イナビカリ修練所から猛ダッシュで抜け出した。
本日2度目の全力疾走に思わず苦笑いが漏れた。
世宇子中に勝利し、日本一になった矢先の大敗。
とことん性の悪いシナリオ構成だ。
せめて1週間なり一ヶ月なり間を空けて欲しかった。
まぁ――
「(ベストコンディションのベストメンバーで挑んだところで――勝てなかっただろうけど……)」
今日ほどの大敗にはならなかったかもしれないが、
おそらく雷門イレブンがエイリア学園に敗北を記すこと自体は変わらなかっただろう。
雷門イレブンとエイリア学園イレブンとの試合を一部始終見たわけではない。
だが、雷門イレブンとエイリア学園イレブンの間にある身体能力の差は、
試合を少し見ていただけでも分かるほど明らか。
体力やメンバーうんぬんを整えたところで覆せるほど、彼らとの実力差は微々たるものではない。雷門イレブンがエイリア学園イレブンに勝つためには、
個々の実力を更に向上させ、チームプレーの制度を向上させ――チームの根底からの実力アップが必要になるだろう。
「(けど、そこに私は――)」
「?」
自分の名を呼んだ聞きなれた声に反応して、反射的に顔を上げてみれば、そこにいたのは一之瀬。
思ってもいない場所での一之瀬との再会に驚きながらも、
の視野が広がると一之瀬の後ろにいる土門と秋の姿も確認できた。
一之瀬と土門はいい。
だが正直、は秋とは顔を合わせたくはなかった。
傘美野中の破壊を終えたエイリア学園が去り、
自分たちの学校を破壊された悲しみや、栄光を掴んだ矢先に大敗を記した悲しみ――
個々の中で様々な悲しみが渦巻く中、傘美野中の破壊を容認したといえば、
総一郎からの連絡を受けてその場では、雷門イレブンに対して何のフォローもせずに早々に傘美野中を去っていた。
最低と罵られても仕方がないことをした――という自覚がにはある。
だが、今回の自分の選択を間違っていたとは思わないし、謝るつもりもない。
…とはいえ、やはり少女――秋の悲しげな顔はの罪悪感を必要以上に刺激してくる。
選択を誤ったつもりはないが、選択を誤った気が……。
そんな考えがぐるぐると頭の中を巡り、思わずは秋から視線を逸らしてしまった。
「…2人とも、何があったんだ」
が秋から目を逸らしたことを目ざとく見逃さなかった一之瀬は、
何気ない様子で秋とに言葉を投げた。
わざわざこの場面で質問してくるのが一之瀬一哉クオリティ。
それを失念して不自然に視線を逸らしたのはの落ち度。
ここは大人しく白状するのが得策だろう、とが観念しようとした瞬間――
沈黙を保っていた秋が静かに口を開いた。
「…御麟さんは何も悪くないわ……。
円堂くんたちを守るためには…しかたなかったって……みんな分かってるから…!」
「木野さん……」
「自分を責めないで御麟さん。…悪いのは御麟さんじゃない、エイリア学園だから…っ!」
必死にのフォローをしてくれる秋を前に、の中でまた罪悪感が芽生える。
だが、秋のフォローを無駄にしないためにも、
はふっと表情をすっきりとした明るい表情に変えると、
秋の両肩をぽんと叩いて「ありがとう」と秋に礼を言った。
「木野さんのおかげで元気出てきた。ありがとう」
「お、お礼なんていらないわ。私たちは仲間なんだからっ」
優しい笑顔を浮かべてそう言ってくれる秋を前に、は心の底から秋を優しい子だと実感する反面。
そんな秋が自分を恨んでいるのではと想像した自分の弱さに呆れた。
心の中では自分の弱さに自己嫌悪しつつも、
表情にはそれを少しも見せずに笑顔を見せていると、不意に一之瀬が家へ帰ることを提案した。
完全に夜も更け、月と星が輝く夜空では子供が出歩くには少々暗い。
一之瀬の提案に誰も異論を述べるものはなく、たちは秋を家に送るために雷門中に背を向けた。
第42話:
乗る策、乗らぬ策
誰もいない御麟家のベランダから見えるのは、真っ白な雲がゆっくりと流れている綺麗な青空。
この空だけを見ていると、宇宙人の襲来――
そして彼らが侵攻してきているなど、やはりたわごとのようにには思えた。
しかし、ニュースサイトを埋め尽くしているのは「エイリア学園」という文字の羅列。
エイリア学園とは、この地球を侵攻している宇宙人――昨日、雷門イレブンを大敗に追いやった相手のこと。
実際にエイリア学園の存在を目にしているだけに、はこのニュースを否定することはできず、
現実として受け止めるほか選択肢はなかった。
「(吉良瞳子。吉良財閥総帥の娘。……どうして彼女が監督に…?
