最終調整を終え、各々帰るべき自宅へと帰り、一夜が明けた。
それぞれの思いを抱きながら迎えた日はFF全国大会決勝戦当日。
御麟家のリビングには若干ピリピリとした緊張感が漂っていた。
だが、それもそのはず。
今この場には、この決勝に出場する選手が2人に、アドバイザーが1人いる。
しかも、そのうち1人――鬼道はこの大会の背後に潜んでいる影山と因縁がある。
気にしないように心がけたとしても、鬼道が影山を意識してしまうのは当然だ。
それを理解していると一之瀬はそれを黙って見守っていた。
静寂が御麟家のリビングを支配する。
大きな戦いの前だ。集中力を高めるという意味ではいいだろうとは思っていたのだが、
その静寂は突如としてぶち壊された。

 

「おっはよー!」

 

朝からテンションの高い挨拶で登場――というか帰ってきたのはの母。
集中力を一気に散らされた鬼道は驚きを、
いつもと変わらなすぎる登場に一之瀬は苦笑いを、
空気をぶち壊されたはうんざりとした表情を自分の母親に向けた。
しかし、そんな少年少女の表情など一切気にしていないの母は
「あははー」と笑いながらの前にまでやってくると、
「はい」と言ってに一封の封筒を手渡した。
いぶかしげに母親を眺めながらも、は手渡された手紙に目をやる。
するとそこには面倒な文字が書かれていた。

 

「お父さん!2人の朝ご飯よろしく!!」

 

そう言い残して慌しくリビングを――家を飛び出した
あまりのの様子の変わりように、驚いた一之瀬と鬼道が
!?」と慌てて止めるようにの名を呼んだが、
2人の声はには届かなかったようで、ガチャンと扉の閉まる音だけが聞こえた。

 

「一体なにが……」
「心配しなくても大丈夫よ。はちょっとお届けものに出ただけだから」
「お届けもの…?あの手紙のことですか」
「そうよ。きっと届くか届かないかで2人の今日の試合に大きな影響がでてくるわよ〜」

 

楽しげにニコニコと笑いながら言うの母を前に、一之瀬は不思議そうな表情で首を傾げたが、
鬼道は考えるように少しうつむいたが、ハッと顔を上げると「まさか!」と声を上げた。

 

「ど、どうしたんだよ鬼道」
「おそらくあの手紙は地底じ――いや、円堂が会った海慈という人物からのものだ!」
「!もしかして、マジン・ザ・ハンドのアドバイス!?」
「ああ、その可能性が高い」

 

一之瀬の言葉に力強く頷く鬼道。
随分と明るくなった鬼道と一之瀬の表情に、
の母は満足そうに笑顔を見せると、自分の夫に朝ご飯の用意を急かした。
妻の催促に苦笑いを浮かべながら「はいはい」との父は返事を返す。
キッチンへと視線を向けてみると、
が準備していったであろうタマゴが、不意にゴロリと転がり無残に割れた。
縁起でもない光景にの父は嫌な予感を覚えた。

 

「…無事、守君の家にたどり着ければいいんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第37話:
飛び出し厳禁

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迂闊だったな」と指摘されたら、
「そうですね」と自分の非を認めるほか、今のには選択肢はなかった。
雷門イレブンと世宇子イレブンの間に存在する圧倒的な身体能力の差。
それはそう簡単には覆せないほどの開きがある。
火を見るよりも明らかな差があるのだ。
あえて選手たちの気を動転させるようなことも、彼らの身を危険にさらすようなことも、
世宇子の裏にいる黒幕――影山は仕掛けてはこないだろうとは踏んでいた。
この状況では、の予想はまるっきり外れているように思えたが、
実は半分程度――雷門イレブンに危害を加えるというつもりがないという部分は当たっていた。

 

「(牢屋に繋がれた――なんて無様ね)」

 

