北海道を目指して国会議事堂を出発したイナズマキャラバン。
ところが、出発してから数時間。とある山道の途中で急にキャラバンが停車した。
突然の停車に驚いた夏未が、この停車を提案したであろう瞳子に停車の理由を問うと、
瞳子は席から立が上がってメンバーと向かい合うかたちをとった。

 

「狭いバスに乗ってばかりじゃ体が鈍るわ。――トレーニングをしましょう」

 

そう言って左向かいにいる春奈に瞳子は目配せをすると、
春奈は慌ててクリップボードを片手に雷門イレブンのための練習メニューを用意してあるとメンバーに伝えた。
トレーニングメニューが用意されていると聞いて一番に喜びの声を上げたのは円堂。
喜びのあまり立ち上がってしまったが、ふと周りを見てみれば、そこまで喜んでいるのは円堂1人。
円堂の前に座っている塔子も瞳子のトレーニングに興味があるのか嬉しそうだが、
それ以外のメンバーの反応は比較的冷ややかだった。
何故面々がこんなにも冷ややかなのか、円堂は理解していないらしく、
驚いた様子で「おい、みんな??」と本気で不思議そうな様子を見せていた。

 

「――いいわ」
「あっ」

 

春奈からクリップボードをとったかと思うと、ポイッと投げ捨てる瞳子。
投げられたクリップボードをは難なくキャッチし、
どんな練習メニューが書いてあるのだろう?――と、クリップボードに目を通してみると、
意外なことにクリップボードには一切の情報が書き込まれていない白紙だけが挟まれていた。
「ん?」と一瞬は疑問に思ったものの、
不意に前方から聞こえた瞳子の言葉でこの白紙の意味を理解した。

 

「だったら自主トレをしてもらうわ。この山の自然を相手に」
「……監督の練習メニューよりはマシだろうさ」
「そ、そうッスね」

 

染岡の反発をはじめから予測しての行動だったらしい瞳子の立ち回りに、は素直に感心する。
だが、トレーニングの内容を個人に一任するという部分には賛成はできなかった。
普段であれば、彼ら自身が決めたことには口出しせずにいるが、
今回に限ってはは口を出すことに決めた。
気に入らないとか、非能率的だというわけではない。
ここならば――人の目を一切気にしなくていいこの場所であれば、を縛る面倒な制約がない。
いくら雷門イレブンに口を出したところで、それを見ている人間がいないのだ。
気兼ね無く力を振るえるというものだ。

 

「監督ー、自主トレ――ではなく、私に一任していただけませんか?」

 

座席の頭部部分で組んだ腕の上に顔を乗せ、
10人中10人がわかるぐらい、明らかになにかを企んでいることが丸分かりな不敵な笑みを浮かべて、
瞳子にトレーニングの指示を自分に任せて欲しいと提案する
染岡たちの反発を懸念して瞳子はわざわざ自主トレを選んだというのに、
それを理解していながら染岡たちに指図することを提案してきたに、瞳子は怪訝そうな視線を向ける。
しかし、そんな瞳子の視線を受けてもの表情は変わらず不敵なものだった。
どうしたものかと瞳子が決断に迷っていると、
不意に後ろから「俺は賛成です」というの提案を肯定する声が聞こえた。

 

のコーチング能力には信頼が置けます。――俺はの意見に賛成です」
「…オレも――かな。なにかにプランがあるみたいだしね」
「一之瀬もかよ」
「まぁ…もともと俺たちのトレーニングメニューを組んでいたのは御麟だし……な…」

 

鬼道と一之瀬の肯定によって、の指示の元でトレーニングを進行して行く方針で固まりそうになっている。
だが、予想通りの展開で、染岡だけが未だに納得いっていない様子で、を睨んでいた。
当然、は染岡の睨みになど怯むはずもなく、まったく表情を変えずに染岡を睨み返すと、
諦めた様子で染岡がため息をつき、「わーったよ…」とに指示に従う意向を示した。

 

「賛成多数。許可、いただけますよね、監督」
「…いいわ。好きになさい」

 

少し呆れたような口調で瞳子はに許可を出すと、自分の座席へと戻り腰を下ろす。
自分の横に戻ってきた瞳子に「ご理解感謝します」と笑顔で礼を言うと、
視線を雷門イレブンに戻し、円堂に向かって「号令」と言葉を投げた。

 

「よーし!山だ!自然だ!特訓だー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第50話:
私の泣所

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エイリア学園のシュート。
それは通常のシュートですら、強大なスピードとパワーを兼ね備えている。
普通のシュートのはずなのに、低威力の必殺技に相当するぐらいの力を持っていると言っていい。
40発も50発もエイリア学園のシュートを受けている円堂がそう感じているのだから、そうなのだろう。

 

「御麟…」
「…なによ」
「やっぱスゲー!」

 

キラキラとした笑顔を浮かべて素直な感想を口にする円堂。真顔で名前を呼ばれ、
シリアスな雰囲気が漂っていると感じたのはの錯覚だったらしい。
円堂にシリアスを求めること自体が間違っているのか――
と一瞬本気で思いかけたが、の不安は杞憂で済むようだった。

 

「なぁ、どうして御麟は俺たちと一緒に戦ってくれないんだ?」

 