吉良財閥のサッカーへの出資はそんなに聞いたことないけど……)」
瞳子がイナズマキャラバン――サッカーチームの監督を勤める。
それが今のにとって最も腑に落ちないことだった。
宇宙人侵攻はあまりにリアリティに欠けすぎているため、
真偽のほどなどの中ではもうどうでもよくなっている。
だが、瞳子のイナズマキャラバンの監督就任は、人知の届く人の思惑の中で決定されたこと。
故に、辻褄合わせがしやすいはずなのだが、昨夜から瞳子について色々と情報は探ってみて入るものの、
彼女の監督就任に対してが納得できる情報はなにひとつとして得られてはいなかった。
「(瞳子さんのあの目は……)」
にきっぱりと「必要ない」
そう、言い放ったときの瞳子の目に宿っていたものは、なぜか自信だった。
がいなくてもエイリア学園に勝てる――そんな慢心や虚栄心からくる自信ではない。
そもそも、エイリア学園に勝てる勝てないの話ではない。
彼女が持っていた自信は、が自分の元へ戻ってくるという自信。
口ではの存在を拒否していたが、瞳子の目にはに対する好意的な色があった。
初対面にもかかわらず瞳子の前で不謹慎な態度をとっていたに対して、
嫌悪ではなく好意的な反応を示したということは、
はじめから瞳子はに対してなんらかの好印象を持っていたと考えられる。
だが、の実力だけで瞳子が好印象を抱いていたというのなら、あえてを一度拒絶する必要はない。
ということは、瞳子は実力以外の要因からに対して良い印象――
もしくはメリットを見出したのかもしれない。
「(私がイナズマキャラバンに参加したときに生じるメリット……。
Deliegioのサポート……いや、国レベルの危機にお金出し惜しむようなことはないだろうし、
Deliegio側も無償はないにしても…まぁ……)」
Deliegioはサッカー関連の企業としては世界的にもトップクラスの地位に立つ。
そのサポートを得るためにDeliegio幹部の娘であるの参加を要請した。
理由だけで考えればしっくりくる仮説ではあるが、
そんな理由でなぜが自分の元へ戻ってくると、瞳子は考えられたのか――
というか、この理由こそを一度拒絶する必要がない。
そう考えるとこの仮説はボツだろう。いくら考えても答えは見つかりそうにはなかった。悩んでいても仕方がないと、
は再度瞳子についての情報を探ろうと傍においてあったPCを膝の上においた。
「………なによ、そういうこと?」
突然鳴り響いた携帯の着信音。
聞きなれたくない音だが、残念ながら聞きなれてしまったその音にうんざりとしながらも、
は携帯の通話ボタンを押し、少し疲れた様子で「もしもし」と答えた。
「その感じだと、家にいるみたいだね。――以外にの情報収集能力も大したことないなぁ」
「…開口一番に言うことですか」
「言われても仕方ないと思うよ?瞳子ちゃんと俺の善意をは無駄にしてるんだ」
「…善意?というか、瞳子さんはともかくどうしてここで会長がでてくるんですか」
「疲れてるのかい?俺がこの事態を傍観するわけないだろ。
国に恩を売れるこの絶好のチャンスに――さ?」
の背筋をゾクリと悪寒が走り抜けた。
言われてやっと彼の真意に気付く。
しかし、彼の口ぶりからするに、ことの渦中にを無理やり放り込むつもりは彼にはない。
だというのに、彼の声には優しさはかけらほどもなかなった。おそらく、自分がを放り込まずとも、
自信が自らの意志で飛び込むと彼はすでに確信しているのだろう。
そして、十中八九――
瞳子も彼と同じ理由でが自分の元へ戻ってくると思っているのだろう。
「…一体なにが私を動かすと……」
「『仲間』だよ。にとって、一番大切な仲間」
「ッ、会ちょ――って、切れた……」
一方的に切られた通話。だが、腹は立たない。
彼からの電話の最後は大抵こうなることが毎度だ。今更腹立たしいことは何もない。
それ故に、に襲い掛かったのは大きな動揺だった。
「仲間」がを動かす。
ということは、仲間の身に何かが起ころうとしていると考えるのが妥当。
一体誰の身に危険が迫ろうとしている?最も身の安全を保障されていない存在。それは自分の手を離れた――
「…なるほど、これは黙っていられないわね」
PCの電源を落とし、は立ち上がる。
この事態、黙って傍観している場合ではない。
瞳子や会長サマの思い通りに動いているのかと思うと癪だが、
大切な仲間を守るためならばそれも仕方がない。
会長サマはともかく、瞳子はを完全にコントロールできるほどの器ではないはず。
となれば、最悪の結末だけは防ぐことはできるだろう。――ただ、会長サマの手のひらの上で足掻くことになるのは絶対的な決定事項のようだ。
部屋に戻ってみれば、いつの間にやら長期出張の準備が完璧に整ったキャリーバッグがひとつ。
明らかに会長サマの指示によるところだろう。
感謝するべきか、毒づくべきか一瞬迷ったが、人の思惑どうであれ、決断したのは自身。
その自分の決断にプラスになるのであれば――
「お気遣いどーも」
そう言ってはバッグを取った。
■いいわけ
機会を見て秋ちゃんと夢主が名前呼びする関係にしたいです。
初期の流れで「苗字+さん付け」が定着している設定ですが、
話を書いているときに結構違和感を覚えます。仲良さげなのに呼び方がよそよそしくて…。
豪炎寺のときと同様に短編補完になりそうな予感です(苦笑)