「この阿呆が」
「……返す言葉がございません…」

 

真っ直ぐ自分に振り下ろされた言葉に、
は苦笑いを漏らしながら顔を背けた。
普段であれば、「こっちを見ろ」と顔の向きを強制的に修正されるところだが、
ことは急を要するらしく、いつも通りの展開にはならなかった。

 

「必ず勝たせろ。――でなければ、俺たちの苦労が水の泡だ」
「言われずとも最善は尽くすわよ。――私の苦労も、決意も無駄になるんだから」

 

手と手が触れあい、パンッと快い音が響く。
それと同時には真っ直ぐ伸びる通路に向かって走り出した。
の記憶が正しければ、だいぶスタジアムまで近づいているはず。
その予測を肯定するかのように、空気は牢屋にいたときのような重苦しいものではなくなり、
の耳には微かに人の声も聞こえるようになっていた。
だが、不意に大きな「待てー!」という複数の男の声が聞こえた。
確実に、自分を捕らえるための追っ手ではない。
おそらくは、どこかの勇敢と言うべきか無鉄砲と言うべきか微妙なところの人間だろう。
無駄に冷静に働いてくれるの頭がはじきだしたのは残念な答え。
色々と思うところはあるが、まずは安全の確保が第一だ。

 

ジャッジスルー!!
「「のわああぁ!!?」」

 

見事に警備員の男たちに決まったの跳び蹴り。
の攻撃を受けた警備員たちは衝撃によって気を失い、完全に延びてしまっている。
こうなることを前提にやってはいるが、改めて帝国で生み出されたドリブル技――
ジャッジスルーの危険性をは確認した気がした。
そんなことをが考えていると、突然背中に衝撃が走る。
別の追っ手が――とは思わなかったが、慌てて振り返ってみると、
の背中には泣きそうな表情の春奈が抱きついていた。
春奈がに抱きつくことはよくある。
その度に鬼道の視線が刺さって痛いのは毎度のこと。
だが、春奈が泣きそうな表情を見せているのはよくあることではない。
春奈の反応の意味が分からずは混乱していると、
今度は突然「バカ!」と罵られると同時に抱きつかれた。

 

バカ…!あなたになにかあったんじゃないかって……!」
「夏未…」
「無事…なんだよね…!怪我なんてしてないよね…!?」

 

鬼道や響木たちが誤魔化さなかったということはまずありえない。
ということは、春奈と夏未は鬼道たちの雰囲気での身になにかがあったと勘付いていたのだろう。
そして、この場面で登場だ。
の無事に安心しての反応なのだろう。
本気で心配してくれていたのであろう春奈と夏未に対して、
申し訳なく思う反面、心配してくれたことは嬉しいわけで。
は苦笑いを浮かべながら「大丈夫」と言って2人の頭をくしゃりと撫でた。

 

「心配かけてゴメン。でも、御麟さんは不死身だから大丈夫よ」

 

いつもの調子で言葉を返せば、春奈は笑顔で「うん!」と頷き、
夏未は「こんなときまでなに言ってるの!」と怒る。
ぷんすか怒る夏未を「まーまー」と宥めて、
は自分たちから少し離れた場所に立っていた秋をそっと抱きしめた。

 

「余計な心配かけちゃってごめんね」
「……一之瀬くんと鬼道くんにもちゃんと謝ってね…!」

 

秋の言葉には「うん」と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第38話:
曲者遅参

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間一髪。
二度目となるアフロディのゴッドノウズが放たれる前に鳴り響いたホイッスル。
前半戦が終了となり、雷門イレブンメンバーは助け合いながらフィールドからベンチへと移動する。
緊張感から開放され、ほっと一息つけるかと思っていたのだが、それは許されなかった。
意図的に許されなかったわけではない。
だが、ベンチに座っている響木の隣で、
仁王立ちをしている少女の姿に、驚かずにはいられなかった。

 

「遅参で失れ――ふぉあ!?
「……!!」

 

雷門イレブンの驚きの原因――の言葉を遮ったのは一之瀬。
の存在を確かめるように、何も言わずに一之瀬はぎゅっとを抱きしめる。
相当力が入っているようでなかなかに痛いのだが、
一之瀬をここまで心配させたバチかと思うと「痛い」とは言い出せなかった。
ぽんぽんと頭をたたきながらは「ゴメン」と一之瀬に言葉をかける。
しかし、一之瀬から言葉が返ってくることはなく、その代わりに回されていた腕の力が更に強くなった気がする。
どうやら簡単には許してくれないようだ。
迂闊な行動にでたことを反省していないわけではない。
ただ、今回はほとんど不慮の事故のようなもの。
は自分の意志で影山の下へ乗り込んでどうこうなったわけではない。
故にが今回のことに対する罪の意識というものは根本的に低い。
だが、それに対して一之瀬や夏未たちの心配の度合いは、
の想像していたものの一回りも二回りも上回っていた。
滅多に怒ることをしない一之瀬ですらこうなのだ。
もう1人の同居人と自分と同類の彼は――もう般若の形相だろう。

