不意に鳴り響いたのは通話着信を告げる着信音。
同時に携帯電話のバイブレーターも起動し、のつなぎのポケットの中でブブブ…と震えだした。
雷門イレブンの優勝を祝っての電話にしては遅い。
というか、の携帯番号を知っている人間の中で、
このことに関してわざわざ祝いの電話をよこしてくるような存在はいない。
と、なると、この電話の内容は9割方吉報ではないだろう。
世宇子中に勝利し、やっと一段落がついたところだというのに、
息つく暇もなく面倒事が舞い込んでくるかと思うと、
は携帯が爆発してくれないだろうかと本気で思った。
これで当分の間は穏やかな気持ちで
雷門イレブンのサッカーを観ていられると安堵していたのに――間髪いれずにこれか。

 

「…、早くでろ」

 

不機嫌そうな表情でそう言うのは、一本に結われた紺青色の長髪と黒いスーツが印象的な青年。
彼の声音に含まれた有無を言わさぬ威圧感に、気圧されたは大きなため息をひとつつくと、
腹を括ったかのように携帯の通話ボタンを押した。

 

「もしもし?」
!お願い、急いで傘美野中に向かって!」

 

落ち着いているに対して、に連絡してきた相手――
夏未は相当動揺しているようで、その口調にいつもの冷静さは見られない。
ただごとではない出来事が電話の向こうで起きていることは火を見るよりもあきらかだが、
あえて調子を夏未に合わせることはせずに平然とした様子で夏未に状況を尋ねた。

 

「夏未、ちゃんと事情を説明して」
「事情は傘美野中で説明するから!とにかく急いで!!」
「なにをそんなに――」

 

の言葉を遮って切られてしまった通話。
通話が切れる寸前に夏未が驚いた様子で「鬼道くん!?」と言っていたことを考えると、
おそらく通話を切ったのは夏未ではなく鬼道だろう。
何の説明もなく通話を切るあたり、相当鬼道たちは切羽詰る状況にあるらしい。
どストレートに悪い予感が的中したは、思わず深いため息をつく。
が、突如ブワッと噴出した悪寒に思わず飛び上がった。

 

「………」
「なんだその目は」
「…………」
「お前は俺をなんだと思っている。俺は超能力者ではないんだが」
「…今回ばかりは超能力者であって欲しかったわ」

 

またしても漏れるため息。
を襲った悪寒。それは、青年の威圧から来るものではなかった。
要するに、あの悪寒が指し示すものは、の感じた「嫌な予感」ということ。
ここにきてこの嫌な予感が外れるという可能性は限りなくゼロに近い。
というか、絶対にゼロだろう。
あの切羽詰った様子が夏未と鬼道の演技で、
を騙すためのドッキリだった日には、2人を今すぐハリウッドに送ろう。
あれが本当に演技だったなら、サッカーよりも演技をさせるべきだ。
確実にオスカー賞を手にすることができるだろう。
現実逃避じみたことを考えながらも、は改めて腹を括る。
また世宇子中のような存在が現れたというのなら、その相手に対する対抗策を講じる必要がある。
早い段階で策を見出すためにも、自身が相手のプレーを直接見なくてははじまらないのだ。

 

「外に車を待たせている。それを使え」
「じゃあ、遠慮なく。――蒼介、そっちのことは任せたッ」

 

最後にそう言い、は青年――蒼介が上げている左手の手のひらをパンッと叩く。
そして、彼の返事も聞かずにはスタジアムの出口へ向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第40話:
山から谷へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の目に映っている光景は、
いつかどこかで見たことがある感覚――既視感があった。

 

フィールドに倒れている選手たち。
その倒れている選手たちを嘲笑う相手選手たち。

 

