「…ち…ちて……ツ…ツチノ……が…ぁ……!!」

 

円堂の問いを受けて気を失った
気を失っても色々な情報が頭の中を巡っているらしく、真っ青な顔をしてうなされている。
彼女の口から漏れる言葉を聞く限り、十中八九――が地底人もしくはツチノコと呼ぶ、
円堂が出会ったという海慈という名の青年のことでうなされているのだろう。
マジン・ザ・ハンド養成マシンを動かすためのハンドルを回す作業を休憩しながら、
悪夢にうなされているを遠目から眺めているのは鬼道と豪炎寺。
彼らの目にを心配している色はなく、
その代わりにあったのは少しの疑念と少しの不安だった。

 

「マジン・ザ・ハンドの理論を理解した人間と、御麟が繋がっているとは思わなかったな」
「アイツは病的に隠し事――いや、一線を引くのが上手い。それが原因だろう」

 

鬼道の言葉を、豪炎寺はやや呆れた様子で「そうだな」と肯定する。
その豪炎寺の反応を見た鬼道は「フッ」と自虐的な笑みを浮かべた。

 

「アイツを知っているつもりでいたが――改めて考えてみると知らないことの方が多い。
……もしかすると、アフロディの方が俺よりアイツのことを知っているかもしれないな」
「神の座…か」
「もし、過去にが『神の座』と呼ばれる立場にいて、
影山に逆らってなんらかの傷を負ったとしたら――
必死になって影山に逆らうことを止めたことにも合点がいく」
「…御麟が影山と繋がっていたというのか?」
「あくまで可能性の話だ」

 

光も見えなければ、好転しそうにもない会話を続ける鬼道と豪炎寺。
想像。予想。可能性。どれも絶対的な事実ではなく、あくまで勝手な想像。
真実は闇の中――というか、の中だ。
しかし、親しいと思っていた鬼道にさえ、打ち明けられなかったこと。
この話題に触れたら、彼女を傷つけるのではないか、彼女との関係が崩壊するのではないか――
そう考えるとどうしても、事実を聞き出すことに戸惑いを覚えた。
もやもやとしたものを胸に抱えたまま、
相変わらずうなされているを黙って眺めている鬼道と豪炎寺。
そんな2人に背後から「訊けばいいじゃない」という怒ったような少女の声が聞こえた。

 

に訊きたいことがあるなら訊けばいいじゃない。気を使って黙っている必要なんてないわ」
「雷門…」

 

振り向いた豪炎寺と鬼道の後ろにいたのは夏未。
その顔には不機嫌そうな表情が浮かんでいる。
おそらく、割れ物にでも触れるかのように、
に言葉をかけることを躊躇している2人の様子にイライラしたのだろう。
2人とはまた違うと親しい間柄にある夏未。
そんな彼女だからこそ、思うところがあるのだろう。

 

「そもそも、あのが大人しくあなたたちの疑問に答えると思っているの?」

 

悔しそうなムスッとした表情で言う夏未に、豪炎寺と鬼道はキョトンとした表情を見せる。
だが、すぐに夏未の言いたいことを理解したのか、苦笑いを洩らした。
答えるわけがない。
に都合の悪いことならば、なおさらに答えるわけがない。
黙殺するか、誤魔化すか、逃げるか――。
いずれにしても、大人しく答えるということだけは絶対にないだろう。
駄目で元々――そう思えばに尋ねることへの躊躇は和らぐ。
そして、端から話すつもりのないに限って、
自分たちへの罪悪感で傷ついて、塞ぎ込んだりということもまずない。
いつもの自分たちの関係を思い出せば出すほど――遠慮は要らなかった。

 

「さすが雷門だな」
「…それだけあの子には卑怯な手を使われているということよ」
「卑怯…か」

 

呆れたような豪炎寺。少し不機嫌そうな夏未。諦めたような鬼道。
を見る3人の目にはそれぞれ違う色が浮かんでいたが、
共通して3人の目には穏やかな色も浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第36話:
卑怯者との付き合い方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず今言えることは、私は総帥殿の手に収まった事はないってことと――
そんなこと気にしてる暇があったらアレ完成させろ」

 

早朝、人もまばらな時間に思い切って
に疑問をぶつけた豪炎寺と鬼道に返ってきたのは、
ほぼ予想通りの言葉との態度だった。
隠し事をしているというのに、まったく悪びれた様子のない
一応、の言い分も正論ではあるのだが、こうも後ろめたさもなく言われるとむかっ腹も立つ――
ところなのだが、立てるだけ無駄だと経験で理解している二人の反応は至って冷静だった。

 

