「合宿…ねぇ?」
「いいんじゃないか?決勝戦前にチームの団結力を高めるには」
「……キャプテンがあれじゃ、崩壊しそうな気もするけど…」
「いや、逆も考えられるぞ?キャプテンが弱っているときこそ、俺たちが頑張るんだ――ってな」

 

最後に「昔の俺たちみたいに」と付け加えられ、
は「そうね」と苦笑いを返した。

 

「…迷惑かけ通しになったわね」
「いや、朝のは仕事だし、今に関しては各方面から連絡きてたし――
それに、可愛い後輩たちのことを思えばこれくらいへでもないって」

 

そう言って笑うのは、
カレーの材料で一杯になったダンボールを数箱持っている青年。
裏のない青年の笑顔に、彼の厚意を利用しているように思えて申し訳なくはなったが、
彼の笑顔を信じるようには青年に「ありがとう」と礼を言う。
すると、青年はやはり笑顔で「どういたしまして」と返してきた。

 

「でも、まさかだったよなぁ…。
雷門サッカー部がFF決勝に進むは、響木のおっさんが監督とか……」

 

ドサリと音を立ててバイクのサイドカーに詰まれるダンボール。
その様子を眺めながらは「そうね」と青年に相槌を打った。
響木が監督になるまでに、FF決勝へ進出するまでに、
何度も挫けそうになった雷門サッカー部。
だが、何度困難にぶつかろうとも、雷門イレブンは立ち上がってきた。
が思うに、雷門イレブンが何度も立ち上がってこれたのは、やはり円堂の存在が大きい。
円堂が挫ければチーム全体が挫ける。
円堂が立ち上がればチーム全体が立ち上がる。
それは一体感というべきか、それとも依存というべきかは分からない。
ただ、良くも悪くも
円堂はチームに大きな影響を与えることだけは確かだった。

 

「まっ、一番意外だったのはお前が動いたことだけどな」
「………そう――よね」
「お前のお眼鏡に適ったチームが出てきたってことだもんなー」
「!」

 

青年の言葉にハッとして慌てて顔を上げると、が驚いたことに彼は驚いたようで、
ビックリした表情を浮かべて「どうした?」とに尋ねてくる。
にとっては驚くことだったが、
青年としてはを驚かせるような言葉を選んだつもりはなかったらしい。
驚いた彼の表情が、急にの中でおかしくなってくる。
なにを驚いているんだ。驚かせたのはそっちだろうに――

 

「ホント、呆れるほど真っ直ぐね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第34話:
冷静ブレイン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FF決勝戦を目前に控えた雷門イレブンは現在、雷門中に集合している。
というのも、監督である響木の提案で学校で合宿を行うことになり、一度解散した後、再集合したからだった。
初めての合宿にほとんどのメンバーがはしゃぎ気味の中、
ある意味で一番はしゃいで欲しい存在――
円堂は相変わらず難しい表情で祖父の残した特訓ノートを睨めっこしていた。

 

「…円堂バカがいくら考えたって、答えなんてでないのにねぇ……」
「かといって闇雲に練習したところで成果は上がらない」
「やはり、一度マジン・ザ・ハンドから距離を置くのが最善なんだろうが…」
「決戦が明後日にまで迫られては――忘れるなんて無理よね」

 

そう言ってはチラリと円堂の様子を盗み見る。
しかし、わざわざ盗み見なくとも、円堂はたちの視線に気付くことはないだろう。
ノート見つめるその表情は真剣で。
自分の世界に入っている――というには語弊はあるが、
とにかく今の円堂にはマジン・ザ・ハンドのことしか見えていない。
心配している存在のことも、支えようとしている人間も、今の彼には見えていないのだ。
そんな彼の姿が過去の自分と重なる。
自分が完成させるべき技に固執して、動かなくなってしまった大きな歯車。
これぞまさしく――

 

「キャプテン失格」

 

なにもは円堂を責めているわけではない。
円堂の立場を考えれば、この状況は仕方のないことだと分かっている。
寧ろ、この程度で済んでいることには敬服しているぐらいだった。
チームを率いる立場であると同時に、ゴールキーパーというチームを守るべきポジションにもある円堂。
その2つの重圧に押し潰されそうになりながらも、円堂はまだ挫けてはいない。
若干、正気は失いかけているが、本気でそうなることはおそらくない。
そうなる前に、彼なら気付けるだろう。
根が真っ直ぐな彼ならば。

 

「こっちまで円堂と一緒になって考え込んでも仕方ないわね。アレもソレも仕上がってないわけだし」
「…人の心配をしている場合ではないということか」
「おしい」

 

ふっと笑みを浮かべてはそう言うと、鬼道と豪炎寺を残してその場をあとにする。
残された2人はの残した「おしい」という言葉の意味が理解できず、戸惑った表情を浮かべていた。
こんな状況だ。
今日明日にでも豪炎寺たちはもちろん、
雷門イレブン全員が「おしい」部分に気付くだろう。
気付けない――そんなことはきっと起きない。
彼らは強いチームなのだ。技術面でも、肉体面でも。
そして、精神面も然り。そんな強さを持つ彼らに限って、
のいう「おしい」の意味を理解できないなんてことはないだろう。