石畳に石壁。
周りを石で囲まれた空間――所謂牢屋と呼ばれる場所にはいる。
手には枷がはめられており、自由は許されていない。
それと同様に足にも枷がはめられており、足も行動の制限がされていた。
牢に囚われる――予想外も予想外だった。
ただ、母親から手渡された手紙を円堂の元へ届けるために家を飛び出しただけだというのに。
ふと気付けば周りを黒尽くめの男たちに取り囲まれ、
一応は抵抗してみるものの、数にものを言われ――呆気なく意識を手放していた。
そして、意識を取り戻して早々、言われた言葉が――

 

 

 

「利口になったと思っていたが――貴様も変わらないのか」

 

 

 

虫唾の走る声と言葉。
思い出すだけでも吐き気がする。
胸に溜まった気持ちの悪い空気を一気に吐き出す。
残念というか当然というか、息を吐いたくらいでこの長年付き合っている不快感が解消――すっきりするわけがない。
だが、抱えるほか選択肢がないと改めて感じたことによって、この状況を受け入れて腹を括る心の準備はできた。
とはいえ、自由を奪われたにできることなどありはしないのだが。
改めて、自分の無力さ加減が身にしみる。
所詮、誰かに守ってもらわなくてはこうも簡単に身柄を拘束されてしまう。
もし、がなんの後ろ盾も持たない一般人だった日には――
おそらく今頃は東京湾の海底ツアーに強制参加させられていたことだろう。

 

「(…まぁ、本当にただの一般人なら総帥殿に目をつけられることもなかっただろうけど……)」

 

ありもしない「もしも」の仮定を考えてみるが、残念なことに一般人な自分など想像できない。
所詮、金持ちは金持ちなのかと頭の片隅で考えながら、
はボーっと空を見つめていると、不意に足音が聞こえた。
聞こえた足音は革靴などからなる硬い音ではない。
そう、この音は――

 

「やあ、こんにちは」
「…もう、こんにちはの時間?」
「ああ、そうだよ。もうすぐ――キミの大切な雷門イレブン最後の試合が始まるんだ」

 

にっこりと笑顔を浮かべてそう言うのは――アフロディ。
言葉の選択からして、彼がの心を揺さぶろうとしていることは明らか。
しかし、この程度のことで動揺するほどは切羽詰っていなかった。
こんな事態を想定して――ではないが、
自分に何かがあったときに彼らを揺らす大きな波紋にならないように――
という意図もあって、は外部アドバイザーという立場に自分を括ったのだ。
まぁ、だいぶ彼らのチームに足がズッポリと嵌まってしまっているが、
鬼道と一之瀬、そして響木がどうにか誤魔化してくれるだろう。
――そう思えば、少しの不安はあっても、取り乱すようなことはなかった。
笑顔を見せるアフロディに、も余裕を湛えた笑み見せる。
そしてからかうように「余裕ね」と言葉を投げた。

 

「人に緊張する神なんて、いるわけがないじゃないか。…それとも、キミは緊張したのかい?」
「…そうね、確かに緊張はしなかったわ。……でも、興奮はしてたわよ?」
「余程相手に飢えていたんだね。知性はあっても理性のない――まるで獣のように」
「バカねぇ。理性なんてそもそも要らないのよ――バケモノには」

 

ニヤリと笑ったの目にギラリと光る好戦的な色が宿る。
不意をつかれたアフロディの背筋に冷たいものが走り、思わずアフロディは身を引いた。
それを見ていたではあったが、あえて挑発するような態度をとることはせずにふと目を閉じる。
そして、「ふう」と一息つくと落ち着いた様子でアフロディに警告した。

 

「近々脱走予定だからここの警備、整えておいた方がいいわよ」
「…自由を奪われた君に何ができると?」
「手負いの獣は怖い――よ」

 

