅威であることには違いないし――派閥的には不利よね」
「――なら、私たちの元へ来るといい。総帥は力のある者には寛大だよ」
「…意外におしゃべりね」
「そんなことはないさ。――ただ、ずっと話してみたかったんだ。神の座を降りたというキミとね」
ふとアフロディが楽しげに笑う。
それをはつまらなそうな表情で見つめるだけで、何も言うことはなかった。
「決勝が少し、楽しくなってきたな」
ゴール前に集まっている雷門イレブンを最後に一瞥すると、
アフロディは楽しげにそう言葉を洩らすと、光と共に一瞬にしてその場から消え去った。
静まり返ったグラウンド。
そこに残されたのは、雷門サッカー部の面々とだけだった。
「………、……いた…い……。…痛い……。…痛ッ!顔、痛ァッ!!?!?」
沈黙が保たれていた空気を破ったのは、顔を押さえてうずくまる。急激に変化したの雰囲気に、豪炎寺たちがキョトンとしていると、
夏未が「やっぱり…」と呆れた様子呟き、同じく呆れた様子で鬼道がため息をついた。
「夏未さんも鬼道くんも、ど、どうしたの?」
「…寝ぼけてたのよ」
「……え?寝ぼけて…た??」
「そう、さっきまでのは全部――寝ぼけてたのよ」
「おいおい…どんだけ寝起き最悪なんだよ…」
付き合いの長い鬼道と夏未は分かっていた。
「寝ぼけてない」と言っていたが、完全には寝ぼけていると。
しかし、まさか寝ぼけているとは思っていなかった染岡は、呆れを通り越して困惑した様子で言葉を洩らす。
もちろん、の凄まじい寝ぼけっぷりに困惑しているのは染岡だけではなく、
雷門イレブンの大半が困惑を含んだ苦笑いを浮かべている。
確かに、あれだけ流暢に話して、
ボールを操って――
「ああっ!?円堂くん!!」
ふとがボールを操ったシーンを思い出し、
同時に思い出したのはサッカーボール顔面キャッチの刑に処された円堂。
慌てて円堂の安否を確認すると、
予想通りというかなんと言うかで、円堂は気を失っているのだった。
■いいわけ
初のアフロディくんとの絡みでございました。夢主、寝惚けてますが!
うちの夢主は理性がぶっ飛んでも、ぱっと見まともに見えるので始末に終えません。
しかも、理性があっても頭がおかしいんじゃないかと思われることを言うので、
周りの人間は本当に判断に困るという…。鬼道氏や夏未お嬢様は付き合いでわかる設定です(笑)