「元気になったみたいね」
「ええ、いつでも通常業務に復帰できます」
ゲレンデに雷門イレブンを残し、白恋中の校舎――の前にあるイナズマキャラバンまで戻ってきた。
瞳子に問題なく復帰したことを告げると、
少しだけ瞳子は嬉しそうな表情を見せたような気がはした。
だが、瞳子のそんな表情はものの数秒で消え、
すぐに瞳子はいつもの真剣な表情に戻ると、に吹雪と顔を合わせてきたか尋ねてくる。
瞳子のその質問には会ってきたと伝えると、
サッカーをプレーしている様子は見たかと更に尋ねてきた。
「サッカーをプレーするところはまだ。スノーボードでの特訓風景は見ましたけど」
「そう、なら一度吹雪くんのプレーを見た方がいいわ。音無さんが動画データを持っているから――」
「あの監督さん?実際にうちの士郎とプレーしてもらうのはどうやろか?
きっとその方がとってもええと思うんのやけど…」
「はい?ちょ、霧美?どうして私が直接なの?」
「かて、今の雷門の子たちやとシロちゃん物足りなさそうなんよ。
やったら、消化不良起こすぐらいシロちゃん満足するわぁ〜」
「いや、それは逆に問題じゃないの?」
のツッコミなんのその。
羽交い絞めでの抵抗を封じ、笑顔で瞳子に「どうやろ?」と尋ねる霧美。
がなにを言っているのだと霧美に怒鳴ると、
霧美は相変わらずの笑顔で心配することはないと告げた。
「ここは人里離れた小さな中学校。人目なんてないようなもんやえ?
シロちゃんの噂ばっかりが大きくなってたんが、何よりの証拠と違う?」
「……まぁ…それは…そうだけど……」
「…御麟さん、吹雪くんと実際にプレーしてみて。
もしかしたら、私たちが目にしていない彼の力を見られるかもしれないわ」
「な゛っ」
瞳子の裏切りともいえる結論に思わず眉間にしわがよる。
しかし、そんなを綺麗に無視しての背後にいる霧美は笑顔で瞳子に「はい〜」と答えると、
未だに抵抗するを適当にあしらいながら、
ずるずるとサッカーグラウンドのある方へとを引きずったまま行ってしまった。
そんなと霧美を視線だけで見送った瞳子は、
吹雪を呼ぶべく校舎裏のゲレンデへと足を延ばすのだった。
第54話:
「雪原の皇子」とは
広いサッカーグラウンドにぽつんと立っているのは。
フィールドの外にはを強制連行してきた霧美がこの上なく嬉しそうな笑みを浮かべて立っている。
未だにプレーすることに納得していないは、不機嫌そうに霧美に視線を向けた。
「なに考えてるのよ」
「強い力を持つと、使いたくなるんは人の性。それはが一番知ってるやないの〜」
「なんか違う。それ、なんか違うでしょうよ霧美さん」
真理ではあるが、的を獲ていない霧美の言葉には真顔でツッコミを入れるが、
あくまでの主張を受け入れるつもりのないらしい霧美は「うふふ」と笑うだけだった。
正直に言えば、霧美が手塩にかけた吹雪とプレーするのは楽しみだ。
だが、エイリア学園の襲撃予告が白恋中に入っている以上、
エイリアの先兵が白恋中に入り込んでいてもおかしくはない。
その可能性を考えると、サッカーをプレーすることは躊躇われた。
だが、そんなの考えを知っていながらも、霧美は吹雪とのプレーを勧めてきた。
霧美に限って、何の意図もないということはない。
ポヤーっと抜けているようで、霧美は頭の回る策士としての一面を持っている。
そんな霧美がわざわざ自分たちの首を絞めてまで仕掛けてきたのだから、
なんらかの意図があるのだろうが、には霧美の意図の見当がまったくつかなかった。
馬鹿正直にが真意を尋ねたところで、ホイホイと霧美が語るわけもない。
端からその想像がついているは、何も言わずにウォーミングアップを始めた。