何かを企んだような笑みを浮かべるに、アフロディは威圧するように鋭い視線を向ける。
だが、それを受けたところでは少しも態度を改めることはせず、その顔に笑みを湛えたままだった。
これ以上、の相手をしたところで時間の無駄だと感じたのか、
アフロディは何も言わずに踵返すと、外の光であろう光が漏れ出ている扉の方へと去っていく。
それをは見送りもせずにただ黙っていた。
光の漏れていた扉がバタンという音と共に閉じられる。
また、牢は光のない薄暗い空間に戻ってしまった。
アフロディはもうすぐ試合が始まると言っていた。
おそらく、その言葉に嘘はないだろう。
もう試合が終わっているのではないかと少しだけ不安に思っていたとしては、ホッとする事実だった。
自分がいようがいまいが、勝つときは勝つし、負けるときは負ける。
自分の存在の有無が影響力を持たないようにと一線を引いてきたのはやはり正解だった。
まぁ、本当にこの事態は予想外だったが。
今の雷門イレブンのコンディションを見ていないので確信は持てないものの、
昨日のコンディションを保てていれば、雷門イレブンに勝機は十分にある。
ただ、勝機を見出すタイミングが遅いと点差を取り返せない可能性が濃厚になるのだ。
この世宇子戦において、最も重要になってくるのは勝機――
マジン・ザ・ハンドをいかに円堂が早い段階で習得できるかどうか。
土壇場の爆発力がものを言うのが、雷門イレブンであり――円堂だ。
危機的状況の中でおそらく円堂の才能の花は開く。

 

だが――

 

「(最悪の状態になる前に花開いてくれないと勝てないわよねぇ…)」

 

心の中でポツリと洩らしただったが、
無意識のうちに表情には苦笑いが浮かんだ。
雷門イレブンの勝利の可能性を高めるために、慌てて家を飛び出したというのに――
これでは彼らから勝利を引き離しているようではないか。
雷門イレブンを勝たせる義務を持っている人間が、足を引っ張ってどうする。
足を引っ張るよりも、背中を押してやらなくてはだめだろう。

 

「…素直でよろしい」

 

扉の向こうに増え始めている人の気配。
どうやらアフロディがの警告を素直に聞き入れたようだ。
手足の自由を奪われている人間の言葉を
真に受けても痛くないほど警備員がいるのかと思うと憂鬱になるが、
がこんな状況にあるのにもかかわらず、警戒されていることに悪い気はしなかった。
それだけ、あの男に自分は見込まれているということなのだから。
ガチャンという音と共にの手の自由を奪っていた手枷が外れる。
それから少しして、足の枷も外れた。
とりあえず身体の自由はとりもどした
次に取り戻すべきは行動の自由だ。

 

「牙をもがれなかったことが――不幸中の幸いだったわね」

 

派手な音と衝撃を伴ってこじ開けられた牢屋の扉。
の自由を奪っていた鉄の柵は無残な姿へと変わり、原型をほとんど留めていない。
他人事のように「おぉ」と驚いていると、
轟音を聞きつけた警備員たちが慌てて牢の扉を開き駆け込んでくる。
そして、牢の外へでているの姿を見るや否や、
リーダー格であろう男が「捕まえろ!!」と大声を上げた。
波のように襲い掛かってくる自分よりも大きな男たち。
しかし、には動揺もなければ恐怖もなかった。
かといって、余裕の色といえるものもなかった。
物怖じしない少女に気圧されたのか、
男たちの顔に一瞬躊躇の色が見えたが、次の瞬間にはそんな色はなかった。
――といより、全ての色が彼らの顔から消し去られたのだ。

 

「相変わらず嫌味ね。…まぁ、そういうところが居心地よくていいんだけど」

 

全ての色を失った――気を失って倒れている男たちをさけては牢屋から出る。
牢屋を出てすぐ横にあった警備員たちの控え室であろう部屋に入ると、
壁に貼られている地図を頼りにの現在地を確認し――
おそらく雷門イレブンと世宇子イレブンが試合を行っているであろうスタジアムへ出るためのルートを記憶した。
自分の意図通りにこの付近の警備が薄くなっていることを願いながら、
はスタジアムへ向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 FF編もかなり架橋となってまいりました。あと少しで完結です。
てるみーとからみましたが、いい加減にまともな絡み話を書きたいです。
まぁ、書くとなったらゲーム版設定というくくりになりますが(苦笑)
……でも、ゲーム版だとギャグネタしか思い浮かばない…。