「ことが落ち着いたら――世宇子に勝ったときには、答えてもらえると思っていいのか」
「……まぁ、ことが落ち着いたらこっちも色々と考えてみるわ」
「前向きに検討してくれ」
「前向きって……余裕綽々ねぇ〜」
「円堂のマジン・ザ・ハンドも、俺たちの技も、確実に完成に向かっている」
「下がっていた士気も上がった」
「……なんか私が気絶している間に色々あったみたいね…」

 

少し驚いた表情を見せて思わず言葉を洩らす
昨夜、気絶したのちが目覚めることはなく、が目を覚ましたときには、
気を失ったイナビカリ修練場の特訓スペースではなく、たくさんの布団が並べられた体育館。
まわりにいるマネージャー陣の様子を見れば、熟睡しているようでぐっすりと眠っている。
ふと雷門イレブンの方へ視線を向けてみれば、若干寝相の悪い連中が残念になっているが、
それでも起きる気配はまったくなく、ぐっすりと眠っていた。
そこから導き出されることは、気絶してそのまま眠りについたに対して、
雷門イレブンとマネージャーたちはだいぶ時間を空けてから眠りについたということ。
の知らない数時間の間に、随分とことは好転したようだった。

 

「まぁ、好転してるならいいんだ――」
御麟さん!!

 

不意にの言葉を遮ったのは慌てた様子の秋。
その秋の後ろには同じく慌てた様子の春奈がいた。
まだ練習が始まっているわけでもなく、トラブルが起こる可能性が低いこの時間帯に、
彼女たちが慌てる理由の分からないは不思議そうな表情で「どうしたの?」と落ち着いて尋ねると、
秋が「ごめんなさい!」と頭を下げた。

 

「…はい?」
「朝ごはんの準備は私たちの仕事なのに手伝えなくって…!」
「ああ、そのこと?いいのよ、気にしないで。
ほら、私昨日は途中で気絶して役に立たなかったでしょ?その挽回の意味もあるから」
「でも…」
「配膳!配膳だけは手伝わせて!
お姉ちゃんといえど、さすがに配膳を1人でやるのは大変でしょ!」

 

イタズラでも思いついたかのような無邪気な笑みを浮かべて
「ね!」と言う春奈に、は困ったような笑みを浮かべた。
秋と春奈も雷門イレブンを支える裏方として、多くの労力を払っている。
それを補うためにも、今日ぐらいはゆっくりしてもらいたかったのだが、
彼女たちの身体には多少良くても、心にはかなり良くないらしい。
二人のためを思ってやっているのに、マイナスになっては意味が無い。
ここは春奈の申し出を受け入れた方がいいだろう。

 

「そう…ね。ここは2人の手を借りましょうか」
「うん!任せて!」
「と、配膳の前に――まだほとんどの連中が寝てるでしょ?
もういい加減起きてもらわないと困るから、春奈と――鬼道で起こしてきてくれない?」
「うん、了解!お兄ちゃん!行こ!」
「あ、ああ…」

 

の頼みを受け、鬼道の手を引いて体育館の方へとかけていく春奈。
その後姿を微笑ましく思いながらは見送ると、自分の前にいる秋の肩にぽんと手を置いた。

 

「で、木野さんは一哉と土門を起こしてあげて。それと、豪炎寺は円堂をお願い」
「…私が起こさなくても二人ともちゃんと起きると思うけど……」
「なに言ってるの、木野さんが起こすことに意味があるのよ?
ほら、可愛い幼馴染に朝起こしてもらえるなんてどこのラブコメ――」
「御麟さん!な、なに言ってるの!!」
「まぁまぁ、それは半分冗談として――
7:30までに席についてないヤツは朝ごはん抜きだからよろしく」

 

「これは本気ね」と最後に付け足して笑うと、
豪炎寺は秋に「御麟は本気だ」と言うと足早に体育館の方へと歩き出す。
その豪炎寺の言葉を受けた秋は少し複雑そうな表情を見せたが、
幼馴染2人が朝食を食べられない姿を想像したのか、
の叱るように「もう!」と言うと、体育館の方へとかけて行った。
そんな秋の後姿を見送りながらはくすくすと笑いながら「可愛いなぁ〜」と洩らした。

 

「守りながら勝たせる――か。…今更ながら、大変なことしてるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 春奈と一緒にメンバーを起こしに行った鬼道さんはキュンキュンしていればいいと思います。
でも、春奈がメンバーを揺すって起こそうものなら、ボールを蹴り放ちそうな気がします。
 秋ちゃんに起こされて喜びそうなのは、のせよりも土門の気がします。
個人的に土門の方がのせよりも秋ちゃん好き度が高い気がします。
あと、のせはなんか朝弱そうなイメージが…。起きて数分は寝ぼけてそうです(笑)