北海道。
その土地にはじめてが訪れたのは、今から彼是8年は前のことになる。
しんしんと降り続く真っ白な雪。
積もった雪は大地を白一色に染め上げ、幻想的な銀世界を作り出す。
この純白の世界は、とても美しい。
人の手に犯されることなく作られたこの景色は本当に。
だがしかし、この白の世界は美しいだけではない。
世の中、なににでも長所と短所、メリットとデメリットがある。
故に、この美しい白の世界にも、悪い点というものがあった。
白の世界の悪い点――それは寒さ。
雪とは、空気中の水分が凍ってできた結晶のこと。
そのため、雪は氷と同じくマイナスの気温の世界でしか長時間存在することのできない繊細なもの。
そう、この白の世界はとても美しい世界ではあるが、それと同時に極寒の世界でもあるのだ。
本当に寒い。
本当にあの白の世界は寒い。
頭の回路がフリーズするくらい――

 

「寒……くない…」

 

不意にぱちりと目が覚めたのは
だが、の視界に入ってきたのは見慣れない天井だった。
寝起きでボンヤリとする頭と視界。
状況が飲み込めないながらも、は横になっていた真っ白なベッドから体を起こす。
すると、の目に飛び込んできたのは既視感のある空間だった。
体重計に身長計。少し視線をずらせば座高計や視力計もある。
見たことがあるような気がする空間。
だが、上手く言葉にならず悩んでいると、不意にの鼻を消毒液のにおいが撫でた。

 

「……白恋中の保健室…?」

 

明瞭になり始めたの思考。
自分の予想を確かめるように部屋の窓から外を見れば、そこに広がっているのは白い世界。
考えるまでもなく、ここは雪の降り積もる北海道。
そして、おそらくこの部屋は、たちが北海道へやってきた一番の目的である
吹雪士郎が在籍している白恋中学校――その保健室なのだろう。

 

「(いつも通りに倒れたか…)」

 

はじめこそ、意識がはっきりしていなかったので混乱したが、
今のには混乱も驚きも特別な感情はなかった。
雪が降っている時期の北海道――厳密に言うと、雪が降り積もれるぐらいの寒さ。
それがにとっての天敵で。それに遭遇するとは必ず倒れるのだ。
今回と同じように、雪の降り積もっていた時期に北海道に来たときも、
注意をしてたいのにもかかわらず、はご丁寧に倒れた。
注意をしていても倒れるのだから、もう諦めて何の注意もしなかった今回など、倒れるに決まっている。
一応、瞳子にはこの体質について適当に説明しておいたので、大騒ぎになっていないだろう。
ただ、かなり説明を省いて
「心配ないわ」の一言で瞳子が全てを済ませていそうな気もはした。

 

「(でも、勝手に動き回るわけにも――)」
「あや、起きはったんやね」

 

冷たい風と共に保健室に何かが入ってくる。
反射的に扉の方へと視線を向ければ、ロングストレートのやや紫がかった黒髪が目を惹く女性。
瞳子のようなキリッとしたクールビューティーとは対照的な、ほんわりとした優しい雰囲気があった。
ふと彼女顔から服へと視線を逸らせば、少しカジュアルな服装の上に白衣を羽織っている。
どうやら彼女はこの保健室の監督者――養護教員のようだ。
が、それよりも驚きの事実はにはあった。

 

霧美ィ?!
〜〜!久しぶり〜!元気そうなによりやわぁ〜!」
「ちょっ、霧美!苦しッ、苦しい!ついでに寒いー!!」

 

そう、この女性――源津霧美は、の知った顔なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第52話:
恒例とまさかの恒例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?霧美が白恋中の出身??」

 

突然伝えられた事実に目を丸くして霧美の顔を見る
驚きの表情を見せているを見た霧美は「ややわ〜」と苦笑いを浮かべながら、の頭をポンポンと叩く。
軽くではあるにしても、叩かれるほどの失態を犯したつもりはないは、
未だに自分の頭を嬉しそうな笑顔でポンポン叩き続ける霧美の手を取ると、
不機嫌そうに「そこまで笑わなくてもいいでしょ」と霧美にストップをかけた。

 

「あや、怒らせてしもた?」
「そりゃ、本気で怒って――……」

 

不機嫌なに対して、どこまでも嬉しそうな笑みを浮かべている霧美。
彼女のその笑顔を見たはややあってから諦めた様子で深いため息をつく。
疲れた様子でため息をつくだったが、
霧美はそれを心配して声をかけることもなく、ただニコニコと笑顔でを見つめていた。
別に彼女は真性のドSというわけではない。
もちろんその逆でもなく、至って普通の人間だ。
ただ、人に向ける愛情の度合いが人より数倍は強く――

 

「うふふ〜、かんになぁ。うち、に会えてほんま嬉しゅうてぇ〜」
「…私もあえて嬉しいですよ」
「もぉ〜ほんま可愛ぃなぁ〜〜」
「だから霧美、体冷える」
「うふふふふ〜〜〜〜」

 

の言葉など一切聞いていない様子でぎゅうぎゅうとを抱きしめる霧美。
これも北海道に来て、霧美に会えば毎度のことだった。
霧美とが顔を合わせるときというのは、大抵久しぶりの再会であることが多い。
故に、人一倍愛情深い霧美は長らく顔を合わせていなかった友人との再会に感極まり、
理性がぶっ飛んで喜びのままスキンシップを取ってくる。
そう、それが今、の身に起こっていることなのだ。

 