アップを始めて早数分。
不意に増えた気配に視線を向ければ、そこには瞳子と吹雪。
そしてなぜか、鬼道、塔子、一之瀬、土門の4人がいた。
てっきり瞳子と吹雪だけがくるのだろうと思っていただけに、
+αなギャラリーには怪訝そうな表情を見せたが、拒否権はありそうにもなかった。
「吹雪くん、さっき話したとおり、御麟さんを相手にプレーしてもらえるかしら」
「…でも、大丈夫なんですか?彼女、病み上がりのはずじゃ…」
「シロちゃん、もシロちゃんと同じで丈夫やから大丈夫。遠慮せんと、思いっきり楽しむんよ〜」
吹雪の心配を拭うように笑顔で言葉をかける霧美。
意外な霧美の言葉に吹雪は驚いた表情を見せ、霧美の言葉を確かめるようにに視線を向ける。
吹雪の視線の先にいたは、やや迷惑そうな苦笑いを霧美に向けていたが、
不意に吹雪の視線に気付くと、苦笑いを見せながらも「大丈夫よ」と言葉を投げてきた。
相手をする事になる本人の言葉を受け、
プレーしても問題ないと判断した吹雪は瞳子に向かって「わかりました」と言葉を返して、
のいるフィールド内へと足を踏み入れた。
「改めまして、イナズマキャラバン監督補佐の御麟よ。これからよろしくね、吹雪くん」
「こちらこそよろしく、御麟さん」
のもと――フィールドの中央へとやってきた吹雪に、は改めて名を名乗り、握手を求める。
すると、吹雪はそれに笑顔で応じ、と握手を交わした。
挨拶も済んだところで、はまず吹雪のディフェンス能力を見るために、
吹雪にペナルティーエリア手前まで下がるように指示する。
その指示を受けた吹雪は足早にペナルティエリア少し手前まで下がると、
「いいよー」と声をあげて準備ができたと主張するように片手を上げた。
吹雪のそれを受けて、も片手を上げて「行くよー」と宣言する。
かなり気の抜けたやりとりが少々続いた――が、それもそこまでだった。
ドリブルで吹雪の下へ上がっていく。
その動きにはいつにも増してキレがあり、真剣にサッカーをプレーしていることが一目で分かる。
の実力を目の当たりにしたことのなかった塔子と土門は、余程驚いているらしく、
口をあんぐり開けて唖然との動きを見ていた。
「あそこまで動きが違うと、結構悔しいね」
「…ああ、それだけが吹雪の実力を買っているということだからな」
驚いている塔子たちとは対照的に、
の実力をある程度理解している一之瀬と鬼道の反応はそれほど大きいものではなかった。
しかし、自分たちとプレーするときよりも、明らかに違う動きのキレに、
一之瀬は苦笑いを浮かべ、鬼道はやや不服そうな表情を浮かべていた。
そんなギャラリーのことなど気にもしていないは、早々に吹雪との対決の場面を迎えている。
最初のの動きで既にある程度の実力があると見定めた吹雪は、
からボールを奪うべく、早くも彼の必殺技を発動させた。
「アイスグランド!」
氷結するグランドと――。
ポーンと高く上がったボールは当たり前のように吹雪の胸でトラップされ、
あっという間にボールはから吹雪に渡った。
硬直が解け、体の自由を取り戻したは、慌てた様子もなく後ろに振り返る。
そこには余裕綽々といった様子で穏やかな笑みを見せている吹雪。
スピードとテクニック。それにボディバランス。
どれをとっても申し分ない。吹雪は「期待」できるプレイヤーだ。
またしてもの前に現れた「期待」のプレイヤーに、の胸は躍った。
「すごいディフェンス技ね。想像以上で嬉しい限り」
「…驚かないんだね、ボクがディフェンス技を使っても」
「まぁね。霧美の指導受けといて、フォワード一択は絶対にないからねぇ」