 

「(うわぁ…般若が2人……)」

 

外れるということを知らないの悪い予感。
視線をふと移せば、そこには背後に般若の面が見える鬼道と豪炎寺がいた。
これは今まで隠していたアレを本意気でぶち込まれるのではないかとは危惧したが、
さすがにそこまで2人も頭に血は上っていないようで、
ただ子供一人くらいなら殺せてしまうのではないかという視線でを睨むだけだった。
そんな恐ろしい視線を受けながらも、
は今一番自分が言葉をかけるべき存在――円堂へと視線を向ける。
の視線を受けた円堂はキョトンとした表情でを見つめていた。

 

「…ムー大陸って本当にあったのか?」
「「「信じてたのかよ!?」」」
「ええ、あったわ――って、ちょ…か、一哉っ…痛い。ほんとに痛い。痛い痛い痛い痛い

 

響木から伝えられたの不在理由を真に受けていた円堂にツッコミが入る。
が、それを無視しては円堂の言葉を肯定しようとしたが、
それを未だにに抱きついている一之瀬が実力行使で止めた。
あえて真実を言うまでもないと思っていただったが、それを一之瀬たちは許してくれないらしい。
背骨やらあばらに入る痛みで気付かなかったが、よく見れば2つの般若の凄みも増している。
誤魔化しきるよりも先に自分のあばらが限界を迎えると判断したは、事情を説明することを誓う。
すると、一之瀬の腕の力が緩み、豪炎寺と鬼道の背後にいる般若の存在が少し薄くなった。
やっと自分に刺さるとげとげしい空気が和らいでくる。
だが、ほっとしている暇はない。よく考えたら時間は限られいるのだから。
「ツチノコからの手紙を円堂に届けようと家を出たまでは良かったんだけど、
途中で黒服の人に気絶させられて、気付いたらここのゲストルームに拘束されていた。
――そのあとはゲストルーム脱走して、今に至る」
は説明を終えると手を懐に延ばし、ゴソゴソと何かを探る。
そしてその数秒後、目当てのものを見つけたは円堂に一封の封筒を手渡した。
封筒には「守くんへ」と円堂に当てて書かれたものだという証がある。
一瞬、円堂は封筒の封を開けることを躊躇したが、
次の瞬間には思い切ったように封を切り、封筒に入っていた手紙に目を通した。

 

「…俺しか得られない…じーちゃんからのヒント……」
「アイツの言葉は複雑なようでストレート。難しく考えないで、単純に考えた方がいいわよ」
「……おう!ありがとう、御麟!」

 

のアドバイスを受けた円堂は、
顔に浮かべていた難しい表情を消し、自信に満ちた表情でに礼を言う。
そんな円堂には「どういたしまして」と言葉を返すと、ぐるりと周りを見渡した。
昨日よりも一回り大きくなったような気がする雷門イレブン。
きっと彼らの心はもう折れることはないだろう。
ならば、叱責の言葉も、激励の言葉を今の彼らにかけるのは無粋。
もう自分に残されている仕事は――彼らの勝利を待つことだけだ。
が振り下ろしたげんこつは、一之瀬の頭に当たってゴンッという音を響かせる。
音の割りに痛み弱いはずだが、痛みがないわけではない。
の拳を頭で受けた一之瀬は「あいた!」と声を上げてから離れ、
恨めしそうにを睨むが、はいつもの不敵な表情を浮かべていた。
不適なの表情を見た一之瀬は一瞬、キョトンとした表情を見せたが、
すぐに何かを確信したように自信に満ちた笑みをに見せる。
それを見たは満足した様子で頷くと、雷門イレブンに視線を向けた。

 

「私の役目は終わった。あとは雷門イレブンの逆転劇を観戦させてもらうから――よろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 次回でFF編は完結です!長かったようにも、短かったようにも感じます。
が、次のエイリア編へは間を空けずに飛び込むことになるので、
連載も通常運行で引き続き連載を続けてまいります。
間が開けば、短編でもつっこめたのですが、原作に間がないもので!(ある意味で救われます)