「…ところで霧美、なんでOGが保健室で白衣着てるのよ」
「ぁあ、そのこと?うちね、今白恋中で教育実習しとるんよ」
「……なに、そのできすぎた偶然」
「うふふ〜なんやろね〜。これも運命やろか〜」

 

ぽやぽやとした笑顔を未だ見せている霧美。
どうやらまだ思考回路は正常に働いていないらしい。
過去の霧美との思い出を思い出しながらは心の中で「長いんだよなぁ…」と呟き、
諦めたように枕元にあった自分の携帯を徐に手に取り、今日の日付を確認した。

 

「1日…か。これで済んだのは霧美のおかげね」
「毎度のことやからねぇ。処置もすっかりなれたわぁ」
「…ほんと。なんなのかしらね、この体質」
「ほんま、なんやろうね?うちも人の体質、どうこう――…あや、かんにんな

 

自分の体質――体温が低いということをやっと思い出した霧美。
サッとから離れるとソファーの上に畳んであったファーのついた黒いコートを取り、
ベッドから降りたに「はい」と手渡した。
霧美から自分のコートを「ありがとう」と言って受け取ったは、
バサッと音を立ててコートを羽織り、体の熱を逃がさないように首元までしっかりチャックを閉める。
今はさすがに暖房の効いた室内なので暑いぐらいだが、屋外に出たらこれでも確実に寒いだろう。
ただ、寒さに対する抵抗のできたは、もう倒れることは絶対にないので、多少の寒さは我慢するしかない。
全力では外に出ることが億劫になるが、ずっと暖かい室内にいるわけにも行かない。
腹を括っては霧美に雷門イレブンがいる場所まで案内を頼むと、霧美は「ええよ」と笑顔で応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保健室を出て、白恋中の校舎をあとにし、白恋中のサッカーグラウンドへとやってきたと霧美。
ところが、グラウンドには人影ひとつなく、冷たい風がヒュルリと吹いているだけだった。
物悲しいグラウンドを見ては「ん?」と首を傾げたが、
隣にいる霧美はグラウンドが悲しいことになっている理由に見当がついているようで「あや〜」と笑っている。
あえて急かすことはせずには霧美の行動を待っていると、不意に霧美が「こっち」と言って歩き出した。

 

「どこ行ったのよ?うちのイレブンは」
「きっと裏のゲレンデやわ。白恋の特訓ゆーたらアレやからね」
「アレ?」
「アレ」

 

怪訝そうに尋ねたに返ってきたのは、霧美の笑顔と肯定。
急に真顔になったは「アレをやる猛者がでたかぁ…」としみじみといった様子で呟く。
そのの様子を見て霧美はクスクスと笑った。

 

「うちらが手塩にかけて育てた子なんよ?ふふっ、期待してもええよ
「霧美たちが手をかけた…か。なら、即戦力になりそうね」
「それはもち――!?」
「んっ?!」

 

霧美の言葉を遮ったのはザザーッという音。
おそらく木に降り積もった雪がなにかの衝撃で落ちたのだろう。
音が大きいので驚くが、北海道ではよくあること。
特訓に失敗した雷門の誰かが原因なのだろう、とは思わず苦笑いを浮かべていると、
不意に自分の近くでザッという音が聞こえた。
反射的に音のした方を見てみれば、そこにはいくつかの足跡。
一瞬は状況が飲み込めなかったが、ハッとして視線を上げると、だいぶ先のところに血相を変えて走る霧美がいた。

 

「ちょっと?!霧美ー!?」

 

声を張り上げては霧美を呼び止めるが、
の声が聞こえていないのか霧美は見向きもせずに走り去ってしまった。
ポツンと1人取り残されてしまった
霧美を追いかけようかとも思ったが、霧美は道なき道に飛び込んでしまっている。
まったく土地勘のないが霧美のあと追ってそんな場所に飛び込んでは、おそらく遭難することは確実だ。
幸い、の目の前には踏み慣らされた雪道がある。
この道を進めば、おそらく霧美の言っていたゲレンデにでることができるはず。
そう結論をだしたは、盛大なため息をひとつついて足取り重く歩き出した。
ただ道なりに進む。心の中で霧美への悪態がズラズラと並べられ、
ついでにその他への悪態までもが噴出する。
イライラ、イライラしながらはただただ無言で歩みを進めていくと、
不意に前方から「わー!」やら「ギャー!」やら、聞きなれた叫び声が聞こえた。

 

「(この声聞いて安心するってどうなんだろう…)」

 

思わずほっとしてしまった自分に疑問を投じる
この1人きりの状態で、知った声を聞けて安心した――というのであれば、
疑問を投じるところではないのだが、が安心したのはギャーギャーと叫びながら円堂たちが特訓していること。
「危険な特訓をしているのでは!?」と慌てるのが普通の反応のはずなのに、
の反応は「あーちゃんとやってるー」という安堵の反応。
さすがに人としてこの反応はどうなんだ――と思っていたときだった。
酷く不機嫌そうな舌打ちが聞こえたのは。

 

「なにやってんのよ、染岡」
ぅおおっ!?御麟?!
「…なによ、そのオバケでも出てきたような反応は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 恒例(?)となりつつあるオリキャラ回でございました(苦笑)
ひねりのない展開となっておりますが、生ぬるい目で見ていただけると幸いです。
 霧美の口調がこれであっているのか非常に不安です。
一応、京都訛りの強い口調という設定で書いているのですが、あんまり本物に触れたことがないこともあって不安です…。