唖然とした様子ではそれを見つめていたが、
不意に脳裏を世宇子戦時の帝国イレブンの姿がよぎりハッと我に返った。
フットボールフロンティア決勝が行われたスタジアムから車を飛ばし、
急いで傘美野中へとやってきたではあったが、
の想像を遥かに超えて雷門イレブンの置かれていた状況は悪かったようだ。
前半戦後半の時点で未だ一度もゴールを割ることは許されず、尚且つ相手との点差は既に10点以上ひらいている。
更に最悪なことに、世宇子中との試合で消耗した体力と、
肉体に負ったダメージによって、円堂たちの体力と肉体は限界を迎えていた。
ただ、ある意味で嬉しいが、ある意味で残念なことに、
肉体が限界を迎えながらも、円堂たちの気力は未だに尽きてはいない。
未だ逆転のチャンスを信じ、戦うことをやめようとはしていないのだ。
諦めが悪い――まったくその通りだとは思った。
世宇子中との試合の傷も癒えないうちに、
世宇子中を超える相手と張り合ったところで、負けることは目に見えている。
確実な勝利を手にしようと考えれば、この試合は早々に捨てるのが得策。
これ以上、雷門イレブンが傷つくだけの試合を続けたところで何の価値もない――それがの結論だった。
気力だけで円堂は何とか再度立ち上がるが、すぐに体のバランスを崩す。
地面に吸い込まれるように倒れていく円堂を、
は何も言わずに抱きとめると、ゆっくりと円堂を地面に座らせる。
そして、最後にボールに触れていた相手――
風丸をゴールに叩き込んだ抹茶色の髪の少年には視線を向けた。

 

「…なにしてんだよ御麟……!まだ、試合中だ……っ」

 

腕を引かれ、が反射的に振り返ると、
そこには未だに瞳から闘志が消えていない円堂がいた。
円堂がこの試合を諦めていないことは彼の言葉を聞かずとも明らかなこと。
それを分かっていながらも、はこの試合を中止させなければならなかった。
円堂たちを守ろうと思うが故に。
同時に、彼らを勝たせたいと思うからこそ。

 

「試合は終わりよ。雷門は棄権させてもらうわ」
なっ…!!な、何勝手に決めてんだよ御麟…!」
「文句があるなら――力ずくで私をフィールドの外へ追い出しなさい。できたなら、黙って見ているから」
「…っ……!」

 

をフィールドから追い出そうと、
円堂は手に力をこめているつもりのようだが、実際はすがっているのがやっとというところ。
試合を続けるために必死になって円堂はをフィールドから追い出そうと体に力をこめるが、
の体は鉛のようにビクリともしなかった。
特別、が重いわけでも、動かないように力をこめているわけではない。
ただ、円堂の肉体が限界の状態にあるというだけ。
あえて確認しなくとも、はそうなることを初めからわかっていた。
――おそらく、円堂自身もわかっていたことだろう。
円堂に言葉ひとつかけず、再度は抹茶色の髪の少年に視線を向ける。
そして、改めて雷門中サッカー部はこの試合を棄権するという意志をは伝えた。

 

「それは、この傘美野中の破壊を容認するということか?」

 

嗜虐的な色を含んだ笑みをニヤリと浮かべて少年はに問う。
一瞬、彼の言っている言葉の意味がには理解できなかったが、
頑なに負けを認めなかった円堂の姿が脳裏をよぎり、はとりあえずの事情には察しをつけることができた。
雷門イレブンの敗北は、傘美野中校舎の破壊と直結する。
彼ら――エイリア学園から傘美野中を守るために、雷門イレブンは決して諦めず戦っていたのだろう。
そんな雷門イレブンの意志を察しながらも、
は困惑する様子も見せなければ、苦悶の表情を浮かべることはしない。
淀みのない毅然とした表情で「ええ」と肯定の言葉を返した。

 

「人間にも、物分りのいい者はいるようだな」

 

満足げに少年は笑うと、後方に控えている仲間に目配せする。
すると、彼の意図を読んだ仲間の1人が少年に向かって黒いサッカーボールを投げた。
それを少年は受け取ると、徐に宙に放り極々自然な軽い動きで、
黒いサッカーボールを傘美野中の校舎に向かって蹴り放った。
轟音と共に呆気なく崩れていく傘美野中の校舎。
改めてエイリア学園と雷門イレブンの格の違いを見せ付けられているようだった。
仮に、あの黒いサッカーボールになんらかの仕掛けがあったとして、
単なる力を誇示するための演出であったとしても、
冷静な思考感覚を保つことができていない者には十二分に絶望を与える光景だっただろう。

 

「…恨むなら、私を恨んでよ円堂」

 

そうは呟いて、
意識を失った円堂を静かに抱き上げ、ベンチへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
エイリア編原作沿い連載を開始いたしました!
39話の流れで夢主は円堂たちとは別行動になってしまい、
版権キャラとのまともな絡み皆無だったように思うのですが、
最初のうちは当分このノリが続きます(滝汗)仏の心で耐えていただけると幸いです…。