 

「(イーブンなら、爆発力だけで事足りるんだけど……ねぇ…)」

 

世宇子の試合を全て観戦し、集められる情報は全て集めた。
その情報を元に、希望的観測を含めて勝算を計算しても、
世宇子イレブンは簡単に勝てるような相手ではない。
まぁ、誰も勝利できないように設定されたゲームなのだから当然なのだが。
こうなると、勝つために必要になってくるのは、イレギュラー要素――奇跡。
この試合では、幻のキーパー技――マジン・ザ・ハンドの完成が、
この仕組まれたゲームをぶち壊す奇跡となるだろう。

 

「(結局はマジン・ザ・ハンド頼りなのよね……。
戦略うんぬんで対抗しようにも、実力差の開きが大きくて八方塞というかなんというか…)」
「出たッス―――――ッ!!!!!」

 

突然響いた絶叫。
思考をいきなり遮断され、は思わず目を見開いた。
この夜の学校という環境だ。
一度ぐらいは遭遇すると思っていたが、こうも早くこの場面に遭遇するとは思っていなかった。
躊躇なくため息を吐き出し、は身体を丸めてビクビクと震えている巨体の少年――壁山に目を向ける。
目金がオバケが出たという壁山に向かって「そんなものはいない」と力んで壁山の言葉を否定していたが、
内心彼もオバケの存在を信じていたようで、何の前触れもなく姿を見せた影野に驚いて気を失った。

 

「確かに誰かいた。誰か……大人の人が」

 

どうやら壁山と一緒に影野もその現場にいたらしい。
気弱な壁山と違い、意外に肝の据わった影野は
冷静に自分たちの前に突如として現れた影を分析していたようだ。
しかし、この学校内にいる主な大人は全員この場にいる。
守衛に当たっている警備員もいるが、もしそうであれば影野が気付いているはずだ。
となると、導き出される可能性は――

 

「影山」
「影山?」
「もしかして影山の手下じゃないか?決勝戦前に事故を起こして、
相手チームを試合に出られないようにするのは影山の手だ!」
「確かにありうるでヤンス!」
「よし!行くぞみんな!そいつを捕まえて正体を暴くんだ!」
「「「おー!」」」

 

校内に忍び込んだ影山の部下の身柄を捕らえるべく、校舎に向かって走り出す雷門イレブン。
それを夏未と、そして大人一同は黙って見送った。
だが、彼らの姿が見えなくなったところで「アホ」という言葉がポツリと漏れた。

 

、それはどういうこと?」
「本当に総帥殿の手下だったら、監督や菅田先生が止めてる。
――まぁなにより、子供だけで大人の相手をしようっていうのがどーしようもなくアホな考え方じゃない?」
「…冷静に考えるとそうかもしれないわね……」

 

突然のことで制止をかけることもできずに彼らを見送ってしまったが、
冷静に考えればこれほど危険なことはない。
いくらここが自分たちのホームグラウンドだからといって、相手は非道を働くことに慣れた人間だ。
なにをするか分かったものではない。
しかし、の指摘どおりに響木や菅田たちに
動じている様子がないところを見れば、そんな心配は要らないのだろう。

 

「響木さんが連絡したんですか?」
「…いや、俺は何もしていない」

 

の問いに返ってきたのは響きの否定の言葉。
あえて同じ言葉を口にはせず、菅田と場寅にも視線では尋ねてみると、
場寅は首を振ったが、菅田は「俺だ」と返事を返してきた。

 

「会田や備流田たちに合宿をやるとは伝えたが…。なにやってるんだ?あいつら……」
「…アレ……じゃないのか?アレ」
「ん?アレ??………ぁあ、アレか!
……だとすると、油の準備をしておいた方がよさそうだな」

 

そう言うと菅田は「ちょっと行ってくる」と響木たちに言い残して校舎の方へと消えていく。
話が飲み込めていない様子の夏未と、話を完全に飲み込み平然としているが、菅田の後姿を見送っていると、
ふと場寅が少し不安そうに響木に「大丈夫なのか?」と尋ねた。

 

「40年も使っていないんだ。ちゃんと使えるかどうか……」
「問題ない。何年か前に使ったときは現役だったからな」
「…こっちを見ないでください響木さん…。あのときのゲンコツ…ゲンコツがぁ……っ!!

 

「ひぃ!」と言わんばかりに頭を押さえてうずくまる
そのを見て場寅は驚いた様子で「まさか…」と洩らすが、
場寅の想像を読んだ響木は「コイツじゃない」と場寅に言葉を投げた。
響木の否定に場寅は「じゃあ誰が…」と響木の言葉を促すように言うと、
場寅の疑問に答えを返したのは響木ではなく、だった。

 

「地底人ですよ。……あの地底人…!!
「…地底……人…?」

 

ありえないの返答に、
場寅も夏未もそれ以上、返す言葉がないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 謎の人影を追って校舎へ乗り込んでいった円堂たちは本当に怖いもの知らずですよね。
マジで影山の手下だった日にはどうなっていたことやら……。
でも、この勇敢さこそ円堂たちの強さの秘訣でもあるのかなぁ〜と…。
賢く後退するよりも、怯まず前進する方がやっぱりカッコいいですよね!