「ははっ、それもそうだね」
「それじゃあ次は、オフェンス技術、見せてもらいましょうか」
何の気なしにが口にしたその一言で、空気にピリリと緊張が奔る。
突然生じた思ってもみない空気の変化に、
は怪訝そうな表情で空気の変化の原因であるギャラリーに視線を向けると、
ギャラリーたちは少しの不安が混じった真剣な表情を見せていた。
しかし、彼らの表情を見たところで、空気の緊張させた原因など分かるわけもなく、
怪訝そうな表情を浮かべては不思議そうに首を傾げていた。
――が、不意に吹き抜けた好戦性を含む風に、慌てては振り返った。
「ハッ、次も遠慮しねェぞ!!」
「ッ!?」
いきなり雰囲気がガラリと変わった吹雪。
そのあまりの変わり様は、豹変と言っても過言ではないだろう。
吹雪の変わり様に衝撃を受けたの思考回路は混乱を起こし、情報整理も頭の切り替えも追いつかない。
明らかなの動揺に、吹雪はを抜くことは容易だと確信する。
思わず顔にニヤリと笑みが浮かぶ。
だが、それにすら気付いていないの表情は、驚いた状態のままだった。
「もらっ――……なにッ!?」
簡単にを抜くはずだった吹雪。
しかし今現在、吹雪の足元にボールはなく、
その代わりにの足元にボールが静かに収まっていた。
予想もしていなかった展開に、かなり驚いた様子で振り返る吹雪。
吹雪が振り返った先には、彼ほどではないものの、
自分がボールをキープしていることに驚いているがいた。
「……あり?」
「すごいぞ!御麟のヤツ、吹雪からボールを奪い返した!」
「…だが、どうしてアイツは驚いてるんだ……?」
昨日の練習試合でも、今朝の練習でも、
雷門イレブンは誰一人として吹雪からボールを奪うことができなかったというのに、
あっさりと吹雪からボールを奪ったに、土門は興奮した様子で声を上げる。
だが、土門と同じくフィールドの外からと吹雪の競り合いを見ていた鬼道は、
未だに驚いた様子のを見て怪訝そうに眉をひそめた。
ギャラリー各々がそれぞれのリアクションを見せている中、
フィールドの上では新たな動きが生じていた。
「ハッ、やるじゃねェか!アイツらよりはまともにやれそうだぜ!」
「ぉおっと」
からボールを取り返すべく、吹雪は猛然とに向かっていく。
だが、未だにその顔に動揺の色を残しながらも、
は無駄のない動きでボールをキープしながら吹雪をかわすと、
随分と慌てた様子で吹雪のいる方へと振り返った。
先程とは明らかに雰囲気の違う吹雪。
頭に血が上ったり、ボールを持つと突然豹変する人間はいる。
だが、吹雪の豹変はそれとはまた違う豹変のようにには感じられる。
どうにも引っかかる吹雪の変化に、は首をかしげていると、また不意に風が吹き抜けた。
「すごいね御麟さん。ボク、ボールを奪われたのは随分久しぶりだよ」
ニコリと穏やかな笑みを浮かべてそう言うのは、足元にボールをキープしている吹雪。
先程まで荒々しいプレーをしていたとは思えないほど、吹雪が纏っている雰囲気は穏やかだ。
だが、はやりどうにもしっくりこないは
「あ、ありがとう…」と歯切れの悪い言葉を返すのがやっとだった。
「それじゃあ次は、ボクのシュート――受けてくれるよね?」
「えっ?受け…?え、ちょ、ホントに受けるの!?」
いつの間にやら主導権を吹雪に握られてしまった。
慌てて瞳子に助けを求めるように確認すれば、瞳子は冷静に「ええ」と吹雪の言葉を肯定する返答。
元々、吹雪のシュートは間近で見るつもりだったことも忘れて、
は「えぇ!?」と拒否を主張する声を上げるが、その主張は絶対に通ることはないようで、
瞳子は吹雪にシュートを打つように指示を出していた。