円堂の問いかけに、はついにきたか――と思った。
フットボールフロンティア。これは中学生サッカー界の頂点を決める大会だ。
その中の暗黙の了解として、大会に参加できるのは男子だけと決まっている。
故に、がプレイヤーとしてフィールドに立つ必要も、メリットもなかった。
更に言えば、同世代のサッカーに興味がない――
そんな理由もあって、はフィールドに立つことを強要されることはなかった。
だが、今は事情が違う。
今、雷門イレブンが相手にしているのは、人間を軽く圧倒する力を持った宇宙人。
しかも、彼らはたちが暮らす世界を侵略し、世界から平和を奪おうとしている。
世界を守るため、家族を守るため――いや、そんなことよりも己の生活を守るため、
自身がエイリア学園と戦うこと選んでもおかしくはない。
力を持っていないのであればともかく、はエイリア学園へ対抗するための力を十分に持っている。
エイリア学園のシュート――それを再現できている時点で、
がエイリア学園と十分に戦えるレベルだということは証明されていた。
だが、当のといえば、このエイリア学園との戦いに、
プレイヤーとして参加してくる素振りなど微塵たりとも見せていなかった。

 

「円堂、アンタたちなら私がいなくたってエイリア学園に――」
「そうじゃない。――って言ったら半分はウソになるけど、
俺はエイリア学園を倒すためだけに御麟にチームに入って欲しいわけじゃない」

 

の台詞を遮って円堂はそう言うと、ゴールのネットに捕らえられたボールを徐に拾い上げる。
そして、何も言わずにへとパスを出した。
その円堂からのパスを難なく受けたは、ボールに足をかけて無言で円堂の言葉を待った。

 

「俺、ずっと思ってたんだ。御麟と一緒のチームでサッカーできたらスッゲー楽しいだろうなって」

 

ニカッと無邪気な笑みを浮かべて、素直に本心からの言葉をに伝える円堂。
その笑顔に他意はなく、純粋にとのプレーを楽しみたいと思っているのだろう。
そんな円堂の屈託のない笑みを見たは、
少し困ったような苦笑いを浮かべ「そうね」と円堂の言葉を肯定した。

 

「私も、円堂とプレーするのは楽しいと思う」
「じゃあ!」
「でも、私は表舞台じゃプレーできない。プレーするわけにはいかないのよ」
「表舞台って…公式試合のことか?」
「それも含めて、不特定多数の人間の目に入る試合は全てNG。
私がプレーすると、不都合な人間がこの世には結構いてね」
「――その筆頭が影山だったというわけか」

 

聞きなれた声――ではあるが、その声は今、聞こえるはずがない声でもある。
聞こえるはずのない声が聞こえている。
どういうことだと慌てて声の聞こえた方向に振り返ってみれば、
そこにはとりあえず、思ったとおりの存在が立っていた。

 

「は…?ちょ、鬼道??な、なんでここにいるのよ?一之瀬たちと一緒に行ったんじゃ……」
「お前に聞きたいことがあって戻ってきたんだ。……それとも、俺に聞かれては不都合な話だったか?」
「……いや、鬼道には聞かれたら答えるつもりだったから…。
不都合はないけど、心の準備というかなんというかがねぇ」

 

そう鬼道に言葉を返すの顔には苦笑いが浮かんでいるが、
鬼道に対してはこの事実を誤魔化すつもりは本当にない。
影山が逮捕された今、鬼道であればこの話題について話したところで、
お互いに何の支障もないだろうとは考えていた。
の言葉に嘘がないと判断した鬼道は、納得した様子で「わかった」とに返したが、
それから間髪いれずに新たな質問をに提示した。

 

「影山がいない今、そこまで過敏になる必要があるのか?」
「…ある。私だけの問題じゃない以上――ね」
「お前以外に行動を制限されている人間がいるのか?」
「そうじゃないけど、ほとんど運命共同体みたいなのがね」
「…御麟、もしかして……。それ、海慈さんのことか?」

 

突然、鬼道との会話に入ってきたのは円堂。
そして、円堂の口から出た人物の名は、
の過去に触れるに当たってキーマンとなるであろう存在――海慈という青年のものだった。

 

「まあね、海慈もよ」
「…まさか、海慈という人物と連絡が取れなかったのは…」
「海慈が一番のワケありだからよ。
アイツはずっと総帥殿に追われてて、足が着かないように世界を転々としてる。
……そのうちに地底にたどり着いたんだと――」
「それはいい」

 

真顔で変な方向へ脱線したに、冷静にツッコミを入れる鬼道。
そのツッコミを受けたは、わざとらしく「ゴホン」と咳払いをしてから「とにかく」と切り出した。

 

「本当に安全な時がくるまで、私は『表舞台』でサッカーはできない。
だから、このエイリア学園との戦いには、アドバイザーやマネージャーとしてでしか手助けはできない」

 

そうきっぱりと言い切ったからは、
申し訳なさそうな様子はまったく感じられなかった。
事実、は円堂や鬼道に対して申し訳ないとは一切思っていない。
一緒に戦うことはできない。だが、端から彼らを見捨てているわけではない。
同じフィールドの上には立てなくとも、彼らを鍛え、作戦を考え、
彼らの戦いを見守ることまでは放棄しているわけではない。
自分の身を守るために、円堂たちを無視しているのであれば、それはもちろん申し訳なく思うが、
そうではないのだから、が気に病む必要などないだろう。

 

「御麟、人の目に付かない場所であれば――一緒にプレーできるんだよな?」
「…まぁ、ここぐらい人気のない場所であればね」
「そっか!じゃあ、エイリアを倒したら、絶対一緒にサッカーしようぜ!」

 

屈託のない円堂の笑顔。
何度見てもはただ思う。
ああ、本当に――

 

「勝てないわ…」
「ん?なにがだ??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 一級フラグ建築士の円堂少年の力を持ってすれば、夢主も容易陥落という。
夢主は円堂に対して比較的甘いです。というか、弱いんです。色々あって(笑)
 個人的には円夏が本命で、円秋や円冬も好きなんですが、
円堂を書いているとどうにも夢を書きたくなります…。可愛いんだよ、この子。