「(本気で恨むぞ、瞳ちゃん…っ!!)」
思わず瞳子へと悪態をついてしまったが、
そんな言葉を吐いたところで吹雪のシュートが中止になるわけでもない。
この場面でやっと冷静な思考を取り戻してきたは、早々に気持ちを切り替えると、
吹雪にセンターサークル手前まで下がるように指示すると、
自分はペナルティーエリアへ移動し、吹雪のシュートに備えてポジションを取った。
「準備はいーい?」
「いつでもどうぞー」
「…それじゃ、いくよ」
「ッ…!!」
吹き抜けていったのは、先程よりも強い好戦性を秘めた風。
威圧感さえも覚えるその風に、は一瞬怯んだが、すぐに我に返って真っ直ぐと前を見据えると、
そこにはやはり雰囲気ががらりと変わった吹雪が自信に満ちた表情を浮かべて立っていた。
「止められるモンなら、止めてみやがれッ!」
吹雪がドリブルで前へ出た、と思ったその次の瞬間。
ボールに両足で吹雪がスピンをかけると、その勢いでボールは宙へと舞い上がる。
そのボールにあわせるように吹雪は自らも回転し、勢いをつけ――
「エターナルブリザード!」
――宙に浮いたボールを一気に蹴り放った。
氷塊が跳んでくるような錯覚を受けるほど、強烈な勢いでゴールに向かってくるボール。
まともにこのシュートを受けては、絶対にただではすまないことは受け合い。
しかし、まるで他人事のように冷静な思考を保つことができていたは、
寸前のところでヒョイとシュートを避け、事なきを得ていた。
「この威力……さすがね」
「ははっ、伊達に霧美姉さんの指導は受けてないからね」
そう言ってまた穏やかに笑う吹雪。
これを大人しくなったというべきなのか、元に戻ったというべきなのかはには分からない。
ただ、この吹雪の変わり方は今後の試合で、プラスと出るのか、マイナスと出るかに不安がある以上、
彼が変わってしまう理由を知っておく必要があるだろう。
ただ、本人に聞いたところで――答えが返ってこないのは明らかだが。
「吹雪くんの実力も分かったことだし、さぁみんな特訓に戻った戻った」
「え〜、どうせだから俺ともプレーしてくれよー。ちょっとだけでいいから!ね?!」
「一哉が吹雪くんのスピードに付いていけるようになったらね」
甘えるようにに絡む一之瀬だったが、
まったく一之瀬を相手にしていないは、躊躇なく一之瀬の頼みを保留とした。
あまりにもあっさりと却下に近い保留という結論を出した。
そのの決断を受けた一之瀬は珍しくむくれたような表情を見せたが、
不意に何かを閃いたようで、どこか自信に満ちた表情で鬼道に話を持ちかけた。
「鬼道、俺と組んでをギャフンと言わせないか?」
「…ああ、賛成だ一之瀬。前々から思っていたんでな」
「ほぉ。できるものなら、いくらでもどーぞ?」
一之瀬&鬼道との間でバチバチと散る火花。
なんともいえないピリピリとした空気に、やや驚いた様子で塔子は土門に質問を投げた。
「なぁ、あの3人って仲悪いのか?」
「……いや、あの3人の場合、仲がいいからこそのあの空気だと思う…」
「ふふっ、御麟さんって面白い人だね」
この状況を見てを「面白い」と言える吹雪を、
土門は相当のツワモノだと確信するのだった。
■あとがき
ちゃんと版権キャラとの絡みのある作品となりました(笑)
が、一緒にオリキャラとの絡みもしっかりついてまいりましたが…(苦笑)
閑話休題的な話で吹雪と霧美の小話とか書いてみたいです。ただの俺得でしかないですが。
先の話を想定した短編は書けないのですが、過去の増訂話ならはいくらでも書けちゃうので!
――と、言いながらなにも書かないオチですが(自嘲)